銀色の永遠 〜ダンス・ウィズ・ヴァンパイア〜


「あら〜、今日はオケラかいな」


放課後、部活動の帰り道。高橋愛の場合…


彼女は杜王駅から徒歩5分ほどの書店『三雀堂』へと足を運ぶのが日課と言って良い。
この店は他では見られない専門書やマニア向けの趣味の本が充実しているので、
非常に好奇心がくすぐられ、つい毎日の様に足を運んでしまう。
そのほとんどが冷かしだが、ごく稀に砂浜に埋まるダイヤが如くに、
小さくも光り輝く本を見付ける事がある。
それを発掘するのが彼女の趣味と言っても良いだろう。
彼女にとって毎日が宝探しなのだ。

彼女の趣味は何も読書だけに限らない。
歌やダンスはもちろんだが、ゲームや演劇鑑賞、料理といった主に文科系のモノから、
球技等の体育会系のモノも得意とは言えないものの、人並みにこなす事が出来る。

「全てがあっしの血となり骨となり肉となるんよ」

彼女は知性に貪欲が故にあらゆる物を吸収したいと願っている。
いつ頃からだろうか?物心が付いた時にはそうであったはずだ。
今や演劇部のエース格として、どんな方面に対しても妥協は許されないのだ。
もちろん精神も…おそらくは美についても…。

「あっしの生き方はあっしが決めるんやよ。あっしはあっしだけのものなのだから!!」


ババババアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッ!!!!!!!!


今日も彼女は書店での発掘作業を終え、そこから杜王駅へと向かう。

「fufufufufufufu…funfun…♪」

今年空前のヒットを放った『みたらし三兄弟』を口ずさみながら歩く。

杜王駅の東口周辺は駅を中心にして放射状に大通りが敷かれており、
そこからさらに路地が多く張り巡らされていて、さながら蜘蛛の巣の様である。
だから、ヨソ者や方向オンチの人間は迷子になる確率が高く、
実はこの町は人口に対しての迷子や失踪件数の率が全国でも異常に高い。
それは何も、複雑な町構造によるものだけでは無いらしいのだが…。

さすがは…と言ったものか(?)、彼女はこうした地理にもすぐに慣れたもので、
家路に急ぐ時は、路地を縫い、常に最短の道を選びながら歩いて行く。
普通女の子は狭く暗い路地は嫌うものだが、彼女はそんなものは気にしない。
それは学年のエース格としての絶対の自信とスタンド能力によるものだろう。

いつも通りの書店から駅までをつなぐ路地…。


!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


(……あら〜?)

薄暗い路地の壁際のあちこちにゴミやガラクタが沢山積まれているが、
それに紛れるかの様に男がうずくまっている。
顔は伏せているので見えないが、若く感じる。場所にしては小綺麗なスーツを着て、
細身であり、背を丸めた状態でも非常に長身である事が窺える。

何となく眺めながら通り過ぎようとしたその時、男が顔を上げた。

いきなり目が合ってしまった。ふと足が止まる。
普通、すれ違いで他人と目が合った位で立ち止まるなんて事は無いだろう。
しかし、思わず目をじっと見詰めてしまった。まるで吸い込まれる様な感覚だった。
それは神秘の宝石の様に青く、深い綺麗な瞳をしていた。
白い肌に黒い髪、くっきりとした顔立ち…外人あるいはハーフだろうか?
その男はまるで怯えた子供の様な顔をしておずおずと口を開いた。

「私にトマトジュースを下さい…」

「へあ…?」

我ながら間抜けな返事をしてしまう。それくらい唐突な一言だった。
「お願いします…私にトマトジュースを…」
男は高橋を見つめながら、やや訛りのある口調で何度もその言葉を繰り返す。

(こんな場所で…アブナイ人なのか?まあ適当にあしらう事にしよか……?)

「お願いします…どうか…」
「オーソンなら少し歩いた所にあるやよ」

それでカタを付けて立ち去ろうと思ったのだが、しかし…

「そうですか…お金ならあります…どうかこれで…」

そういって男はポケットからジャラジャラと小銭を探る。

「あっしが買いに行くん!?何でぇ?ひょっとして歩けんの?」

思わず目を見開く!!

「いえ、そういう訳では無いのですが…今はここを動く事は出来ないのです」
「何で!?」

(……理由も聞かずに頼みが聞けるかッ!!)

男は少々躊躇いながらも答える…。

「実は私…吸血鬼なんです…」


ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ…


…………


「本当にありがとうございます!!」

男は手渡されたトマトジュースを勢い良く飲み始める。
高橋はその様子を半ば呆れながら眺めている。
色白で華奢な感じではあるが、顔は小さく精悍で良く見ると…中々の色男である。
ただ、チラと袖口から覗かせる腕には何か皮膚がただれた様な痕が見られる。

「のぉ…それどうしたん?怪我?」

目の前の指先に気付き、男は飲むのを止める。そして、指差された部分を見る。

「そうですね…これは火傷です。日焼けと言いますか…私、日の光には弱いんです」
「何それ?…まさか吸血鬼だからとか?」
「はい、そうです」

(……やっぱアブナイ人だ)

「ですので、私は日の出ている間はこの日陰にいるしかないのです。
 しかし、夜になれば自由に動き回れます」
「ハイそうですか。ではあっしはこれで…」
「はい。…本当にありがとうございます。あなたは私の命の恩人です」

(何を大袈裟な……)

どうも気になる事が多くて立ち去りにくい。元々好奇心は強い方なのだ。

「あの、吸血鬼だからトマトジュースって何か安直過ぎじゃありません?」
「その辺は気の持ちようですよ。まさか本当に血を吸う訳にはいきませんので…」

ニコッと笑う。男とはいえ…とてもチャーミングだ。

「やっぱり日光を浴びたら死ぬん?」
「少し浴びただけでもこの火傷ですから、長く広範囲に浴びればひとたまりも無いでしょう」
「日焼け止めがたくさん必要やね」
「ははは…吸血鬼は女性以上に肌がデリケートに出来ているんです」
「ははは…」

(……悪い人では無さそうがし)


スウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ…


ふと気付くと、腕の傷がみるみると癒えてすべらかな白い腕に戻って行く。
トマトジュースの効果だろうか?しかしこの回復力は異常だ。

(まさか本当に吸血鬼なのか?それとも……スタンド使いッ!!!!)


ドシュゥゥゥゥン!!!!


高橋のスタンド『ライク・ア・ルノアール』を発現させ男に殴り掛かる!!


ビタアッ!!


寸止め…男の目の前で拳を止める。
男は何事も無い様に、拳の向こう側…高橋に微笑み掛けている。

「あ…アンタ…これが見えんの?」
「????」

(見えていない…スタンド使いじゃないんか?じゃこの能力は……?)

「アンタ…何者?」
「ですから、私は吸血鬼だと申し…」
「ああ…もういいがし。なんか頭の中がダコダコやよ…」

彼女は手を振って話を打ち切った。

(ほやけど、今どき吸血鬼って…メルヘンやファンタジーじゃあるまいし、
 そんなのホントにいるはずが無い…。

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

(そうだ…思い出した……)

高橋は吸血鬼が実在する事を知っている…。演劇部の資料にもあったはずだ。
それに以前、寺田先生からの指令で紺野、亀井、田中の3人が吸血鬼に立ち向かい、
任務を完了するものの、3人とも深手を負うという出来事もまだ記憶に新しい。
それほど吸血鬼とは人類にとって危険な生物なのだ!!

