西暦2006年 9月

  杜王町〜   杜王町〜 

電車は停止し運転手は停車駅を告げる。
「プシュ」、音を立ててドアの開き何人かの乗客が降車した。

「ふ〜、何とも懐かしいねぇ・・・五年ぶりか・・・・」

駅に降りた乗客の一人が立ち止まり呟きながら掛けていたサングラスを外した。

我々はこの女性を知っている!
いや、このまなざしと派手に染め上げた髪を知っている!

そして彼女が駆け抜けた数々の闘いを!

駅から出ると彼女は考え込むように顎先を人差し指で掻き始める。
「花・・・・花が必要なんだけど・・・・花屋って・・・どこにあったっけ?」
久々の帰郷いや、帰国に土地勘はすっかり薄れ花屋の場所すら思い浮かばない。
「参ったな・・・・約束の時間も近いし・・・・どこで聞いたらいいだろ?」
そんな事をブツブツと呟きながら彼女は歩き始めた。

少し歩くと何やら学生達がたむろしている。
その制服を見ると自分の通っていた高校のモノだった・・・・彼女は自らの高校生活に郷愁を馳せな
がら、その場を通り過ぎようとした。

「うぎぃッッッ!!!!!」

その叫び声が空気を変えた!

「だからセンパイさんよぉ〜・・・あたしはゴタゴタはイヤダって言ってるじゃないですか?」
たむろしている学生に囲まれている様な場所に立たされている少女がエモノの狙うように口端を吊り
上げ獰猛な笑みと作る。
「な・・・・何なんだ?コレ??アタシの腕が吊り上げられて!!!締め付けられるッ?!」
センパイと呼ばれた上級生風の少女が身体を捩じらせるように捻りながら両手を宙に向ける。
「21世紀になって何年経ちました?センパイ?エェ?」
少女とも少年とも取れるような整った中性的な顔立ち、その顔からは想像得ない恫喝を少女は上級生に浴びせる。
「ぎっ・・・・・ッッ!!!」
上級生は苦悶の叫びを上げる、その奇怪さにほかの取り巻きは動けないでいた。
「今時、カンパ回すなんてダセェ事してんじゃねぇって言ってるンだけど言ってる意味解ってます?」
少女は上級生の顔を覗き込みながら続けた。

「その辺にしときなよ!」
少女は肩を大きく後方に引かれ輪の外に引き抜かれた。
「な!」
驚いた所為なのか?上級生を拘束していた『チカラ』は消えその場に倒れ込む。
「てめぇ・・・・岡井ッ!!覚えてろよッッ!!」
上級生は直ぐさに起き上がると有り触れた捨て台詞を吐きその場を駆け出した。
「チッ!   バカが・・・・」
岡井と呼ばれた少女は苦々しく舌打ちをした。
「バカだぁ?あんな所で『スタンド』を悪用しといて何、言ってんだよッ!」
    『スタンド』
そのフレーズを耳にした少女は慌てて後ろを振り返る。
「あ・・・・・あんたは・・・・?」

「oioi!アタシの顔、忘れちゃったのカイ?岡井千聖ちゃん!」


  時代は流れ
        世代は交代する

千聖は目を丸くしながら小川麻琴の顔を見ると直ぐさに憎悪の表情を浮かべたッ。
「・・・よぉく覚えてるよ。小川麻琴!お前がッお前等が『絵梨香ちゃん』をッッッ!!!!」
言葉を言い切らない内に激情が先走る!
拳は空を切り麻琴の顔面目掛け唸りを上げる。

  パァァアァン!
破裂音が響く・・・・・

ギリ
  ギリ
    ギリリ

ゆっくりと骨に指が食い込む。
千聖の拳を難なく受け止めた麻琴は掌に有る拳にゆっくりと圧を加える。
「アンタはアイツにとって唯一の救い・・・だったのからね・・・憎まれるのも無理ないか・・
 確かにね・・・・アタシ達はアイツの事を殺したのも一緒ダヨ・・・でもね・・・」

グルンッ!

麻琴は握っている手をパチンコのレバーを回す要領で捻り上げる。
「グッッ!!!!!!」
腕を捻り上げられた千聖は呻き声を上げる。
「あんたは誰に牙を剥いたか、解ってるのカイ?」
麻琴は捻った腕を更に上方に押し上げたッ。
「ぐぅぅうッ!!!」
手首関節、肘関節、肩関節までに痛みが走る。
千聖のコメカミに冷たい汗が伝わりその表情をより険しいモノにした。
「い・・・痛い・・・・こうやって・・こうやってお前等は絵梨香ちゃんを痛めつけたのか・・・?
 ・・あの時の絵梨香ちゃんは・・・・・・・・・・・許せないッ。許せないッッッ!!!!」

千聖の瞳に凄まじい闘志が宿る。
と同時に麻琴の頭上に黄金の輪が浮かび上がる!輪はあれよあれよという間に頭や腕、身体の各位に出現した!
「輪斬りにしてやるッッッ!!!!喰らえッ!『金剛圏』ッ!」
その言葉に感応し輪は瞬時にサイズダウンを始め標的を締め上げる!

