「よし。『バロン』!始めるよ?」
矢島舞美は『バロン』と呼んだ犬の首輪から紐を外した。

「・・・・・・」

イビザン・ハウンド種は吠えもせずに2〜3回、足で土を後方に掻き走り出した。

タッタタッタタ
軽快なリズムを刻み狩猟犬種の美しい筋肉が躍動した・・・・。

「・・・・いい加速ッ!今日こそ追い抜くッ!!!」
舞美は河川敷の土を蹴りあげると犬を追いかけた。
『走り』に自信のある舞美は苦も無くバロンの後方に付いた・・・尤もバロンもココまでは何時も
舞美に合わせた速度で走る。
「この体温・・・呼吸・・・・汗の感じ・・・・今日ならイケるッ!!」

          ドンッ!!

確信を体現するように舞美は手の振り方を変え前のめりの姿勢を取り一気に加速する!
       
ドゴーーーーーーーーーーーーーーーッ

図書館で読んだアメリカ大陸横断レースに自分の足だけで参加したネイティブアメリカンの走法!
『衝撃エネルギーの再利用走法』だッ。

「これなら・・・・・どうだッ!?」
踏み込んだ時の『着地の衝撃』のエネルギーを地面を蹴るエネルギーに再利用するッ。
とんでも無い理屈だが舞美の身体はグングンと加速しバロンに触れるほど接近した。

「ガルゥウウッ!」
バロンは軽く唸ると跳躍するように駆け出した!
その跳躍はまるで『羽が生えたか』のように軽やかで鋭く、舞美との距離を瞬く間に開いた・・・

「く・・・・・・・・また・・・・・・か・・・・・・」
舞美は何時もの様に遠のくバロンの姿を追った・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あ〜・・・・今日も良く走った・・・・・お前、本当に走るの速いナァ・・・」
バロンとの競走を気が済むまで終えた舞美はバロンの咽喉を撫でながら帰路の準備をしていた。
かまっている最中も甘える訳でもなく、バロンは姿勢を崩さない。
舞美も最初はこのクールさを理解できずに警戒こそしたが友人の梅田えりかが言うにはこういう犬
は値段相応に気高いと言われたのでそれっきり気にはしなくなった。
じゃあなんでそんな気位の高いセレブ犬が野良で自分の家に居座ったのかは未だに疑問だったのだ
が・・・・・・・

テクテクとクールダウンを兼ねてゆっくりと家路を歩く・・・・
「バウッ!」
バロンが手綱を引き路地へ引っ張る。
「え?何?どうしたの?」
散歩中、滅多に無い行為に舞美は驚きながらそのまま路地を進んだ。
「ここ・・・・倉庫・・・街?こんな所に・・・・何か用があるの?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

銀色の永遠 〜クレナイの葬送曲〜

第1小節:金龍酒家(チンロンジュウシャ)

:8月30日

夏の終わりの日差しがジリジリと照りつける・・・。
田中れいなは降り注ぐ光を浴びながら倉庫群を睨み上げる!

「自分が蒔いた種とはいえ・・・・・・ヤレヤレっちゃッ。」

事の発端は夏休みに入って直ぐの事だった・・・・。
ある時期を境に杜王町に妙な動きがあった、もっともソレを直ぐにに察知している人間は
少なかったようだが元より『敏感』な方のれいなは直ぐに感じ取ったッ!

『野犬が多くなった』のだ・・・・正確にはそれまでバラバラに生活していた野犬たちが隊列を組
むが如く群がるようになり幅を聞かせるようになった・・・・・
この事態に犬が嫌いなれいなは我慢できず『波紋』を使って野犬を追っ払ったのだがその結果、
れいなは野犬たちの生活を脅かす者として『標的』となってしまったのだった。