(……さて、どうしたものか?)

悪い人には見えないが、知ってしまった以上、このまま放置するのも危険だ。

(……始末するのかよ?)

波紋使いである田中れいなを呼ぶまでもない。
LA・ルノアールを使ってこの路地から叩き出せば、直射日光でおだぶつだ。
日は陰ってきている。やるなら今だ。

「…アンタ、ホントに血ィ吸わんで平気なん?」
「はい。今の所は大丈夫のようです」

(そうか。悪い事せんのにやっつけるのも変な話やざ……)

するとその時…

「やめて下さいッ!!」

突然声が聞こえた。丁度路地の入り口の所で二人組の男と女がもみ合っている。

「離してよッ!!」
「良いからこっち来いよ!!俺達と遊ぼうぜ!!」
「嫌ァッ!!」

男達が一方的に女性に絡んできている様だ。

(やれやれ…また下らない野郎共が……)

高橋はLA・ルノアールを再び発現させた。が、しかし…

「やめろォ!!」

あの吸血男が立ち上がって叫んでいた。

「その子を離してやるんだッ!!」
「ああ?…誰だお前?こいつの知り合い?」

男は二人組に向かって走って行く!!

「知らない女性だが、私には戦う理由があるッ!!」


ドッガァァーン!!


殴り掛かろうとするが、あっさりかわされて返り討ちに合う。

(な、何だ……?意気込んだ割には随分と弱いがし)

結局、男達は白けて行ってしまった。
女性は何度もお礼を言っていたが、吸血男は特に意に介する風も無く、

「あなたが無事ならそれで良い」

と言って、またこちらへ戻って来た。

「…アンタ、弱いくせに何で向かって行ったん?」
「人を助けるのに理由が必要なのですか?」


!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「私は…僭越ではありますが、本当の紳士を目指しているのです。
 負けると分かっていても紳士は戦わなければならない時があるのです!!」

吸血鬼の男はやけに誇らしげだった。

「血…出てるやよ」

カバンから真っ白なハンカチを取り出して男に渡す。
男はそれを受け取るが、汚れを拭うのではなく、じっとハンカチを見つめている。

「AIとありますが、これはあなたのイニシャルですか?」
「のぉ?イニシャルってか名前やよ。あっしの名前。あい」
「あい?」
「愛情の愛やよ」
「おお!『ドラゴステ』ですね!!」
「ドラえもん?」
「『ドラゴステ(dragoste)』。私の祖国ルーマニアの言葉で『愛』と言います。
 あるいは『ユビレ(iubire)』とも言いますね」
「あひゃー!それは格好良いやね。ドラクエ」
「ドラゴステです…。それよりもあなた、素敵な名前をお持ちですね」

男はじっと高橋の目を見つめ微笑んだ。


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杜王駅西口から徒歩10分程、霊園の側にあるイタリア料理店『トラサルディー』。
この店はいわゆるイタリア風『薬膳』としても有名であるのだが、
そのド派手な演出から、『美味いが落ち着いて食べられない』との苦情が殺到して、
最近では、薬膳はランチタイムでの『オーナーお任せメニュー』希望者のみとなった。
そして、ディナー以降は通常のレストランとして営業する事になった。

「申し遅れました。私、ジォルジェ・エネスコと言います」
「エネスコさん」

日も落ち、エネスコたっての希望で、ここで彼に夕食を御馳走をしてもらうことになった。
トマトジュース1杯のお礼としてはいささか釣り合いが取れないのだが…。
ただ、会食自体は非常に楽しいもので、次第に二人は打ち解けていった。

「やはりイタリアンは最高です。トマトが活きている!!」

相当なトマト好きだ。

「…エネスコさんは、何であんな場所に座っていたん?」
「私ですか?実は私…ある組織に追われているんです」
「組織?」
「はい。何せこんな体質ですから、興味を持たれる方々が多くて…ふふふ…」

(……そりゃそやね…あっしも興味深々がし)

「昼間なら逃げ出さないと思っていたんでしょうね。それは自殺行為ですから。
 しかしそんな事では私の決心は揺るがないのです!!
 あの監禁されたままのオドオドした生活を続けるのならば、潔い死を選ぶ!!」

エネスコは自信を持った態度で熱く語る。

「危ない場面は幾度もありましたが、ここまで何とか乗り切れました」

そして、顔を上げ遠くを見つめるように呟く。

「あと2日です…あと2日で私は完全に自由です…」


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翌日…


「ちょっとすみません」
「あん?」

放課後、ぶどうヶ丘高校校門前で不意に声を掛けられ、
マイ自転車『シルバーチャリ・乙』を引いていた藤本美貴は声の方へ振り向く。
真っ黒なスーツに黒いサングラスの長身の男が二人。こちらに薄ら笑いを投げ掛ける。

(な、何だこの格好…この場所で怪し過ぎるだろコレ…?
 最近こんな感じの映画が流行ってるよな…マトリ…何だっけ?)

どう見ても関わり合いになりたくないタイプなのでそのまま逃げようとする。

「すみません。待って下さい」
「ったく、何だよ…」
「実はこの写真の男を探しているのですが…」

そう言って男達は一枚の写真を取り出す。

(お、良い男じゃん。なんか優男って感じだけど……)

外人(?)男性の真正面のバストアップが写っている。彫が深く黒髪で色白だ。

「学生さんなら何かと街を出歩いているでしょうから、目撃証言も取り易いかと…」
「う〜ん、知らないなァ。何この人?悪い人なの?」
「はい、大変危険な存在である事は確かです」


!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「マジかよ!!おい、こいつをぶっ飛ばせば良いんだなッ!?!?」
「ええッ!?いや、そこまでは…普通に情報を提供していただければ…」
「あ、そうか…そりゃそうだ…」

(何か演劇部にいると感覚おかしくなってくるよなぁ……?)

男達は礼を言うと立ち去ってしまった。

「……何かアイツらも十分に悪そうなんだけどな。さて、レインボー寄って帰るか」

校門から駅まで向かおうと自転車に跨ろうとすると…


ダッダッダッダッ…!!


自分を追い越して走って行く女子の背中…高橋愛だ。どうやら急いでいる様だ。

(……部活終わったみたいだな)

ふと部室のある方角に顔を向けると…。


ダッダッダッダッ…!!


こんどは小川麻琴がこちらに向かってくる。藤本には気付いてないようだが。


ガッ!!!!


「うおォォォッ!!」

小川がド派手に前方に飛び、カバンや中の小物達が空中に散らばる。
藤本は小川の進行方向にそっと伸ばしていた足を引っ込める。


ササササササッ!!!!


小川は片手を付き回転しながら着地する。カバンや持ち物は何事も無く小川の手にある。

「おおッ!!麻琴ぉ、あの体制でスタンドで手荷物回収とはさすがだねぇ」
「oioi…ミキティ何やってんスか!?パンツ丸見えだっつーのッ!!」
「…女物だな」
「たりめーだろがよォッ!!」

小川は服装の乱れを整えながら、

「あのねミキティ…ワタシはそんなコトしてるバヤイじゃ無いんスよ、マジで。
 oioioioi…それよか早く追いかけないとよォォ!!」
「何だよ、追いかけるって誰をだよ?」
「知りたきゃ勝手について来なヨ!じゃ!!」

そう言って小川は走り出す。


ダッダッダッダッ…!!


