67 :N.O.:2005/11/05(土) 14:36:52 0
銀色の永遠 〜イタリア料理は電磁調理器の夢を見るか?〜

「でもよォ…なんだってこんなへんぴな所に店あるんだ?こんなんで客入る訳ェ?」
「分ーかってないなァ藤本さんは。知る人ぞ知るってこの雰囲気ッ!通の隠れ家ッ!
 絶対うまいモン出してくれるに決まってるってばァ!あーたまらん…よだれずびっ」
「……」(無言でにんまり)

麻琴の誕生日パーティを兼ねて藤本美貴らは、イタリア料理店「トラサルディ」へ
やって来た。女性向けの格安ランチタイムサービスがあると聞き付けて、
食べ盛りの3人が、飢えるトリオがここへ。

「しっかしおめーら、こーゆー情報は目ざとく見付けるのな?」
「あーら藤本さん、乙女の嗜みでしてよ?オーホッホッホッホッ!ねっ?こんこん」
「ねー」
「シナを作るなシナをッ!たく気持ち悪ぃなァ。…まーいーや、さっさと入ろうぜ」

店先には『ランチタイムサービス1000円(女性のみ)』と書かれたボードが燦然と
輝いていて、かしましい3人娘の心を捉えて離さない。

「ん?メニューはお客様次第?なんだろこれ?」
「こんこん遅いぞォーっ、早く入ろうぜェ」
「う、うん分かった」

一方その時すでに、藤本美貴は中に入っていた。


68 :N.O.:2005/11/05(土) 14:38:14 0
チャリーン。ドアを開けると心地良い響きで客を迎え入れた。

「へ〜イイねー。あたしイタリア風のインテリアって結構好きなんだァ」
「けど席2ツっきゃないじゃん?随分こぢんまりとしてねェ?」
「…それはワタシがヒトリでやってるからでス」

店の奥から店主とおぼしき男が出てきてそう説明した。

「ウェイターも兼ねているのでテーブル2コで精一杯ナンデス。いらっしゃいマセ、
 お席へドーゾ」
「あのぉ少々お聞きしたいんですけどぉ、『メニューはお客様次第』ってどういう意味
 なんですか?」
「シニョール(お客様)、ワタシはトニオ・トラサルディーといいます。トニオと
 呼んでください。献立はワタシがお客様を見て料理を決めるのでス」
「んん?そりゃあどういう意味だァ?」
「ちょっと失礼、フゥーむアナタ…慢性の鼻炎を持っていますネ?」

トニオは美貴の手を見ながら問いかけた。


69 :N.O.:2005/11/05(土) 14:39:59 0
「えッ?」
「粘膜が荒れてイマス。それに鼻血も出やすい体質ですネ?…ちょっとそちらのアナタも
 手をみせて」
「こうっスか?」
「フゥーむアナタ腰を傷めたことがありますネ?腰骨やその周りの筋肉組織…軟骨に痕が
 見られまス」
「な、なんで分かるんだッ?」
「わたしは両手をみれば肉体全てがわかりまス」
「全部当たってるぜーッ!(美貴が頭悪いっていわれなくってよかった)」
「そちらのシニョールは健康そのものですネ。ワタシの料理は中国で言うところの
 医食同源の考え方に基づいたものをお出ししています。舌にも体にも心にも美味しい
 そんな料理を出してお客様に快適な気持ちになっていただきまス。
 オー!ゴメンナサイ!言葉で説明するよりも、まずは召し上がっていただかなくては
 イケませんでス」

トニオはそう言い残すと水をグラスに入れて調理場へ戻っていった。

「…なーこんこん健康料理って薬膳とかゆーのだろ?美貴テレビで見たことあんだけどォ、
 あれあんま美味しそうに見えねーんだよなァ…正直言って。もしマズかったら、
 カネ払う必要ないぜそんときゃ文句たれて出よーぜ」

その時麻琴は水を一口含んで飲み下した。

「……ん?……!!……お…おわぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


275 :N.O.:2005/11/08(火) 02:53:30 0
「麻琴ッ!?どうしたの?」
「oioioioi!…なんだこの水はッ!!」
「だからどうしたっつってんだろォ?」

麻琴はグラス片手に興奮した顔でまくし立てる。

「こ…こんなうめー水、生まれてから一度も飲んだことないっすよォ!
 例えるなら、富士山頂を目指して高山病に苦しみながらも登り続けた登山者が
 ようやく登頂した時に飲む一杯の水っつーか、スゲーさわやかなんスよ」

