105 :マイマイ268:2006/05/19(金) 23:16:34.22 0

銀色の永遠 〜マイ・ファッキン・ヴァレンタイン〜



<辺土名一茶>

俺はぶどうヶ丘高校の校門の前で、
タバコを一服しながらある男子生徒を待っていた。
出来ることならそいつを巻き込むことなく済ませたかったのだが
さきほどの三好絵梨香のように、話しかけていきなり戦闘になっても困るので
結局は、そいつに頼むことにしたのだ。

しかし、あの三好って奴はリストの通り本当にキレやすい性質のようだ。
話し合いでどうにかなるかもしれないと
たまたま見かけた三好に声を掛けてみたのだが
出したスタンドをチラっと見ただけで攻撃してくるとは…。
ぶどうヶ丘のスタンド使いには短気な奴が多いと聞くが
やはり三好以外の奴に話しかけても同じ結果になったのだろうか?
まぁ、短気というならウチの奴らも変わらないがな…

なんにしても、演劇部の奴らに話しかけるなんてことはせず
最初からこうしておけばよかったのかもしれないな…。


「一茶さん!」


グラウンド側から声が聞こえた。
この学校の制服を着た、茶髪で童顔の男。
古くからの馴染みである、橘慶太だ。



106 :マイマイ268:2006/05/19(金) 23:17:09.57 0

「悪いな、急に呼び出して」
「いえ、別にいいですけど…今度は何なんです?」
「ああ…まずは、そこの通学路脇に倒れてる女子生徒なんだが
 あれは演劇部の三好って奴だ。
 アイツが倒れてることを演劇部の奴らに教えてやってくれ」
「演劇部って…。 まだウチの演劇部とやってたんですか?」
「まぁ頼まれごとだったからな。 実際、それももう終わってるはずなんだが
 ウチの奴らが勝手に突っ走っていきやがったから、後始末さ」
「大変ですね…」
「そりゃこっちのセリフだ。
 この前も忍たちが迷惑かけたみたいで、すまんな慶太」
「それはいいんですよ、世話になってますから」

数日前に忍と幸也がぶどうヶ丘高校のスタンド使いに戦闘を挑んだとき
『噂』を流すのを手伝ってもらったのも、この慶太だった。

「とりあえずお前は、演劇部に三好のことを伝えてくれ。
 あそこに倒れてるってことと、それから…」

その後のことを言おうかどうか、一瞬迷った。

「それから?」
「ん、ああ…。 三好の能力の使い方だ。
 あんな無茶な使い方してると体に障るってな、
 演劇部の奴らに教えておいてやっといてくれ」
「は、はぁ…スタンド能力ってそんなもんなんですか?
 俺は持ってないからわからないですけど…」



107 :マイマイ268:2006/05/19(金) 23:17:25.79 0
「精神の力だからな。 感情によって力が倍増するのは良くあることだが
 ここぞという時の火事場のクソ力を毎回毎回出してたら
 精神的にも、もちろん肉体的にも良くない」
「はい、わかりました。 伝えておきます」

そう言いながらも、俺はあの三好という女について
あまり長生きは出来ないのではないか、と感じていた。
刃こぼれし始めたナイフ……そういう目をしていた。

「それと、これも渡しておいてくれないか」

俺は慶太に一枚の封筒を渡した。
直接会って話が出来ないときのために用意していたものだ。

「演劇部に、ですか?」
「ああ。 できれば代表者と直接会ってみたかったんだがな。
 三好をのしちまった後で堂々と会うわけにはいかない」
「わかりました」

後のことは慶太に任せることにしては、俺はこの場所を離れることにした。

「これからどこへ?」
「病院行って、奴らを見舞ってくるつもりだよ」
「そうですか…。 だったら、よろしく伝えといてください」
「ああ、伝えとく。 ありがとうな」
「いえ」

その後、たまたま通ったタクシーを捕まえて
俺はぶどうヶ丘総合病院へ向かった。


154 :マイマイ268:2006/05/20(土) 22:53:15.22 0

<橘慶太>

コンコン!

演劇部室のドアをノックした。

部室の前を何度か通ったことはあったが、中に入るのは初めてだ。
女子ばかりの女の園らしいし、余計に緊張する…。

「どうぞー」

女性の声が聞こえ、部室のドアを開けると
何か話し合いでもしていたのか大勢の部員が机を並べて座っていた。
中等部の生徒も混ざっているようだ。

「すみません、失礼します」

足を踏み入れると、今まで嗅いだことの無いような香りが充満していた。
女の子の香り、というものなのだろうか。
もちろん香水の匂いなんかも混ざっているのだろうが
男ばかりのサッカー部の部室ではまず考えられない香りだ。

「お、なんだ慶太じゃん」
「お疲れ様です、部長」

壇上に立っているのは、我らがサッカー部のキャプテン、吉澤先輩だ。
演劇部の部長も兼ねている事は知っているが、
こんな空間に居られるなんて羨ましい…。



155 :マイマイ268:2006/05/20(土) 22:53:30.64 0

「あれえ、橘くん」

間の抜けた声がした。
その声の主は、クラスメイトの亀井絵里である。
亀井は部室の端っこで同級生らしい女子生徒と並んで座っていた。

「よっ」

亀井に軽く手を挙げて挨拶すると、
彼女も手のひらをグッパッと開いたり閉じたりして返してくれた。
そう言えば亀井と、同じくクラスメイトの広瀬康一には
つい数日前に、忍さんと幸也さんに頼まれて、
『裏山の堤にヨッシーが出る』
という噂を話して聞かせた事があった。
あの次の日には2人とも怪我して登校してたけど
なんだか悪いことしたなぁ…。
それにしてもスタンド使い同士の闘いってのはそんなに凄いものなんだろうか…。

「こいつサッカー部員の橘慶太ってんだ。 結構上手いんだよ」

吉澤先輩が俺をみんなに紹介する。
こんなに大勢の女子の前で紹介されるなんてことは無かったので
少々照れてしまった。



156 :マイマイ268:2006/05/20(土) 22:53:46.11 0

「……」

亀井の後ろに、むすっとした顔で座って俺を見ている女子生徒がいた。
この人がおそらく藤本美貴先輩だろう。
忍さん達に写真を見せてもらったというのもあるけど
それ以前に俺の彼女の亜弥ちゃんから、
藤本先輩の写真を見せてもらった事があって知っていた。
亜弥ちゃんと藤本先輩は親友らしいけど
たぶん亜弥ちゃんの彼氏が俺だってことは知らないと思う。

「ところで慶太、今日はどうした? サッカー部でなんかあった?」

おっと…。
吉澤先輩の声でようやく用件を思い出した。

「あ、サッカー部の事じゃあないんですけど…
 演劇部に三好さんって部員いますか?」
「三好…三好絵梨香のことか?」
「はい、その人です」
「三好がど…」

「絵梨香がどうしたの?」

吉澤部長が言い終わる前に、その近くに座っていた女子生徒が俺を見る。
この人は確か石川とかいう名前の人だ。

「ええ、その三好さんが今保健室に…」



157 :マイマイ268:2006/05/20(土) 22:54:20.28 0

ガタッ

その石川さんが、急に血相を変えて椅子から立ち上がった。
三好って人は女子から人気があって、取り巻きも大勢いると聞くけど
この人もその一人なんだろうか?

「絵梨香が保健室に? どういうこと? 誰にやられたの!?」

早口でまくし立てる。
『やられたの!?』って言葉がすぐに出てくる辺り
この人たちが如何に騒動によく巻き込まれているのかよくわかる。
一茶さん達もそういったことをよく口走っていた。
しかし一応俺は一般男子生徒なんだし、言葉は選んだほうが…

「ねぇどうしたのよ! 怪我してるの!?」
「い、いえ…怪我はしてないみたいですけど意識が無くて
 俺が保健室に連れてったんです…」
「意識が無いって…どこで見つけたの!!」
「あの…校門で男の人に、三好さんが通学路に倒れているのを教えてもらって
 それで保健室に連れていったんですけど、
 保田先生はとりあえず救急車を呼ぶって言ってました…」
「……!!」

石川さんが彼女が血相を変える。 他の部員もみんな神妙な顔つきをしていた。

「それと部長…」
「ん…ああ、何だ?」

吉澤先輩もなんだかそわそわしていた。
俺の前だからわざと平静に見せているようだけど
仲間がやられたことで落ち着いていないのがわかる。


158 :マイマイ268:2006/05/20(土) 22:54:38.49 0

「三好さんを見つけた男の人に、渡してくれって頼まれたんですけど」

吉澤先輩に一茶さんから受け取った封筒を渡した。
一茶さんの名前を出さずに『男の人』というのはなんだか抵抗がある。
俺としては正直に言ったほうがややこしくないのではないかと思ったのだけど
一茶さんは俺をこういう事にあまり巻き込みたくないらしく
そう伝えろと言われていた。

「…杜王ケーブルテレビジョン…」

吉澤先輩が封筒の後ろに書いてある名前を呟く。
MCAT社専用の封筒なのだから書いてあって当然だ。
…やっぱり、普通に一茶さんが渡したほうが自然だったような気がする。
おかしなことになりそうな予感がするなあ…。