「なあ麻琴、誰を追ってるんだって?」
「げッ!!!!ず…ズルイッ!!」

藤本は自転車で息を切らしながら走る小川に併走する。

「何言ってんだ、あたしゃチャリ通なんだよ。何なら乗るか?」
「お!そりゃありがてェェェェィ!!FRIENDSHIPッ!!!!」

後部に乗るのかと思いきや、小川はそのまま後ろにつかまり、
まるで水上スキーの体制で地面を滑っている。

「靴の摩擦を無くしたんだよォ。まさか地面ってワケにゃいかねーからヨ!!」
「だ・か・ら!!それで誰を追ってっかっつってんだよ!!」
「何だィ、もうソッチの話かィ?そら…愛ちゃんだよォ」
「愛ちゃんって高橋?それならさっき向こう走ってったな…」
「ああ…あのうちらのエースのアヤシイ行動…こりゃ何かアルと見たネ」
「演劇部からすりゃ、麻琴、おめぇの方が怪しいんじゃねーのか?」
「oioi…ミキティはワタシの味方だと思ってるんだがなァ…」
「へ?あたしはあたしの味方だよ」
「……グレートッ!!」

自転車は杜王駅の前まで差し掛かる。

「oioi…あれ愛ちゃんじゃないのかィ?」
「あ?どこよ?」
「ほら、あの厚底ギャル二人組の前だヨ」
「お、あれか…それより麻琴、厚底履いてる奴見ると足引っ掛けたくならねぇ?」
「足癖悪ッ!!」

駅前に自転車を置き、二人は徒歩で高橋を尾行する。

「あたしさぁ、こういうのあまり趣味じゃ無いんだけど…ちょっぴりワクワクするな!!」
「ものすごく楽しそうに見えるのは気のせいかよォ…」

高橋は駅構内を通り抜け、繁華街のある東口へと出る。
藤本と小川の二人は人ゴミの中を一定距離を保ちながら尾行を続ける。

高橋は大通りを歩いていたかと思うと、ふいに路地へと入り込んだ。
彼女は細々とした道の網の中をまるで迷いも無く進んで行く。それを追う藤本と小川。
角を曲がる高橋。急いでその角まで走り、顔だけをそっと出す二人。その繰り返しだ。

「おい…バレてんじゃねぇのか?ありゃ、あたし達を撒こうとしてるだろ?」
「いや、追っ手がいなくてもそうしてるんだろうよォ。ますますあやしいゼ…」

そして、これまでと同様に高橋の曲がった角まで走り、顔を出す。


!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「いないぞ…!?」
「どういう事だよォ…!?」

迷路の様な路地の行く着く先、三方を雑居ビルに囲まれている薄暗い袋小路。
高橋の姿が忽然と消えた!!
ビル同士の隙間はとても人が通れる幅では無く、ビルもそれぞれが4、5階の高さだ。
裏口のドアはあるが、鍵は閉まっている。
特に姿を隠す様なものは無く、マンホール等も無い。

「ほんの数秒で…どんなマジックだよ…oioi」

ぶつぶつ言いながら横を見ると、藤本がBT・03を出してあちこち触れている。

「よォ、ミキティ…何やってんだよォ…?」
「あぁ?きっとアイツがこの数秒で何か細工したに決まってんだ。時間戻して調べてんだよ」
「オオオオォォォォッ!!!!ミキティも成長したんだなァ…oiッ!!!!」
「おめぇ、年下のクセにあたしをバカにしてんのかッ!?」
「イヤ、そーゆーワケじゃないんだけどサ…」


ボコォッ!!!!!


突然地面に直径1m程の穴が開いた…と言うよりも、明らかにヘコんでいる。深い窪みだ。

「ビンゴッ!!!!このヘコみは高橋の…」
「LA・ルノアールだよォォォォッ!!!!」
「なるほどな…でも、もうヘコみは無いみたいだし、これでどうやって姿を消すんだ?」
「はッは〜ンンンンッ!!!!ソレはこーゆー事じゃナイのかネ…」

小川は藤本の腕を攫むと、そのまま自分もろとも穴に飛び込んだ!!

「うわッ!!!!」


ザザザザザザアアアアァァァァ…


LA・ルノアールの作り出した穴の中を二人は滑り落ちて行く…。

「おい!!マジかよッ!!!!」
「マジの大マジだよォォォォッ!!!!」

穴は先細りになっていて、二人は穴の底からやや浮いた上体で密着したまま停止する。

「せ、狭いし痛い…」
「少しの辛抱だよォ。そろそろくるゼィ…」
「3」
「2」
「1」

空間が動いてきた。下から何かが突き上げてくる感触が…


ドシュウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥンンンンッ!!!!!!!!!!!!!!


「だあああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!!!!!!」
「イヤッホ〜イッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

二人はまるで打ち上げ花火のごとくに見事に空中へと飛び上がった!!
そして、スタンドを使いながらも何とかビルの屋上へと着地する。

「はあはあ…危ねぇ…ギリギリだったじゃねぇか…」
「さすがに定員は一人だったかィ?」
「ルノアールでこんな事も出来んのかよ…ったく、高橋はマリオみてぇな奴だな…」
「今度キノコでも食べさせようぜィ…」

周囲を見渡す。屋上には給水タンクや物置、配管等が見られる。
物置の方で声がするので、距離を保ちながら方角を変えながら移動してみる。
ちょうど屋上出入り口の影に隠れる位置で、物置の入り口を確認する事が出来た。
物置はプレハブの小さな小屋になっていて、窓も付いている。

「おい、高橋の他に誰かいるぞ……スーツ姿…ありゃ男だぜ!!!!」


!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「おい麻琴見たかよ!!スタンドも月までブッ飛ぶこの衝撃!!何とあの高橋が男連れとは…」
「…………」
「ちッ!この位置からじゃ顔は見えないな…」
「…………」
「しかし、あんな遠回りして逢引たあ…高橋もやるじゃねーか、なぁ麻琴?」
「…………」
「『恋愛でもエースを目指します!!』ってか、うひひひひ…」
「…………」
「あいつ意外と面食いそうだからどんな奴が相手……おい麻琴?…聞いてるのか?」

返事がまるでないので顔を覗き込んでみる。


ドボドボドボドボドボドボ…!!!!!!!!


「ま、麻琴!?!?おめぇなに泣いてんだよッ!!!!」
「愛ちゃんンン…ウソだろォォ…ワタシだってカレシいないっつーのによォォォォ!!」
「おい、何も泣くこたぁねーだろーがよぉ」
「ラってラって…演劇部は男女交際禁止ラって思ってたんラもん…えぐえぐ」
「…とりあえず、おめぇの気持ちはこれで100%分かった」

男は何かに腰掛けているようだ。顔は物の影に隠れて良くは見えない。
高橋も横顔だけしか見えないが、おしゃべりしながら時折笑顔が見える。

「しかし…いくら内緒ったってよ…この場所はどうよ?
 とても、デートコース向けには思えないんだがなぁ…」
「そ、そ、それもそうだ!!そうだ!!全く!!その通り!!」
「人に見られちゃマズイ事でもあんのかな?」
「ええええええェェェェッ!!!!ソレってソレって、アンナコトやコンナコト…」
「いちいちうるせーよッ!!w」

高橋がこちらを振り向く!!!!慌てて身を隠す二人。
高橋は不思議そうな顔をしていたが、すぐに男の方へと向き直る。

「やべぇ、もう少しで…おい麻琴、おめぇもう少し静かにしろッ!!」
「声が大きいのはミキティの方だろうがよォ…」

しかし、男の方も体勢を変えたのか、今度は顔が見えるようになっている。

「しめたッ!!……ありゃ外人か…?」
「ホントだ。外人だ。でも外人のクセに髪が黒いのかよォ…」
「日本人のクセに金髪のおめぇが言うな!!……おい、それよりもな…」
「何だよォ?」
「高橋…あいつヤバイぜ」
「ヤバイって、何が!?」
「ありゃ間違いない…」

(……写真の男だ!!!!)