野犬の小隊は毎日、れいなを付け狙い威嚇しその度に撃退をしてきたのだが・・・・・・
今日は幾つもの小隊がジリジリとれいなを囲いこの場所に『誘導』されてしまった。

四方を囲まれたコンテナの上から光る眼光、数は100ッ!
れいなの経験上、20匹も相手をすれば波紋を練るのに限界が来るッ・・・・・!
「う、う・・・・・」
冷たい汗が頬をつたる・・・・
「こりゃぁイカンばい!あぁ〜〜〜〜〜・・・・100対1、もう勝てるわけなかァ〜〜〜〜・・」
れいなは弱音を吐いて頭を抱え始めた・・・
「圧倒的に不利になるともうクサるしかなかね・・・・どがんでもすると!好きにするっちゃ!」
不貞腐れた表情でダダッ子のようにコンテナを叩きながらあっちこっちとフラフラと歩く・・・
「もう、な〜げた!」

    シィーーーーーーン

野犬達が一斉にれいなの手元に目をやる。
コンテナの端から端に繋がれた毛糸・・・・・・その糸はれいなの手から伸びていた。
「チクショー まる見えだったのね?糸の『結界』で波紋を流して一気にやっつけよーと思っとっ
 たが・・・・・・」
作戦をあっさり見破られたれいなは苦笑いをしながら毛糸玉を地面に投げ捨てた。

バチバチバチバチバチッ!!!!!

激しい光と火花が散り野犬達がまるで『十戒』のモーゼのように道を開け一匹の犬がれいなの眼の
前に降り立った・・・・・。

『我が名は『ボルト』ッ!!!!我等が生きる場所を脅かすお前の行為、最早捨てて置けんな!』

マスティフ犬は低く唸り獣の言葉を紡いだ。

「何だっちゃッーーーーーーー!?犬が?光ったァーーー???」
一瞬の出来事!音を上げて光った様に『見えた』事にれいなは我が目を疑う。
その行為を『怯んだ』と認識した野犬達は一斉に吠え散らす!

バチバチッッ!!

再びマスティフ犬の身体から稲光が発せられるとその咆哮は一斉に止んだッ。
「やっぱり・・・・コイツ光よっと・・・・・・まさか・・・・スタ・・・」
                               ボクォォオォオンッ!
れいなの身体が錐もみしながら後方へ弾かれるッ!
一瞬を突いたマスティフ犬の頭突きの洗礼をれいなは腹部で味わう。
『グゥッ!??』
攻撃を加えた筈のマスティフ犬が身体をふらつかせる・・・・・。

「ちゃちゃ・・・・・・・『ダイアモンドの何十倍の硬さ』は痛かろうが?」
れいなは自分の身体に施したデュエル・エレジーズの能力を解除しながらコンクリに足を着ける。
「『キ・・・・キサマ・・・・・何を?』とか言いたそうちゃね?」
グラグラと頭を振るマスティフ犬に人差し指を向けて左右に振る。
『キ・・・・キサマ・・・・・何を?』
マスティフ犬は苦悶の表情で低く唸る。

「お前の不意打ちの兆しを感じて『能力』を使ったッちゃ!『波紋』を流すまでは出来んかったけ
 ど・・・・この『デュエル・エレジーズ』の能力ッ・・・泣ける硬さやろ?」
コォォオオォオォと独特の呼吸法で『波紋』を練るれいなの背後に緑色の人影が灯る。
「土佐犬!今の『光』お前も『スタンド能力』を持っとっとろうが?手加減せんと全力で来んかッ!」
れいなは『デュエル・エレジーズ』を発現させマスティフ犬に相対したッ。

『その『チカラ』・・・キサマも『同類』かッ・・・・・いいだろうッ!』
唸り声と共にバチバチと花火の様な火花を飛ぶとマスティフ犬の身体に埋め込まれたかのような金
属塊が隆起する・・・・

「なんじゃ・・・・・・その不気味な姿は・・・・?」
全身に隆起した金属塊ッ・・・・とても生き物には思えないその姿にれいなは絶句した。


第1小節:金龍酒家(チンロンジュウシャ)A


マスティフ犬の身体から紫電が発生するッ。
そのプレッシーかられいはは自然と「ネコ足立ち」の構えを取っていた・・・・

「恐らくあの犬の『能力』は身体から放電する『電撃』ッ!・・・・やばか・・・何だかやばか!
 これは本能でそう感じっとっと!!」
コメカミにピリリと嫌な痛みが走る・・・・・緊張のせいか?