「唯、行くよッ!」

封筒の名前を聞いた石川さんが、
近くに居た女子生徒と一緒に駆け足で部室を出て行った。
MCATの事は既に演劇部でも話題になっていたのだろう。

「慶太、ありがとう。 もう戻っていいぞ」

吉澤先輩が言う。



159 :マイマイ268:2006/05/20(土) 22:55:03.20 0

「あ、はい。 失礼します…」

重苦しい空気の中、俺は演劇部室を出た。
ドアを閉めてからしばらくその場で耳を傾けていると
吉澤先輩の声で『これから緊急対策会議だ』とか言っていた。

あーあ、ほら言わんこっちゃない。
絶対こんなことになりそうな感じしてたんだよなぁ。
今日はせっかくのバレンタインデーなんだから
男子も女子ももっと楽しむべき日なのに…。




286 :マイマイ268:2006/05/22(月) 23:04:59.89 0

<片倉景広>


……。

……チョ…チョコだ。


教室で、トイレで、玄関で、そしてこの通学路でも
包みを開けて何度も確認した! 間違いない、この香ばしい芳香。
しかもこれ一粒でも100円以上はする、あの某国王室御用達とも言われている
高級チョコレートメーカー『デフディバ』のチョコじゃあないか!


まさかこれを、田中さんにもらうなんて!!!!


これまでバレンタインデーなんか全く関わり無く生きてきたから
昼休みにこっそり渡してもらった時もこれが『そんなもの』だとは
微塵も思わなかったし、むしろ不幸の手紙系ではないかとさえ疑った!
田中さん、疑ったりしてごめんなさい!
そして神様、ありがとう!
今年の僕は違うぞッ!
バレンタインデーにチョコをもらえる男になったんだ!


バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!



287 :マイマイ268:2006/05/22(月) 23:05:17.84 0

「仗助ェ、おめーがもらったチョコ結構たくさん入ってんなあ。
 俺にも少しわけてくれよ」
「やんねーよ」


ん…? あそこに歩いてるのは高等部の生徒かな?
ガラ悪そうな2人だなあ…
行方不明になったままの最上君と似たタイプかも。
あれ…あの人も『デフディバ』のチョコを持っているぞ?
しかも僕のよりちょっと箱が大きい!

……。

でもいいんだ!
僕のチョコは小さくても、田中さんの気持ちがたくさん詰まってる!

…はず、だよね…たぶん…。


-------------------------------------------------------------------------



288 :マイマイ268:2006/05/22(月) 23:05:38.18 0

  ―杜王ケーブルテレビジョン社屋前―


「ここに…絵梨香をヤった奴が…」

石川梨華は、ぶどうヶ丘高校の保健室から
タクシーを飛ばしてこのMCAT社屋前まで来ていた。
初等部の岡井千聖が襲われた事件。
藤本美貴たちが襲われた四洲の堤の事件。
そしてつい先ほど襲われた三好絵梨香と、
演劇部に届けられた、社名が入った封筒。
全てに共通するのはこの杜王ケーブルテレビジョンと
襲われた者全員がぶどうヶ丘の生徒ということ。

保健室のベッドに横たわる絵梨香の姿を見てから
石川はすぐさまここに駆けつけた。
彼女は同じ「チーム」の岡田唯も連れてくるつもりだったが
唯は絵梨香に付き添って病院へ行くと聞かなかったため
仕方なく自分ひとりでここまでやってきたのだった。

(さすがに一人で乗り込むのはマズかったかしら…
 でも、あれは間違いなく挑戦状!!
 売られた喧嘩は、買わなきゃね!)

石川は一歩、足を踏み出した。

会社の正面玄関からは、多数のサラリーマン風の男性が出入りしている。
一見してみると普通の会社である。
そこに制服姿の女子高生が近づいていく姿は多少奇妙であった。
社員らしき男性や道行く人々が彼女のことをチラ見している。



289 :マイマイ268:2006/05/22(月) 23:05:57.93 0

(ふ、ふん! 恥ずかしくなんて無いんだから!
 体裁構ってられる事態じゃあ無いの!)

彼女はズカズカと玄関の自動ドアに向かって突き進んでいく。

「石川さんッ!!」

背後から、彼女を呼ぶ声がした。

「え…み、雅ちゃん…」

手を膝につき、ハァハァと荒く息をしている夏焼雅がそこにいた。
どうやら走ってここまで来たらしい。

「ど、どうしてここに!?」
「ハァ、ハァ…た、タクシーで来たんですけど…
 途中でお小遣い尽きちゃって…ハァ…
 そこから走ってきました…」
「そうじゃなくて! どうして私がここにいること…」
「石川さんなら、たぶんそうすると思って…」



290 :マイマイ268:2006/05/22(月) 23:06:13.38 0

夏焼雅は中等部の中でも武闘派で、好戦的な性格である。
しかし雅がここに来たのは闘いたいからという理由ではなく
尊敬する先輩の一人である石川梨華のため、
そして何より演劇部を守るためであった。

「あなたも来るつもり?」
「石川さんがダメだって言っても行きます!」
「……」

石川には止める気は無かった。
むしろ止める権利など無いと思っていた。
彼女…夏焼雅が演劇部のために動いたのなら
それを止める事は誇りを無駄にしてしまう事だからだ。

「いいわ、いきましょう」
「はい!」


362 :マイマイ268:2006/05/24(水) 04:03:10.81 0

<川尻早人>

昨年の夏、僕のパパは吉良という男に成り代わられ、知らぬ間に殺されていた。
吉良にとってパパは生きるための手段だったのだろう。
僕にとっても当時のパパは決して良い父親ではなかった。
それでも、僕はそれからすぐにふさぎこんでしまった。
吉良を倒した仗助くんや億泰くん、康一くん達は
あの後、僕にいろいろと世話を焼いてくれた。
そのおかげで、今の僕は以前よりもずっと良い自分になれたと思う。
それが無かったら僕はずっとふさいでいたままかもしれない。

僕が『舞ちゃん』とあったのは、僕とママがようやく立ち直りかけた頃。
あれはクリスマスイブの日に、仗助君に教えてもらった
イタリア料理の店『トラサルディー』に食事に行った日だ。

------------------------------------------------------



363 :マイマイ268:2006/05/24(水) 04:03:31.33 0

 ―12月24日午後7時 「トラサルディー」―

「あっ!」

カチャッ カラン…

「早人、なんでそう雑なの? フォークくらいちゃんと扱いなさい!」

慣れない店に戸惑ってしまい、緊張した僕はフォークを取り落としてしまった。
立ち直りかけたといっても母親の性格は変わるわけではなく
前より“ちょっとだけ”優しくなった程度だ。
それにママは、吉良が成り代わっていた頃のパパを愛していたし
そして行方不明のままのパパはまだ死んでいないと信じ続けていた。
ようやく普通の生活に慣れてきたものの、ママがこれじゃあダメだ。
なんとかママも僕みたいに、以前よりも良いママになって欲しい。
それは僕の役目だ。 僕がなんとかしなくちゃあいけない。

「すぐ拾うから、ごめんねママ」
「え、ええ、そうね…。 あたしも急に怒ったりして悪かったわ」

こういう小さいところから始めないといけない。
まずは僕がママにとって良い息子にならないと。

「……」
「……」

…でも、些細な事とはいえ、この空気は少し気まずい。
さっきの反応を見ればママもたぶん良い母であろうと努力しているんだと思う。
僕を叱ってしまったことで多少罪悪感を感じているのかもしれない。
ここは明るく振舞ったほうがいいのかも…?