   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


同日同時刻……


エネスコは夕飯と称してトマトジュースを飲み、ただそれを見つめる高橋。
ビルの屋上。プレハブ小屋の隅には、空き缶が几帳面に積まれている。
彼はこの数日間ずっとトマトジュースだけで過ごしているらしい…昨晩を除いては。

「いつもソレばっかりで…美味しいん?」
「正直言って、あまり美味しくは無いですね」
「じゃあ、何でそればかり飲むんよ?」
「水みたいなものです。あれだって美味しいから飲む訳では無いでしょう?
 あ、でもトマト料理は好きです、はい」

ジュースのお陰なのか、今ではだいぶ体の怪我は回復している。
ただ、元々色白のせいもあるのか、顔色は優れている様には見えない。

「エネスコさんはこれからどうするんよ?いつまでここに…?」
「私は…故郷に帰りたいと思います」
「故郷って…ルーマニア?」
「はい、私は10年前の革命でこの国に父と亡命してきました。
 父がある分野での研究者として高名であった為にそれが可能だったのです」
「亡命…研究…?」
「ははは…難しい話は止めましょう。そろそろ故郷が恋しくなってきました。
 身内はもういませんが、やはりルーマニアは私の祖国ですから。
 故郷には想い出もあります。どこへ行っても必ず帰る場所なんです」
「きっと素敵な国なんやろうね?」
「はい、それはもう。色々ありましたが、それもまた歴史ですから。
 雄大な自然、そして情緒ある町並みは最高ですよ」

こうして故郷の話をするエネスコは本当の子供の様に無邪気だった。

(あっしも故郷は大好きがし。何か協力できるやろか?)

「でも、帰るってどうやって…どうせパスポート無いやろ?」
「はい、逃げて来ましたから」

エネスコはアッケラカンと笑う。

「どうするん?」
「大丈夫。帰るアテならあります。それが明日なのです」
「明日…?」

そろそろ外も暗くなってきた。エネスコは立ち上がり、プレハブの外へ出る。

「見て下さい」

彼はそっと空を指差す。
まだ空はやや明るいながらも、その先には大きく煌々と輝く月が浮かんでいた。

「満月やざ。すごい、表面が肉眼でも見えそうがし」
「いいえ、まだ微妙に欠けていますよ。満月は明日です」
「明日かいな」
「そうです。明日…満月の夜こそが私の真の力を発揮する時なのです!!」
「吸血鬼やから?これも安直やよ」
「いいえ、生物が月の影響を受ける…これは紛れも無い事実です。
 例えば、満月の夜に産卵するサンゴをテレビ等で見た事はありませんか?
 他にも多くの生命体が月の影響を受けているでしょう」
「あっしも?」
「は、はい……女性はちょっと微妙な話になりますが…」
「????」

「『ルナ』と言えば、古代ローマでの月の女神ですが、彼女の名からちなんだ、
 『ルナシー』や『ルナティック』と言えば『狂気』を意味します」
「ルナ…は聞いた事あるやよ」

エネスコはとても優しい笑顔でうなずく。

「太陽が生命の生と死を表すのなら、月は精神の生と死を表すのです」

エネスコは辺りをフラフラと歩き回る。

「fufufun…fufufun…fufunfufun…fun…♪」

夜空に浮かぶ月を眺めながら、エネスコが何かを口ずさむ。

「fufun…funfun…fufufun…fufufun…♪」

「それって何の曲なん?」

エネスコは鼻歌を止め、高橋に向き直る。

「これですか?この曲は私の国…と言うより地方の民族舞踏曲です」
「ワルツの様な感じやざ」
「はい、ワルツです」

エネスコは高橋の前にひざまずき恭しく一礼をすると、そっと右手を高橋に差し出す。

「どうかこの私と踊っていただけませんでしょうか?」

突然の誘いに驚き、思わず目を見開く高橋。

「ええッ!!あっしワルツなんて踊れんよ」
「簡単なステップだけで十分です。さ、手を取って…」
「は、はい…」

「fufufun…fufufun…♪」

エネスコは自分の鼻歌に合わせて軽くステップを踏む。
さらにそれに合わせて高橋が足をバタバタ動かすが、とても舞踏といった感じではない。

「はは…悪くないですよ。1、2、3…1、2、3…」
「コケそうやよ」
「すぐに慣れますよ」

実際、高橋がそのステップを覚えるのには、さほど時間が掛からなかった。

「fufun…funfun…fufufun…さすがですね…♪」
「いやあ…マグレやよ…」

次第に踊りが本格的になるが、それでもまるで長年のパートナーの様にお互い息を合わせる。
雑居ビルの屋上という殺風景な風景のはずが、満天の星と月光のライトが二人を彩る、
どんな劇場をも越えた最高のステージとなった。観客のいない二人だけのショウ…。

「fufun…funfun…fufufun…fufufun…♪」


…………


やや踊り疲れた二人は、それぞれ適当な場所に座り空を見上げる。

「どこから見上げても月は月です。美しい」
「ほやね」
「明日の日暮れにここを発ちます。
しばらくぶりですが、私の館に忘れ物を取りに行かなければなりません」

エネスコはじっと高橋を見つめる。月の様に青白い瞳が一瞬光った気がした。

「愛さん。あなたもご一緒にどうですか?」
「…はい」

高橋の目は虚ろだった…。


   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


藤本は校門の側をうろつきながら、ある人物を探していた。
いや、『人物達』と言った方が良いだろうか?昨日の黒服達の事だ。
『今日はムリか』…と諦めかけていた時、男達がライトバンから降りてきた。

「ちょっとアンタ達…」

今度は藤本の方から近寄って話し掛ける。

「あなたは昨日の…」
「なあ昨日の写真の男の事だけどさ…ありゃ何者なんだ?」
「ここだけの話ですが…実は非常に危険な…」
「危険なのは知ってんだよ!!どう危険かっつーのッ!?」
「いや…それは…」
「言えないくらい危険って事か?…だったら警察に任せた方が良くね?」
「いいえ!!そ、それはッ!!!!マズ…」

男達は途端に狼狽する。それは藤本も計算済みだ。

(……だろうな)

「じゃあ、もっと詳しく教えてくれよ。こっちも危険を知らずに探す気が起きないぜ」
「まあ、それもそうですね…では多少は…」
「よしきた!!」

案外お人好しの男達は藤本の耳元に顔を寄せて声を潜める…。

「実はですね…あの男は……吸血鬼なんです…」


!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「何だってえええええええええええええッ!!!!!!!!!!!!」
「何だってよォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!!!!!!!!」