「こういう輩に『正攻法』は余りにも危険たい・・・・何時もの様に『計略』でイクっちャッ!」
れいなはポケットに手を突っ込んだまま跳躍をしたッ!!

『ムゥッ!!』
  ギラァッ!
マスティフ犬の眼を夏の日差しが襲うッ。
れいなは太陽の有る方向に飛びマスティフ犬の視界を奪ったのだ!

「まずは『一手』もろた!そして作戦第二弾ッ!」
ポケットからドギツイ色のプラ容器を取り出し中の液体を手に掛け大振りに宙を泳がす!
液体はキラキラと輝き『円盤状』に変換された!
シルシルと音を立て輝く円盤が宙を舞う。
「波紋を帯びているから割れること無し!高速回転を加え円盤状に変形したシャボン玉ッ『シャボ
 ン・カッター』とッ!!!」
『ヌゥッ!だが避けられン数ではないッ!』
シャボンの危険性を直ぐに察知したマスティフ犬は即座に回避行動に移る・・・・が
「おっと待つっちゃ!回避する気だがそうはいかん!シャボン・カッターはそのまま『シャボン・
 レンズ』となってるっちゃ!!!!!」

ピカァ ピカッピカッピカッ!

シャボン玉は光を帯び乱反射してマスティフ犬の視界を塞いだ。
『グオォォオォオオ・・・・・眼が見えないッ!!!!最初からこれが目的かッッッッッ!!!』
集約された光の白がマスティフ犬を眼を焼きつける。
「これでお前は終わりっちゃッ!たっぷり波紋を浴びて足腰立たたんよーに成れッ!!!!!」
空を切り裂くシャボンの一手一手がマスティフ犬を追い詰める!

『・・・・・舐めるなッ!!!!!!!!!!!!!!』
マスティフ犬は身体を丸め電極をすり合わせる。

     ドォオバチチチッッ!!

高圧電流の激しい光が花火の様に炸裂したッ!

「ちぁぁあぁああぁああぁあああああぁああああッッ!!!!」
その光の強さにれいなは反射的に下を向いて蹲る!
マスティフ犬を囲む『シャボン・レンズ』で『増幅された』光がれいなの眼に激しいダメージを
与えたのだッ!!!

「こんのッッ。ヒトの策略を逆利用しやがってんじゃなかーーーーーーーーーーーッ!!」
波紋の呼吸で損傷部分を蘇生させながられいなはその身体を起す・・・。

「ちゃ?」
ぼんやりとしていた視界が徐々にはっきりしてきたが・・・・・・・妙だ。
「・・・そんな・・・」
あたりをクルクルと見回す・・・・
コンクリの地面に『シャボン・カッター』の爪痕それだけが残っている
いやそれだけしか残っていない・・・・・
                   居ないのだ・・・・・
『波紋』の罠に囲まれた筈のマスティフ犬が・・・・・・消えてしまっているのだ・・・・
「・・・・・あそこから・・・・どうやって・・・・上にも横にも避けられんハズ・・・」

ブル・・ブル・・・・・・・
地面から奇妙な兆しを感じた・・・・・・・
「ッッッまさか!!!!!!!!!!!!!」

ピッピッピ・・・・・
れいなの爪先の地面に亀裂が走る・・・・・

バキィイイイイイイッ!!

激しい音を立てて地面が裂けるッ。

「しもたァアァアアァアアアッッ!!!!」
クレバスの奥から濡れた白が光るッ。
ガリリイイイイ!
れいなの反応を凌ぐ野生の牙が足に喰い込む!
「いぎぃ!???」
神経の集まった末端を咬まれ、れいなは痛みに身体を仰け反らせる!

『ゴガァアァアアァアッッッ!!!!!!!!!!』

激光を身に纏いながらマスティフ犬はコンクリを破壊し身体を捩らせた・・・。
捩れた勢いでれいなは枯れ枝のように軽く宙を舞うッ。

「ちゃッ!?ちゃちゃッッ!!!!!」
天も地も確認できない高速回転にれいなは声を上げる事しか出来ない。

キリキリキリキリキリキリキリキリ

独楽の様に少女と犬の身体が激しく回転する。
『 天! 咬 牙 捻 翔 !!!!!!!!!!』