207 :マイマイ268:2006/06/15(木) 02:33:00.76
0
銀色の永遠 〜怪盗カプリコーン〜
6月!
日本は梅雨の時期に入った。
春の陽気は既に去り、じめじめとした湿気が漂う季節。
杜王町にも否応無くそれは訪れる。
そんなある日、斉藤みうなは演劇部の部室を掃除していた。
当番制で、放課後に代わる代わる部員が2人ずつ掃除をするのだが、
一緒の当番だった中等部の嗣永桃子が勝手に帰ってしまった為、
1人で掃除をするはめになったのだ。
「んもう、なんで桃子ちゃん帰っちゃうのよ」
みうなは不貞腐れながらホウキで床を払う。
208 :マイマイ268:2006/06/15(木) 02:33:21.32
0
カサカサッ
「……」
嫌な音が聞こえた。
それは彼女が大嫌いなモノのうちの1つを彷彿させた。
この季節になると現れる黒い奴、通称『G』である。
カササッ
背後でまたその音がする。
(絶対Gだよ、Gに違いないよ…
大嫌いなんだ、アレは…大嫌い)
(だから…)
209 :マイマイ268:2006/06/15(木) 02:33:49.10
0
(叩き潰すッッ!!)
みうなは身を翻し、その勢いのままホウキを振りかぶった。
「前に出るからぁッ!!」
ドンッ!!
「やった!!」
彼女は目には自信があった。
振り向いた瞬間に捉えたその黒い虫を、
確実に自分が振り下ろしたホウキが叩いたのが見えた。
Gはそこから這い出してくる様子も無い。
確認のためにそっとホウキをあげると
やはり、そこにはひしゃげたGの姿があった。
「ミッション・コンプリート!
大佐、目標は殲滅しました!」
みうなは左手に持った塵取りを無線機代わりにして
なりきりの独り言を叫んだ。
「私の目の前に現れたのが悪いんだよ」
それから今度は潰したGの回収にあたる。
210 :マイマイ268:2006/06/15(木) 02:34:11.05
0
カサッ
「…!?」
再び、嫌な足音が彼女の耳に飛び込んでくる。
それはとても近いところから聞こえてきた。
ゾクゥッ!!
彼女は自分の右足の膝に強烈な違和感を感じた。
制服のスカートがなびいて膝に当たったわけではない。
それでは、それは何か…
カサカサッ
下を向いたみうなの目に飛び込んできたもの…。
そう、Gである。 Gは2体いたのだ!
彼女の白い脚を駆け上がり、腿に達しようとしている!!
「うわああああああああああ!!!
ミッション・インコンプリートォォォォォォ!!!
伏兵がいましたあああああああああ!!!」
みうなは右手のホウキをぶんぶん振り回して
膝についたGを払い飛ばす!
「イエス! …おっ?」
211 :マイマイ268:2006/06/15(木) 02:34:37.56
0
膝からGを払った時に右足を上げてしまったため
みうなはそのままバランスを崩してよろけてしまう。
「あわわわわ!! うわっ」
ガタン!
そのまま部室の本棚に体をぶつけ、
上からドサドサと本が振ってくる。
「あっ! 痛っ!」
落ちてくる本が体に当たる。
これも片付けなければ…、などと思いながら
みうなは床に落ちた本の中の一冊に目が留まった。
「ん…部員名簿?」
拾い上げたその冊子には、『演劇部部員名簿 〜1996』と書かれてあった。
212 :マイマイ268:2006/06/15(木) 02:35:08.81
0
「1996年か。 今年が2000年だから、私が中2の頃ね」
パラパラと冊子を捲っているうちに
みうなはあるページで手が止まった。
そこに見たことのある人物の写真があったからだ。
「木村…あさみ? これってもしかしてあさみちゃん!?」
木村あさみ。
彼女はみうなの一つ上の先輩で、同時に友人であった。
ところが中学の卒業と同時に、あさみは引っ越してしまった。
引越し先や電話番号も教えずに越していった為、音信不通だったのだ。
「あさみちゃん、確か部活動やってたのは覚えてるけど、
まさか演劇部にいたなんて…」
246 :マイマイ268:2006/06/15(木) 19:01:14.62
0
--------------------------------------------------------------------
次の日。
演劇部の部室で、小川麻琴と矢島舞美に指令が下された。
「え? 美術館の警備?」
「杜王町美術館の、ですか?」
わけのわからぬ様子で麻琴と舞美は指令書から顔を上げる。
吉澤ひとみはうんと頷いた。
「ニュースで見てるかもしんねーけど、『怪盗カプリコーン』って奴。
その怪盗さんが杜王町美術館の絵画を狙ってるらしいんだ」
怪盗カプリコーン。
このところ日本中を騒がせている美術品泥棒である。
日本中転々と場所を変え、名のある美術品を盗んでいくのだが
盗む前に必ず予告状を送りつけるのが特徴である。
そして予告した美術品は必ず盗まれてしまうのだそうだ。
目撃者によれば怪盗は2人組みで、目だし帽を被っているとされている。
「あ、それだったらニュースでやってました。
ちょっと前にS市の博物館から彫像が盗まれたって…」
舞美が言う。
それに対し麻琴はちんぷんかんぷんのようだ。
247 :マイマイ268:2006/06/15(木) 19:01:33.41
0
「ニュースはあんま見ないからわかんないけどヨォ。
なんかマンガみてーな話だな。 それにさ、
警備だったら警察とか警備員に任せりゃいいんじゃねーかい?」
「ま、確かに言う通りなんだけどな。
寺田先生が美術館の館長と知り合いらしくて、
その話を聞いて、うちらを派遣すると約束したらしい」
「はぁ…」
「だから美術館に予告状が送られたって話はニュースには流れていない。
今日記者発表されるらしいが、その前に特別に教えてもらってるわけだ」
「派遣って言われても、他の警備員とかに混じってやるわけダロ?
なーんか不自然じゃねーのかな…」
確かに麻琴の言う通りなのであるが、
吉澤はそれについても回答を用意していた。
「美術館側にはちゃんと説明してあるらしい。
『泥棒退治のスペシャリスト』だってな」
麻琴と舞美は目を丸くする。
248 :マイマイ268:2006/06/15(木) 19:01:57.57
0
「oioioioi! 部長〜、なんでそうなるわけよ」
「そ、そうですよ。 全然スペシャリストなんかじゃ…。
先生はどうして私達を?」
吉澤は「ああ」と呟いて2人を見る。
「そのカプリコーンって奴らは今までの警備だと
全然歯が立たないらしいからな、並の泥棒じゃあない。
先生が、スタンド使いならってことで決めたわけだ。
ちなみにキャスティングについては俺が決めた」
「ええ!?」
「2人とも、走るの早いだろ?」
「そりゃあまあ能力使えば…」
「逃げられた時はその自慢の足で追いかけることが出来るわけだ。
それにもし相手が凶暴であっても、ベアリング弾と輝彩滑刀で
なんとか出来るだろ?」
2人は顔を見合わせ、困った顔をする。
「…それでよ、部長。
相手はもしかして、スタンド使いなのかい?」
麻琴が尋ねる。
249 :マイマイ268:2006/06/15(木) 19:02:13.06
0
「いや、そこまではわからないみたいだな。 ただ…」
「ただ?」
「どんな厳重な警備を敷いても侵入され、逃げられるらしい」
麻琴は難しそうな顔をして頭を掻き、
舞美は自信なさげに俯いてしまった。
「言い忘れてたが、盗みが予告されてるのは明日の夜。
盗もうとしている絵画は『ドリアン・グレイの肖像』だ。
くれぐれも美術品を傷つけないように頼むぞ。
それじゃ、頑張って」
そう言って吉澤はすたすたと部室を出ていってしまった。
「……」
「……」
2人は再び指令書に視線を落とす。
「怪盗を捕まえるって言ってもなァ、舞美ちゃんよ。
名探偵ナントカじゃあるまいし」
「そうですよね…。 具体的に何をやればいいのか…」
「だいたい明日はトニオさんとこにイタリア語教わる予定だったのによォ!
まったく、勝手に決めてくれちゃって…」
「え? イタリア語?」
「ああ、いや、なんでもない…」
266 :マイマイ268:2006/06/16(金) 00:43:48.99
0
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杜王駅の改札をくぐって、一人の背の低い女性が歩いてきた。
持っていた荷物を降ろして、うん、と背伸びをする。
「ひっさしぶりだなあ。 3年ぶりか」
彼女の名前は木村あさみ。
元ぶどうヶ丘高校の付属中等部の生徒であった。
「ま、背伸びするような天気でもないけどね」
あさみは歩き出す。
駅の階段を下って、駅前広場へ出た。
「なっちに矢口達、それにごっちんも…元気にしてんのかな。
紗耶香はもう傷は癒えたのかな」
楽しく、そして辛かった時代に思いを馳せ、そう呟いた。
彼女がこの町を離れたのは、演劇部のある抗争が原因であった。
激しい戦いは、一応は演劇部の勝利として終わったものの
彼女は高等部へ進学せず演劇部を辞め、中等部を卒業してすぐに
親のいるS市へ移り住んだのだった。
267 :マイマイ268:2006/06/16(金) 00:44:06.67
0
そんな彼女の耳に、号外新聞の声が聞こえてきた。
「号外でーす。 号外でーす」
バイトであろう男性が無気力な声でそれを配っている。
あさみがその前を通ると、男性は顔も見ずに新聞を目の前に出した。
「はい、号外です」
「……」
彼女も無言でそれを受け取る。
「なんだろ…」
再び歩き出しながら、薄っぺらな号外の1面に目をやった。
見出しにはこう書かれてある。
『怪盗カプリコーン 今度は杜王町美術館に予告状!
狙うは名画“ドリアン・グレイの肖像”!』
あさみもその名前はニュースで何度も聞いて知っていた。
数ヶ月前に彼女の住まうS市内でも美術品の盗難があり、
その犯人がこのカプリコーンだった。
268 :マイマイ268:2006/06/16(金) 00:44:22.62
0
「杜王町にも来るんだ」
あさみは、自分の心が高揚しているのを感じた。
『ワフッ!』
あさみの隣で一匹の犬が吠える。
毛並みの良いボルゾイ犬である。
「おー、お前も楽しみかい?」
『ワォォン!』
喜びを表して吠えるその鳴き声は、一般人には聞こえない。
この犬 ――名前は『バウ・ワウ』―― は、彼女のスタンドだからだ。
「明日にでもちょっくら美術館に行ってみるかね」
あさみはそう言うと、犬と共にホテルへ向かって歩き出した。
303 :マイマイ268:2006/06/17(土) 00:22:22.80
0
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予告日当日。
小川麻琴と矢島舞美は学校が終わった後、美術館へ向かった。
杜王町美術館はレンガ造りの古めかしい建物だ。
…麻琴と舞美は初見でそう感じた。
しかし実際はレンガは外観だけであり、中は近代的な造りになっている。
ロビーに入って、2人そのギャップに驚いた。
「うーむ、中世と現代美術の融合っつうやつかぁ」
「あのう小川さん、そこは…」
麻琴が腕組みして唸りながら感心して見ていたそれは、
美術品でもゲートでもなく、洗面所への入り口であった。
「し、知ってたけどよォ…」
「なんか緊張しますね、こういうところ」
2人はこういった場所に来るのは初めてだった為、着ていく服にも迷った。
美術館なのだからちゃんとした『よそいきの服』を着ていくべきか、
それとも泥棒を捕まえるのだからラフな格好をしていくべきか…。
相談した挙句、結局はセーラー服のまま行く事に決めた。
304 :マイマイ268:2006/06/17(土) 00:22:41.15
0
「やっぱ場違いだったかなぁ、舞美ちゃんヨ」
「うーん…学生だし、いいんじゃあないですかね…」
「だよな、たぶん大丈夫、うん」
2人はそれでもやはり自分達の格好を気にしながら、周りを見渡す。
辺りには警察官や元々美術館付きの警備員達が何十名も集まっていた。
美術館の周りはパトカーや報道車、野次馬に囲まれており、
物々しい雰囲気と喧騒で、ピリピリとした空気が充満している。
「おや、その制服は…」
しわがれた声がした。
麻琴たちが振り向くとそこには初老をとうに超えた、
髪はほとんど白髪で、細身の男性が杖をついて立っている。
「ぶどうヶ丘の制服だな。 …ということは、
君達が寺田君の言っていた『スペシャリスト』さん達かね」
老人は白ひげをさすりながら、2人に笑みを向けた。
「おう…じゃなくて、ハイ、そうですけど」
日頃の言葉遣いが出てくるのを必死にこらえながら麻琴が答える。
305 :マイマイ268:2006/06/17(土) 00:22:56.69
0
「やっぱりそうだったか。 ワシはここの館長をやっているものだ。
ほほ、こんな可愛いお嬢さん達が来るとは驚いたよ。
てっきりいかついムキムキの子だと想像していたんだが」
2人はそれを聞いて、少し申し訳無さそうに俯いた。
実際スペシャリストでもプロフェッショナルでもない。
ただスタンド使いであり、足に自信があるというだけである。
「なぁに、なにもそう気後れすることはない。
寺田君が推薦するのだから間違いはないだろうさ、ほほ」
実際には部長の吉澤の人選なのだが、それは言わないでおこうと2人は思った。
それにしてもこの館長は寺田にえらく信頼を置いているらしい、と
口ぶりから、麻琴はそれをなんとなく感じ取った。
「あのー、館長さん。 ちょっと聞いていいかい?」
「なんだね?」
「寺田先生とは、一体どういう…」
「ああ、そんなことかね。 ま、教え子というやつだな」
「「教え子?」」
舞美も一緒に声を出す。
306 :マイマイ268:2006/06/17(土) 00:23:13.64
0
「ワシは昔、大学の講師をしておってな。 寺田君はその時の生徒の一人だった。
ああ、そうそう。 彼ともう一人、小室君という生徒もおってな、
当時は2人とも競争しあっていたよ」
「へえ〜」
頷きながらも2人は『小室』という名前に反応した。
大学生の時に寺田と小室が出会っていたという事実は初耳である。
館長は遠い昔を懐かしみ、ロビーの天井を眺めながら続きを語った。
「勉強のほうは小室君のほうが出来たが…、
寺田君が秀でていたのは『観察眼』かのう。
視野が広く、物事を人が思いつかないような角度から捉える事が出来た」
寺田と小室…。
彼らの学生時代はいったいどういうものだったのだろう。
麻琴はそれが気になってしょうがなかった。
当時の寺田は一体何を考えていたのか…。
「2人は仲違いをしてしまったという話も聞いたが、
詳しいことはワシも知らない。 まぁ、直接先生に聞いてみるといい」
307 :マイマイ268:2006/06/17(土) 00:23:29.16
0
館長はにこやかに笑った。
寺田に聞いても教えてはくれないだろうと思いながらも、
麻琴は「そうしてみますよ」と笑みを返した。
「…ところで」
館長は麻琴と舞美を交互に見た。
「怪盗を捕まえる作戦とか、そういうのは考えておるのかね?」
麻琴はすぐに気まずそうな顔になった。
考えているにはいるが、それが作戦と呼べるものかどうか
彼女には自信が無かった。
「ええ、まあ一応」
「ならいんだが。 それで、どうすればいい?」
「そうですね…」
麻琴は舞美と顔を見合わせて頷いてから、館長に作戦を話し始めた。
308 :マイマイ268:2006/06/17(土) 00:24:31.90
0
同じ頃、美術館付近のビルの屋上…
…カツッ
カツッ カツッ カツッ カツッ カツッ…
ザッ
「おーおー、ものものしい警備だ。 20…いや30人はいるかな。
関係ねーけどな、どんなに人数いようがぶん盗ってやるさ」
2人の男が屋上から、100数十メートル先の美術館を見下ろしている。
そのうち1人、小柄なほうの男が屋上の縁に足を掛けて、
美術館周辺をぐるりと見回した。
「建物を囲むように警備員やら警察やらが配備されてるみたいだ。
正面入り口と裏の職員専用口はがっちりガード。
それに確かここは、夜間は窓に鉄格子が架かるんだったかな。
まあなんせよ、ぶん盗ってやるがなぁ」
それ聞いて、後ろで立っていたもう一人の長身の男が、小柄な男の肩を叩いた。
「おいオメー。 さっきから『ぶん盗ってやる、ぶん盗ってやる』ってよォ〜、
どういうつもりだテメー。 そういう言葉は俺達にはねーんだぜ。
そんな弱虫の使う言葉はな…」
309 :マイマイ268:2006/06/17(土) 00:25:17.61
0
長身の男が小柄な男の肩をぐいっと引っ張り、振り向かせる。
「『ぶん盗ってやる』…そんな言葉は使う必要がねーんだ。
何故なら俺達がその言葉を頭に思い浮かべた時には…!」
小柄な男はその言葉に汗をかきながらも、尊敬の眼差しで見つめていた。
「実際にブツを盗んで、“もうすでに”終わってるからだッ!