364 :マイマイ268:2006/05/24(水) 04:03:50.08 0


タタタタタッ


「フォーク、落としたよ?」

僕がどういう行動に出ようか迷っていた時、隣のテーブルから駆けて来て
フォークを拾って渡してくれた女の子がいた。
名前と、そして同じ小学校に通っていたことは後から知ることになるのだけど
この子が舞ちゃん…萩原舞ちゃんだ。

「あ、ありがとう…」
「ふふっ」

舞ちゃんは少し笑って、それから自分のテーブルに戻って行った。
彼女もたぶんイブに家族と一緒に食事をしにきていたんだろうと思う。

「……」
「どうしたの? 惚けちゃって…」

ママは笑っていた。
僕が何をしたわけでもない。
舞ちゃんがフォークを拾ってくれただけだ。
でも、それでなんだか優しい気持ちになった。
これから何をどうしようか、なんて複雑な気持ちはふっとんで
なんだかどうでもよくなってしまったんだ。
それはママも同じだったんだと思う。



365 :マイマイ268:2006/05/24(水) 04:04:05.62 0

「フォークを落としたんデスね? お取替えしまショウ」

店長さんが来て、新しいフォークを持ってきてくれた。
でも僕はそれを断った。

「大丈夫です、このままで」
「シカシ、せっかくの料理なのデスカラ…」
「いいんです。 そんなに汚れてないし、これで食べます」
「そうデスか…」

僕はその後ずっと、舞ちゃんが拾ってくれたフォークで料理を食べた。
料理によっては別のフォークを使わなければいけないけど
それでも僕はそのフォークだけしか使わなかった。
思えば、この時から僕は彼女を好きになっていたのかもしれない。

------------------------------------------------------



366 :マイマイ268:2006/05/24(水) 04:04:21.07 0

新学期になった1月、1学年下に舞ちゃんがいることを知った。
僕は思い切って舞ちゃんに声を掛けて、デートに誘った。
女の子をデートに誘うなんて今までしたことなかったし
その現場を見られたクラスメイトにはからかわれたけど
僕はそんなことどうでもよかった。
舞ちゃんが「うん」と言ってくれたから。

そして今日、2月14日。
僕が彼女の誕生日に贈ったバッグのお返しも込めてと
バレンタインのチョコレートをプレゼントしてくれた。

「これ『デフディバ』のチョコだよね? 高かったんじゃ…」
「えっとね、ママからお小遣い前借りしちゃった。
 早人くんがくれたバッグも高そうだったし…」
「ぼ、僕のは…」

バッグはママのお古を子供用に作り変えてもらったものだから
そんなに費用はかからなかったんだけど…。

「で、でも、ありがとう!」
「うん!」

舞ちゃんの笑顔はとても素敵で、天使みたいだ。
この笑顔をずっと見ていたいと思った。
舞ちゃんとママ、2人は僕が守らなくちゃあいけない。
いつかママにも舞ちゃんを紹介したいな…。


414 :マイマイ268:2006/05/25(木) 03:02:34.66 0

-------------------------------------------------------------------------


  ―杜王ケーブルテレビジョン・1Fロビー―


「あ、あの…アポイントは…」

受付嬢の上原多香子は、突然現れた女子学生2人に戸惑っていた。
それもそのはず、その2人は受付に現れると
物凄い剣幕で「社長を出しなさい!」と迫ったのである。

「アポイント? そんなもの無いわよ!
 いいからとっとと上に連絡取りなさい!」

2人の女子学生のうち1人、石川梨華は
多香子に顔をギリギリまで近づけて怒鳴り散らしている。
もう1人の夏焼雅は石川の隣で黙って睨み付けていた。
傍から見ればイカれたクレーマーである。

「そう仰られましても、お約束が無いと…」
「あのね、一般人に手荒な真似は出来ればしたくないんだけど
 迷惑被ってるのは私達なわけ! わかる!?
 つってもアンタにはわからないんでしょうけどね!」
「うう…」

困った多香子は机の下にあるボタンを押した。
こういったクレーマーで、受付で対処できない場合は
このボタンで警備員を呼ぶことが出来るのだ。



415 :マイマイ268:2006/05/25(木) 03:03:25.76 0

「何なの何よ! 何とか言いなさいよ!」

まくし立てる石川の口撃にしばらく沈黙のまま耐えていた多香子の目に
奥のドアからやってくる警備員の姿が見え、ようやく彼女は安堵した。

「…ふん、警備員を呼んだわけ…」

腰に警棒をぶら下げた3人の警備人が2人に近づいてくる。

「お話ならこちらで伺いましょうか…」

警備員達は無表情で石川と雅を睨んでいた。
しかし2人は物怖じせず、警備員を睨み返す。

「……」
「……」

無言のままの2人に、警備員のうちの1人が手を伸ばした。
強制的に連れ出すつもりなのだろう。

「だから…手荒な真似はしたくないって言ったでしょう…」
「石川さん、私が…」


ブウウウゥゥゥンッ




416 :マイマイ268:2006/05/25(木) 03:03:44.88 0

夏焼雅が石川を遮ってそう言った時、
多香子は自分の頬を撫でる風を感じた。


バシィッ ドッシャアアアアアアアアアアアッ!!!


「え…」

突然、3人の警備員達が何か見えない力によって吹き飛ばされ
壁に打ち付けられる。
警備員達はそのまま気を失ってしまったようで、起き上がらない。
これは雅が『セクシー・アダルティー』の槍の柄の部分で
警備員を薙ぎ払った結果なのだが、彼らや多香子はそれを知る由も無い。

「ありがとう雅ちゃん。
 そういえば『マトリックス』って映画の中に似たようなシーンがあったわね。
 ネオとトリニティがビルのロビーで銃をぶっ放すの。
 別にあそこまでするつもりは無いけど…
 …で、まだ誰か呼ぶつもり?」

多香子は、石川にそう言われた時には既に
無意識のうちに内線電話の受話器を持ち上げていた。
目の前で何が起こったのか…それはわからない。
だがしかし逆らい難い何かを心で感じたのだ。
彼女が電話をつなげた先は警備室ではなく、社長秘書室。

「ききき緊急事態だと伝えてください!」



417 :マイマイ268:2006/05/25(木) 03:04:00.60 0

ろれつの回らない口で秘書にその旨を伝え
秘書を通じてこの事態が社長まで伝わる。
多香子は秘書からの返事を聞き、内線電話のスピーカーフォンをONにした。

『…上がってきたまえ』

スピーカーから男性の声が聞こえてくる。
それを聞いた石川はそこで初めて微笑みを見せた。

「はじめからそうすればいいのよ」
「じゃあ、行きましょうか」

石川と雅はエレベーターへ向かって歩き出した。
多香子と、そしてたまたま周辺にいた社員達は
唖然としたままその場に立ち尽くしていた。




418 :マイマイ268:2006/05/25(木) 03:04:32.25 0


 …チーン


エレベーターが最上階へたどり着く。

石川梨華と夏焼雅の2人は廊下を真っ直ぐに歩き
正面に見える『PRESIDENT』と札のかかった部屋を目指した。

「こんな地方の会社の社長が『プレジデント』だなんて笑わせるわね」
「なんか偉そうですよね」

石川はコンコン、とドアをノックした。
ロビーであんな騒動を起こしておいて礼儀も何も無いのだが
一応の挨拶である。

『どうぞー』

少しなりとも彼女達は緊張していたのだが
ドアの向こうから聞こえてきたのはえらく間の抜けた声であった。
ロビーで聞いたスピーカーフォンの声の男と間違いは無いのだが
なんとも緊張感が無い。



419 :マイマイ268:2006/05/25(木) 03:04:51.65 0

ガチャ…

ノブを捻ってドアを開けると、無駄に広い空間が広がっていた。
20畳はあろうかという部屋の壁にはいくつもの本棚。
そして一番奥に、窓を背にして大きなデスクが1つ。
そこに、社長というには妙な格好をした中年の男が座っている。
デスクの上には何かボードゲームのようなものが置いてある。
着ている服はスーツを独自に改造したものだろうか、
これからダンスバーにでも出かけそうな勢いさえ感じる服装である。

「あなたが社長さん?」

石川が尋ねる。

「いかにも、ここの社長だけど…
 何がどうなって君達がここに来たのはわからないなあ。
 後始末は一茶の奴がつけにいってくれたはずなんだが…」

「後始末…? 絵梨香をヤったのはその一茶って奴なワケ?」

石川の問いを聞き、男は苦笑する。

「何が可笑しいの?!」

「フハハ! いやいや、どうも面白いことになっているようだ。
 ええと、せっかく来てもらったんだし自己紹介でもしておこうかな。
 俺はこの杜王ケーブルテレビの社長、『富樫明生』だ。
 そして通り名はmcA・T! そう呼んでくれても構わないよ」

富樫は両手の人差し指と親指で銃の形を作り
それを胸の前でクロスさせ、ポーズを決めた。


420 :マイマイ268:2006/05/25(木) 03:05:10.98 0

「……」
2人は呆れてしまっていた。
復讐のためにやってきたというのに、この男はなんだ。
自分達をおちょくっているのだろうか、と。

「おや、どうした?」
「どうした、じゃあ無いわよ! あんたフザけてるわけ!?
 私達の仲間をあんなにしておいてその態度は何!!!」

石川はつかつかと富樫に歩み寄る。

「まあまあ怒るなよ、ゆっくり話し合おうじゃあないか。
 そうだ、ゲームでもやるかい?」

富樫は手元にあるボードゲームを指差した。
石川と雅はそれを無視して、背後にスタンドを出現させた。

「おおう、聞く耳持たないってか。 楽しいのになあ…」

富樫は手に持っていた何かを、石川に向かって投げつけた。

ビシュッ!