   にゆるんッ!

麻琴に皮膚に触れた『金剛圏』は弾き出されたかの様な勢いで飛び上がる。
どの部位の『金剛圏』も麻琴を締め上げることは出来ず身体からすり抜けた!

「なッ!?」
地面に落ちた『金剛圏』を見ながら千聖の感嘆符が戦慄く!
「驚くのも無理は無いわナ?『この現象』を知ってるのは極わずかな奴だけだからナァ・・・」
麻琴は握っていた千聖の拳を離すと腕を組んでフンと鼻息を荒くした!
「今はどーだか知らないケド、昔はギリギリまで追い詰められる闘いがザラだったからネ。
 皆、限界を超える能力を身に付けたもんだったヨ・・・・・・」

     ズギュンッ!
麻琴の背後に緑色の人影が灯る!
『FRIENDSHIP ff』は漲る力を放出させる様に筋骨を隆起させた!
その様は艶やかな緑の色彩が光を放つ錯覚さえ起こさせる。
「闘いの最中に見出した『己の流法』!皆そうやって自分の命を繋いだもんサ!」
麻琴の目は仄かに郷愁で彩られた・・・・。
その彩は千聖をますます逆上させる!
「オマエはその『仲間』に手を掛けたんだろうがッッッ!!!!」
千聖の感情そのままに『モンキー・マジック』が拳を振り上げる!
『ウギイッ!!!!!!』
『モンキー・マジック』の拳が麻琴の顔面の皮膚に触れた刹那、触れた箇所が微かに緑に光る!

   にゆるんッ!

『モンキー・マジック』の拳は麻琴の顔から『滑る様に』逸れる!
「えぇ?」
千聖は目を疑った、そしてその馬鹿げた現象を打ち消そう『モンキー・マジック』の連撃を浴びせた!
が、その連撃は尽く滑り落ちる・・・・・・・。
「そんな・・・・そんな事・・・・オマエの能力は・・・・」
『ガァアッツ!!!!』
「うぐぅッ・・・・・・・・・・・・・・・・。」
『FRIENDSHIP ff』の拳を腹部で味わった千聖は軽く吹き飛び地面に叩き付けられた!
「だぁから話したロ?『流法』だって!ワタシの『常滑の流法』が発動している限りワタシには触れる事は
 出来無いッつーコトだヨ!隕石だろーが毒ガスだろーがナァ・・・・」
麻琴は地面に伏した千聖に向かってゆっくりと歩みよる。

「よ・・・・余裕カマしてんじゃねーゾ!まだ始まったばかりなんだ・・・クソッ!」
千聖は歯を喰いしばりながらヨロヨロと立ち上がる。
「oioi!まだやる気なのかヨ?まぁその気なら気が済むまで付き合ってやるケド・・・・。」
麻琴は表情を変えず『FRIENDSHIP ff』の拳を千聖の顔面に向かって放つ!









拳は千聖の顔面3センチ前で停止した・・・・・・
千聖の顔は急に戦意が取れた表情に変わった。
それに釣られた様に麻琴の気も萎えてしまった・・・。
「・・・・・・やめだ・・・・・白けちまっタ・・・・」
麻琴は拳を収めると千聖に向かって言い放つ。
「まぁ暫くこの町には居るから気の済む様にしなヨ・・・・」
踵を返し歩き出した麻琴は近くにいた少女の肩をポンと叩いた。
「すまなかったね。舞ちゃん。」
「こっちこそ・・・千聖がご迷惑を・・・」
舞と呼ばれた少女は頭を深く垂れた。
「良いって。こうやって拳を交える事位しかワタシにはやれる事が無いンだからさ・・・」
そう言うと麻琴は振り向きもせずに手を振りその場を立ち去った・・・・。










トットットット・・・・・


トットット・・・・


ト・・・・

10m程歩いた所で麻琴の足が止まる。
「あぁ!しまったッ・・・花屋の場所、聞けば良かった・・・・だけど・・
 ・・・・・今から引き返して聞くのは・・・・・カッコ悪いナァ・・・・・」