だから使ったことがねェーーー!!
藤次、オマエも“そうなるよな”ァ〜〜〜〜〜〜、仲間なら…。
わかるか? 俺の言ってること…ええ?」
ゴクリと唾を飲み込み、小柄な男は頷く。
「あ…ああ、わかったよアニキ…」
「『ぶん盗った』なら、使ってもいいッ!」
長身の男はそう言うと肩から手を離し、振り向いて階段へと向かった。
その後に小柄な男も続く。
そう…彼らが『怪盗カプリコーン』である!!
32 :マイマイ268:2006/06/18(日) 02:28:44.25
0
--------------------------------------------------------------------
「あれ…みうな?」
吉澤ひとみは、演劇部室のドアを開けたところで
本棚の前でパラパラと何かの冊子をめくっている斉藤みうなの姿を見つけた。
「あ、部長。 何?」
「いや、何っていうか鍵閉めに来たんだけど…。
お前こそこんな時間まで何やってんだ?」
サッカー部の練習を終えたばかりで体操服姿の吉澤が、
部室の鍵を指でくるくる回しながら尋ねた。
「演劇部の部員名簿を見てたの。
昔の部員に知った名前を見つけて…」
みうなは見ていたページを吉澤に見せた。
吉澤はそれに近寄り、そのページを覗き込む。
「木村麻美…ああ、あの人か」
記憶の糸を辿るように、吉澤は天井隅を見つめながら呟いた。
33 :マイマイ268:2006/06/18(日) 02:29:01.88
0
「中学時代の私の友達。 演劇部員だったなんて知らなくて…。
一昨日、偶然これを見つけて知ったんだけど、部長は何か知ってる?」
「あの頃は俺も入ったばっかだったし、よく知らない。
ただ、矢口……さんと、同じ理由で辞めたとかってのは聞いたな」
矢口真里と同じ理由…。
みうなは、数年前に演劇部が小室学園と抗争をしていた際、
その激しい争いに嫌気が指した部員が何人も辞めたという話を聞いた事があった。
「へぇ、そうなんだ」
もちろんみうなは、そういった話をあさみから聞いたことは無かった。
「じゃあそろそろ鍵閉めっから」
「ああ、うん…」
吉澤はみうなを部屋の外へ促し、ドアに鍵を掛けた。
「あー、なんか腹減ったなあ。 飯でも食べ行く?
それとも美術館行ってアイツ等の様子でも見に行く?」
「ううん、私はこのまま帰るよ」
「そうかい。 じゃあ俺も帰ろ」
2人はそのまま校舎を後にした。
34 :マイマイ268:2006/06/18(日) 02:29:33.63
0
--------------------------------------------------------------------
「ええ〜、なんで入れてくれないワケェ〜〜〜??」
「当たり前です! 厳戒態勢ですから、一般人は立ち入り禁止!
それでなくてもとっくに閉館時間は過ぎてますよ!」
木村あさみは美術館の門前で警備員に詰め寄っていた。
怪盗を捕まえてやるから館内に入れてくれ、と掛け合っていたのだ。
「だーかーらー、あたしが捕まえてやるって言ってんじゃん!」
「“子供の遊び”じゃあ無いんですよ!」
「子供じゃない! これでも高校卒業してんだ!」
あさみの身長は150cmに届いていない。
それに加えて童顔な為、よく中学生に間違われることもあった。
「いいからいいから、プロの人に任せなさい。 さぁ、帰ってくださいよ」
「ちっ…」
あさみは仕方なく引き下がることにした。
常識を知らないわけではないが、こういう事には首を突っ込みたくなる性分だった。
今回は一応引き下がりはしたものの、警備員が「プロの人に…」と言っている顔は、
何か納得していないような表情に見えて何か妙に感じていた。
(なーんか妙だなァ…。 警備員も警察官もなんかイラついてるように見える。
怪盗が来るっつー緊張感とは違う、何か別のものに…)
35 :マイマイ268:2006/06/18(日) 02:30:09.84
0
気にしながらも、とりあえずはその場を離れようと、あさみは来た道を戻り始めた。
フォォン…
ふと、上空の空気の流れが変わった気がして、あさみは上を見上げる。
「お? こりゃあ…」
「さっすが、あさみ。 鋭いね」
斜め前の電信柱の影から、その声はした。
「おやおや〜? その声は」
電信柱から小柄な人影が姿を現す。
「ひさしぶりじゃん。 中学卒業以来か」
「だねえ。 あれま、頭パツキンになってんじゃん!」
2人は顔を見合わせると、両手を突き出してニヤリと笑った。
パチンッ パチッ パチッ パチッ
両手の平を互いに音を立てて叩きあい、
最後に掌を水平にしてお互いの頭上に置いた。
2人の身長はほぼ同じくらいであった。
36 :マイマイ268:2006/06/18(日) 02:30:34.89
0
「全然伸びてないねぇ“矢口”」
「そりゃあアンタも同じでしょーが」
あさみとその女…矢口真里は、昔を思い出して笑いあった。
「あたしを見つけたのは、『サテライツ』?」
「まぁね。 ちょっくら野次馬に来てたんだよ、怪盗さんの。
そのついでにアンタを見つけたってわけ」
「なあんだ。 来てた理由は似たようなもんか」
「アンタもかよ…。 ところで、何しに帰ってきたんだ?」
「べっつにー。 向こうの高校卒業してバイトやってたけど、つまんなくてさ。
ひさしぶりに杜王町の様子を見に帰ってきたってだけ」
「暇人だねえ…」
「そっちもどうせ似たようなもんでしょ。 そういや…」
「ん?」
「演劇部ってまだ“あんな活動”してんの?」
あんな活動、というのはもちろん、本来の演劇活動とは別に、
スタンド使いを集めて様々な調査などをする事である。
37 :マイマイ268:2006/06/18(日) 02:30:57.25
0
あさみのその問いに矢口は、フンと鼻で笑ってから答えた。
「さぁ? オイラはもう高校行ってないからね…。
今は何やってんだかわからないけど、ただ、ぶどうヶ丘の制服来た奴が
たまにスタンド出してる場面をコイツで見つける事はあるよ」
矢口は上空のブン・ブン・サテライツを指差して言った。
本当は、たまに見つける程度どころか自ら探しに出ているのだが、
矢口にとってそれは機密事項であるため言えるはずもない。
「そっか…。 まだスタンド使いはたくさんいるわけだ」
「みたいだねえ…。
で、暇だからオイラはそろそろ帰るけど、あさみはどうすんだい?」
「んー。 あたしはもう少しこの辺ぶらぶらしてみる。
あ、そうだ。 しばらくこっちに滞在するから、後で連絡するよ」
「オッケ〜」
あさみと矢口は連絡先を交換し、手を振って別れた。
しかし矢口のサテライツのうち“もう一機”は、
美術館の屋根の上を静かに浮遊したままであった。
194 :マイマイ268:2006/06/20(火) 12:25:04.46
0
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午後9時前。
美術館<中央の間>には、小川麻琴と矢島舞美以外誰もいない。
部屋の中心には、2平方メートルほどの正方形のガラスケースの中に
名画『ドリアン・グレイの肖像』が台座で微笑を浮かべている。
シイィィィィィーーーーーーン……
<中央の間>は静まり返っている。
警備員や警察官は美術館のそれぞれの入り口や、
こことは別の部屋の警備にあたっている。
それが小川麻琴が、紺野あさ美から与えられた作戦であった。
狙われている絵画がある<中央の間>には、麻琴と舞美のみが入り、
他の人間は一切部屋に入れないこと。
美術館周辺の警察車両やマスコミ、野次馬は全て排除し、
周辺の警備も最低限に抑えること。
そうすることで彼女らのスタンド能力を遠慮なく使うことが出来るからだ。
それを聞いた館長は大いに驚いた。
警備員達も不満を漏らしていたが、麻琴は「作戦だから」と押し切った。
最後には館長の説得もあり、警備員達も従うこととなったが、
その館長も多少不安げな表情を残していた。
195 :マイマイ268:2006/06/20(火) 12:25:20.38
0
「もうすぐか…」
麻琴は、ガラスケースの前にピッタリと張り付き、精神を研ぎ澄ませている。
舞美はそこから少し離れた、麻琴の背面側の通路にある
来客用のソファに座って、同じく辺りの気配を探っていた。
怪盗が予告したのは時刻は午後9時。 あと数分でその時間になる。
「あと2分」
麻琴は腕時計に目をやった。
もう9時になろうとしているのに、怪盗は一向に現れる様子はない。
しかし麻琴が館長らから聞いた話によれば、
怪盗は予告した時間きっかりに盗んでいくという。
ギシッ
何かが軋むような音が麻琴に耳に聞こえてきた。
誰かがいるのか、と辺りを見回すが誰もいない。
通路のソファに座っている舞美のほうを見ても、
こちらに背中を向けているが、何かに気づいた様子はない。
(気のせいか…? いや、もしかしたら既に…)
そう思い、麻琴が辺りを見回りに行こうとしたその時である。
196 :マイマイ268:2006/06/20(火) 12:25:55.03
0
『今日はえらくギャラリーが少ないな…』
(!?)
その声は背後から聞こえた。 曇った男の声である。
麻琴はまだ振り向かない。
(どういうことだ…! 確かに今、後ろから声がした!
それにこの曇った声! “狭い室内で声が響いている”ような!
後ろには絵画の入ったガラスケースしかないはずッ!
信じたくはないがよォ、こんなこと…)
バッ
麻琴はその場から一歩前に飛び、着地と同時に振り返る。
そして目の前にいる人物を見据えた。
とても信じられない光景だった。
197 :マイマイ268:2006/06/20(火) 12:26:15.90
0
「て、テメェーー!! どうやって入ったあーーー!!!
何故既にッ! “ケースの中に入って”やがるんだァァーーー!!」
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ……
麻琴は驚愕し、額から汗を流している。
目の前にいる目だし帽を被った男は、物音も立てずに既に
絵画の置いてあるガラスケースの中に侵入していたのだ!!
「くくく…」
目だし帽の口元がかすかに釣り上がる。
「お前が怪盗カプリコーンってやつかよ、oi…」
「ああ、そうだが? すっかり有名人になっちまったな…。
しかしまあ、その俺を捕まえるのに、“女が1人だけ”か。
なめられてるとしか思えねーな」
男の目がギロリと光った。
「oioioioi…寝ぼけてんのか!? 1人じゃねぇ、2人だッ!!
後ろにもう1人いるんだ!!
てめーは数も数えられないのかよォ、泥棒が!!」
198 :マイマイ268:2006/06/20(火) 12:26:46.24
0
麻琴は男の肩越しに、ソファに座っている舞美に目をやる。
…しかし舞美は、こちらに背を向けて座ったまま動かない。
こんなに大声を上げているというのに!
「おめーは、“何も出来ない奴”を人数に入れるのか?」
「何も出来ないって、舞美ちゃん…。 まさか、おめー…
舞美ちゃんに何をしたあああああーーーーー!!!」
麻琴はガラスケースの裏へ回り込み、舞美に近寄ろうとした。
その瞬間!!
グイイイイイイイィィィィィィィンッッ!!!
舞美の体が突然空中に持ち上がり、浮遊している!
いや、浮かんでいるのではなかった。
何かロープのようなもので持ち上げられているのだ!
「なにィィッ!!!」
199 :マイマイ268:2006/06/20(火) 12:27:04.15
0
「う…う…」
麻琴のほうを向いた舞美の体にはロープが幾重にも張り巡らされ
身動きできないような状態にまで縛り上げられている。
そして口にはロープが何本も挟まり、猿ぐつわの役目を果たしていた。
「へへ…楽な仕事だぜ。
警備員が居やがらねーと思ったら、女がいるだけじゃねえか」
今度は左側から声がした。
そこには、同じく目だし帽を被った小柄な男が壁に寄りかかっている。
そしてその体から何本ものロープが出ているのだ!!
「oi、てめー、その力はもしやスタンドかい…?」
200 :マイマイ268:2006/06/20(火) 12:27:27.44
0
「おお? スタンドを知ってるってことは、まさかお前もか?
ははァ、なるほど。 だからオメーみたいなのが、
美術館の警備なんかしてるワケだ…」
小柄な男はニヤニヤと笑いながら言った。
「やっぱスタンド使いか…。 いや、今はそんなことより!!
舞美ちゃんをさっさと離しやがれ!! このゲス野郎!!!!」
「あぁ?」
小柄な男は上空の舞美を見上げた。
舞美の両腕は背中に結び付けられて動かせない。
その体には、ロープの結び目によっていくつもの『菱形』が出来ていた。
舞美は上空で縛られたまま、顔を紅潮させていた。
「そ、その縛り方だァァァーーー!!
漫画とかテレビで見たことあるぞおおお!!!
それ…“亀甲縛り”って言うんだろうがよォォォォ!!」
253 :マイマイ268:2006/06/21(水) 00:28:37.48
0
「ああ、これか?
動きを封じられれば本当は縛り方なんてどうでもいいんだがよ、
まあこれは、俺の『趣味』ってヤツだなァ〜」
小柄な男は目だし帽から覗かせている目をぐにゃりと曲げる。
いやらしく笑っているのだろう。
「このドスケベやろうがァー!!! 離せって言ってンだこの…」
ガチャリッ
麻琴が小柄な男に向かってベアリング弾を放とうとした瞬間、
背後…つまりガラスケースの付近から音がした。
何かを閉める音のように、麻琴には聞こえた。
「!?」
麻琴はうっかりしていたのだ。
舞美に何かをされたと思ってガラスケースから離れてしまった。
“どうやってあの男が物音も立てずに入ったガラスケースに入ったのか…”
絵画を守るガラスケースは特製の鍵が無いと開けられないはずなのだ。
それなのに何故あの男は入れたのか。 手段はわからない。
しかしつまりそれは、“どうにかして出ることも出来る”ということである。
254 :マイマイ268:2006/06/21(水) 00:28:53.22
0
「なんでだ…」
麻琴が振り向いた時、男は既にガラスケースの外にいた。
そして中にあったはずの絵画をアタッシュケースのようなものに入れて、
それをまさに閉めようとしているところだった。
「どうやったッ!? テメー!!」
ガチッ
アタッシュケースが閉まると同時に、男は麻琴のほうを向いた。
「盗ったぞ、時間ピッタリだ。 ンンー、いつもながらいい仕事だ」
「さすがアニキ!」
小柄な男は、アニキと呼ばれるもう一人を
尊敬の眼差しで見つめ、ニカッと笑った。
「よくやったぞ、藤次。 後はこれを、安全に、持ち帰るだけだ」
男が立ち去ろうとする。
藤次と呼ばれた小柄な男もそれに続いて歩き出した。
「ま、待てコラァッ!! そう易々と逃がすかよォ!!」
麻琴は『フレンドシップ』を出現させ、追いかけようと構える。
255 :マイマイ268:2006/06/21(水) 00:29:10.81
0
「おっと〜、この娘がどうなってもいいのかあ?」
小柄な男が上を指差す。
男の体から出ているロープが左右に揺れると、
空中で縛られている舞美の体もぐらぐらと揺れた。
その度にロープが彼女の体にぐいぐいと食い込んでいる。
「このまま壁に叩きつけてぶっ殺してやってもいいんだぜェ?」
「くっ…」
麻琴は舞美を見上げた。
舞美は締め付けるロープに苦悶と羞恥の表情を浮かべている。
「ぜってー助けてやるからな、舞美ちゃん…。
そして! オメーらもぜってー捕まえるッ! 絵も取り返すッ!」
拳を握り締め、2人の怪盗を睨みつける。
「言ってろ、アホが」
「無駄口を叩くな。 行くぞ、藤次」
カツッ カツッ カツッ…
怪盗がだんだん遠ざかっていく。
2人の足音が<中央の間>の空間に響いている。
絶対に捕まらない自信があるのか、走ることはしない。
256 :マイマイ268:2006/06/21(水) 00:29:29.08
0
「くそッ!!」
「んっ、んんーー!!」
舞美が何かを訴えるように声を出す。
「な、何か言いたいのか…」
伝わらないと悟ったのか、舞美は麻琴に向かってウインクをしてみせた。
(ウインク…? ど、どういう意味だ?