421 :マイマイ268:2006/05/25(木) 03:05:26.41 0

「ッ!?」

パシィッ

自分目掛けて飛んでくるソレを、石川は右手で掴んだ。

「これは…?」

手を広げた石川が目にしたものは、ただの『サイコロ』であった。
見たところ何の変哲も無いサイコロのようである。

「…この後に及んで、まだフザけるつもり?」

石川はそれを無造作に投げ捨てる。

「だから俺はゲームをしようって言ってるだけなんだけどなァ。
 まあいいさ、まさに『賽は投げられた』だ」
「…?」

富樫がニヤリと笑みを浮かべた。


「サイコロの数字は…4だな。
 ちなみに俺は6。 俺が先攻ってことになるなあ」

富樫は、石川が床に投げ捨てたサイコロを拾い上げる。

「先攻? なんのことを言ってるの?」

石川の問いかけを無視して、富樫は拾ったサイコロを
今度は後ろにいる雅に向かって放り投げた。

パシィッ

「なっ…」

雅はサイコロを受け取ると、まじまじとそれを眺めた。
何の変哲もないように見える、ただのサイコロ。

「ほら、君もサイコロを投げな。
 でないといつまで経っても『順番』が決まらないだろう」
「あなた…何を言ってるんですか?
 私たちはこんな遊びに付き合いにきたわけじゃあないんです!」

富樫はフフンと鼻を鳴らす。

「いいじゃない。 そんなことはさあ。
 それにそっちの子は既にサイコロを投げちまったんだから
 もうゲームに参加しているわけだよ…
 このボードゲーム、『ボンバ・ヘッド』にね」

ヒュンッ



700 :マイマイ268:2006/05/29(月) 20:58:07.38 0

「おっと?」

雅は握っていたサイコロを富樫に向かって投げ返した。
しかし富樫はそれを受け取ることはせず、身をかわす。

「いい加減にしてください!
 私たちが聞きたいのは、どうしてあなた達が
 ぶどうヶ丘のスタンド使いを潰そうとしていたかということです!」

「…まったく、やっぱり一茶の奴、ちゃんと伝えてなかったみたいだな。
 しかしそのおかげで俺も退屈しのぎも出来るってもんだが。
 あ、そうそう。 サイコロはそんなに乱暴に扱うもんじゃあないぜ」

再び富樫はサイコロを拾い上げた。

「6だ…。 俺と同じ数字だが、このゲームの『親』は俺だ。
 だから俺が先攻、2番目が…えーと、君は夏焼雅って名前だったかな?
 それから3番目が石川梨華、君だ」

「どうやら『リスト』ってのがあるのは本当みたいね。
 私たちのこと、全て調べつくしてるってことかしら」
「ま、だいたいはね」
「石川さん、この男…何か妙なことをしないうちに…」
「ええ、わかってるわ。 わかってるけど…」

そこで雅は、石川が汗をかいていることに気づいた。
こんな無防備な男を目の前にして、何故汗などかくのだろうか、と。

「雅ちゃん、たぶんあなたもそろそろよ…」



701 :マイマイ268:2006/05/29(月) 20:58:27.54 0

「え? 石川さん、何を言って…
 ……!?」

雅も自分の体の異変にようやく気づいた。

「こ、これは!? 体が動かない!!
 まるで金縛りにでもあったみたいにッ!」
「そう…私も、こいつをぶちのめそうと思ったんだけど
 体の自由がまるっきりきかないのよ。
 たぶん、サイコロを放り投げたときから…」

富樫が突然笑い出す。

「フハハハハハハ! そういうことだ!
 ゲームに参加すると、君達は親である俺を攻撃できなくなる!
 我ながら奇妙な『スタンド能力』を手に入れたもんだよ。
 だが楽しいだろう? こういうのも、な」

(スタンド能力…! やはりこいつも…)

石川はそう思うものの、体の自由がきかないためにどうしようもできない。

「…さて、このゲームは本来4人用なんだ。
 ま、3人でも別に遊べないことは無いが…
 できれば最大人数でやりたいよなァ」

「そんなことはどうでもいいんです!
 動けなくするなんて卑怯ですよ! 正々堂々闘いなさい!」

動けない体で雅が叫ぶ。 …が、富樫はひるむ様子は無い。



702 :マイマイ268:2006/05/29(月) 20:58:47.99 0

「あのねェ君。 スタンドにはいろいろあるだろう。
 君達のような直接攻撃型のスタンドに、俺が勝てるわけが無い。
 結局勝ち負けを決めるのは、使い方だ。
 俺は自分の有利な場所で、有利な使い方をしているだけ。
 そして、その場所に勝手に乗り込んできたのは、君達だ」

「…くっ!」

「ま、3人しかいないんじゃあしょうがないな。
 このままはじめるとしようか…」


バンッ!!!


「んん?」

富樫がゲーム開始の『合図』をしようとした時
社長室のドアが勢いよく開け放たれた。



703 :マイマイ268:2006/05/29(月) 20:59:21.27 0

<岡田唯>

絵梨香ちゃんは、病院で意識を取り戻したけれど
あっけなく倒されてしまったことへの屈辱からか
病室のベッドの中でずっと怒りに震えている状態。

うちはといえば、外の廊下で橘君の言葉を頭の中で繰り返していた。
救急車で運ばれていく前に、保健室で橘君が
絵梨香ちゃんを倒した男から伝えて欲しいと頼まれた事…

『俺はどういう意味なのかわかんないですけど
 “そんな力の使い方してると体に障る”って。
 三好さん、格闘か何かでもしてるんですか?』

…確かに、絵梨香ちゃんはスタンド能力を使うとき
持てる力を最大限に引き出して使っている。 その場の怒りに任せて。
絵梨香ちゃんを襲った男がどんな奴かは知らへん。
けど、その男が言うてた事はほんまのような気がする。

何を焦っとるんやろう、と思うことはある。
そこまで絵梨香ちゃんは演劇部のことが好きなんやろうか。
それとも他にうちの知らん何かがあるんやろうか…?

もしそうやったとしても、私はずっと傍にいるだけや。
石川さんとうちとで、ずっと絵梨香ちゃん守ってけばええだけや…。


74 :マイマイ268:2006/05/31(水) 02:38:31.73 0

<辺土名一茶>


バンッ!!!


社長室の扉を開け、俺の目に飛び込んできたのは
ニヤついている社長の顔と、そして2人の女。
女の顔は栄高から渡されたリストに載っていた顔だ。
何故この2人がここにいる!? 手紙を読まなかったのか!?
それより何より2人とも…


(アゴなげー…)


…まあ、こういった身体的特徴は本人達も気にしているかもしれないし
言わないでおいたほうがいいだろう。
何故こんな状況になっているのかわからないが
それによってもっとこの状況が悪化するのもマズいだろう。

「おや? 一茶じゃあないか。 どうした? そんなに汗かいて」

社長がくるりと俺のほうを向く。
手にはサイコロを持っているが、まさかスタンドを使ったのか?



775 :マイマイ268:2006/05/31(水) 02:39:02.62 0

「どうしたもこうしたも…なんです下の有様は!
 警備員が3人もやられている! もしや、その2人の仕業ですか?」
「ああ、どうもそうらしいね。 
 一茶…お前ホントにちゃんと説明したのか?」
「直接会いはしませんでしたが、手紙を渡して…」

手紙は演劇部に渡すように慶太に持たせた。
だからそれで解決するはずだったのだが…?

「手紙なら来たわよ…。 アンタ達の挑戦状でしょ?」

アゴ女の背の高いほうが目だけこちらを向いて言う。
体が動かせない…とすれば社長のスタンドが発動しているのか。

「お前もしかして中を読んでないのか!?
 あれは挑戦状なんかじゃあ…」

ヒュンッ!

「!?」

パシッ

俺の言葉を遮るように、社長がサイコロを放り投げた。

「しゃ…社長…?」
「そのまま振れよ一茶…。 お前でちょうど4人目だ。
 このフランスパン2人組だけじゃあ物足りなかったんでちょうどいい」



776 :マイマイ268:2006/05/31(水) 02:39:35.35 0

あ…あんたって人はッ!!
何故社長がスタンドを発動させているのかわからないが
俺まで巻き込むつもりか!!
それに、女性に向かってフ…フランスパンはないだろう!
あんたはいつもそうだ、デリカシーが足りない!
…と、口に出して言ってやりたい…。


「だ…誰のアゴが…」
「フランスパンですってえーーーーーーー!!??」


アゴ女2人の怒りは、体は動かせないものの、その表情からよく伺える。
やはり、彼女達はアゴの長さを気にしているのだ。
…こうなったら、逆にゲームに潔く参加したほうが楽かもしれない。

コロッ…

サイコロを床に転がす。 出た目は1。
一茶の『1』だ。 俺のラッキーナンバーでもある。



777 :マイマイ268:2006/05/31(水) 02:39:57.80 0

「…1です、社長」
「そうか。 じゃあお前が最後だな。
 じゃあゲームを開始するぜ。 お2人さん、相当キテるようだが
 その怒りはゲームの中で思いっきり晴らしてくれよ。
 さーて、今日の舞台はどこかねー」

社長がルーレットを回し始める。
この『ボンバ・ヘッド』はボードゲーム型のスタンドで
参加者を強制的にボードゲームの世界へ連れ込むことが出来る。
そしてその舞台はルーレットによって毎回変わる。
俺も今までなんどこれにつき合わされたかわからない。

「よし、決まったぜェ!
 今回の舞台は『戦国』だァーーー!!!
 『ボンバ・ヘッド』スタートッ!!」


ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!