「…って、麻琴!!おめぇいつの間に!!!!」
「たった今、部活終わったんだよォ」
「いちいち音も無く近付いて来んな!!おめぇはドスドス歩いてる方がお似合いだ!!」
「そらヒドイがなッ!!」

「もう、二人共何やってるんですか?」
「げッ!!亀井までッ!!」
「『げッ!!』って何ですか?僕が来たらマズイ事でも?悪い事でも…何か?」
「しねぇよ!!」
「oioioioi…それよりも愛ちゃんがマズ…グヘェェッ!!!!」

BT・03の拳が小川の腹にメリ込んでいた。

「おめぇはよけーな事を言うな…とにかくだ…」

藤本は呆れ顔の黒服二人に向き直った。

「吸血鬼って何?血とか吸うの?ゾンビ?」
「え、ええ…まあ、そのようなモノで…」
「ええッ、何ソレ!?!?高橋さんに何か関係が…グフッ!!!!」

BT・03が亀井の口と鼻を塞いでいた。

「サイレント・オースリー!!おめぇも黙ってろッ!!」
「グフグフ…モゴモゴ…!!!!」

亀井は手足をバタバタしている。

「ま、とにかくヤバイヤツって事は分かった。探してみるわ」
「ご協力願えるのは頼もしいのですが、この男には必要以上に近付かない方が良いでしょう」
「何で?」
「この男は催眠術が使えるのです。洗脳される可能性があります」
「マジかよッ!!!!高…うッ…!!」

思わず自分まで名前を言いそうになったが、ニヤッとしている小川を見て何とか抑えた。

「念の為に言いますが、男の目には要注意です」
「目?」
「そうです。彼は目を使って相手を操るのです」
「それがヤツの能力か!?」
「能力と言いましょうか…彼は元々催眠術師ですから」

(…ったく、カーズ・ホソキやら上戸彩やら、この町はその手のヤツが多過ぎるぜ。
 しかし、だとするとあの高橋言えどもヤバイ。洗脳されている可能性が高いな)

昨日はアレからしばらくして小川と二人で帰ってしまった。
覗きみたいな事はしたくなかったし、高橋なら危険は無いだろうと判断したからだ。
しかし、これは手痛いミスだ。やはり高橋は…!!

「そうですね。何かありましたらここへご連絡下さい」

黒服の男は紙切れに何かを書き込むとそれを藤本に渡した。電話番号だ。

「アンタ達の連絡先ね。分かったよ」
「ご協力感謝します」

男達はお礼を言うと、そのまま車で立ち去ってしまった。
藤本達は紙切れを無造作にポケットに突っ込む。

(こいつらの協力なんて関係ねぇ。あたし達で何とかするんだ)

「さてと…」

ようやくBT・03で塞いでいた亀井の口を開放する。

「はあ…はあ……ああ、死ぬかと思った…もう!!鼻まで塞がないでよッ!!」
「おめぇらが高橋高橋うるせーからだろが!!」
「だって…高橋さん、今日練習休んだんだよッ!!!!」
「やっぱ来てないのか!?普通なら別に休むくらい珍しい事じゃ無いんだろうが…」
「oioi…ミキティと一緒にするなよォ。愛ちゃんは入部以来ずっと皆勤賞なんだゼ」
「マジかよッ!!しかし、なおさらそんなヤツが休むって事は…?」
「そーとーヤバイってコトだろうがよォッ!!!!行こうゼ、あの場所に!!!!」
「ああ、そうだな」
「僕も行くよッ!!吸血鬼相手だったら前にも戦闘経験あるし!!」

意気込む亀井を小川が制す。

「いや、亀ちゃんはれいなを連れてきてくれナイか?」
「あ、波紋!!うん、探してくる!!」

亀井は部室の方へ走って行った。

「れいなならここから携帯で呼べば良くね?」
「もちろんそれもするサ。保険ってヤツだよォ」
「麻琴、おめぇはキレるヤツなのかアホなのかいまいち分からんな」
「ミキティに言われたくナイんだがなァ…」
「あたしは別の意味で『キレる』ヤツなんだよ」
「…なるほど」


   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


藤本、小川が例のビルへ向かっている途中…。


ちゃ〜ら〜ららららら…♪


「wowx4!!…♪」

小川の携帯が鳴り、それに合わせて歌っている。

「何、歌ってんだよ?」
「シャイ娘。のLOVELYマシーンだよォ。今年のヒット曲。知らない?」
「ああ、聞いた事はあるな…最近入ったヤツは真希ちゃんに似ているよな?」

藤本の言葉にうなずきながら、小川は電話に出る。

「もしもし…亀よ、亀ちゃんよォ」

『ア、オガワサン…レイナノコトナンダケド……』

二人の会話はしばらく続いたが、やがて小川は携帯の通話を切る。

「何だって?」
「部室にも教室にもいないってサ。携帯も繋がらないって…先のワタシと一緒」
「だあああああああ…こういう時に限って使えねー!!」
「どこ行ったんだろ?この神出鬼没さはホント猫のようだナoi」
「誘えばもれなく付いて来るヤツなのにな…」
「…とりあえず亀ちゃんにはあのビルの場所教えといたヨン」
「で、そのビルが今あたし達の目の前にあると…」


ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ…


さすがに真夏と違い、この時期は日が落ちるのが早い。辺りはもう暗くなり始めている。

「どうする?亀井を待つか?それとも今踏み込むか?」
「う〜ム、人質取られてるしなァ…とりあえず屋上まで行ってみますかィ…oi」
「ま、いるかどうか分からんけどな…」


ガタン…


ふいにビルの入り口が開いた。中から人が出てくる……高橋だった。

「あら〜!?!?」

もう一人はフード付きのパーカーを着せられているが、おそらくあの吸血男だ。
もはやこの状況はごまかし様が無い。開き直って声を掛ける。

「おい…高橋…」


ドババババババババババババ!!!!!!!!!!!!!!


いきなりLA・ルノアールで殴りかかる!!

「おわッ!!てめぇ何しやがるんだッ!!!!」

肩をつかもうと手を伸ばすが、さらに…


ダダダダダダダダ…!!!!!!!!!!


LA・ルノアールの迫り出しが地面から横一列にまるで壁の様に立ち上がる。
藤本達が一瞬道を塞がれた隙に、高橋達は近くに止まっていたタクシーに乗り込む。
おそらく事前に用意してあったものだろう。タクシーは直ぐに発車する。

「ちくしょう!!逃げられたかッ!!やっぱアイツ…」
「ミキティッ!!」

小川がタクシーに向かって走り出す。

「ワタシ自身の摩擦を消すから、BT・03でワタシをタクシーまでブン投げてくれィ!!」
「よしきたッ!!」


ドガアッ!!!!!!!!


藤本はBT・03で思いきり小川を蹴り飛ばした!!

「ooooooooooooooooooooooooooiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiッ!!!!!!!!!!」
「おお、よく飛ぶなぁ…ゴールデン・ゴールだ」


ドヒュウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンンンン


まださほど加速の付いていないタクシーの上に差し掛かり、小川は能力を解除する。

「イテテテテテ…ったく、もっと優しく飛ばせよォォォォ…」

車後部に何とか手を引っ掛け、そのまま低い姿勢で路上スキーを始める。

「排ガスがウゼーな…oi」


グニャ!!