映画とか漫画とかの危機的状況で見るウインクはよォ、
「安心して」とか「策がある」とかそういう意味だが…
何か考えがあるのか、舞美ちゃん…)
カツッ カツッ カツッ…
そうしている間にも怪盗は逃げていく。
その間も、小柄な男の体から出ているロープは伸び続けている。
これがスタンド能力だとすれば、射程距離は広いようだ。
(どういう事だァ〜〜! 舞美ちゃんよォ〜〜〜!!!)
ピタァァァァーーーーーッ
突然、舞美がもがくのをやめた。
257 :マイマイ268:2006/06/21(水) 00:29:52.17
0
「ど、どうした…」
スパアッ!!
舞美を縛っていたロープがばらりと解け、
空中から舞美が降ってくる。
「お、おお??」
それに驚いたものの、麻琴はすぐに駆け寄り
落ちてくる舞美をしっかりとキャッチした。
ドサッ
「フゥ…時間が掛かりました。
体の自由がきかないから、“要の結び目”を探すのに時間が…」
舞美を縛っていたロープは幾重にも重ねられており、
単純に一本だけを切っても簡単には解けないようになっていた。
しかし、必ずどこか一つだけ“要”がある。
舞美は縛られながらずっと、その“要の結び目”を探っていたのであった。
258 :マイマイ268:2006/06/21(水) 00:30:08.48
0
「なるほど…。 『シンクウェル』の輝彩滑刀で切ったわけか!」
「はいッ!
小川さん、奴らを追いましょう! 急がないと!!」
「オウ! 解ってるぜェ!!!」
麻琴と舞美は互いの能力を使い、全速力で駆け出した!
「てめーら…」
小柄な男が、ロープが切られたことに気づいて振り返っている。
「クソ盗人やろう! 逃がさねえええ!!」
「私を辱めたこと、思い知ってもらいますよ!!」
超スピードで迫ってくる2人の姿を見て、長身の男が、小柄な男を睨む。
「おめー、藤次…。 ツメが甘いんじゃあねえのか〜?
逃げられちまってんじゃあねえかよ!」
「アニキ、まだだッ!!」
小柄な男が麻琴達のほうを向いて構える。
「『スペース・カウボーイ』ッ!!」
259 :マイマイ268:2006/06/21(水) 00:30:23.91
0
ザザザザザザザザッ
「うおっ!」
男の体から伸びたロープが、左右の壁、天井、床と
四方八方に蜘蛛の糸のように張り巡らされていく!
そしてそれは麻琴達の前に、蟻の通る隙間もない壁となって立ち塞がった!
「チッ…。 アジな真似しやがって」
しかし、麻琴と舞美は走るのをやめない!
「ベアリング弾!」
「輝彩滑刀の流法!」
ビスビスビスゥッ!!!
ブチブチィィィッ!!!
麻琴のベアリング弾と舞美の輝彩滑刀がロープを断ち切る。
「ゲッ! もう破られた!」
「だからよ〜、ツメが甘いって言ってんだスカタン!」
さすがにマズイと感じたのか、怪盗2人も駆け出した。
突き当たりを左に曲がり、奥への道へ消えていく。
260 :マイマイ268:2006/06/21(水) 00:30:39.77
0
「バカがッ!! そっちに出入り口はねェーよ!」
麻琴の言う通り、怪盗2人が曲がった先は
ずっと奥まで進むと行き止まりになっている。
2人は数秒前に怪盗達が曲がった角で華麗にコーナーリングを決めた。
「さて、後は追い詰めるだけですね、小川さん」
「ああ…そうなんだけどよォ」
麻琴は急に立ち止まり、少し考え込んだ。
「どうしたんですか? 奥の部屋には警備員さん達もいるし、
私達がそこ追い込めば袋のネズミじゃあないですか」
「いや、あのリーダーっぽい方の男、背が高いほう…
アイツは得体の知れない能力を持ってる…、油断できねェ。
“瞬間移動”とかよォ、そういう能力かも」
「瞬間移動!? そんな能力を泥棒が持ってたら無敵ですね…」
麻琴はそこで踵を返した。
「舞美ちゃん、アンタはこのまま奴らを追ってくれ!
わたしは念のため外から回り込む!!」
「はい、わかりましたッ!」
麻琴は外へ、舞美は奥の部屋へ。
2人は別々の方向に向かって走り出した。
315 :マイマイ268:2006/06/22(木) 01:32:44.32
0
--------------------------------------------------------------------
ダッダッダッダッダッダ…
館内の廊下に2人分の駆け足の音が響く。
全速力で走らないのは、ケースの中の絵画に傷をつけないためである。
「アイツらどーも2人ともスタンド使いらしいな」
「すまねぇ、アニキ…」
バギィッ!
長身の男は走りながら空いた左手で、小柄な男…栗駒藤次の頬を叩いた。
「うげェ! いってぇ、いきなり何すんだよアニキぃ…」
バギッ! バギッ!
それから続けざまに2発入れる。
「ちょ、ちょっと待って! 謝ってんじゃあないかあああ!!??」
「この腑抜け野郎がッ! さっきも言ったがなぁ…“ツメが甘い”んだよ!
相手がスタンド使いだろうがなんだろうが、手を抜くんじゃあない!」
「…だってよォ、あいつら俺の『スペース・カウボーイ』の“壁”を
いとも簡単に破りやがってさァ…アニキだってびっくりするだろう!?」
316 :マイマイ268:2006/06/22(木) 01:32:59.77
0
バッ
長身の男…蔵王武彦が再び手を振り上げる。
「まだわかんねーのか、ママっ子野郎の藤次!」
「ひィィ! も、もう殴らねーでくれよぉ、アニキ!」
武彦はそこで立ち止まり、振り上げた手で藤次の首を引っつかんだ。
「いいかッ! 俺が怒ってんのはな、おめーの『心の弱さ』なんだ!
そりゃあな、自慢の技をいきなり破られたら驚くのは当然だ!
俺だってヤバイとは思う」
武彦は藤次の首を引っ張り、自分の顔に近づける。
「だが! 俺なら、あの場面でスタンドを決して解除したりはしねえッ!
完璧に逃げ切るにはッ! あそこで解除すべきじゃあないッ!
お前の能力にはまだ続きがある…そうだろう!」
藤次は黙ってそれを聞いていた。
「おめーはビビったんだ…藤次、ママっ子野郎。
だからいつもツメが甘い。 わかってんのか俺の言ってる事! ええ?」
317 :マイマイ268:2006/06/22(木) 01:33:15.22
0
シュイイイイイイイイイイ…
背後から何から滑るような音が響いてくる。
矢島舞美がシンクウェルで滑走している音である。
武彦はそちらに少し目をやってから、再び藤次を睨んだ。
「『成長』するんだ藤次。 『成長』しなきゃあ、俺達の『夢』は掴めねえ!
このままだとアイツらにもすぐに捕まっちまう!」
ズオンッ
武彦の背後に人型のヴィジョンが現れる。
彼のスタンド『シンクロナイズド』である。
「行くぜ…藤次、今から二手に別れる。 お前は“絵を持って外へ出ろ!”
俺が奥へ進んで囮になってやる」
「あ、アニキ…わかったよ。 必ず逃げ切ろう」
「違うッ! 『逃げ切った』だ! わかったな!?」
藤次が頷くのを確認すると、武彦は絵画の入ったアタッシュケースを渡した。
「後でホテルで落ち合うぞ。 それまで離すなよッ!」
そう言うと、武彦は奥の部屋へ向かって全速力で走り出した。
318 :マイマイ268:2006/06/22(木) 01:33:30.75
0
--------------------------------------------------------------------
バタンッ!!
少し前のほうから、扉の閉まる音がする。
奥の部屋の扉だ。
「入った!」
一方通行の廊下なのだから逃げられるはずはない、と舞美は思った。
奥の部屋には警備員達が何人も待ち構えている。
しかし連戦連勝の怪盗が何故あんな袋小路に入ったのか、それも疑問であった。
シュイイイイイイイイ…
先に扉が閉まってから数秒もしないうちに舞美が追いつく。
ガチャッ
扉を開くと、そこは<奥の間>である。
待機していた多数の警備員達が怪盗を取り囲んでいる。
…はずだった。
319 :マイマイ268:2006/06/22(木) 01:33:49.35
0
「なにしてるんです?」
警備員は皆、舞美に背を向けて奥の壁を見つめていた。
入ってきた舞美に気づき、一人が振り返る。
警備員は唖然とした表情をしており、だらだらと汗を掻いていた。
「今、犯人が入ってきましたよね? ここに!」
「ああ、いや、そうなんだが…」
どうもはっきりとしない、もごもごとした口調で警備員は話した。
何か信じられないことが起こったのを目の当たりにしたかのように。
「どこに行ったんです!? あの怪盗は!」
「…き、君が入ってきた扉から、確かに目出し帽を被った男が1人、入ってきた。
一目でわかったよ、奴が怪盗カプリコーンなんだと…」
「1人? 怪盗は2人のはずです! もう1人は!?」
「い、いや1人だけだったよ。 背の高い男…。
我々は一斉に飛び掛ってそいつを捕まえようとした。 しかし…」
警備員は奥の壁を指差す。
「奴は我々の間を掠めるように抜けて、一直線に壁に向かって行った…。
それから、私が壁のほうを振り返った時には、
“もういなくなっていた”んだ、奴は…」
「そんな…」
舞美は愕然としたままその場に立ち尽くした。
3 :915:2006/06/23(金) 20:47:57.87 0
352 名前:マイマイ268 投稿日:2006/06/22(木)
23:53
--------------------------------------------------------------------
「ちょっとそこのハンサムなお兄さん!」
美術館付近の路地に寝そべっていた“男”は、見たことも無い女に声を掛けられた。
男は女を見上げた。
髪はショートカットで、はつらつそうな雰囲気のある女だった。
『…なんの用だ? 小娘』
ギロリとした目つきで、不機嫌そうに答える。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」
臆面無く女はにこやかに尋ねた。
『まあ…何かをしていたわけではないが、正直…
寝ていたところを起こされるのはあまりいい気はしない』
「ごめんよ〜! ちょっとだけだからさ、お願い!」
女は両手を合わせて、拝むように頼んだ。
男はそれを見てフゥとため息をついてから、女を見た。
『言ってみろ』
「あっりがとう! あのね…この美術館からさ、
“一番目立たずに大通りに抜ける道”とか知らない?」
『……』
4 :915:2006/06/23(金) 20:48:32.17 0
353 名前:マイマイ268 投稿日:2006/06/22(木)
23:53
男はしばらく黙ったまま女を見据えた。
「んー、知らないかなあ? お兄さん、物知りそうな顔に見えたんだけどさ」
『…知らないわけじゃあないが、お前、それを知ってどうする?』
「たいしたことでもないけど、ちょっくら“捕り物”を、ね」
男は考えた。 捕り物…夕刻に付近にいた警官達と関係があるのか、と。
『抜け道か…』
「お、知ってる?」
『美術館裏のビルの中庭を抜けて、路地裏に入れば目立たんだろうな』
男は普段、こういう手合いは相手にしない。
しかし、ハンサムと言われて悪い気はしなかった。
「おおッ! ありがとうお兄さん、恩に着るよ!
あたし、あさみって言うんだけど、お兄さんの名前は?」
『……ボルト、だ』
「くゥ〜、顔に似合ってかっこいい名前ッ! そいじゃ、またね!」
あさみという名の女は連れていた犬と共に足早に駆けて行った。
男…マスティフ犬のボルトは、しばらくその後姿を眺めていた。
(あの女、俺の言葉が解るのか。 そういう“能力”なのか?
連れていた犬はいい毛並みだったな。 それになかなか…)
思いふけっているうちにまた眠気が差し、ボルトは再び眠りについた。
58 :マイマイ268:2006/06/29(木) 00:42:46.52
0
--------------------------------------------------------------------
「どうしたのかね、君…」
「まさか逃げられたのか!?」
小川麻琴は、驚く館長や警備員達を軽やかに避けながら
ロビーから正面玄関へ滑走し、美術館の外へ出た。
(くっそ〜〜ッ!
悔しいが、簡単に逃げられちまったのは確かだ。
しっかし、誰にも気づかれずに侵入できる能力…あの能力は一体なんなんだ?
よくわかんねーけど、ひとつだけ考えられるのは
単純に裏口から出るよーな奴じゃあねェってことだ!)
麻琴はまるで水の張ったテーブルの上滑るブロック氷のように滑らかに
カーブを曲がって、美術館の北側…隣のビルに面している箇所まで向かった。
(どこだ!! どこにいやがる!!)
美術館を囲む塀の上を滑り、周辺をくまなく探す。
だが、怪盗の姿は見当たらない。
見えるのは美術館の壁だけである。
59 :マイマイ268:2006/06/29(木) 00:43:06.23
0
「どこだよォ〜〜〜〜!!!!」
叫んでみたところで相手が出てくるわけでもない。
いや、むしろ警戒して隠れてしまうのがオチである。
麻琴も叫んでしまってから、その事に気づいて自分に舌打ちをした。
あきらめて帰るべきか、という考えが頭によぎる。 その時…
ガサッ
「!?」
草を踏む音…。 麻琴の耳にそれがはっきり聞こえた。
そしてそちらのほうに目をやる。
「俺を探してるのか? おめー」
麻琴がいる塀の上から見て右手側の壁際に男が立っている。
体に密着した黒い服に目だし帽を被った長身の男。
麻琴は足元の摩擦を戻し、急ブレーキをかける。
キュキュキュッッ!!
60 :マイマイ268:2006/06/29(木) 00:43:23.97
0
「て、テメェーーー!! のこのこと現れやがって!!」
振り返り、強がってみたものの、麻琴は焦っていた。
今その男の立っている場所は、ほんの数秒前に
麻琴がくまなく探し終わった場所だったのだ。
「“のこのこと現れた”ってよォ…俺にしてみれば、それはおめーだ。
単純な言葉だけど、この言葉の意味知ってるか?
出なくてもいいような場所に、臆面も無く出てくるような奴を指して
“のこのこと”って表現をするんだ…おめーみたいな奴に」
「な、なんだと!!」
男は壁を背にしたまま、その場から動かない。
麻琴は塀から飛び降りて、男の居る場所まで近づいていく。
「おめーよォ、“のこのこ”って、マリオに出てくる亀を想像したろう?
亀みたいにのっそり出てくるような奴って意味だと思ってた…違うか?