12 :マイマイ268:2006/06/01(木) 02:18:20.75 0

  ―杜王ケーブルテレビジョン・社長室?―


間違いなくここは、この会社の社長である富樫の社長室であった。
いや『社長室であった』という表現はおかしい。
ここはさきほどの場所から何も変わっていないだから『社長室である』が正しい。
しかし、石川梨華や夏焼雅は何かが違うと感じていた。
同じ部屋であるにも関わらず、どこか違うような…。

「自己紹介が遅れたな、俺は辺土名一茶。 ここの社員だ」

一茶が石川達に向かって挨拶をする。

「アンタが一茶だったのね…絵梨香をやった!!
 何故か体も自由になったし、ぶちのめしてやるわ!!」

石川は振り返り、一茶を睨みつけた。
今にも飛び掛っていきそうな勢いである。

「おっと…言いたいことはわかるが、今はこっちに集中したほうがいい。
 ほら、もう社長はサイコロを転がしているぜ」

コロロロロ…

「6マス! いきなり調子がいいね、ではお先に!」
「ちょっとアンタ、何勝手に進めて……なにッ!?」

スゥゥゥッ…

富樫はサイコロで6が出たのを確認したのと同時にその場から消えてしまった。
音もなく忽然と姿を消してしまったのである。


13 :マイマイ268:2006/06/01(木) 02:19:57.92 0

「そら次の番だ。 えーと…」

一茶は雅を指差して考える。

「私ですか? 夏焼…雅ですけど…」
「そうそう、夏焼。 さぁサイコロを振りな」
「え? 振れって言われてもサイコロが…」
「手の中をよく見てみろ」
「手の中…?」

雅はおそるおそる握った手を開く。 そこにはサイコロが握られていた。

「順番が回ってきたらサイコロは自動的に手元に来る。 それを振るわけだ」
「な、なんであなたの言いなりにならないといけないんです?!
 もう体も自由に動けるし、このままあなたを倒してもいいんですよ!!」
「…まぁ、君が望むなら闘ってあげたいところだがな、そうもいかない。
 一度このゲームに参加してしまうとゴールするまで抜けられないんだよ。
 君らが一見ただの部屋に見えているこの社長室も、ゲーム開始と同時に
 既にゲームの『スタート地点』に成り代わってしまっている」

ダッ!!

石川が社長室のドアへ向かって走りだす。
スタンド『ザ☆ピース』を出現させ、ドアへ向かって攻撃を仕掛ける。

ガキイィィーーン!!



14 :マイマイ268:2006/06/01(木) 02:20:46.38 0

「くっ…」

木製のはずのドアはまるで金属音のような音を響かせて
石川の得意技であるチャーミングフィンガーを弾く。
ドアには傷一つついておらず、まるで見えないバリアがあるようだった。

「な? 無駄だろう。 参加したからには従うしかねぇんだ。
 さぁ、サイコロを振るんだ、夏焼」
「…仕方ないですね…」

コロコロ…

無言のまま、雅はサイコロを転がした。 出た目は『2』。

「私、ルールもよく知らないんですけど、この後どうす……わっ」

全て言い終わらないうちに、雅の体はさきほどの富樫のように
スッと消えてしまった。

「雅ちゃん…!!」

「俺は最後だから、石川梨華…アンタの番だ」

一茶は淡々とした口調で石川にそう告げた。



15 :マイマイ268:2006/06/01(木) 02:21:58.56 0

<夏焼雅>

気づくと私は木々が多い茂った森の中にいた。
テレポートでもしたのだろうか…
サイコロで2を出したと思った次の瞬間にはここにいた。

『おー、夏焼雅ちゃん。 君は2マスかい』

どこからとも無く声がする。 さきほどの富樫社長の声だ。
しかし姿は見えない。

「ちょっと社長さん! これはなんなんですか!?」

『君さー、“ジュマンジ”って映画見たことある?
 双六で進んだマスに買いてあった事が実際に起こるっていう物語だ』

「み、見たことありますけど…」

『俺の能力はそういうもんだと思ってくれればいい。
 進んだマスで指示された事には必ず従うこと。
 少々キツいものもあるかもしれないが、我慢することだ。
 ま、俺はゲームの中身を知り尽くしてるから困ることは無いけどな。
 頑張ってくれよ〜。 それじゃ!』

それ以降、富樫の声は聞こえなくなった。



16 :マイマイ268:2006/06/01(木) 02:23:02.60 0

「何なの一体…」
そうやって私が辺りを見回していると、遠くのほうから
ポッカポッカと馬のひづめのような音がした。
その方向を見てみると確かに数頭の馬が歩いているのが見える。
馬には人が乗っていて、皆この現代に不釣合いな『甲冑』を身に付けていた。

「え…何かのお祭り?」

群れの先頭馬が私に気づいたようで、早足で近づいてくる。

パカラッ パカラッ

「うわ、な、何!! 何なのー!!」

パカラッ…

「どうどう…」
馬に乗った男は私のすぐ傍まで来ると、私を見下ろした。

「あ、あの」
「どうした雅、こんなところで何をしている?」
「ええ?! なんで私の名前を知っているんです!?
 て、ていうかその、私もよくわからなくて…えっとゲームの人ですか?」
「雅よ、お前は何を言っているのだ? “げえむ”とはなんだ?」
「……」

…何なのだろうこの人は。
そして私は一体何をすればいいんだろう。



17 :マイマイ268:2006/06/01(木) 02:24:11.83 0

「ハハハ、もしやおぬし、戦の前の緊張で私の顔を忘れたか?
 この片倉小十郎景綱の顔を」
「片倉…さん」

片倉っていえば確か3年のクラスにそんな名前の人がいた気がするけど
関係はないよね…たぶん。

「景綱様!!」

私がどうしていいのか戸惑っていると、後ろからこの片倉さんて人の
部下っぽい人が駆けつけてきた。

「急がねば! 小田原で政宗公がお待ちで御座います!」
「おお、そうだな。 では雅、お前も急げよ、遅れるな!」

パカラッ パカラッ…

そう言うと、その片倉さんと部下の人たちは
森の奥へと走り去ってしまった。



18 :マイマイ268:2006/06/01(木) 02:24:39.97 0

…そして私の前には、一頭の馬が残されていた。

「ブヒヒヒィーン」
「え、馬? 乗れってこと?」

ブウウウウン…

今度は突然目の前にテレビのテロップのようなものが現れる。

『小田原城へ急げ! 馬を手入れて5マス進む』

「な、何なんのよ、もう…」


136 :マイマイ268:2006/06/03(土) 21:26:25.92 0

<石川梨華>

サイコロを振って『4』を出した瞬間に
私はどこだかわからない夜の路地裏に投げ出された。
路地裏といっても、とても現代とは思えない風景だった。
周りの建物は時代劇に出てくるような古めかしい作り出し
道もアスファルトで舗装されていない土の道。

「きゃッ!! 何コレ〜〜〜!!!」

ふと自分の着ている服を確認してみると
着ていたはずのぶどうヶ丘高校の制服ではなく
これも時代劇に出てくような袴姿だった。
ゲームの中に来ると服装まで変わってしまうということか。

サッ

「……誰?」

気配を感じて私が顔を上げると、そこには黒尽くめの男が立っていた。
頭からつま先まで全て黒い衣装で覆われており、目の部分だけが空いている。
テレビなんかで見たことがある『忍者』のようなスタイルだ。

「娘、突然現れるとは奇怪な…。 何者だ?」

黒尽くめの男は、曇った声で私に尋ねる。



137 :マイマイ268:2006/06/03(土) 21:26:41.46 0

「ちょ、ちょっとアンタねえ…。
 私だって今どういう状況に置かれてんのかよくわかんないのよ!
 いきなりこんな変なところに飛ばされて
 突然誰か現れたと思ったら『何者か?』ですって?!
 それはこっちのセリフよ!!
 だいたい人に名前を尋ねる時は自分から名乗るべきでしょうが!
 顔も出さずに人の名前だけ知ろうなんて失礼すぎるわ!
 アンタもスタンド使いなの!? そうなんでしょう!!」

と、まくし立ててみたものの、男は眉ひとつ動かさない。
ただじっと私を見下ろしていた。

『おー、石川梨華ちゃん。 君は4マスか』

上空から、あの富樫という男の声が聞こえてきた。
姿は見えないけれど、ゲームマスター特権というやつだろうか。

「ちょっとアンタ! いきなりこんなところに放り込んでなにするのよ!
 ていうかこの男は一体誰なの!?」

『くっくっく…教えてやろう、そいつは徳川の武将・服部半蔵正成だ。
 史実ではいち武将だけど、ゲームの中では俗説通り忍者ってことにしてある。
 ま、頑張って倒してくれよ。 それじゃ!』

「それじゃ、って言われても…」

私はチラッとその黒尽くめの男…服部半蔵のほうを見た。
さきほどの私と富樫の会話は聞こえていなかったようだ。
つまり彼は、富樫の言うとおりゲームの中のキャラクターで
私はあの有名な服部半蔵と戦わなければならないということ…。



138 :マイマイ268:2006/06/03(土) 21:27:02.77 0

「……」

半蔵がずっと無言のままなので、仕方なく私から自己紹介をすることにした。

「服部半蔵さん…、私の名前は石川梨華。
 どうやらあなたと闘わなければならないようね…」

それでようやく、半蔵の目つきが変わったように見えた。

「石川…? お前は石川数正の血の者か?
 そんな名前の娘がいるとは聞いたことが無いが、
 俺は殿を裏切った数正を抹殺しなければならない。
 お前が立ちはだかるのなら、相手になろう…!」

半蔵は一歩後ろへ引き、腰から短い刀を抜いた。

「バトルスタートってわけ…。
 石川数正…聞いたことがあるわ、ご先祖様にそんな名前の人がいたって。
 ご先祖様を殺そうとしているのなら、これは因縁の対決!
 私も遠慮はしないわよ!!!!」

「小娘が…粋がるな」

半蔵が空いた左手で胸から何かを取り出す。
手裏剣のようだ。

シュッ シュッ シュッ!