訝しげな顔をして美貴はグラスを手に取った。

「はぁ…?おめェ大げさなんだよ…そんな驚くほ…ゴクッ………?
 ってなんじゃこりゃあッ!おいッ!マジでうめーじゃねーかよこれッ!」
「信じられませんッ!水が金を生みましたぁッ!…ベリッシモ!!おお…ベリッシモ!!
 これはまさにゴールドエクスペリエンス(黄金体験)ですよぉッ!」

いつの間にか水を口にしていたあさ美がいつになく饒舌に語っている所へ、
料理を手にしたトニオが戻ってきた。

「お気に召しましたか?そのミネラルウォーターは、アフリカはキリマンジャロの
 5万年前の雪どけ水でス。…さっ!料理を続けましょうか?…まず一品目は
 『子羊のロースト アンティチョークのマリネ添え』でス」

にこやかな微笑みをたたえ、美貴の前へ料理を差し出す。


276 :N.O.:2005/11/08(火) 02:54:14 0
「アンティチョーク?」

聞き慣れない単語に戸惑う美貴と他二人。

「日本ではあまり馴染みのない食材かもしれませんネ。それは花のつぼみでス。
 デンプン質を多く含んでいて、おイモのような食感だと言われていまス。
 モンゴルで採れた岩塩と厳選されたエクストラバージンオイルで作った
 レモン風味のドレッシングでマリネしました」
「い、イモッ!?」

何か特定の単語に反応するように、脊髄反射であさ美が呟いた。

「な…なんだよォその目は。これは美貴の分だからなッ!」

獲物を視界に捉えたあさ美に対し、警戒心を色濃く抱えながら美貴は言い放つ。

「さっ!召し上がってみてクダサイ」
「言われなくても腹ペコなんだ早速いただくゼ」

柔らかなローストにスッとナイフを入れ、一口サイズに切り、口へと運ぶ。

「…ん…うんッうんッうんッ!うはーうめーッ!!こりゃ想像以上だぜェ」

こんなことを見せられてよだれが出ないヤツはいない。美貴の様子を食い入るように
見つめる麻琴とあさ美は思わず生唾を飲んだ。

「シニョール、お肉と一緒にそのマリネを召し上がることをお勧めしまス」
「一緒にィ?美貴あんまりゴテゴテ混ぜるの好きじゃないんけどなァ…まっいいや…
 パクッ…?…う、ンめぇぇぇ〜っ!」


277 :N.O.:2005/11/08(火) 02:54:58 0
トニオは感嘆の声を上げる美貴を嬉しそうに見ている。

「クセの少ない子羊の肉に独特の風味のマリネが合わさって、コクが生まれるッ!
 それでいて後味はさっぱりして爽快だッ!あのほら『ハーモニー』っつーの?
 例えるなら、ホカホカごはんに焼き肉のタレ!ファミコンに魂斗羅!
 美貴と亜弥ちゃんのマブダチコンビ!…っつー感じだゼ」
「グラッツェ、お客様の笑顔が何よりの幸せでス」
「ねー藤本さーん一口プリーズぅ」

あさ美は懲りずに懇願した。

「だァーッ!だからおめェさっきダメだって言っただろーがよォ!」
「さてそろそろ効き目が出てくる頃ですネ」
「…え?そう言やあなんか鼻の辺りがムズムズするな…」

ジュル…ダッラァァァァァァァァァァァァッ!

「なんじゃこりゃあ!鼻水がどんどん出てくるぜェーッ!」
「それは鼻炎を患っている部分が激しい新陳代謝を起こしていて、その刺激に鼻が
 反応しているだけでス。あとは悪い血が全て出ればスッキリするはずでス」
「へ?なに?血だとォ?…う…鼻の奥が熱くなって来た…まさか…!」

ポタッ…ポタッ…ドッパアアアアァァァァァァァッ!!

次の瞬間、おびただしい量の血が両穴から吹き出し始めた。鼻血が満開だ。


128 :N.O.:2006/06/19(月) 00:57:22.02 0
「う、うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」

美貴は呻き声を発し、さながら水芸のように鼻血を撒き散らす。

ブシュウゥゥゥゥッ!

まるで『ロケットエンジン』…そう形容したら良いだろうか?噴射の勢いは身体を
どこまでも…どこまでも…空高く上昇させるかのように、止め処なく溢れ出る。
その時彼女は『アポロ11号』だった。

「ゲェーッ!これってもしかしてやばいんじゃあないか?なァこんこん?」
「……」

一方あさ美はオーダーを悩んでいた。

「ってoi!」

飛び散る血液が窓から差し込む日光に照らされると、そこに七色のスペクトラムが
浮かび上がった。その幻想的な光景は、時の歩みが遅くなるような錯覚を起こした。

─のちの『虹』である。

それは何色の永遠か…。