ま、実際お前にはそっちのほうが当てはまるかもなあ。
いつも一手遅い、ドン亀って意味のほうがよォ…」
「バカにしてんじゃあねえぞお、oiiiiiiiii!!!!!!!!」
ドゥッ
麻琴は背の低い柴の茂る地面の摩擦をなくし、一気に男に詰めかかる。
しかし男は余裕の表情である。
61 :マイマイ268:2006/06/29(木) 00:43:40.94
0
「おい緑のドン亀よ、テメーに俺は捕まえられんさ!」
「うるせーッ! この位置から逃げられるかァーーー!!!」
麻琴が男に向かって跳躍をする。
2人の距離は約2メートルほど。 そして男は壁を背にしている。
今の麻琴にとってこれほどいい環境は無い。
必ず捕まえられる、そう麻琴は確信していた。
スピードに乗った麻琴が一気に距離を縮め、男に掴みかかる。
ガシィッ!!!
「ほら、掴んだぜッ!!! ドン亀つったの取り消せヨ!!」
麻琴の右手が、男の首をがっしりと掴んだ。
男の口から「ぐぅ」と声が漏れた。
麻琴はそのスピードに乗せてこのまま男を壁に叩きつけようと力を込める。
「観念しろおおおーーー!!!」
「…いいや、掴んだのは俺のほうだ」
「あァ!?」
首をつかまれ、今にも壁にたたきつけられようとしていた男は、
麻琴を見てニヤリと瞳を歪めた。
62 :マイマイ268:2006/06/29(木) 00:43:59.14
0
「“お前だ、捕まえられているのはッ!”」
ガシッ! ガシッ! ガシッ! ガシッ!
「なァァァァーーーーーーー!!!!」
いつのまにか男の体から出現した『4つの腕』が、
麻琴の両腕や両足などをがっちり掴んでいる!
「『シンクロナイズド』!!」
ドシュウウウウ…
男の体からさらに8つの腕を持ったスタンドが姿を現した…。
スタンドの体には合計12本の腕がついている。
「こ、コイツがお前のスタンドか…」
「ああ、そうだぜ。 そしてお前が壁に入ることを、『許可する』!!」
63 :マイマイ268:2006/06/29(木) 00:44:37.73
0
スゥッ…
「ぬおッ!?」
男の首を掴んでいたはずの麻琴の右手が、なんとその首をすり抜けたのだ!
そして右手は男の背後の壁までをもすり抜ける!
「こ、これはァァァァァァ!!?? テメー、まさかッ!!」
ズボォォッ!!
麻琴の腕は、まるで泥の沼に突っ込んだ時のように
ズブズブと壁の中に埋もれていく。
「だから言っただろうが、捕まえられんと…」
男はまるで、麻琴がその場にいない3DのCGであるかのように
麻琴の体を正面から突っ切って進んでいく。
そしてその間も麻琴の体は壁の中に吸い込まれて行く。
ズブブブブ…
64 :マイマイ268:2006/06/29(木) 00:44:53.88
0
「うおあああ!! テメー、待ちやがれ!!」
「待てと言われて待つ怪盗がいるのか?」
男は振り返りもせずにその場を歩いて去っていく。
「ちっくしょ…」
ズブッ
麻琴の体が完全に壁の中に飲み込まれた…
65 :マイマイ268:2006/06/29(木) 00:45:17.42
0
ドパアッ!!!!
「きゃあああ!!!」
「え!?」
麻琴の目に、蛍光灯の明るい光が差し込んできた。
目を開くとそこには、自分の下敷きになって倒れている矢島舞美がいる。
そしてその周りには数人の警備員たちが唖然とした顔で立ち尽くしていた。
「いたた…。 お、小川さんどうしてこんなところに…」
「どうしてって、それがあのノッポの能力らしい…」
麻琴は立ち上がり、続けて舞美に手を貸して立ち上がらせる。
66 :マイマイ268:2006/06/29(木) 00:45:43.53
0
「どういう能力なんです?」
「見ての通り、『壁抜け男』さ。
物質を通り抜けたり、他の奴を通り抜けさせたりするんだろうヨ」
「ど、泥棒にぴったりの能力ですね…」
「ああ、まったく」
麻琴はぽりぽりと頭をかいた。
「あー、ところで君達…」
2人の後ろで警備員の一人が声を掛けた。
「絵は…『ドリアン・グレイの肖像』はどうしたんだ?」
「……」
麻琴と舞美は互いの顔を見合わせ、青ざめた。
188 :マイマイ268:2006/07/01(土) 02:34:02.27
0
--------------------------------------------------------------------
美術館から100メートルほど離れた路地裏。
栗駒藤次はアタッシュケースを大事に抱え、待ち合わせの場所へと急いでいた。
「へへっ、今頃奴らはアニキを追いかけてる頃だろうな。
俺が絵を持って逃げているとも知らずに!」
ビシュッ スルスルスル…
藤次の腕からロープが伸び、街灯の柱に絡みつく。
それと同時にロープが瞬時に短くなり、藤次の体も上に引きげられていく。
最頂点まで引っ張り上げられると、今度は向かい側の柱へロープを伸ばした。
そして再びロープを短くして、次の柱へ飛び移る。
彼はこれを繰り返して移動時間を短縮していたのだ。
「アニキもそのうち逃げ切ってくるに違いない!
俺がこの絵をちゃんと持って帰ればきっと褒めてくれるはずだ!!」
ビシュッ
再び藤次の『スペース・カウボーイ』のロープが向かいの街灯の柱に伸びた。
すぐにロープが短くなり、藤次の体を柱のほうへ引っ張っていく。
189 :マイマイ268:2006/07/01(土) 02:34:17.72
0
「楽勝楽勝……んんッ!?」
ブチィッ
突然、藤次の目の前のロープが引きちぎられた。
体を支えていたロープを失い、彼の体は地面に向かって落ちていく。
「うおおおおおおおお!!! 『スペース・カウボーイ』!!」
シュバアアアアアァァァァァッ!!
重力に引っ張られながらも、藤次は体から無数のロープを放出した。
ロープは蜘蛛の糸のように一面に広がり、電柱や街路樹などに絡みつく。
そして数秒後にはロープで出来たハンモックのような物を作り上げた。
ボフッ
ロープのハンモックの上に落ちて助かった藤次は、
辺りを見回しながらため息をついた。
「ふぅ…一体なんなんだ? 誰かの攻撃か!?」
190 :マイマイ268:2006/07/01(土) 02:34:33.13
0
『ワンワンッ!!』
「うお!」
突然の犬の鳴き声に驚き、振り向く。
そこには一匹の犬を連れたショートカットの女が立っていた。
「すっげー、おもしろい能力だねえ!」
その女…木村あさみが、キラキラした眼差しで見つめている。
「な、なんだテメー! さっきの奴らの仲間か!?」
「さっきの奴ら? 美術館の警備員のこと? あたしは違うよ。
あいつら、折角あたしが捕まえてやるって言ったのに入れてくんなくてさぁ」
「あぁ? さっきの学生2人の仲間じゃあねぇのか?」
「学生2人? なんで夜の美術館に学生がいるの?」
あさみはキョトンとした顔を藤次に向けた。
「こ、こっちが聞きてぇーよ! おめーもスタンド使いなのか!?」
「スタンド…? その学生2人ってのはスタンド使いだったの?」
「お、オメー!! さっきから質問に質問で返してんじゃねーーッ!!
聞いてるのは俺だ! ちゃんと答えろよ!」
「んー、なんかよくわかんないこと多いけど…。
あたしはその学生の仲間じゃあないよ。 でも、スタンド使いってのはあってる」
「!! …やっぱりか、つーことは俺のロープを引きちぎったのもおめーか?」
「うん、そう。 だってアンタ怪盗さんだろ?」
191 :マイマイ268:2006/07/01(土) 02:34:48.56
0
藤次は驚愕した。 そして女を睨みつける。
何故自分が怪盗だとわかったのか?
何故このルートを通るとわかったのか?
「ああー、アンタの頭の上に疑問符がたくさん見えるよ。 “何故だ”って…」
「!?」
「自分で理解してないとしたらさ、アンタ相当ヌケてる。 詰めが甘いよ」
「な、なんだと!!」
『詰めが甘い』…兄のように尊敬している蔵王武彦から
藤次が日頃さんざん言われている言葉だった。
それを会ったばかりの女から言われ、彼はイラついた。
「なんで解ったのか教えてあげようか?」
「……」
「まず、逃げ道。 今の時間は9時過ぎだけどさ…。
物を盗んだ後の泥棒が、こんな時間にフツーの道を通るわけにはいかないよね。
そうすると、目立たない路地裏を通る必要がある。
でもそーゆートコは警察とかに待ち伏せされている危険がある。
そうなれば逃げられる場所は…」
あさみは指を空に向け、クイックイッと動かす。
「上しかない。 だから、あたしはビルの上で待ち伏せてたってワケ。
てか、こういう時アンタの能力ってすげー便利だよねー」
「……」
「で、そんな場所をあからさまに怪しい目出しの覆面被った奴が、
しかもアタッシュケースを大事に抱えて通ってたらさ、バレバレっしょ」
192 :マイマイ268:2006/07/01(土) 02:35:04.05
0
シュバッ スタッ
藤次は一帯のロープを回収し、路地に降り立った。
「たいしたもんだ…そこまで読んでんのはよォ。
けど、だからどうすんだ? オメーが何者か知らねーが、
俺からこの絵を取り戻すってのか?」
「もちろんそのつもり! 別に絵なんて興味ないけど、悪党退治って楽しいじゃん!」
「ケッ! やれるもんならやってみろよォ!!」
ビシュウウッ!!
ロープが隣のビルの屋上まで伸び、縁のポールに巻きついた。
そしてさきほどのように短く縮んで、藤次の体を引っ張り揚げていく。
「上に逃げても無駄ッ!! 行くよ、『バウ・ワウ』!」
『ワオオーーン!!』
あさみはバウ・ワウの背中に飛び乗り、壁に向かって走り出す。
そして、そのまま壁を垂直に駆け上り始めた!
268 :マイマイ268:2006/07/07(金) 04:35:22.79
0
「おおおおおおおおおおおおおっ!!
壁を登ってきやがるだとォーーーーーーーッ!!?」
一足早くビルの屋上へたどり着いた藤次が、あさみを見下ろし冷や汗を垂らす。
あさみは振り落とされないようにバウ・ワウの背中にしっかり掴まっていた。
「バウ・ワウ! 早駆け!!」
『ウォンッ!』
ドシュウウゥゥゥン!!
あさみの掛け声を合図に、スタンド『バウ・ワウ』が壁の出っ張りを蹴る。
すると見る間に加速し、文字通りあっという間に屋上まで登りきった。
スタッ
「こ、こいつ…」
あさみはバウ・ワウの背中の上で、余裕の表情で藤次を見据えている。
「さぁさ、とっととその絵を返しなさいよ、悪党」
「うるせェ!! 捕まるわけにはいかねーんだッ!!」
269 :マイマイ268:2006/07/07(金) 04:35:38.34
0
藤次は考えを巡らせた。
どう逃げればいいのか…
向かう相手の足が速すぎる…
このまま一気に遠くまで…
「……」
「どうしたの? 観念した?」
スウウウウウウゥゥゥ…
藤次の右腕がゆっくりと持ち上がる。
「俺は逃げる。 逃げおおせて見せるぜェ…。
いや、『逃げる』なんて言葉は口に出すもんじゃあなかった。
そう思った時には既に…」
「…?」
270 :マイマイ268:2006/07/07(金) 04:35:54.75
0
ビシュウッ!!
刹那、藤次の右腕からロープが一直線に飛び出す。
向かい合うあさみからちょうど直角の方向。
そしておよそ200メートルほど先の建物の上にある看板へ結びついた。
「…!!」
シュルシュルシュルシュル…
あさみが気づいた時には、既に藤次の体は持ち上がり
ロープの伸びた先へ引っ張られ始めていた!
「ちょ、そんなに長く伸ばせるのォ!? …で、でも、逃がさない!!」
予想以上に射程距離が広いロープの能力に驚きながらも、
あさみとバウ・ワウはその方向へ勢い良く飛び出した……が、
ガグンッ!!!
「え…!?」
あさみは何かに足を取られてそれ以上進めなかった。
271 :マイマイ268:2006/07/07(金) 04:36:12.12
0
「なにィーーーーーーーーー!!!
こ…これはッ! このロープはッ!」
ギガッ
ロープは藤次の足から出ていた。
そしてそれはあさみの足にぐるぐると巻きつき、
ロープの先っぽは屋上のポールに繋がっていた。
「あぐっ!」
ドッシャアアアアアアア!!!
あさみは飛び出した勢いのまま屋上の床に強く叩きつけられた。
シュルシュルシュルシュル…
その間に、藤次はどんどんあさみから遠ざかっていく。
「このロープはッ! いったいいつ出したの!?
もう一本ロープを出した素振りなどなかったはず…」
「オメーはさァ…俺が伸ばしたロープの先ばっか見てたんだろう、どうせ。
でもな、“俺がこの屋上にたどり着いた時のロープ”を見逃してたなァ。
回収しなかったのは、ワザとだ。 おまえの足を引っ掛けるために!!」
272 :マイマイ268:2006/07/07(金) 04:36:28.91
0
藤次がビルを登った時に屋上のポールに結びつけたロープは、
あさみが屋上へ辿りついた後もずっと放置され、
そしてあさみが気づかぬ間にゆっくりとその足に絡んでいたのだった!
「くっ…」
「本当ならオメーをギチギチに縛ってやりてーところだがよォ、
今日のところは、このままゆっくり逃げさせてもらうぜェ…」
シュルシュルシュルシュル…
あさみとの距離、約30メートル!!
「いや、まだだよ!! 行けェ、バウ・ワウ!!」
ドシュウウウゥゥッ!!
地面に倒れ伏したままのあさみは、バウ・ワウを単独で飛び出させた。
「ケッ! 犬コロがァッ!! 俺に追いつけるか!!」
シュルシュルシュルシュル…!!
藤次がロープが縮むスピードを上げる。
ダダダダダダダダダダッ!!
バウ・ワウも屋上の床を物凄い勢いで駆け出した。
273 :マイマイ268:2006/07/07(金) 04:36:49.69
0
「もう無理だぜェ! 諦めな!!」
藤次の体は宙に浮き、さらに加速する。
『ワオオオーーーーーーーーーーンッ!!!』
ダッ
バウ・ワウは屋上の縁を蹴り、藤次に飛び掛った。
その牙が藤次の体をロックオンする!
「なっ!! この跳躍力!!」
ガシィッッ!!
バウ・ワウの牙は、あと少しのところで藤次の体を捉えそこなった。
しかし…
「くっそォォォ!!! テメーッ!!!!」
その牙はしっかりと、絵画の入ったアタッシュケースを咥え取っていた!!
藤次は空いた左腕からさらにロープを出して取り戻そうとしたが
既に別のビルの屋上へ飛び移っていたバウ・ワウの足に追いつけない!