139 :マイマイ268:2006/06/03(土) 21:27:20.88 0

「ザ☆ピース!!!!」

キン キン キン!!

手裏剣が私に当たる寸前で、ザ☆ピースがそれを弾き返した。

「な…なんだその黄金色の人形は…どこから現れた?!」

なんですって!?
半蔵にも私のスタンドが見えている…
このゲームが富樫のスタンド能力だから
ゲーム内のキャラクターにも私のスタンドが見えるということなの!?

「隙だらけよ!! チャーミングフィンガー!!!!!」

ズドオオオオオオオオオオオ!!!!!

「何だと…!!」

ザ☆ピースの10本の指は、半蔵が刀を構える前にその体を貫いた。
有名な服部半蔵が相手でも、スタンドが相手では勝負は決まっている。
ゲームの中のキャラクターだからもう少し強いのかと思っていたけど
ちょっと拍子抜けね…

ドサァッ

半蔵が倒れるのを確認し、立ち去ろうとしたところで
突然わき腹に痛みを感じた。



140 :マイマイ268:2006/06/03(土) 21:27:37.72 0

「痛ッ…こ、これは…?」

私のわき腹に、手裏剣が突き刺さっていたのだった。
間違いなく先ほどザ☆ピースが弾いたものと同じ形のものだ。
ということは、これは半蔵がチャーミングフィンガーにやられる間際に
私に投げつけたものなのだろうか…

「…服部半蔵さん。
 ゲームのキャラクターにこんなこと言うのは変かもしれないけど
 あなたの決死の行動には敬意を表するわ」

ブウウウウン…

『服部半蔵撃破! 次のサイコロの目が2倍に!』

目の前にテレビのテロップのようなものが現れた。
サイコロの目が2倍…。 クリア特典という奴なのだろう。
私は、倒れ伏した半蔵に一礼してからその場を離れた。



141 :マイマイ268:2006/06/03(土) 21:28:07.54 0

<辺土名一茶>

「ぐあ!!!」
「い、息が…」

俺の目の前で幾人もの武士たちがバタバタと倒れていく。
辺りにはもうほとんど敵勢は残っていない。
取り囲んでいた炎も全て消えうせている。

「俺のスタンドに持って来いの戦場だな…」

俺がサイコロを振って出した目は『1』。
順番を決めるサイコロでも1で、最初の一振りも1。
いくら自分のラッキーナンバーだといっても、こう1ばかり出られると困る。
富樫社長は6、夏焼雅は2、石川梨華は4を出した。
俺だけ出遅れてしまっている状態だ。
まあ、この『戦国』は前にも社長に付き合わされたことがあるし
それにこのステージは…

「おぬし…何者だ…」

目の前の男、敵側の大将が刀を手に震えている。

「俺か? 俺は辺土名一茶だ。
 変な苗字だが俺は気に入ってる。
 悪いが、お前を倒させてもらうぜ」

1マス目のステージの任務は、この戦場で『どちらかの味方をする事』。
普通なら、歴史上の勝者の味方をするだろう。
そうしたほうが楽だからだ。 しかし俺はそうしなかった。
何故なら俺は、この戦いで敗れてしまった男を、戦国の歴史の中で最も敬愛しているからだ。


142 :マイマイ268:2006/06/03(土) 21:28:29.94 0

「おのれ…よくも私の邪魔をおおおーーーー!!!!!」

敵の大将が刀を振り上げ、向かってくる。

「本当はゲームなんかしてる場合じゃあないんだがな。
 まあ巻き込まれちまったもんはしょうがない。
 …ファイナルリバティー!!」

「そこをどけええええええええええええ!!!!!!!!!」
「DORRRRRRRRRRRRYYYYYYYY!!! Do I Do!!!!」

バキバキバキイィッ!!!!

「うげえええええ!!!!」

ファイナル・リバティーのラッシュで敵大将は吹っ飛んで行った。
ゲームのキャラクターではあるが、多少可哀そうにも感じる。

ジャリ…

背後から白袴の男と、その小姓が姿を現す。

「一人で全滅させるとは…鬼のような男であるな」
「いえ、あなたほどの鬼はおりません」

彼もゲーム内のキャラクターではあるが、
俺はひざまずいて頭を下げた。



143 :マイマイ268:2006/06/03(土) 21:28:46.44 0

「殿も喜んでおられます。
 辺土名一茶、あなたを家臣に迎え入れましょう」

小姓の男、森蘭丸が言う。
本当の歴史の中ではここで自害していた男だ。

「わしの下で精進せよ」
「ありがたきことに御座います」

ブウウウウン…

『明智光秀撃破! 織田軍に仕官して兵力アップ!』

最初のマスが『本能寺』のステージだったことは幸運だ。
やはり『1』は俺のラッキーナンバーだ。
戦国の覇者、“織田信長”を味方に出来たのだから…。



161 :マイマイ268:2006/06/04(日) 03:17:45.95 0

  ―演劇部・部室―


「石川はまだ見つかんないのかよ!!」

吉澤ひとみは、演劇部全員を使って石川梨華を探させていたが
どの部員からも、見つかったという報告は無かった。

「くそ…! やっぱりMCATに向かったのか…」

吉澤が橘慶太から受け取った文書は挑戦状などではなかった。
奥本健が岡井を攻撃した理由と、宮良忍と玉城幸也が
藤本美貴達を襲ったことに関する謝罪。
つまり、『和解文書』であったのだ。
もちろん吉澤はこんな手紙だけで納得は出来なかったが
今は、この後もMCATの連中と抗戦を続けるべきであるかどうかを
冷静に考えるときである。

内容も見ずに真っ先に部室を飛び出して行った石川と岡田は
おそらくこれを挑戦状と捉えているに違いなかった。
岡田についてはすぐに連絡が付き、事情を説明することが出来たのだが
石川は携帯に電話しても、鞄ごと部室に置いたままにしているため
まったく連絡が取れない状態であった。

「部長、今MCATの受付番号に電話したんやけど…」

携帯での通話を終えた高橋が言う。



162 :マイマイ268:2006/06/04(日) 03:18:01.55 0

「どうだった?」
「詳しい事はなんも教えてくれんかったけど
 『ウチの生徒が来なかったか?』って聞いたら口ごもっとった。
 やっぱり石川さんは…」
「はァ…」

吉澤は深くため息をつく。
そしてそこに、さらなる悪報が舞い込んでくる。

「あのう、部長…」

おずおずと部室に入ってきたのは、中等部の清水佐紀である。

「どうした清水」
「実は、雅ちゃんの姿も見えないんです…。
 さっきから携帯に電話しても全然出てくれなくて」
「なんだって…まさかッ!?」
「たぶん…雅ちゃんも…」
「あーッ、もう!!」

吉澤は自分の頭をぐしゃぐしゃと掻き毟った。

「とりあえず先生に報告してから、俺らも行くか…」



163 :マイマイ268:2006/06/04(日) 03:18:19.65 0

<夏焼雅>

私は前回のステージで『馬』を獲得して5マス進み
この『小田原城』というステージまでコマを進めた。
そこで伊達軍・片倉影綱さんの配下で闘うことになったのだ。

「夏焼家槍戯・渦龍回峰嵐ッ!」
「ぐおおおおおおおおおおおお!!!!」

小田原城の門前。
セクシー・アダルティーの槍技で、多数の兵士が吹き飛ばされていく。
それと同時に、目の前の老大将が「ヒィィ」と喚いて白旗を上げた。
これが北条家を支配する、北条氏政であるらしい。

ブウウウウン…

再び私の前にテロップが現れた。

『小田原城攻略! 石高アップ!』

「コクダカ…?」

『いやー強いねェ〜、雅ちゃん!』

またこの声だ…。
前回のステージでも聞こえた、社長・富樫の声。



164 :マイマイ268:2006/06/04(日) 03:18:58.53 0

「今度はなんです?」

『言い忘れてたから説明しておこうと思ってねえ。
 この石高ってのは、上がれば上がるほどいい。
 各ステージで任務をクリアして、その度合いによって石高がプラスされる。
 ゴール時点での石高で勝敗が決まるってわけだ』

「はぁ…そうですか」

そんなことは私にとってどうでもよかった。
ただ、早くこの空間から抜け出して、この男を問いただしたい。

『ちなみに君の石高は小田原城をクリアした時点で5000石。
 石川ちゃんは2000石。 一茶は3000石とプラスアルファだね。
 ちなみに俺のは内緒だ!』

ふうん…不明の社長さんを除けば私が一番かあ…。

『さ、そろそろまた君がサイコロを振る番だ。 健闘を祈るよ』


その言葉と同時に、私の手の中に何かの感触があった。
手を開くと、再びあのサイコロが手の中にあった。
またこれを振るのか…



165 :マイマイ268:2006/06/04(日) 03:19:43.32 0

ザッ…ザッ…

「いやあ、すごいな」

私がサイコロを振ろうとしたその時、目前から声がした。
そこには鎧を纏った20代くらいの美青年が立っていた。
手には肩に火縄銃を担いでいる。
誰かに似ているように思えるけど、気のせいかな…?