溜息を吐きながら頭をボリボリと掻くと再び歩き始めた・・・・































グポッ・・・・・・

水の入った桶から並々と柄杓で水をしゃくり上げる。

「久しぶり・・・・ですね・・・」
そう言うと黒い髪の女性は墓石に水をスルスルとかけた。
再び桶に柄杓を入れ今度は墓誌に水をかける。

水は石を滑り彫り込まれた溝に流れ込み彫られた名前を浮き上がらせる。

『長女 絵梨香 十八才』

「あれから5年・・・いや6年ですか・・・・時の流れは速すぎますね・・・・」
女性は落ちる雫を追う様に視線を下に落す・・・・。

「こんこんッ!!」
背後から呼ぶ声に振り向く。
「・・・・マコト?」

9月の風が二人の頬を撫でる・・・・紅の薫風は静かに流れた・・・。


柄杓から流れる水が墓石に伝う。
「ただいま・・・絵梨香・・・。」
麻琴はそう言いながら何回も何回も墓石に水を滑らせた。
「絵梨香さん・・・マコトも久しぶりに帰ってきましたよ。」
あさ美は献花を整えながら微笑む。

ゴソッ
   ゴソッ

麻琴はバックから缶を取り出すとコトリと墓石の前に置いた。
「お土産・・・・好きだったろ?カシスオレンジ・・・・」
呟くように言うともう一つ有るカシスオレンジの隣に置いた。
「コレ?こんこんの?」
麻琴はあさ美に目を配らせる。
「違いますよ・・・私は御花だけ・・・・・岡田さんだと思います。」
あさ美の言葉に麻琴はフンと鼻を鳴らし笑みを作る。
「岡田か・・・・・アイツは良く来てるのかな・・・?」
「綺麗にされてる所を見るとそうみたいですね。」



三好への思いの所為か?
追憶が二人を無口にした・・・・・。



「狂った肉食獣みたいな人格のヤツだったけど・・・・あの時、あの瞬間、ワタシ達の間には確かに『友情』が有った・・・・。」
麻琴が噛み締めるように言葉を紡ぐ。
「そうですね・・・・絵梨香さんは自分の病状も省みないで私達を助けてくれた・・・・なのに・・
 その借りも返せないままでしたね・・・・今でもあの時の自分の力の無さが・・・悔しい・・。」
あさ美は己の未熟さに怒り拳を固めた・・・。

「ここに来る時にもサ・・・千聖ちゃんに会って言われたヨ・・・お前等が殺したッて・・・・
 言い返せないよね・・・・ワタシ達の無力さが絵梨香を救えなかった・・殺したんだから・・。」

「一番悲しんだのは千聖ちゃんですからね・・・・私達がどんなに憎まれても怨まれても・・
 謝罪のし方なんて・・・・・・無いですよ・・・・」
あさ美はそう麻琴に答えると両手を静かに合わせる・・麻琴もそれに準じる様に手を合わせた・・・

暫く瞑目したあさ美はゆっくりと目を開いて空を仰ぐ

「私は唯物主義者なので『天国』が存在するなんて思っていません・・・・だけど人の生きた記憶
 ・・・・『魂』は存在するのかもしれない・・・そう思っています・・・」

「『魂』か・・・・・だとしたら・・・絵梨香の『魂』は何処にいるのかナ・・・・・アイツの
 親しい人の所?・・・心の休まる場所?・・・・いずれにしても・・・・安らかに・・・・
 そう思わずには居られない・・・・」
麻琴も空を仰ぎながらそう紡いだ・・・。

秋晴れの空は穏やかに、穏やかに雲が流れる。



麻琴は肺の中の空気を少しだけ吐く

「じゃあな・・・絵梨香・・・・また来るヨ・・・」
そう言って踵を返した・・・。
あさ美も墓石に深々と頭を垂れるとその場を立ち去った・・・。





夕暮れに差し掛かった町は茜色に染め上げられる。
「さてと・・・・これからどうするかなぁ・・・・」
麻琴は首の後ろで手を組みながら溜息交じりに呟いた。
「そうですね・・・あの時みたいにドゥマゴにでも行きますか?」
あさ美は優しく麻琴に笑いかける。
「そうすっか・・・・あの時みたいに・・・・」
麻琴はうっすらと笑みを浮かべながら歩き始めた・・・・・



自分たちの青春時代の道を辿るように

もう二度と帰える事の出来ない黄金の時代に思いを馳せながら・・・・・・・




銀色の永遠 第2部 〜さよならデイジーチェイン〜


・・・・・fin