「だからさ、アンタはやっぱ詰めが甘いよ…」
ロープをほどきながら、あさみが言う。
274 :マイマイ268:2006/07/07(金) 04:37:09.21
0
「それを返しやがれェェェーーーーー!!!」
藤次の叫びが路地裏に空しく響く。
逃げ切る手段のはずだったロープは、藤次と絵画の距離を見る間に離していった。
「返して欲しいんならこっちへ戻ってきなよ。
ただ、そんなことしたら下へ真っ逆さまだろうけどね」
この状態でロープをあさみのいるビルまで伸ばしたとしても、
すぐにバウ・ワウにロープを噛み切られてしまうだろう。
それは藤次も理解していた。
「覚えてろよこのチビ女がッ!! 必ず取り返してやる!!」
捨て台詞を吐きながら、藤次は200メートル先の建物へ引っ張られていった。
「…フゥ。 割としぶとかったね」
あさみはアタッシュケースを咥えて戻ってきたバウ・ワウの頭を優しく撫でた。
「よ〜しよしよしよし。 よくやったぞ〜。
後でビーフジャーキーやまほど食わせてあげるからね〜」
『ワフッ』
275 :マイマイ268:2006/07/07(金) 04:37:35.13
0
あさみはアタッシュケースを持ち上げると、美術館へ足を向けた。
「さて…奴が言ってた“スタンド使いの学生さん”ってのに、
ちょっくら会いに行ってみようかねえ…」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
「はぁ…」
あさみがいる場所から1キロほど離れた場所で、矢口真里はひとつため息をついた。
「ったく、好奇心旺盛なところは全然変わってないなぁ、あさみの奴」
--------------------------------------------------------------------
439 :マイマイ268:2006/07/10(月) 05:24:26.04
0
「ふむ…」
杜王町美術館<中央の間>のガラスケースの前。
空洞になったそれを見つめながら館長は、神妙な顔をして白ヒゲをさすった。
館長の前には小川麻琴と矢島舞美が申し訳無さそうに縮こまって立っている。
「寺田君の薦めとはいえ…やはり君らのような子供には無理だったか」
「……」
2人には返す言葉が無かった。
緊急の指令ではあったものの、自身等のスタンド能力に加え
紺野あさ美の知恵も借りて、なんとか捕まえることが出来るだろうと
多少は高をくくっていたのは確かであった。
「だから私は反対したんですよ、館長」
美術館の警備班長が、蔑むような視線を2人に向ける。
他の警備員や現場の検証をしている警察官達も同じであった。
突然少女2人に自分達の仕事を奪われた上に失敗したのだから、
彼らにそういった感情が生まれるのも当然である。
「あ、あの…」
舞美が顔を上げる。
「…なんだね?」
440 :マイマイ268:2006/07/10(月) 05:24:46.15
0
館長の声が、舞美には余計に厳しく聞こえていた。
それ故か『必ず取り返します』の一言がどうしても出てこなかった。
「いえ、なんでも…」
「そうか…」
館長のため息と、そして辺りから警備員達の嘲りの鼻息が聞こえてくる。
麻琴も何か言おうと口を開いたものの、やはり何も言えなかった。
「ふぅむ」
館長が何度目かのため息をついたところで、
コンコン、とノックの音が<中央の間>に響いた。
「だ、誰だね君は!? どうやって入った!?」
「現場検証中で立ち入り禁止だぞ!!」
警備員や警察官の人だかりの向こうが急に騒がしくなる。
麻琴達と館長は入り口のほうに目をやったが、よく見えない。
「ちょっと通してくんないかなー」
女性の声が聞こえる。
441 :マイマイ268:2006/07/10(月) 05:25:07.52
0
「あっ! 君は夕方に来てた子だな! 帰りなさい!!」
人だかりの向こうで交わされる会話から、
どうやら野次馬が潜り込んだのだろうと麻琴達は察した。
「ちょっとちょっと、せっかく『絵』を持ってきてあげたのに、
何も追い返すこたーないでしょうよ」
女の言葉に、周囲が一瞬静まりかえる。
館長は警備員達を押しのけて、入り口へ向かった。
麻琴と舞美も何事かとそれに続く。
そこにいたのは、背の低い女であった。
手には銀色のアタッシュケースを抱えている。
「そのケースはッ!!」
麻琴が、女の持っているそれを指差した。
女は麻琴の顔を見ると、口に手を当ててニィと笑った。
「盗まれた絵ってこれでしょー、なんかタイトル忘れちゃったけどさ」
女がアタッシュケースを開くと、そこには
名画『ドリアン・グレイの肖像』がすっぽりおさまっていた。
「おお…! それは、君が取り返してくれたのかね!?」
館長は絵に駆け寄り、顔をほころばせる。
442 :マイマイ268:2006/07/10(月) 05:25:27.92
0
「君は…」
「あたしは、その子達が失敗した時のための“保険”」
(!?)
麻琴と舞美は、見ず知らずの女が堂々とのたまう言葉に戸惑った。
「そこの路地裏で怪盗さんから取り返してやったってわけ。
もーさー、最初からあたしをここに入れてくれればもっと安全だったのにぃ」
女は傍にいた一人の警備員を見て意地悪そうに笑う。
その警備員はバツが悪そうに顔を伏せた。
「え、ちょっ…」
「ってことで、一応は仕事はこなしたわけだよね?」
麻琴が何か言おうとするのを遮り、女は続けた。
「ほほ…なるほど、寺田君は抜かりないな。 君がいて助かったよ」
館長は女にお辞儀をして、アタッシュケースに手を伸ばす。
しかし女はそれに自分の手を重ね、止めた。
「館長さん、あたしさー、『許可』が欲しいんだけど」
「『許可』…?」
「そう。 この絵をもう少しあたし達に預けて欲しいんだよね」
「あ、預けるとは…? 何をする気だね?」
443 :マイマイ268:2006/07/10(月) 05:25:48.33
0
女は麻琴と舞美をちらりと見てから、再び館長と視線をあわせる。
「確かに絵はこうやって無事に戻って来たわけだけど、肝心の犯人は
2人とも捕まえられてない状況だよねえ?
ニュースとかではこの怪盗は狙った獲物は逃がさないって言われてるから、
あたしの勘だとまたこの絵を盗みに来ると思うんだよね」
館長は「確かに…」と頷いた。
「この絵を囮にして奴らをとっ捕まえようと思ってる。
だから、この絵をうちら“ぶどうヶ丘高校の演劇部”で預かりたい。
その『許可』を欲しいってこと」
「な…」
館長や警備員達が再びざわつきだした。
そんな中、女は麻琴達のほうを見てまたニィと笑った。
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444 :マイマイ268:2006/07/10(月) 05:26:03.71
0
バギィッ!
「藤次…おめーは何をやってんだ? ええ?」
杜王グランドホテルの一室で、武彦は床に倒れている藤次を見下ろした。
藤次は何発も殴られ、顔にいくつも痣が出来ている。
「ご、ごめんよアニキぃ…」
「俺達はよォ、予告した獲物は今まで一度たりとも盗めなかったことは無い。
それをナンだ? このざまは…」
武彦は額から垂れてきた髪の毛かき上げ、オールバックを整えた。
その額には血管が浮き出ていた。
「恥だ…恥だぜェ、おい!」
ゲシィッ!!
藤次の腹に蹴りが入る。
「うぐっ! …だ、だってよォ、まだスタンド使いの仲間がいやがったんだ。
犬みてーなスタンドで、すばしっこくて、逃げ切れなかった…」
「あぁ!? 藤次…おまえ何言ってやがんだ? またビビったってのか?
だからママっ子野郎って言われんだよ、テメーはッ!!
藤次! 俺達の夢は何だ!? 言ってみろ!」
445 :マイマイ268:2006/07/10(月) 05:26:29.51
0
藤次はふらふらと立ち上がった。
「お、俺達の夢は…ルーヴル美術館の…」
「そうだ! ルーヴルの『モナ・リザ』と『ミロのヴィーナス』を盗むこと!
それが俺達の夢だろうが! ルーヴルに比べりゃちっぽけなこの美術館でよォ、
こんな失態さらしてんじゃねえ!!」
武彦は手を振り上げ、再び藤次に殴りかかろうとしたが
藤次はそれを遮って口を開いた。
「うぅ…すまねぇ。 で、でもまだ大丈夫だよ、アニキぃ…」
「大丈夫? 何が大丈夫だってんだ?」
武彦に睨みつけられた藤次は、スゥっと左腕を上げた。
「あん?」
スルスルスルスルスル…
藤次の左腕、その指先から細い糸が伸びていた。
糸はホテルの窓をつき抜け、外まで続いているようだ。
「おめー、この糸はまさか…」
「絵の入ったケースにくくりつけてある。
取り返された時、咄嗟に結びつけたんだ…」
446 :マイマイ268:2006/07/10(月) 05:26:46.76
0
武彦はそれを見て不敵な笑みを浮かべた。
「…EE!
EEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE
EEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE
EEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE
EEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE
EEEEEEEEEEEEnough!!(充分だ!!)」
「アニキ…」
「藤次ィ…藤次藤次藤次よォ〜〜〜。 前言撤回だ!
ただのママっ子野郎じゃあ無かったな、少しは成長してるじゃねーか!」
武彦はハンガーから黒のジャケットを取り出し、羽織始めた。
「も、もう行くのかい?」
「当たり前だ。 “やると決めたら”…」
「す…“すでに行動は終わっている!!” そうだね、アニキ!!」
「ああ、行くぜェ、藤次!」
550 :マイマイ268:2006/07/13(木) 00:41:49.20
0
--------------------------------------------------------------------
小川麻琴、矢島舞美、木村あさみの3人は、
ぶどうヶ丘高校へ向かってそれぞれの能力を使って走っていた。
「あの、あさみさん…って言ったかヨ?」
麻琴は、走る犬…の形をしたスタンドに騎乗するあさみに問いかけた。
「うん、そう。 木村あさみ。 演劇部のOBだよ」
あさみの乗る、犬のスタンド『バウ・ワウ』は
麻琴達の走りに充分劣らない走りを見せていた。
スタンドは一般人に見えない姿であるため、傍からは
空中浮遊しながら進んでいるように見えてしまうが、
そこが人通りの少ない道であるのと、時間も時間なので
あさみは堂々とそうしていた。
「なんでうちらを助けてくれたんだ? 寺田先生の命令?」
「いんや。 ただ怪盗を捕まえたいだけだよ」
「でも、どうして…」
「怪盗のうちの小柄な奴がさ、学生のスタンド使いがいるとか言ってたからね。
で、見にきたら案の定、ぶどうヶ丘の制服着てたっしょ。
だからこれも演劇部の活動なんだろうなって思ってね。
まーだこんなことやってんだねぇ、あんたら」
「あさみさん…あさみ先輩がいた頃も、こういう活動してたんスね」
551 :マイマイ268:2006/07/13(木) 00:42:07.42
0
あさみは昔を懐かしむように少し微笑んだ。
「まあねえ。 “町を守る”とかなんとか言ってさ、
いろんなことやってたね。 うん、あの頃は楽しかったよ」
「なんで演劇部を辞めたんですか?」
今度は舞美が尋ねる。
「んー…。 ま、おねーさんにもいろいろ思う事があったって事」
と、あさみは兄貴風…いや、姉貴風を吹かせてみたが、
その小柄な体で胸を張ってもちっともそういう貫禄は見えない。
もちろん麻琴と舞美は口に出さなかった。
「…ところで、なんで絵を学校に持って行くんです?」
舞美が続けて訊く。
「美術館みたいに狭いとこじゃあ、充分にあたしの能力を発揮できないからね。
それにあんたら2人も脚が自慢なんだったら、
学校のグラウンドみたいな広い場所が最適っしょ?」
そうしているうちにぶどうヶ丘高校の校門が目に入ってくる。
もうすぐで到着である。
552 :マイマイ268:2006/07/13(木) 00:42:22.90
0
「ホントに、学校に来るのかヨ…」
麻琴がぼそっと呟いた。
「来るね、あたしはそう思う。
一応怪盗カプリコーンのこと調べてみたんだけど、あいつらは今まで
予告した物を盗めなかったことは無いらしい。
だから今回のことは結構プライド傷つけられただろうからね。
きっと取り返しに来るさ。 …てか、今まさに近づいてきてる」
「え…!? どうしてそんなことが…?」
あさみは、バウ・ワウの頭を撫でてニィッと笑った。
「こいつは鼻がいいんでね」
タッ…!
そう言って一足早く、あさみとバウ・ワウは
校門を飛び越えて校内へ入って行った。
96 :マイマイ268:2006/07/22(土) 22:53:05.20
0
続いて麻琴と舞美も校内へ入る。
あさみはグラウンドの中心に立ち、校舎を見つめていた。
「で、これからどうすんだい? 奴らが来るのを待つのカイ?」
麻琴が声を掛けると、あさみは校舎の一角を指差した。
「…あそこさー、演劇部の部室だっけ?」
質問には答えず、その場所を見つめたままである。
麻琴もあさみが見ている場所に目をやった。
紛れもなくそこは演劇部の部室であるが、ひとつおかしな点があった。
「?」
時刻は現在午後10時頃。
なのに部室には灯りがついているのが見える。
カーテン越しにぼやっと光っているのだ。
「最近の演劇部って残業もすんの?」
「い、いや…」
そんなはずはない、と麻琴は訝しんだ。
確かに何かやりたいことがあれば顧問の寺田に伝えて
部室に残ることは出来るが、こんな時間まで残る生徒は普通いないはずである。
それ以前に自ら進んで居残る生徒など演劇部にはいないだろう、と。
「なんかおかしいな…」
97 :マイマイ268:2006/07/22(土) 22:53:27.01
0
「どうすんの、小川?」
あさみが麻琴を見て尋ねる。
「見てきたほうがいいかもしれねーな…。
あさみ先輩と舞美ちゃんはここに残っててくれ!」
そう言うと麻琴は校舎に向かって駆け出した。
(敵がいるのかもしれない…でも早すぎる!
あさみ先輩は“近づいてきている”と言ったんだ。
奴らの移動速度はこんなにも早いのか!?)
疑問は尽きないが、考えているより先に現場を見たほうが早い。
学校の鍵は全部閉められているので、
部室の真下の排水パイプをよじ登って窓から直接入ることにした。
(誰なんだァ? 一体…)
ギシギシと軋む排水パイプを、スタンドの力を借りてよじ登る。
そうしてようやく部室の窓の縁までたどり着くと
カーテンの隙間から中を覗いた。 人影が動いているのが見える。
「…?」
部室の中の蛍光灯は点いていない。
窓から漏れていた明かりは、机の上に置かれた懐中電灯であった。
人影はその机に向かい、麻琴に背中を向けている。
しかしそれは、ぶどうヶ丘高校の女子制服を着ていた。
99 :マイマイ268:2006/07/22(土) 22:53:42.59
0
「あの後姿は…」
どう見たって怪盗ではない、と思い、麻琴は窓ガラスをコンコンとノックした。
振り向いたその姿は…
「み…みうな!?」
と、大声を挙げたところで、その人影…斉藤みうなも
麻琴の名前を叫んで驚きの表情を見せていた。
「オメーこんな時間に一体なにやってんだ!?」
ガラス越しに話しかける麻琴に駆け寄り、みうなが窓を開ける。
麻琴は窓から部室に入り込むと、呼吸を落ち着けた。
「まこっちゃん、何してんの?」
さらっと質問するみうなに、麻琴は拍子抜けする。
「そりゃこっちのセリフだ」と呟いた。
「私はここでちょっと調べ物してたんだけどね。
一度は帰ろうと思ったけど、やっぱり気になってさ。
部長から鍵を預かって残ってたんだよ。
あー、でもお外も暗いし、そろそろ帰る時間だね」
みうなはのほほんと言ってのける。
「10時だぜ、そりゃあ暗いだろうよ」
100 :マイマイ268:2006/07/22(土) 22:53:59.00
0
麻琴がせせら笑いながら言うのを聞いて、みうなは驚いて壁の時計を見上げた。
「ええっ!! もうそんな時間なの!?」
「気づいてなかったのかヨ…。 相変わらず天然だ」
「うん…」
「で、調べ物って?」
みうなは今まで向かっていた机に一度向き直ってから
「たいしたことでもないんだけど」と、一冊の冊子を取り上げた。
『演劇部部員名簿』と書かれてある。
「名簿ぉ〜? こんなの見て何が楽しいんだか」
「楽しいっていうか…私の知り合いの名前がね、この中にあったから
それで気になっていろいろ調べてたら、他の年の名簿まで手が出てて…
いろんな人のプロフィール見るのって楽しいね!」
みうなは笑顔を向けた。
麻琴は呆れた顔でため息をついてから、みうなに尋ねた。
「それで、知り合いって誰?」
「うん。 あさみちゃんって言ってね、中学時代は仲良かったの。
S市に転校しちゃった後は連絡取ってなかったから懐かしくなって…」
「あさみ…?」
「うん、木村あさみちゃん」
101 :マイマイ268:2006/07/22(土) 22:54:21.63
0
(木村あさみ…)
“木村あさみ。 演劇部のOBだよ”
ついさっき聞いたばかりの名前を忘れるはずはなかった。
同姓同名の別人でなければ、その人は今も舞美と一緒にグラウンドにいるのだ。
奇妙な偶然もあるものだ、と麻琴は笑った。
「どうしたの? まこっちゃん」
「いやいや、その人なら…」
ガラッ!!