FRIEDSHIPでタクシーのマフラーを外側へ曲げてしまう。

「…サテサテ愛ちゃん…一体どこへ逃げるつもりかィ?」


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小川麻琴は高橋愛を思う…


元々は演劇部の偵察だったハズが、マサカマサカ自分が演劇部員になるとはよォ…。
ミイラとりが何チャラとは昔のヒト達はウマイ事を言うもんだナ。
巻き込まれるようにして始まった2次審査だが、その相手が愛ちゃんだった!!!!
エース候補の攻撃はハンパ無く、スタンド使いホヤホヤのワタシは手も足も出なかったヨ。
ま、最後は相手の油断もあってナントカ勝てたがネ。結果オーライでも勝ちは勝ちだ。

傷は負っちまったが、次の日演劇部に顔を出すことにした。
はたして、そこに愛ちゃんはいた。あちこちに包帯を巻いて、松葉杖を突きながら…。

「アンタ、休まなくて大丈夫なのかヨ…oi。ワタシより怪我ヒドイんじゃないのかィ?」

愛ちゃんはキッとこっちを睨みやがった。

「あっしは演劇部休んだ事ないんよ。それをアンタの為にくつがえせるかッ!!」
「!!!!」
「あっしが休んでも演劇部の活動は続く…あっしが休んでいる間にみんなは成長する…。
 あっしはあっしが休んでいる間にみんなに差を付けられるんがイヤなんやよッ!!!!
 演劇部員としてもスタンド使いとしても、あっしが常に1番でなきゃダメなんやよッ!!
 だからノウノウと休んでるワケにはいかんのがしッ!!!!!!!!」
「…………」
「あっしはアンタに負けた。それが許せん!!!!
 アンタにこれ以上差を付けられるワケにはいかねぇ…。
 アンタがあっしの知らないトコロで成長するのが許せねぇ……小川ぁ…」
「な、何だよ…?」

愛ちゃんはニヤと笑いながら言った…。

「もうおめーには二度と負けねぇ…」


今現在、路上スキーをしながらも、小川麻琴は高橋愛を思う…


(せっかくの皆勤記録破っちまって…何やってんだよォ愛ちゃんンンッ!?!?)


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イライライライライライライライライライライライライライライライライライライライラ…


藤本は腕を前に組みながら、右足と左人差し指をトントンとリズム良く打っている。
しばらくして…。

「藤本さ〜ん!!」
「おせーぞ!!亀ッ!!」
「うわああああああん!!!!これでも必死でコイで来たのにぃ!!!!」

良く見ると亀井は青いマウンテン・バイクに跨っている。

「おい何だよ、ソレ?」
「うへへへへへ…こないだ買ったばかりなんだ。まだピカピカでマブシイでしょ?」
「ああ、マブシイな…おめぇのフトモモがな」
「そっちかいッ!!!!」
「亀ッ、悪いがそのチャリ借りんぞ。あたしは急いでるんだ!!」
「ええッ!?僕も一緒に行くよッ!!」
「一緒って、どうやったらマウンテン・バイクに二人乗り出来るんだよ!!」
「こうすれば良いじゃないですか?」

亀井はM・バイクに跨った藤本の背中にしがみ付いた。

「おい、それじゃ重くて進めねぇって…」


フワアァッ…!!


「お…軽くなった…?」
「S・エリーゼACT3…これなら総重量20キロ位じゃないですか?」
「耳元でささやくな、くすぐったい。行くぞ」

藤本は軽快にペダルをコギ始めた。


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亀井絵里は高橋愛を思う…


入部したての頃、僕は元々が内気な性格から、上手く場の雰囲気に馴染めなかったし、
パフォーマンスもコジンマリとして、なかなかみんなのペースに付いて行けなかったんだ。

その日もみんなの足を引っ張ってばかりで、何の進歩も無いまま練習は終わってしまった。
正直、なかなか上達しない自分に対し苛立ちと失望も感じていた。
そんな時、部室で読書をしていたハズの高橋さんが声を掛けて来たんだ。

「亀子ォ〜、どうよ難しいかー?焦らんでじっくりやっていくんやよー」
「…すみません。でも、ドルフィンも上手くできないし…才能無いのかな…」

高橋さんとは学年は同じだが入部の時期が違う。高橋さんの方が先輩に当たるのだ。
だからこの頃から自然と敬語になっていた。

「もっと自信を持つがし。誰にでも出来るはずやのに簡単には出来ないモノってなんよ?」
「え?何か話が矛盾している様に聞こえるんですが…?」
「そやね。でも間違ってないんよ。……それは努力やよ」
「努力…ですか…?」
「誰もが言うほど簡単では無いんよ。亀子ォ、アンタは自分自身を分かっていて、
 それを変えたいと思っている。それだけで成長の下地は出来ているんやよ」
「でも、それだけでは…」
「何でも一発オーケイのヤツなんてそうそういないやざ。アンタもあっしもそう。
 だから、努力して常に成長し続けるんやよ……亀子ォ…」

高橋さんはまさにエース格の貫禄でもって語り続ける。

「昨日より今日。今日より明日。明日より明後日…常に自分自身を越えて行くんよ。
 努力を持続させる事が出来るヤツは、何でもこなせるヤツよりもスゴイんだ!!!!
 アンタは常に成長し続ける努力をしろ!!ウチラはそういうヤツを目指すんよ!!」


今現在、半分宙に浮いた様な状態でありながらも、亀井絵里は高橋愛を思う…


(高橋さん…もっともっと僕は彼女からから学びたい……)


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藤本は携帯電話で小川からのナビを頼りにM・バイクをコギ続ける。
S・エリーゼACT3のお陰で急な坂道でも楽勝だ。
下り坂に差し掛かり、やや重量を重くして加速を付けて行く。

「いやっほ〜いッ!!!!」
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!!!!!!!!!」


!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


すると、前方の路地から乳母車を押している母親が道を横切ろう現れた!!

「げッ、ヤバイッ!!亀ッ!!ACT3であたし達をチャリごと宙に浮かせろッ!!」
「そんな!!!!ちょ…ああッ!!間に合わないッ!!!!」

もう乳母車は目の前だ!!!!

「だったらよ…このまま突っ切らしてもらうッ!!亀ッ!!しっかりつかまってろッ!!
 しかし、BT・03ッ!!VVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVVッ!!!!」


ゴバッ!!!!


バラバラに解体されるM・バイク。その破片達と共に藤本達も空中で乳母車上を越えて行く。
何とか乗り切ったと勝利の表情の藤本。バラバラのM・バイクを見て放心状態の亀井。

「そして直す」

BT・03の『満月の流法』で元に直したM・バイクで二人は再びツーリングを始める。

「だあああああああああああッ!!!!僕のバイクがあああああああああッ!!!!」
「るせーな!!元に戻してやっただろッ!!」
「どうせまた後で壊れるじゃんッ!!」
「壊れる?…それはどうかな?」

空には大きな満月。その光を浴びて、『ブギートレイン・03』も青白く光輝いていた…。


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藤本美貴は高橋愛を思う…


高橋とは『おとめ組vsさくら組』でのバトルで1度だけ戦っている。
能力とか体力とかそんな次元を超越した、あの高橋の執念ってヤツにあたしは負けた…。
ちくしょう…紙一重だったんだがなあ…。

ただ、あの戦いの後の事も忘れてはいない…。
お互いボロボロでぶっ倒れた状態の中、高橋はゆっくりと立ち上がろうとする。
もう終わったと思っていたあたしは、とてもじゃないがそんな気力は無い。

「…お…おい…まだやろうってのかよ…」
「…10カウント…以内に立てば…負けじゃあ…ないんやよ…」
「…おい…そんなルール…誰が決めた」
「…ふふ…あっしやよ」

そして、高橋は最後にLA・ルノアールの迫り出しを杖にして立ち上がる。

「…はあい…あっしの勝ち」
「…勝手にしろ」

高橋は確かに笑っていた。あの瀕死の状態でありながら…。
そこからはエース格として負けられないという重圧など感じられなかった。
純粋に好敵手に巡り合えた喜び!!そして、その者に勝利したという極上の歓喜だった!!