「ちょっと変わった形の槍だが、その槍捌きは素晴らしい」
「あなたは…?」
「私かい? 私は立花統虎(むねとら)だ」
「統虎…さん」
「あれ、やっぱり私の名前は知らないかな?
 これでも東に本多忠勝、西に立花統虎と呼ばれてるくらいなんだが…」
「そうですか…」
「しかし君も若いながら立派なもののふだ。 名をお聞かせ願えるかな?」
「あ、夏焼雅…です」
「雅殿か…綺麗な名前だ。 覚えておくよ」

そう言うと、その統虎という青年は私に手を振って去っていった。

「立花統虎さんかぁ…」



166 :マイマイ268:2006/06/04(日) 03:20:00.05 0

かっこいい人だったな…。
って、バカ! あの人もどうせ歴史上の人物なんだし
それにゲームの中のキャラクターじゃないの!
オタクじゃあるまいし、ゲームのキャラクターに…

「…んむう」

コロンッ

なんだがぐにゃぐにゃした気分のまま、サイコロを振った。
出た目は3。 まあまあの目だ。
けど、頑張ろう!!

…あれ? なんで私、ちょっとワクワクしてるんだろう…?


205 :マイマイ268:2006/06/05(月) 00:42:53.08 0

<橘慶太>

「ここに来るのもひさしぶりだなあ…」

目の前には杜王ケーブルテレビジョンのビルがそびえている。
ここの社長、富樫さんは父の恩人でもある人物で、
父は恩に報いるためにわざわざ九州から杜王町に移り住んだほどだ。
その縁から俺は一茶さん達と出会った。
一茶さんと健さん、忍さん、幸也さん達4人はもともと沖縄に住んでいたそうだけど
富樫社長に見込まれて上京してきたらしい。
社長や一茶さん達は、引っ越してきたばかりの頃からいろいろ世話をしてくれて
ぶどうヶ丘高校への進学を推薦してくれたのも富樫社長だ。

「おや?」

さて入ろうかと思って入り口へ向かって歩き出したところに
付近の道路を小学生どうしのカップルが歩いているのが目に入った。

「舞ちゃん、何の映画みたい?」
「う〜んとねぇ、『ネコドラ君の恐竜王国』!」
「わかった! じゃあ僕がおごってあげる」
「ええ!? いいのー?」
「チョコレートのお礼だよ!」

…ふぅん、小学生でデートか。 最近の子はマセてんだねえ。
ま、実は俺も今日は亜弥ちゃんとのデートの予定なのだけど
待ち合わせ時間にはまだ余裕があるから、社長への挨拶も兼ねて
一茶さんにさきほどの報告をしにきたわけだ。



206 :マイマイ268:2006/06/05(月) 00:43:23.58 0

「微笑ましいね……ん?」
通り過ぎて行く小学生カップルを見届けてから
入り口からビルの中を覗いてみたところ、なにやら中が騒々しい。
たくさんの社員さん達があちらこちらと走り回っている。
それに入り口の目の前に立っているのに何故か自動ドアも開かない。
仕方が無いので通用口から入ることにした。

受付では受付嬢の多香子さんが、受話器を手にしたまま焦った表情をしている。
「多香子さん、何があったんです?」
「あ、橘さん! それが…女子高生が急に押し入ってきて…
 そう! 橘さんと同じ制服の、えーと、ぶどうヶ丘高校の!」
「ぶどうヶ丘の、女子生徒が…?」
「2人組みで、その人達、警備員さんをやっつけて上へ…」
「な…」

警備員をやっつけただって?
そんなことが出来る女子高生なんかいるのか?
うちには女子格闘部なんてないし、学校とは別に習っている生徒がいたとしても
こんな大それたことが出来る奴なんて…
いや…いるとしたら…

「そ、そんなことがあったんなら社長や一茶さん達に伝えないと!」
「そうなんですけど、社長も『通せ』って言うし、
 一茶さんも『このことは警察に伝えるな』って…」
「ええ? 一体どういう…」



207 :マイマイ268:2006/06/05(月) 00:43:39.10 0

ガンガンガン!!!


背後から、ガラスを叩く音がした。
振り向くとそこには、なんと吉澤先輩たち演劇部の面々が
自動ドアを叩きながらこちらを見ていたのだ!

「お〜い! 慶太じゃねえか、なんでそんなこといんだ?
 まあいいけど、これどっから入んだよ。 自動ドア開かねーんだけど」

ガラス扉越しで少し曇った声で、吉澤先輩は俺に向かって話しかけている。
その後ろには亀井や藤本先輩たちもいる。
ヤバイ…
非常にヤバイぞ!
こんなところに俺がいるのは非常に怪しい!
いや、ただ居るだけならなんとでも言い訳が効くだろう。
実際父が社長に世話になっているわけだから…。
しかし今は事情が事情だ。
彼らからしてみれば一茶さん…つまりMCATの社員から
演劇部への手紙を『一般生徒』として預かって渡しただけの俺が
こんなところにいるなんてのは、偶然とするにはあまりにも怪しい!
ここをどう切り抜けるべきか!



208 :マイマイ268:2006/06/05(月) 00:44:06.21 0

「あ、部長ー! 向こうに通用口がありますよー」

自動ドアのガラスの向こうで、亀井が通用口を指差している。
ああ、余計なもん見つけるんじゃないよ亀井!
どうしよう…先輩達が入ってくる!!
もし疑われたらなんて言えばいいんだあああ!!
それに!
今日の亜弥ちゃんとのデートが待ってるっていうのに!!!
どうする! どうする俺…!?


16 :マイマイ268:2006/06/06(火) 01:59:38.79 0

  ―『ボンバ・ヘッド』…関ヶ原ステージ―


『ここが“中継地点”だ!
 どれだけ進んでいようとも皆必ずこの関ヶ原のマスに止まる!』

ステージ内に富樫の声が鳴り響く。
しかし拡声器を使ったような割れた声というわけでもない。
例えるなら天から降る神の声という表現が似合う、
プレイヤーの頭に直接響いてくるようなものである。
その声を、石川梨華、夏焼雅、辺土名一茶らが各地で聞いていた。

『なにしろ天下分け目の戦いだからなぁ…戦国のクライマックスだ。
 今まで得た石高をここで数倍に膨らますことも可能!
 それは全部プレイヤー次第ってワケだ!
 プレイヤーは徳川家康の東軍か、毛利輝元の西軍を選び
 その軍に味方して勝利に導けばいいってことだ。
 では諸君、健闘を祈る!』



17 :マイマイ268:2006/06/06(火) 01:59:56.18 0

<夏焼雅>

  ―関ヶ原・中央―


ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ…


草原には霧が立ち込めている。
そしてその深い霧の向こうには、西軍の陣営がずらりと並んでいるんだろう。

「関ヶ原の戦いかぁ…」

学校の歴史の授業で何度も名前を聞いたことがある。
織田信長が築き、豊臣秀吉が確固たるものにした天下。
豊臣秀吉が死んだ後、家臣同士がそれを取り合った争いの決着の場所!