言いかけたところで、急に部室の引き戸が開く音がした。
2人とも一斉に部室の入り口に目をやる。
(あさみ先輩達が来たのか? いや、でもどうやって?)
学校の鍵は閉まっているため内側からしか開けられない。
窓際にいた麻琴は、カーテンを開けてグラウンドを見た。
さきほどのようにグラウンドの中央にはあさみと舞美がいる。
2人とも麻琴のほうを見て何か言っているようだが、聞き取れない。
102 :マイマイ268:2006/07/22(土) 22:54:37.98
0
(何言ってんだ? …つーか、今ドアを開けたのは…?)
「きゃッ!!」
麻琴が振り向くと同時に、みうなの叫び声が聞こえた。
みうなの体にはロープがぐるぐるに巻きついており、動きを封じていた。
「このロープ…!」
ロープは部室の外の廊下から伸びている。
あの男しかいない、と麻琴は直感した。
ズオオッ!!
雁字搦めに縛られたみうなは、次の瞬間に一気に廊下に引きずり出された。
「みうなッ!!!」
「きゃああああああああああああ!!!!」
84 :マイマイ268:2006/07/26(水) 04:00:00.84
0
--------------------------------------------------------------------
演劇部室の灯りはまだ灯ったままである。
あさみは、それを見ながら焦りを感じていた。
自分の声は小川麻琴に届いたのだろうか、と。
「かすかですけど、叫び声が聞こえたような…」
舞美が心配そうに言う。
あさみにもそれは聞こえていた。
「うん…、まずいかも」
あさみは、つい数刻前に闘ったあのロープ使いの男の『匂い』を感じていた。
どうやったのか一気に距離を詰め、それはいつのまにか校舎内にいたのだ。
杜王町美術館から校舎に来るまでは必ず学校の校門を通らなければ入れない。
なのにどうやって奴は自分達に気づかれずに校舎まで入ったのか…
方法はわからないが、確かに匂いは校舎内から感じられた。
それを麻琴に伝えようとしたのだが、遠くて聞こえなかったようだ。
「舞美ちゃん…って言ったっけ。 援護に行ったほうがいいかも」
「はい。 でも、怪盗は2人組みです。 もしもう一人が来たら…」
「チィ、やっぱ2人ともスタンド使いなのか。 ふむ…」
あさみは少し考え込み、それから舞美を見た。
85 :マイマイ268:2006/07/26(水) 04:00:30.40
0
「もう一人の奴はどんなスタンドなの? 知ってる?」
「一応は…。 見たのは小川さんだけなんですけど、なんでもその男は
物質を通り抜けたり、通り抜けさせたりする能力らしいです」
「ははっ、なるほどな…。 そりゃ厄介だ」
ここに残ってもう一人の登場を待つか、それとも小川の援護に行くか。
その2つの選択肢のどちらを選ぶか、あさみは迷っていた。
「もう一人の男の『匂い』は、バウワウは知らないけど、
そいつも校舎内にいるかもしれない。 中に行こうか…」
と、あさみが言ったところで、大きな高笑いがグラウンドにこだました。
「ははははッ! その必要はないな」
「……っ!」
見れば校舎の玄関から一人の男がこちらに向かって歩いてきている。
長身で、鮮やかな金髪の男は口元に笑みを浮かべていた。
「こいつか? 舞美ちゃん」
「はい、この男です…。 顔は初めてみますけど、体格と声からいって…」
男…蔵王武彦は、あさみ達の数メートル前で立ち止まった。
「そっちから出向いてくれるとはありがたいね…」
「えらく余裕じゃあないか、ええ? 俺としてはさっさと済ませたいんだ。
傷つく前にその手のアタッシュケースを渡してもらえるとありがたいんだが」
「そうですね、って渡すと思うか?」
「だろうなァ」
86 :マイマイ268:2006/07/26(水) 04:00:47.03
0
武彦がスタンドを出現させる。
左右12本の腕を持つ異様な姿を見て、あさみは一歩後ずさった。
「気持ちわりースタンドだね…」
「そうかい、チビすけ。 まぁ、オメーのチンケな犬コロのスタンドよりは
ぜんぜん役に立つ能力なんだがな」
ゴミでも見るかのように、武彦はせせら笑った。
「アンタ…! あたしのことをチビとか言うのはかまわねーけど、
この子の事をチンケって言うんじゃねェーッ!!」
あさみが身構える。
「ほう…、自分のスタンドにえらく愛情を注いでいるようだな。
それなら言わせてもらうが、人のスタンドの事を
気持ち悪いだなんて言うもんじゃあないぜ」
「気持ちわりーもんは気持ちわりーだろうがよォォーーー!!!」
バウ・ワウの背に乗り、あさみが駆けだした。
それでも武彦は動かず、余裕の表情である。
「うおりゃあああああああ!!!! 突貫ッッッッッ!!!!!」
バウ・ワウは速度を増し、その視線は完全に武彦を捕らえる。
武彦のスタンドは上部の腕2本を前に突き出した。
「アホが! 突っ込むしか能がないのか?」
87 :マイマイ268:2006/07/26(水) 04:01:06.07
0
ガシィッ!!!
スタンドの腕がバウ・ワウの両肩を掴む。
「おいアンタ、それで捉えたつもりか? 食らいついてやるよ!」
あさみがニィと口を歪めた。
掴まれたままでも、バウ・ワウは足を踏み出し
ジリジリと少しずつ武彦との間合いを縮めていく。
武彦のスタンドはそれに押され、下がっていく。
「対した力だ。 だが、オメーの力なんてのは関係ない。
捉えてしまえば俺の勝ちなんだよッ!!!」
ガシッ! ガシッ!
スタンドの他の腕が、今度はあさみの両腕を掴んだ。
「っ!?」
「掴んだぜ…」
その腕はあさみを軽々と持ち上げ、バウ・ワウから引き離す。
そして地面に叩きつけるように振り下ろした。
88 :マイマイ268:2006/07/26(水) 04:01:24.77
0
ズボオッ!!!
「……?」
地に落ちた感触は無かった。
自分の体を持ち上げたパワーもそれほど対したことは無いと感じていたが、
地面に叩きつけられたら捻挫くらいはするかもしれないとあさみは思っていた。
しかしそれも無い。
まるで水の中に足を突っ込んだような、奇妙な感触を味わっていた。
「足元を見てみな」
武彦があさみの脚を指差す。
「なに…っ!?」
あさみの脚は膝下までグラウンドの地面に埋まっていた。
同じようにバウ・ワウの4つの脚も地面に固定されている。
「漫画なんかでよォ、よくあるんだが
“冥土の土産に教えてやろう”ってセリフがあるなよなあ。
あんな言葉を使った敵は、必ずそれがアダになって倒されちまう。
だがッ!! 俺は確信を持って言える。
俺はそんなことにならならないとな!!」
武彦の目は自信に満ちていた。
何者にも負けない自信があったのだ。
89 :マイマイ268:2006/07/26(水) 04:01:42.53
0
「俺のスタンドは、パワーはそんなに無いんだ。
だがよぉ、人並み以上はダメージを与えられるぜ。 この腕でな…」
あさみの目の前に12本の腕が現れた。
「“冥土の土産に教えてやる”…俺のスタンド『シンクロナイズド』は、
物体を一時的に分子化させることが出来る。
だからお前の体をそうして地面に埋め、再び固体化させた!
膝まで地面に埋まったオメーは身動きが取れない!」
「くっ…!」
「オメーに勝てる道理があるか?」
反撃しようにもあさみは脚を動かせず、頼みのバウ・ワウの脚も封じられている。
「あさみさん…!!」
「来るな!!」
駆け寄ろうとする舞美を腕で制して、あさみは武彦を見据えた。
「サンドバッグになってもらう!」
ゴオォッ!!
シンクロナイズドの腕が全て持ち上がる。
「やれ」
90 :マイマイ268:2006/07/26(水) 04:02:02.62
0
ドゴッ!
「うげぇっ!!」
最初の一発があさみの顔面に入る。
ドゴッ! ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
「…ッ!!!!」
間髪いれずに残り11本の腕があさみに襲い掛かった。
容赦なくそれは降りかかり、休むまもなくラッシュを繰り返す。
「ああ…」
離れた位置にいる舞美は手を出すことも出来ずおろおろしていた。
「おらァッ!! まだ気を失うんじゃあねえぜ!!
俺に味わわせた屈辱、たっぷり体感してから死ねよおおお!!!」
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!
パンチの雨は止まない…。
171 :マイマイ268:2006/08/13(日) 03:04:04.53
0
--------------------------------------------------------------------
「“きたッ!” くらいついたぜッ!!」
グイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!
藤次は、自身の体から伸びるロープから確かな感触を読み取った。
“人間一人分の重さ”が伝わってくるのだ。
「アニキの言う通りだったッ! やっぱり校舎の中にいたぜーッ」
藤次はこのぶどうヶ丘高校に辿りついた時、
武彦から校舎の中を探索するように言われていた。
グラウンドには女が2人。
美術館で藤次がロープで縛り上げた少女と、
逃げる途中で藤次から絵画を奪った女の2人だった。
校舎の中で一つだけぼんやり灯りがついている教室には
もう一人の金髪の女がいるはずだと武彦は言い、
始末してくるように命じていたのだった。
グインッ!
ロープをさらに手繰り寄せる。
獲物はもうすぐそこまで来ている。
172 :マイマイ268:2006/08/13(日) 03:04:26.73
0
「俺の前に姿を現したらよぉ、縛り付けたままで
ギッタギタにのしてやるぜェェェェーーー!!!」
廊下の角からロープで巻かれた人型の物体が現れた。
「来おおおおおい来い来い来い来い来い来いいいいいい!!!!」
藤次は拳を振り上げた。
迫ってくる女の顔面に拳骨を食らわせるために。
ピタァッ
眼前1メートル…。
藤次はそれ以上ロープを手繰るのをやめた。
目の前に居る、ロープで巻かれた女の顔を見る。
「あ…? 誰だぁ、コイツは…。 あの金髪女じゃあねーな」
女の髪は金髪ではなく黒髪のロングヘアー。
縛っているロープの端々から見える制服は
このぶどうヶ丘高校の制服で間違いはないようだったが
どう見ても美術館で見た女ではなかった。
「もご…」
黒髪の女は何か喋ろうと口を動かしているようだが
口もロープで遮られているため上手く話すことが出来ない。
173 :マイマイ268:2006/08/13(日) 03:04:44.55
0
「てめーもアイツ等の仲間か? だったら容赦しねーがよォ…」
藤次は女の目をまっすぐに睨みつけた。
女は怯えたような表情をしていた。
「まぁ、仮にお前がただのジョシコーセーだったとしても、
目撃しちまったんだからタダで帰す気はねーけどな」
ロープをグイッと少しだけ手繰る。
「どれ、何か話したいことがあるんなら話してみな」
その直後、女の口元を覆っていたロープだけがはらりと解けた。
「はっ…はっ…こ、このロープをほどいて…」
「あ?」
藤次が首をかしげた瞬間、耳を劈くような叫び声が廊下に響き渡った。
「みうなあああああああああああああああああああああ!!!!!!」
(この声は…!?)
174 :マイマイ268:2006/08/13(日) 03:05:00.06
0
ビシュッ!!!
叫び声と同時に、何かが飛んでくる気配を感じた藤次は
その場から一歩後ずさった。
ブチィッ!!
「なにィ!?」
飛んできた何かは、藤次と女を繋いでいたロープを引きちぎり
背後の壁に当たって床にコロンと落ちて転がった。
「なんだこりゃ…パチンコ玉か? いや、ベアリングの玉…?
そうだ!! これは俺の『壁』をブチ切ったあの玉じゃねえか!!
つーことはッ!!」
藤次が振り向いた時には、すでに小川麻琴が到着していた。
ロープで巻かれていた女…斉藤みうなの肩を抱え、藤次を睨んでいる。
みうなを縛っていたロープは、麻琴が切断した時点で全て解けていた。
175 :マイマイ268:2006/08/13(日) 03:05:22.28
0
「テメー…なんで関係のないみうなにまで手を出しやがった!!」
「……」
藤次は人差し指を口に当てて、ぼんやりとした表情のまま黙っていた。
「何とかいいやがれこの野郎!!」
「…狙った獲物とは別人を捕らえちまったことは、
こりゃ確かに俺のミスだなぁ。 やらかしちまった。
だが…これは収穫だと俺は思ってる」
麻琴は不思議そうな目で藤次を見た。
この男は何を言っているのか…?
「“ロープをほどいて”って言ったんだよ、その女は」
「だからナンなんだ?」
「アホかァ? オメーは。
ロープをほどいてって言ったってことは…
俺のこの『スペースカウボーイ』をほどけって言ったっつーことは!!
そこの女もスタンドが見えている、
つまりスタンド使ってことだろうがよォーーーー!!!」
176 :マイマイ268:2006/08/13(日) 03:05:46.58
0
バシュウッ!!!
藤次のロープはボタンを押した巻尺のように一瞬にして藤次の体内に戻り、
次の瞬間には背中から無数のロープが飛び出して空中をうねっていた。
「…何をするつもりか知らねーケド、
みうながスタンド使いだとわかったところでなんだってんだ?」
「ギャハハハ! これはもう『大収穫』だぜェェーーー!!
学校の廊下!! この狭い空間で俺は絶対に勝てる自信があるッ!
俺らを邪魔したお前らを、仲間ともども葬ることが出来る…。
これを大収穫と言わずになんだっつーんだよ!!!」
「そんなロープをたくさん出したところで全部ブチ切ってやるよ!
それに、うちら2人相手にして勝てると思ってんのかい?」
麻琴は藤次に向かって一歩踏み出した。
そこで、妙な違和感を感じた。
グニィ…
何かを踏みつけた。
177 :マイマイ268:2006/08/13(日) 03:06:02.43
0
「…?」
「ハハハハハハハァ!!!
アホが!! お前が来る前から“仕掛けて”たんだよ!
この壁いっぱいに俺のロープをな!!」
ビシイイィィィィィッ!!
「これは…」
麻琴が辺りを見回すと、廊下の壁いっぱいにロープが張り巡らされているのが見えた。
まるでメロンの模様のように網目状にびっしりと。
「さぁ包み込め! 縛れ! 巻き取れ! 『スペースカウボーイ』!!