高橋愛は常に勝利に飢えている!!!!


今現在、足がパンパンの状態でありながらも、藤本美貴は高橋愛を思う…


(次ヤル時はぜってぇにあたしが勝つ!!)


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広い部屋にほのかにランプが灯る。天井には豪華なシャンデリア。壁に肖像画。
開いたカーテンから大きな満月が顔を覗かせ、月光が細かい幾何学模様の絨毯に窓の影を映す。
それからさらに人の影が重なる。


コトン…。


エネスコはワインボトルをテーブルの上に置く。
グラスの赤ワインを月明かりにかざしながら、その波が揺れるのを眺めている。
エネスコは黒のタキシードに黒の外套…まるでおとぎ話の吸血鬼そのものだ。

「さあ…今夜ですね…」

ニィ…と笑顔を浮かべる。その白い歯には二本の立派な牙が付いていた。


ガチャ…。


部屋のドアが開く。
高橋が部屋に入って来る……純白のドレスを身にまとっている。
飾り付けも少ない非常にシンプルなものだが、逆に彼女の体のラインを引き立てている。

「おお…美しい!!」

彼女は何も言わずに、ただ恥ずかしそうにうつむいた。
エネスコが高橋の側に寄る。タキシードのポケットから何かを取り出す…。
レースをあしらった真っ赤なバラのコサージュを、彼女の胸に付ける。
それは真っ白な雪の平原に咲く命の花の如く、赤々と咲き誇る。

「非常にお似合いです。心配していたサイズもピッタリだ」
「エネスコさん、このドレスは…?」
「私の姉の物でした。幼い頃にパーティー用に一度だけ着たものです」
「あひゃ、子供用かいな……お姉さんは今どこに…?」
「はい。祖国ルーマニアの地で眠っています」
「眠っている?」
「はい。彼女は永遠に子供のまま祖国の大地の下で眠り続けるのです」
「それって…」
「彼女は亡くなりました。十数年前、学校からの帰り道にある事件に巻き込まれて…」

エネスコは乾いた口元をワインでそっと湿らす。

「犯人は何か不思議な能力をもっていたそうです。逃げられてしまいましたが」

(……スタンド使いやざ!!!!)

「いくつかの目撃証言によると、犯人はフランスの方からやって来たとの事。
 そして…彼は両手が右手だったそうです」
「えェッ!?両手が右手…!?!?」
「既にその時点で不思議な話ですね?犯人捜索の矢先にあの革命です…。
 残念ながら、事件はそのまま迷宮入りとなりました」


ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド…


「嫌な気分になりましたか?そんな姉の着ていたドレスなんて…」

エネスコはやや不安そうに目を伏せる。

「い、いえいえッ!?そんな事無いやざッ!!
 むしろ、そんな強い想いの篭ったドレスをあっしなんかが着たら…なんか申し訳無い…」
「いえ、あなたに来ていただきたかった…今日は姉の命日です。
 この日にあなたと共に過ごす…私には何か運命すら感じられます!!」

エネスコは残りのワインを一気に飲み干す。

「さて、この館にもそうそう長居する訳にはいきません。
 組織の連中もこの場所くらい知っているでしょうからね。実はもう既に…。
 満月の輝く今夜中に、私は山を越え海を渡らなければなりません」
「ええッ!!出来んの!?」
「今夜ならば…愛さん、あなたともここでお別れです」
「あっしも一緒に行ったらいかんの?」
「そうしたいのは山々ですが…しかし、あなたにもまた帰る場所がある。家族がいる」

エネスコは高橋をじっと見つめる。

「あなたをここに連れて来たのは軽率でした。最後の別れと思っていたのですが…。
 私は駄目な男だ!!この期に及んでまだあなたを諦められないでいるッ!!!!」

エネスコはその想いに掻き乱され苦しそうに胸を押さえる…。

「ヴァ・チェル・スクーゼ(ごめんなさい)…。
 …どうやら私はあなたを本気で愛してしまった様だ」

高橋は嬉しそうに微笑みを浮かべる。

「それならあっしもやよ…」
「いいえ、あなたはただ催眠に掛かっているだけ…ああ、私は何という罪を…」


!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


エネスコは不意に顔を上げ、窓へ向かい外を覗く。

「どうしたん?」
「庭の草木がざわめいています。誰かが侵入した様です…何か不穏な空気を感じます」
「もしかして、ナントカ組織の…?」
「そうかも知れません…しかし、今日なら何とか逃げ切れるはずです」
「逃げる?コソコソせんでもあっしが何とかしてあげるやよ」
「いえ、彼等は放置しても良いのです。無用な争いを避ける為に今夜を選んだのですから」

高橋は優しい笑顔を浮かべる。

「…エネスコさんは良い人やね」
「なぜです?」
「その組織はエネスコさんを利用した悪いヤツ等なんやろ?
 なのにその組織の事まで心配してる…良い人やざ」
「少々不便ですが、今の力を与えてくれたのは彼等です。感謝もしています」
「それって…一体どんな組織なん?」
「遺伝子の操作に関わる研究をしています。組み換えや他の生物との合成です。
 元々は植物…特に農作物に関わるモノが主でしたが、最近では動物の研究も盛んです」
「動物のぉ…想像つかんやよ」
「ここにいますよ」
「へ?」

エネスコは自分を指差し、いたずらっぽく笑う。

「私もまたその研究の成果ですから」


   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


落ちてきそうな程に大きい満月が照らし出す、妖しく古びた洋館の入り口の門の前、
人里離れた建物の周囲は鬱蒼とした森林ばかりで、道は舗装もされていない。
そんな場所で、小川麻琴はある疑問にぶつかっていた…。

「oioioioi…一体どうしたコトなんだよォ…?」

洋館の前に到着したタクシーからすばやく離れ、木陰に身を隠した彼女は、
まず高橋が吸血男と一緒に洋館へと入って行くところを見届けた。
追跡する気もあったが、タクシーがその場から移動する様子を見せないので、
仕方ないのでとりあえず敷地の周囲をグルッと巡る事にした。
そして、一周して戻って来るが、まだタクシーは立ち去ってはいなかった。

「何だ、待ってるのかヨ?さらにどこかに行くつもりなのかィ?」


ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ…


何かがオカシイ…小川は直感的に思った。
ここを離れるまではタクシーはハザードランプを点滅させながらアイドリングしていた。
しかし、今はそんな人の気配を感じない。エンジンもランプも消えている。
運転手は再び二人が出てくるまでの間、仮眠でもして待つのかとも考えたが、
まだ冬前とはいえこの辺りは相当冷え込む。エアコンくらい付けても良さそうだ。


ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ…


小川は恐る恐るタクシーに近付く。そして窓の中を覗いてみる。

(……やはり!!)