お前はこのロープの監獄から逃げられない!!」
無数のロープが一斉に襲い掛かり、その中に麻琴は埋もれて行った。
71 :マイマイ268:2006/08/18(金) 07:14:53.29
0
--------------------------------------------------------------------
もう既に100発以上の拳が打ち込まれただろう。
立ったままラッシュに耐えていたあさみの体はついによろめいた。
「ああ…!」
膝から折れ、ゆっくりと仰向けに倒れていくあさみを見つめながら
なんてタフな人なのだ、と舞美は歯噛みしながら思った。
「しぶとい女だ…」
足はグラウンドの土に埋もれたまま倒れたあさみに向けて
武彦は半笑いしながら唾を吐いた。
「つ、次は私が相手です!」
「小娘が…俺に挑むか?」
武彦の非紳士的な行為に舞美は怒り震え、スタンドを出現させる。
しかし闘おうとする舞美を、またもあさみは手で遮った。
ボロボロになった片手を挙げて“来るな”とジェスチャーするのだ。
「あさみさん、どうして…」
「ハァ…ハァ…、ま…だ……少し…」
荒く息をしながらあさみは苦しげに口を開く。
しかし完全に声にしきれておらず、舞美には聞き取れない部分があった。
72 :マイマイ268:2006/08/18(金) 07:15:44.88
0
「え…?」
「ま…待つんだ…」
待つ、とは何のことを言っているのか、舞美には理解仕切れなかった。
100発以上ものパンチに耐えてきたのは、何か理由があったのだろうか。
そんな傷だらけになってまで待っていた策でもあるのか。
舞美はスタンドを出したまま、足をその場に留めた。
「起死回生の作戦でも思いついたか? チビ」
「ああ…とっくに思いついてたよ」
「ふん、強がりもたいがいにしとくんだな」
武彦は倒れているあさみの隣へ行き、アタッシュケースを拾い上げた。
「さて、獲物も無事俺の元へ来たことだし、締めといこうか。
まあ本来は殺しは本職じゃあないんだがなァ…
俺らの顔と手口を知ったお前らを生かしておくわけにはいかないんでな」
再びあさみの前に立ち、腕を構える。
「今から俺の腕を一時的に非実体化させ、お前の体内に突っ込む。
それから一気に心臓を引き抜く。 痛みは一瞬。 俺なりの情けってやつだな」
「はは、これまで散々殴って置いて情けとはよく言う…。
しかし良いことを聞いた。 舞美ちゃんも聞いてたかい?」
痛みに顔を歪めながら、あさみは舞美のほうを向いた。
「あ、はい…聞いてましたけど…」
73 :マイマイ268:2006/08/18(金) 07:16:16.23
0
武彦はそんなやり取りを奇妙に感じていた。
これから死ぬ女が何故こういうことを言うのか。
動揺させているのかそれとも本当に何か策があるのか、と。
「チビ、オメー…何を考えてる?」
「別に大したことないさ」
「俺の殺り方を聞いてもまだ、勝とうと思ってるのか?」
「あたしは最初から勝つ気でいるよ。
それにその“殺り方”は、“逆もまたアリ”ってことだ。
なぁ、舞美ちゃん」
「……」
武彦は首をかしげた。
しかし舞美は、あさみが言わんとしていることを瞬時に理解した。
(なるほど…それを狙っているんですね、あさみさん。
あさみさんはこれから“何か”を起こす気だ!
そしてその後に私に動けと、あさみさんはそう言っているんだッ!
私がするべきことは…)
武彦はあさみに狙いを定め、腕を振り上げた。
「ワケのわかんねーこと言ってるんじゃねえ! 今すぐ死ね!」
「…来た」
腕を振り下ろそうとした武彦は、あさみの不敵な笑みを見て腕を止めた。
そして、背後に多数の気配を感じ取った。
74 :マイマイ268:2006/08/18(金) 07:16:46.77
0
“グルルルルルル……”
動物の唸り声。
武彦が振り向くと、そこには何十匹もの犬たちがいつの間にか集まっていた。
「よく集まってくれた…ギリギリだったけど…」
「なんだ、この犬コロどもは…」
犬達は一様に目をギラつかせ、武彦を睨んでいる。
「『犬笛』さ。 バウ・ワウから不可聴域の鳴き声を出して
周りの犬達に集まってもらったってワケ…」
「犬笛…」
武彦は一度あさみを見た後、再び犬達のほうへ向き直った。
「ふ……ふははははははは!!!!
犬!! チンケな犬を何匹も集めてどうするつもりなんだ!? ああ?
俺の能力を聞いてなかったのかよ、オメーは!
犬が何匹束になってかかって来ようが俺は倒せねーんだよッ!!」
「そうだろうね」
言いながらあさみはバウ・ワウを見た。
「バウ・ワウ、合図を出して。 みんな頼むよ…」
75 :マイマイ268:2006/08/18(金) 07:17:18.33
0
バウ・ワウの口が少しだけ開く。
人間には聞こえない高周波であるため舞美や武彦には聞こえていないが、
それはある命令だった。
『目の前の男を攻撃せよ』と。
“ガウウウウッ!!!!”
数十匹の犬たちがフォーメーションを取りながら
一斉に武彦に向かって飛び掛っていく。
武彦のほうは余裕の表情で、むしろ自分から犬達の群れに向かっていた。
「少しだけなら遊びにつきあってやろう」
最初の犬が武彦の喉もとに食らいつこうとする。
しかしその犬はスタンド能力を使っている武彦の体をすり抜け
体の向こう側へ出てしまう。
他の犬達も同様に飛び掛っていくが結果は同じだった。
それでもバウ・ワウは犬達に命令の高周波を発し続けた。
「そろそろお願いできる?」
武彦が犬と戯れている最中、あさみは舞美に向かって呟いた。
「はい、やれます」
舞美の足のローラーブレードと両手首の回転刃が徐々に回転数を増していく。
その目は武彦の背中を捉えていた。
301 :マイマイ268:2006/08/24(木) 04:28:20.49
0
--------------------------------------------------------------------
藤次は麻琴とみうなを見下ろした。
2人は何重にもロープを巻かれて姿も見えない状態になっている。
「まさに“手も足も出ない”って状況だなァ! さてこれからどうするか…。
ひと思いに俺がボコってやってもいいと思ったが、
アニキの前に連れ出してぶっ殺してもらうってのもいいな」
しばらく考えながら歩き回っていた藤次だが、ふと何か思いついたように足を止め、
服のポケットをごそごそとまさぐりだした。
「これがいいな。 俺にもちょっとダメージがあるが、たいしたもんじゃあない」
藤次が取り出したのは銀色のジッポライターだった。
「おい! 俺の声が聞こえてるか?
今からよォ、お前らを縛ってるロープに火をつけるぜェ〜〜〜」
「……」
返答は無い。
「聞いてんのか? 火をつけるって言ってんだよ。
もっとワーキャー叫んだりしてくれねーとツマんねーんだがなァ」
「……」
302 :マイマイ268:2006/08/24(木) 04:28:52.41
0
自身のスタンドであるロープに火をつける行為は
当然藤次の体をも傷つけてしまうことになってしまうが、
これは多数あるロープのうちのほんの一部であるため
本人は少しの火傷を負う程度で済む。
しかし、自分を傷つけてまで行おうというこの攻撃に対して
何のレスポンスもないことに、彼は少し苛立ちを感じていた。
「張り合いのねーやつらだ」
カチンッ
ジッポの蓋が開かれ、藤次がホイールに手を掛ける。
だが、その時…
ズッ…
突然『簀巻き』状態の麻琴とみうながその場で立ち上がった。
ロープで巻かれ、きつく縛られているはずの2人が
難なく立ち上がる姿を見て、藤次は動きを止めた。
「な…ど、どうして動ける! テメーら!!」
驚愕する藤次の目の前で、ロープがぱさりと床に落ちる。
そこから麻琴とみうなの姿が現れた。
2人の肌には多少の締め跡がついているものの傷にまではなっていない。
303 :マイマイ268:2006/08/24(木) 04:29:24.23
0
「オメーは私の能力をただ早く走るとか、ベアリング弾を飛ばすだけとか、
そんなものだと思ってたんじゃあねーのかい、んん?」
「なに…?」
麻琴が行ったのは実にシンプルなことだった。
2人がロープに巻き込まれる瞬間、体や服の摩擦を低下させた。
それによりロープは2人の体を縛ることができなかったのである。
「さて、もう打つ手なしかい? 怪盗さんよ…。
もういくらロープで縛ろうとしても効かないってことくらいわかるよなあ?」
一歩ずつ麻琴が藤次ににじり寄る。
状況を把握しきれていなかったみうなも、ようやく相手が
麻琴達が指令を受けていたあの有名な怪盗だということを理解し、臨戦態勢に入った。
「まだ終わりじゃねえ!!! 囲め、スペースカウボーイ!」
後ずさりながら藤次が叫ぶ。
途端に、まだ辺りに張り巡らされていたロープが動き出し、
壁や床、天井を結んで麻琴とみうなを取り囲む『檻』を作り出した。
学校の廊下のつき当たりという狭い空間を利用した技である。
「む…?」
麻琴はベアリング弾でまたそれを断ち切ろうと考えたが
今度のロープは一本が幾重にも重なっており、簡単に切れるようなものではなかった。
304 :マイマイ268:2006/08/24(木) 04:30:18.54
0
シュバッ シュバッ
考えている間にも、ロープは何本も折り重なり、より頑丈な檻を編み出していく。
「へっ! オメーらの体を直接縛らなくてもよォ、
こうやって閉じ込めることはできんだよッ!!」
再び身動きが取れなくなった麻琴達の目の前で
藤次はジッポのホイールを強く弾いた。
ボッ、と音を立てて炎が灯る。
「じっくり炙られて死ね!」
ロープの一端に火をつける。
炎は導火線を辿るようにロープの道を進んでいく。
それはすぐさまロープの『檻』へ燃え移った。
「なるほどー。 この人も考えたね、まこっちゃん」
「ああ、そうだナ」
火の回りは速く、十数秒後には麻琴とみうなの周りのロープに全て行き渡っている。
それなのに2人はのん気な様子で藤次を見つめていた。
「これが俺の必殺! 『キャンド・ヒート(缶詰の情熱)』だ!!」
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!
306 :マイマイ268:2006/08/24(木) 04:30:50.03
0
…と、ポーズを決めて見せた藤次だが、
ロープの檻の中の2人は、特に驚いた様子もなかった。
「なんだこれで終わりかヨ。 拍子抜けだな、みうな」
「そうだねぇ」
燃え盛る炎の折の中で余裕の表情の麻琴とみうな。
動揺したのは逆に藤次のほうだった。
「て、テメーら!! これから焼き殺されるってのに
どうしてそんなに平気な顔してられるんだ!?」
そこまで言って、藤次はハッとした。
麻琴の隣で佇む少女、みうなの能力を全く知らないことに気づいたのだ。
こいつの能力で何か抜け出す策を考えてあるのか、と藤次はもう一歩後ずさる。
「みうな、頼む」
「うん、『スノー・ドロップ』!!」
みうなの背後に純白のドレスを来たスタンドが出現する。
「……ッ!」
「“Touch my heart”!!」
80 :マイマイ268:2006/08/31(木) 02:54:18.11
0
--------------------------------------------------------------------
スッ
…と、音が聞こえるほどのしなやかな斬り込みであった。
矢島舞美の右腕のブレードは蔵王武彦の背中から腹部にかけて綺麗に突き刺さっていた。
しかし血も出ず、うめき声すら無い。
「んんー?」
あさみがけし掛けた野良犬達の相手をしていた武彦はそれに気づき
ぐるりと顔だけ振り向いて舞美を見下ろす。
「バカなのか、オメーは。 俺の能力は既に説明したはずだがな。
それに今の犬どもとの戯れを見ても気づかなかったわけじゃあねーよなァ」
シンクロナイズドの能力で武彦の体は分子レベルまで分解状態にあり、
彼の許可していない物質はそれに触れることすらできない。
あさみも舞美も理解していたが、それでも舞美はそうした。
顔を上げ、武彦をじっと見上げる。
「オツムが足りねーのか? 見たところ中学生ぐらいだろうが…」
「バカにしないでください。 そんなことわかってます」
「わかってんならよォ、何故こんな無駄なことをする?」
舞美は武彦の背中に刺さったブレードを動かさない。
81 :マイマイ268:2006/08/31(木) 02:54:48.68
0
「あなたが能力を使っている限り、私達はあなたに攻撃できない。
でもそれは同時に私達にも攻撃できない、ということですよね」
それを聞いて武彦がニヤリと笑みを浮かべた。
「ああ…確かにそうだなあ。 確かに今の俺は無敵だ。
銃だろうが細菌兵器だろうが俺を殺すことはできない。
しかしお前の言う通り、俺から攻撃をする事も出来ない。 それは間違っていない」
武彦は舞美のほうへ体をむけ、そして自分の腹部にあるブレードを指差した。
「俺が今このまま実体化すれば、お前のブレードが腹に突き刺さった状態になり、
まあかなりのダメージは受けるだろうなあ…。 それを狙ってるワケか?」
「そうかもしれません」
ニヤついている武彦に、舞美は冷静に答える。
「ハァ〜」と、ため息をつき、武彦が続ける。
「オメーも詰めが甘いな。 俺がそこのチビにしてやったことを覚えてるだろ?
俺はどうした? チビの下の土を分解して、足を埋め込んでやったんだ。
解るか? 能力で分解できるのは自分の体だけじゃあねぇ。
俺のスタンドが触れるものは全てその対象なんだよ」
「……」
「どうした? 自分の学習能力の無さに気づいたか?
俺がオメーのこのブレードを分解すれば、攻撃は無意味なるんだぜ?」
「……」
舞美は無言のままである。
82 :マイマイ268:2006/08/31(木) 02:55:19.47
0
「おいおい、やっぱりそれしか策を用意してなかったのか…。
それじゃあ体に教えてやる!
俺の“右腕だけ実体化することを『許可する』!!!”」
ズッ
気のせいかもしれないが、舞美の眼には
武彦の右腕だけ少し色濃く見えたような気がした。
「頬骨の折れる音を聞かせろよおォォォォォォォッ!!!」
ブオンッ!!!
勢いよく武彦の右腕が舞美の顔面に向かい振り下ろされる!
しかし舞美は動かない。
後ろで伏していたあさみがニィと笑い、一言呟いた。
「…ふぅ、あんたは思った以上にやってくれる…」
83 :マイマイ268:2006/08/31(木) 02:55:56.89
0
ズパアッ!!
「お…あ…?」
眼にも止まらぬ早さ、そう形容するに相応しい動きだった。
直前まで生身だった舞美の左腕にはブレードが現れており、
肩を動かさず、腕の第二関節のみのスナップで
武彦の右手首を切り飛ばしたのだった。
「て、てめェ…」
右手がグラウンドにぼとりと落ち、手首からは血が噴出している。
「私だってあなたに能力は見せました。
このブレード、片腕だけだと思ったんですか? “詰めが甘い”ですね」
84 :マイマイ268:2006/08/31(木) 02:56:27.49
0
舞美は左腕を振り、付着した武彦の血を払い落とす。
ズッ
右手を切り落とされたことによる動揺とショックからか、
今は武彦の体全体が色濃く見えている。
彼の背後にいた野良犬達はそれを見逃さない。
“ガウッ!!”
“アオオオオオオオオオオオンッ!!”
犬達と、そして力を温存していたバウ・ワウが一斉に武彦に飛び掛る。
四方からの攻撃を避けきれず、武彦の体は爪と牙によって
たくさんの傷が付けられていった。
「おおおお…ぐあああああああ…くそがァ!!」
武彦はグラウンドに膝を突き、再び自身の体に能力を使った。
瞬間に犬達の攻撃はすり抜けてしまう。
しかしその疲労により、彼はしばらく動けないでいた。
「今だ舞美ちゃん! 絵を持ってくるんだ!」
背後からあさみが叫んだ。
しばらく武彦の哀れな姿を見ていた舞美だが、
その声で視線を移し、武彦の隣に放ってあったアタッシュケースへ目をやる。
シュンッ
足のローラーブレードで瞬時にアタッシュケースの傍へ移動し、
舞美はそれに手を掛けた。
85 :マイマイ268:2006/08/31(木) 02:56:58.52
0
「……!!」
だがその手はケースをすり抜け、空を切ってしまう。
「ははははははははははは!!!!! まだだッ!!!」
舞美の背後から武彦の高笑いが聞こえた。
「まだ!! “そのアタッシュケースは能力を解いていないッ!!!”」
バキバキィッ!!!
“ギャワンッ!”