タクシーの中はもぬけの空だった…。

「oioioioi…運ちゃんはどこ行ったんだよォッ!?」

まさか、館の中に入って行ったとは考えにくい。どこへ消えた!?

(チクショー…こうなったら一人でも中に潜入するか…?)


キシキシキシキシ…。


遠くから何かが軋む様な音が近付いて来る。
小川は『FRIEDSHIP』を発現させ、まだ見えない相手に向け構える。


キシキシキシキシ…。


「おい!!走れ!!もう少しだぞッ!!」
「ドロボーッ!!自転車ドロボーッ!!」

小川はあきれ顔でスタンドを引っ込めた。

「ヤレヤレ…何やってんだよォ」

M・バイクに乗った藤本が目の前で停車する。後から亀井が息を切らしながら走って来る。

「はぁ…はぁ…」
「亀ぇ…よく追いついたな…」
「もうッ!!何でいきなり僕を振り落として逃げるんだよッ!!」
「ああ!?おめぇがこんな夜道でワケ分からん怪談話すっからだろうがッ!!」
「僕はただ幽霊が出そうだねって言っただけだよッ!!」
「幽霊はハサミ女で十分だッ!!場所考えろッ!!アホッ!!フトモモッ!!」

小川は先程の緊張感もすっかり忘れて、とりあえず二人の間に入る。

「oioi…大声出すのはよそうゼ。おまいら仲良過ぎるんだよォ…」
「それに!!藤本さんが僕のマウンテン・バイク壊しちゃったんですよッ!!」
「…壊れてないジャン?」
「亀井、だからそれは大丈夫だって言ってるだろ」
「何で?『満月の流法』っていずれまた元の時間の流れに戻るんでしょ?」
「まあ、何と言うか…あたしも良く分かってないんだけど…満月の日は特別なんだよ」
「何ソレ?」

藤本は説明を続ける。

「曇ってても室内でも駄目。満月の光を直に浴びている時だけ能力にバラツキがあるんだ。
 もともと『満月の流法』も満月の日に覚えたモノだからな。何か関係があるんだろ?」

亀井はまだ納得いっていない顔だ。

「…でも、そもそも何で満月の光で変化するのかなぁ?吉澤さんなら分かるけど…」
「知らねーよ……ん!?もしかしたらアレだッ!!ほらッ!!」
「何?」
「あるだろ…最近よく聞くじゃん……アレだ…………2000年問題!!」

「違うよッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ちげーよォォッッ!!!!!!!!!!!!!!」

見事なダブル突っ込みが決まった!!

「ま、もし後で壊れたら弁償してやるよ」
「嘘ォッ!!ホントですかッ!?!?」
「おめぇすげー疑ってんな…まあ、ソレくらいの責任は果たすよ」
「約束ですよ」
「特別におめぇの親父から買ってやるよ……10割引で」
「それ買うって言わないッ!!」
「おまいらよォ…今年のクリスマス公演、二人でお笑いやれよォ…oi」


…………


「ヨッシャ、今から潜入するゼィ。亀ちゃんACT1頼むワ」
「ACT1ですか?音を消すんですか?」
「相手に気付かれない様にコチラの気配を消す。当然のことながらこちらも話が出来ナイ。
 だからハンドシグナルで話す…簡単に2つだけ覚えてくれヨ」

小川は手でOKサインを出す。

「『大丈夫』の時はコレ。ま、分かるだろ?」

そして、手の平を下に水平にし、中の3本の指だけを合わせて、それから軽く揺らす。

「『ヤバイ』時はこうだヨ」

二人の顔を見て確認を取っていると、藤本が口を出す。

「なあ〜んだ、ハンドシグナルならあたしも1つ知ってるよぉ」


パンッ!!


藤本は両手を合わせる。それからピースサイン。OKサイン。目の上に手をかざす。
すかさず小川が合の手を入れる。

「パン、ツー、まる、みえ」
「YEAAAAAAAAAAAAHッ!!!!!!!」
「YEAAAAAAAAAAAAHッ!!!!!!!」


ピシ、ガシ、グッ、グッ…


「二人ともッ!!くだらない事やってないで行きますよッ!!!!!!!!」

藤本が門に手を掛けた時、ふと亀井が立ち止まった。

「あ、そう言えばちょっと確認しておきたいんですけど…」
「ああん?」
「以前、吸血鬼退治での話なんですけど…敵の屋敷に入る際に紺野さんが言ったんです。
 『誰かが敵にやられる場合、お互いに助けないで逃げろ』と。
 下手な助け合いで全滅しないが為だそうです…どうしますか?」
「『どうしますか?』って何だよ?」
「僕達はどうするか?って事ですよ!!もしもって事があるかもしれないじゃないですか!?
 僕達の誰かがやられるかもしれない…それに考えたくないけど既に高橋さんが…」


「助ける」


「え…!?」

亀井の問い掛けに藤本は何の迷いも無く即答した。

「何があろうが助ける。やられるのはウチらじゃない、ドラキュラ野郎の方だ」
「で、でも!!」
「いかにもあの紺野の言いそうなこった。じゃあ聞くがよ…実際にアイツは逃げたのか?
 れいながやられた時よ…おめぇら二人してトンズラこいたのか?」

亀井は心外とばかりに首を強く横に振る。

「だろ?だからウチらも逃げない。『高橋は連れ戻す』、『ウチらも助かる』、
 『両方』やらなくっちゃあならないってのが『演劇部員』のつらいところだな。
 おめぇら覚悟はいいか?あたしはできてる」

(……藤本さん…この人はッ……!!!!)

「ウチらがダメなら、演劇部の誰かがやるだろ?行くぜ」


   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


亀井絵里は藤本を見つめながら思った…。


何なんだこの人…。普段はふざけたコトばかり言って、部活にもロクに参加しないし、
僕のコトからかってばかりいて、何度もご飯おごらせたり、おニューの自転車平気で壊したり、
年下に勉強教わったり、口も悪いし、態度だって悪いし、とにかくメチャクチャな性格で、
何でこんな人が演劇部にいるんだろうと思ってたけど…。


             『何だか不思議な説得力があるッ!!』


確かにいつも通りメチャクチャで、とても考えてモノを言っている様には見えないけど、
藤本さんには藤本さんなりの正義があって、何かとても熱く強く心に響いて来るんだ…。
上手く表現できないけど…『言葉』でなく『心』で理解できる感覚だッ!!!!

高橋さんや紺野さんとはまた違った、人を惹き付ける魅力があるんだ…。

なんだかんだ僕だって藤本さんにからかわれるのを楽しみにしている気がするし…。
一体、この人が真面目に…本気を出したらどんなにすごいんだろう?
ひょっとして…いつか演劇部を背負って立つのは実は高橋さんやれいなでは無くて…。

「あ……!!」

気が付くと藤本がじっと目を合わせていた。

「何だよ亀井、人の顔ジロジロと見やがってよ…気味わりぃな…」
「いや、別に…うへへへへ…」

まさか『見直しましたよ』なんて今さら恥ずかしくて言えない。

「なあ…亀井」
「何ですか…?うへへ…」
「……あたしで変な事するんじゃねーぞ…ジャージとかで」


!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「ウギャアアアアアアアアァァァァーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!」

今宵、満月の浮ぶ森林にこだまする亀井の叫び声は、
まさにホラーそのものであったという…。



TO BE CONTINUED
────────→