武彦は立ち上がると再び体を実体化させ、
同時にシンクロナイズドの12本の腕が周りの犬達を蹴散らした。
そしてそのままゆっくりと舞美へ歩み寄る。
「ここまでやった事は褒めてやる…!
だがここまでだ。 お前らに止めを刺せねー事は悔しいが、
俺にとってはこの絵を奪うことのほうが最優先なんでな…」
傷だらけで体中から血を垂れ流しながら、武彦は笑った。
舞美が再び腕のブレードを振るうが武彦には当たらない。
「オメーの攻撃は効かない。 そして俺の攻撃もお前には届かない。
しかしなァ…“分解しているもの同士”なら、触れることは出来る!!
こんな風になァ!!!!」
武彦の左腕が伸び、舞美の体を突きぬけ、アタッシュケースを掴んだ!
86 :マイマイ268:2006/08/31(木) 02:57:29.44
0
「逃げる気なんですか、怪盗さんッ!!」
「ああ、逃げさせてもらうぜ…この礼はあとできっちり返してやる」
ズブズブズブ…
気が付けば長身の武彦はいつのまにか舞美と同じ目線になっている。
舞美が彼の足元を見ると、武彦の足は半分グラウンドの土に埋もれていた。
「情けねーがよォ、これが俺の無敵の“逃げ”だ。
『ディーパー・アンダーグラウンド』!!
…土の中なら誰も追ってこれねぇッ!!」
無駄とわかっていながらも舞美は武彦に向かってブレードを振るう。
野良犬達やバウ・ワウも土の中に消え行く武彦に突進していくが
やはりどちらの攻撃も届かなかった。
「それじゃあな、小娘」
「くぅっ!!」
ズブッ…
武彦は頭の先まで土の中に埋もれてしまった。
絵も奪われ、完全に逃げられてしまったのだ。
「あさみさん、ごめんなさい…」
「いや、いいよ…。 あたしも“詰めが甘かった”ってやつさ…」
あさみはグラウンドに寝そべったまま、悔し涙を堪えた。
217 :マイマイ268:2006/09/04(月) 02:03:03.74
0
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藤次は自らの四肢に視線をやる。
しかしどんなに力を込めようとも動かない。
「な、なんだこりゃあ…」
まるで金縛りにあったかのように、彼は体の自由を奪われていた。
「あんたの粗末なヒモで縛るよりずっと効果的でしょ」
「お、俺のスタンドを粗末なヒモだとぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
藤次の言葉を無視し、みうなは指をくいっと動かした。
ドッギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンン!!!
その瞬間、彼の体はみうな達のいるほうへ一気に引き寄せられる。
その先には!
「うごおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!
熱ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!」
藤次の体は自分が作り上げた炎の檻に叩きつけられた。
瞬く間に火が衣服や肌に燃え移る。
218 :マイマイ268:2006/09/04(月) 02:03:42.71
0
「アッバァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
「自分の技でやられてちゃあ、世話ねぇナ」
麻琴はそう言って、ロープの檻の隙間へ手をつっこみ
藤次の襟首をひっつかんだ。
「観念するかい?」
「だ、誰がするかよおおおーーーーー!!!!」
「はァ。 あ、そ…」
そうしている間にも、炎は藤次の体にどんどん燃え移り
その体を容赦なく焼き焦がしていく。
ブスブスブス…
「おああああああああああッッッ…!!!!!」
「……」
ブスブスブス…
「ぬううううううぅぅぅぅぅぅぅぅーーー!!!!」
「……」
ブスブスブス…
「ほぐ………」
「……」
ブスブスブス…
219 :マイマイ268:2006/09/04(月) 02:04:22.58
0
「か、解除ォォォーーーーー!!!」
バシュンッ!!
数秒持ちこたえたものの、ついに耐え切れなくなったのか
藤次はスタンドで作り出した檻を解除した。
一瞬にしてロープは藤次の体内へ回収され、
辺りには黒い灰がはらはらと舞っていた。
「臭ぇーなァ、人の焼ける匂いってのはヨ」
麻琴が手を離すと同時に、藤次は廊下の床へ崩れ落ちる。
ヒィヒィと息をしながら焼け爛れた顔で麻琴達を見上げた。
「お…おでをだおじたがらっで、ア、アニギには勝でねぇ…」
炎で喉をやられたのか上手く喋れていないが、2人はなんとなく聞き取れた。
相当あの男を信頼しているのだな、と麻琴は感心した。
「アンタのアニキが強いことはわかるがよ、
きっと今頃は舞美ちゃんとあさみ先輩が倒しちまってると思うゼ」
「お、おでのアニギがヤラれるワゲねぇーだろッ!!」
尊敬する武彦をそんな風に言われたことに怒り、
藤次はよろけながらも立ち上がった。
「そうカイ、それなら自分で確かめてきな…」
220 :マイマイ268:2006/09/04(月) 02:04:54.70
0
麻琴はみうなに視線を向ける。
みうなもそれに気づき、頷いて見せた。
「…?!」
藤次は目の前の2人を交互に見やり、身震いした。
麻琴が指を組み、ポキポキと鳴らす。
「お…おめーがやるのが…?」
しかし麻琴は首をぶんぶんと振った。
次に藤次はみうなのほうを見た。
「お前か!? ざっぎおでが巻き込んだがら…」
だがみうなも同じように首を振った。
「も、もじがじで、両方でずがァァァーー!?」
「「YES!YES!YES!」」
麻琴とみうなが同時に返事をする。
「FRIENDSHIP!!」
「スノードロップ!!」
「ヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!」
221 :マイマイ268:2006/09/04(月) 02:05:50.59
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「ユゥウゥウウウゥキャァアアァアアアァアアアンンドゥゥウウゥウウッッ!!!」
ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴ!!!!!!
「くらららららららららららららああああああああッッッッッッ!!!!!!」
ボコボバキメタクソニカボギャケコバポビスレアソニコボバキメタグッシャアア!!!!
!
222 :マイマイ268:2006/09/04(月) 02:06:21.13
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2人の激しいラッシュをくらい、藤次は真後ろに吹っ飛ばされる。
そこには校庭に面するガラス窓があり、それに向かって勢いよく突っ込んだ。
ガッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
「ウッバァァー!!」
藤次は真っ逆さまに校舎から落ちていった。
後に残った麻琴とみうなは、割れた窓からそれを見下ろす。
グラウンドの中央には2人の人影が見える。
夜中であるためよくは見えないが、体格からしてあさみと舞美であると推測できた。
「ほらな、奴はいねぇじゃんヨ」
「みたいだね、じゃあ怪盗は2人とも倒したってことかぁ」
「たぶんな。 ああ、そうだ。 みうなに話しときたい事があったんだ」
「へ? 何?」
「さっき部室で言ってたダロ? 木村あさみって先輩のこと」
「あさみちゃんの事? さっきも『あさみ先輩』とか言ってたけど、
まこっちゃん何か知ってるの?」
「ああ、知ってるも何も…」
麻琴はグラウンドの中央辺りを指差して見せた。
223 :マイマイ268:2006/09/04(月) 02:06:51.61
0
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ズブズブ……ズボォッ!!
ぶどうヶ丘高校から100メートルほど離れた路地裏。
アスファルトの地面から唐突に人の頭が現れる。
それに続いて左腕が現れ、その手には銀色のアタッシュケースが握られていた。
「ふぅ、ここまで来れば大丈夫だな…」
彼はその能力を使って地中を進み、ここまでやってきたのだった。
蔵王武彦は辺りを見回し、人気が無いのを確認すると
その体を上半身まで露出させた。
「ん…?」
そこで彼の目に、一匹の犬が目に入った。
灰色のマスティフ犬である。
『やれやれ、“犬笛”に惹かれて来てみれば…
これがあの女の言っていた獲物とやらか…』
その犬の声は武彦にはただの唸り声にしか聞こえていない。
「チッ、また犬か…もう犬コロは見飽きたぜ!」
224 :マイマイ268:2006/09/04(月) 02:07:25.30
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武彦は悪態を吐きながら立ち上がろうとする。
それをマスティフ犬は睨みつけるように見上げた。
「…!」
そのマスティフの視線に、何か敵意のようなものを感じた武彦は
一瞬、動きを止める。
「な、なんだこいつ…犬コロのくせに…!」
『感じるぞ。 見知った犬が何匹もやられた。
その犯人はお前なのだと、そう叫ぶ彼らの“声”を感じる…』
ドンッ
そのマスティフ犬の体を金属の塊のような物が包み込んだ。
「なんだこの犬…まさかスタンド使いなのか…!?」
『彼らは仲間ではないが、遠い地から来た俺に良く接してくれた。
その恩に報いるためにも、お前を許すわけにはいかんな』
「こんな時にツイてねぇな! だが今は体がもたねぇ!!」
武彦は危険を察知し、すぐさま体を地面に埋めようとする。
『逃げるか…だが、逃がさん!!』
武彦の体がまだ完全に地中に埋もれてしまう前に、
マスティフ犬の体がバチバチと輝きだした。
225 :マイマイ268:2006/09/04(月) 02:07:56.13
0
『 発 ! 雷 電 激 震 !! 』
バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリィィィィィィィィ!!!!!
辺り一面に火花が散る。
近隣にあった数軒の民家が停電を起こし、灯りが消える。
『“それ”はもらってゆくぞ』
地面から生えた、ピクリとも動かない左手から
その牙で銀色のアタッシュケースを剥ぎ取り、
口に咥えたままマスティフ犬のボルトは歩き去って行った。
340 :マイマイ268:2006/09/08(金) 01:09:33.26
0
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「あさみちゃん!!」
グラウンドまで降りてきたみうなは、倒れているあさみに駆け寄った。
あさみの隣ではちょうど舞美が救急車を呼ぼうとしているところであった。
「…あは、みうなか…。 ひさしぶりだねぇ」
「うん…」
あさみはゆっくりと体を起こし、みうなと向き合う。
「体ボロボロじゃない! ダメだよ、動いちゃ!」
「いや、それより…みうな、アンタも演劇部に入ってたんだね」
「うん…。 で、でも! あさみちゃんも昔演劇部員だったんだよね?
それにスタンドも…」
「まあね…。 こんなこと、当時スタンド使いじゃなかったアンタには話せないしさ」
「でも今だったら話せるよね?」
「うん。 しばらくこっちにいるし、そのうち昔話でもしてあげるよ」
みうなから遅れて、麻琴もその場に到着した。
「小川さん、すみません…」
舞美が申し訳無さそうに頭を下げる。
「怪盗の片割れには逃げられてしまって…絵も…」
「そっか…。 館長さんと寺田…先生には謝らんなきゃいけねぇな」
「ごめんなさい…」
「いいって。 そうなっちまったもんはしょうがない…」
341 :マイマイ268:2006/09/08(金) 01:10:04.30
0
泣きそうになっている舞美の肩をポンポンと叩くと
麻琴はあさみ達の隣まで来て膝を落とし、あさみに問いかけた。
「で、アタシもあさみ先輩に聞きたい事がある。 つっても、個人的興味だケド…」
「ん?」
「先輩は、確か後藤真希とかと同じ時期に演劇部にいたんだよな」
「ああ、そうだね…。 ごっちん、懐かしいな」
「どうして部をやめたんだい? 後藤のせい?」
「はは。 ま、後藤のせいってのは間違いじゃあないね」
あさみのその言い方に、麻琴は何か引っかかるものを感じた。
「後藤が怖くてやめたんじゃあないのカイ?」
「いや、違う。 ごっちんが暴走しちまった時は確かに怖かったけど、
でもそれ以上にその強さに憧れもした。 好きだったね」
「じゃあ、何故?」
「怖かったのはごっちんに対してじゃあなくて、自分にさ。
あたしも大事な誰かを傷つけられた時、暴走しちゃうんじゃないかって…
その事で逆に誰かを傷つけちゃうんじゃないかって、思ってね」
「それで、辞めたのか…」
「まあ大袈裟だけどね。 あたしにごっちんみたいな力は無いし。
でも、そんな考えを持った以上、ここにいるべきじゃあないなと思ったワケ」
麻琴はそれを聞いて何も言えなかった。
何故なら彼女も同じことを考えたことがあったからである。
342 :マイマイ268:2006/09/08(金) 01:10:39.39
0
「麻琴、舞美ちゃん、それにみうなも。 これからも演劇部にいるつもりなら
自分の力と、仲間のことをもう少しよく考えたほうがいい」
「……」
「……」
「……」
ブルルルルルルルルル… ブルルルルルルルルル…
しばらく無音だったその空間に、振動音が響く。
麻琴の制服のポケットに入っている携帯電話だ。
「ちょっとすまねぇ」
ポケットから携帯を取り出し、麻琴は電話に出た。
「もしもし?」
『ああ、小川さんかね。 ワシじゃよ』
その声は杜王町美術館の館長の声であった。
声を聞いて、小川は顔を曇らせる。
何しろ、結局絵画は盗まれてしまったのだから。
343 :マイマイ268:2006/09/08(金) 01:11:19.34
0
「ああ、すみません。 今連絡しようと思ってたんですケド…」
『いいんじゃよ、絵も無事に戻ってきたことだし』
「本当に申し訳な……ええっ!?」
『裏口の前にアタッシュケースごと置いていってくれていたじゃろう。
茶くらい飲んでいってくれればよかったんだが』
「え…いや、あの…でも、絵は…」
『大丈夫。 ケースが頑丈だったから傷はついとらんよ』
「あ…はぁ…」
『とにかく、ありがとう。 寺田君にもお礼を言っておこう。
また何かあったら君達に頼むとするよ。 それじゃあ、おやすみ』
「は、はい! おやすみなさい…」
麻琴には何がなにやらわからなかった。
絵は怪盗に持ち去られてしまったと舞美から聞いたばかりなのに…。
電話を切った後、舞美のほうを向いた。
「絵は奴に持ち去られたんだよな?」
「え…? あ、はい…」
「さっきの電話、館長さんだったんだけどヨ…
絵は美術館に戻ってきてるそうだ」
「へ?」
「おかしいと思うだろ? あたしもそう思う」
「ええ…。 怪盗さんが戻したんですかね…?」
「それはネェだろ…」
麻琴達は頭に疑問符を浮かべたまま、それぞれの帰路についた…。
344 :マイマイ268:2006/09/08(金) 01:11:52.00
0
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ぶどうヶ丘高校の校舎の屋上に、くくくっとかみ殺した笑いが響く。
「なぁーにが『自分が怖い』だよ、自分でこの町に戻ってきたくせに」
6月の生ぬるい風にあたりながら、矢口真理が呟いた。
彼女は2体の『サテライツ』で、戦いの一部始終を見物していたのだ。
もちろん、ボルトが武彦を倒して絵を持ち去った事も。
「あさみ、あんたは好奇心の塊だ。 演劇部をやめても
刺激を求めてきっと杜王町に戻ってくると思ってたよ」
立ち上がり、尻の埃をぱんぱんとはたく。
「見届けたくなっただろ? この町の辿る先…。
物語は『承』が終わり、転がり始める。
あんたの好奇心は、それを見届けたがってるはずだ」
手に持った鉄球をポンポンとお手玉のように放りながら
矢口真里は屋上を後にした。
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345 :マイマイ268:2006/09/08(金) 01:12:23.88
0
翌日、杜王町美術館の『ドリアン・グレイの肖像』が怪盗から守られた事と
一連の怪盗事件の犯人の一人として栗駒藤次が逮捕された事がニュースになっていた。
重症のため現在は入院しており、詳しい聴取は退院後になるとの事だった。
また後日、杜王町の路地裏で地面から左手だけが突き出た男の死体が発見された。
死体は引き上げられ、身元不明のまま安置されているが、
埋められていた地面のアスファルトが固められた時期が男の死亡時刻と合わない事と
その死因が感電死であることについては未解決のままである。
蔵王武彦 死亡
スタンド名:シンクロナイズド
栗駒藤次 再起不能
スタンド名:スペース・カウボーイ