私が属している片倉景綱さんの隊、つまり伊達政宗の代表軍は
本来の歴史なら関ヶ原の『本戦』そのものには参戦していなかったはずだけど
ゲームなのだから参加した武将がそれぞれ東西軍に振り分けられているのだろうと思う。

「雅、どうした? また緊張しておるのか?」

片倉さんが私に話しかけてくれる。 緊張しているのは事実だ。
ゲームとはいえこんな歴史上の重要な戦いに関われるなんて
きっと私のお父さんやお爺ちゃんが聞いたら羨ましがるだろうなあ。

「いえ別に…。 ただ、私が人を率いて闘うなんて思ってもみなくて…」
「そうか…」



18 :マイマイ268:2006/06/06(火) 02:00:23.98 0

私はあの小田原城の合戦からここにたどり着くまで
いくつもの戦場でイベントをこなしてきた。
それは全てこの片倉さんの部下として戦ってきたものだったけど
このステージに入る直前で、あの社長さんのナレーションが入り
『石高が一定値に溜まったから部下を従えられる』とか言われて
関ヶ原で数名の足軽を従えての初の戦になったのだった。
演劇部員としてはまだまだ未熟なのに部下だなんて…。
それに私は…

「いや、それだけはなかろう、雅。 本当は何を思うておるのだ?」
「……」

私は、解せないことがひとつだけあった。
何故片倉さんは…伊達軍は、東軍に組したのだろうか、と。
伊達政宗は豊臣秀吉に服従したのであって
徳川家康の配下に入ったわけではないんだよね…
何度も秀吉に対抗してきた家康に、何故着いていこうとしているのか。
伊達さんは、義理とかそんなんじゃあなくて損得で動いているように思えてならなかった。
もちろんサイコロを振って飛び飛びに歴史を見てきた私の考えでは
歴史上の彼らの意思なんて細かくはわからないし
本当は損得なんて単純なものじゃあなくて、伊達という家の存続のために
仕方なく味方についたのかもしれない。
…それでも、私は解せない。
東軍にはそんな人たちがたくさんいる。
これまでのイベントで一緒に闘ってきた人たちが、敵だった人たちが
今はそれぞれごちゃ混ぜになって、分かれて、闘おうとしている。

「雅…?」

すぐ隣にいるはずの片倉さんの声が、なんだか遠くに聞こえた。


19 :マイマイ268:2006/06/06(火) 02:00:40.58 0

彼も、伊達政宗も、みんなゲームの中のキャラクターだ。
そして私だって今はただのキャラクター。
それなら、私は私の考えた道を進みたい。

『さて、最終決定を下してもらおうか』

ブウウウウウン…

再び社長さんの声がして、私の前にテロップが現れた。
今度は2種類のテロップ。 どちらかを選べということだろう。


     『東軍』   『西軍』


私は、ここにいる歴史上の武将や大名の人たちより
物凄く単純なものの考えをしているんだと思う。
それでも…

「雅、何を考えている? おぬしまさか…!?」
「片倉さん、ごめんなさい…ッ!」


        『西軍』  ピッ


       ドシュンッ!!



20 :マイマイ268:2006/06/06(火) 02:01:05.50 0

<石川梨華>

        『西軍』  ピッ


私は迷うことなく西軍を選んだ。
他の3人がどちらを選んだのかは知らないけど
そんなことは関係ない、ここは私が一番稼がせてもらうわ!
…この石川梨華、歴史を知らないわけじゃあないわよ。
そりゃあどうせ私は今年の留年は決定的だけど、
それは不可抗力であって決して勉強をしていなかったからじゃあない!

歴史の通りならこの戦、徳川家康の東軍が勝つはず。
このゲームが歴史を覆すことでポイントを稼げるんだったら
負けるはずの西軍をなんとしてでも勝たせてみせる!
ゲームに熱中している場合じゃあないのはわかってる。
でもね! 私は勝負事で負けるわけないはいかない!
やるんならとことん闘って、勝ってやろうじゃないの!

まずはそのポイントを叩かなければならない!
そう、関ヶ原の戦いは当初、西軍優勢と言われていた。
鶴翼の陣で東軍を囲い、さらに東軍の背後にも軍勢を敷いている
この西軍の配置は、誰が見たって西軍の勝ち考えるだろう!
けれどその西軍が負ける要因を作った男がいる。

「小早川秀秋…!」

この武将が裏切ったことで、一気に東軍が優勢になった!
西軍を勝たせるには、この男をなんとかするしかないわ…。



66 :マイマイ268:2006/06/07(水) 00:11:23.73 0

<夏焼雅>

西軍最前線。
景色はほとんど変わらず、周りは霧に包まれたまま。
しかしここは総大将毛利輝元、指揮官石田三成が率いる西軍陣営。
結局私は片倉景綱さんを裏切ってこちら側に来てしまった。
そして行動を起こしてみて初めて気づいた。
思いのままに西軍を選んでしまった私のことを
片倉さんはきっと、先程までの私と同じ気持ちで捉えているに違いない。

「緊張しているのかな、雅殿?」

私の隣で声を掛けてくれたのは、もちろん片倉さんではない。

「大丈夫です…統虎さん」
「そうかい、それならよかった」

立花統虎さん…会うのはあの小田原城以来だ。
あの後ずっと気になってはいたけど、こんなところで出会えるなんて思ってなかった。
統虎さんや周りの人たちは、私と数名の部下が突然現れたというのに
何も驚きもしていない様子でいた。
ゲームだから、そういう細かいところは関係ないのかな。

「久しぶりだ。 あの後、雅殿の名前を何度も耳にしたものだよ。
 西に東に、いろいろなところで活躍しているようで。
 そんな雅殿が我らに味方してくれるとは、心強いな」
「そ、そんなこと、ないです…」

久しぶりに会った統虎さんは、歴史上あれから10何年も経っているはずなのに
あまり変わっているようには見えなかった。 これもゲームの特権かな。


67 :マイマイ268:2006/06/07(水) 00:11:40.91 0

「なにやら向こう側が騒がしいね、そろそろか…」

統虎さんは霧の向こうの東軍陣営を見据えている。


ざわざわ……ざわざわざわ…


確かに東軍陣営で何か動きがあったようだ。

「心の準備は出来ているかな?」
「はい、もちろんです!」



…パァンッ!!



東軍側から鉄砲の音が一発…。


“おおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!”


それと共に両陣営から多くの雄たけびが上がる。
ついに関ヶ原の戦いが始まったのだ!



68 :マイマイ268:2006/06/07(水) 00:12:00.24 0

統虎さんが周囲の兵隊に声を掛け、騎馬を鞭で打った。

「雅も行くよ! ワン、ツー、スリー!」
「「おおーーーー!!!」」

私も数名の兵を従えて統虎さんの隊と並走した。
よくもまあ英語の号令に従ってくれたものだ…。


ドドドドドドドドド…!!!!!


四方八方あちこちから蹄の音が聞こえる。
それから鉄砲の音、矢叫びの声…まるで天と地が震えているようだ。
霧と土煙が辺りを覆う中、私達は全速力で前進した。

「雅殿!」

隣を走る私に、統虎さんが話しかける。

「東軍には強敵の本田忠勝殿も参戦している!
 それに烈火の如き猛攻で知られる三好正勝殿や、
 音を消して背後に忍び寄ると噂される亀井茲矩殿の歩兵隊、
 岩盤のごとき守りと言われる田中吉政殿の隊もある。
 きっと激しい戦いになるだろう!」



69 :マイマイ268:2006/06/07(水) 00:12:15.68 0

本田忠勝…名前は聞いたことがある。
戦国時代にとても強かった人だと。
統虎さんも小田原で、自分のライバルのように語っていた。
…それよりも!
三好さんに亀井さんに田中さんって…
演劇部員と同じ名前の人が敵にいるとは、とても奇妙な偶然だった。

「私…いけます、頑張ります!」
「うん、雅殿が共に闘ってくれるのなら百人…いや千人力だ!」
「あ、ありがとうございますッ!」
「よし! このまま一気に突っ切るぞ!!」
「はい!!」



70 :マイマイ268:2006/06/07(水) 00:12:39.44 0

<小早川秀秋>

開戦から二時間ほど経っただろうか。

「今はまだ、西軍が優勢か…」

関ヶ原から南西の方角にある松尾山。
山頂で、私は馬上から関ヶ原の合戦の模様を静観していた。
私は立場上は西軍であるが、戦いの前に徳川家康側から
東軍に寝返る旨の密約を交わしていた…。

「殿、どうなされますか?
 この戦況、殿の出方次第で大きく覆りますぞ…」

私の隣で膝をついていた家臣が私に進言する。
そう、この戦の鍵を握っているのは私。
このまま推している西軍に味方すれば西軍の勝利、
私の1万5千の兵ごと寝返れば東軍を勝ちに導くことが出来る。
この戦、私がどちらに着くかで決着が決まるといっても過言ではないだろう。

「西軍指揮官の三成殿は、殿を邪魔者扱いしているように思えてなりませぬ。
 ここで殿が西軍として闘ったとしても、どれだけ禄が得られるか…。
 私としてはやはり、家康殿に着いたほうがよいかと存じます」



71 :マイマイ268:2006/06/07(水) 00:13:07.56 0

この者も、そして他の家臣もほとんどが
家康側に着いたほうが得策だと考えているようだ。
今の戦況は西軍が有利であるが、重要なのは今ではなく、
戦の後に『どちらが勝っていたほうが自分にとって有利であるか』だ。
西軍が勝ったとしてこの小早川秀秋に何が残るだろうか。
これまでの戦いでも三成は戦功を認めてこなかった。
それに対して家康は破格の対応を約束してくれている。
尋常に考えれば、ここは東軍に寝返るのが定石だろう。


ドドン!! ドドドドドドン!!!


「……」

松尾山の東側の麓から、十数発の銃声が響いた。
おそらく痺れを切らした家康の催促なのだろう。

「殿、ご決断を…!」

家臣も焦っているようだ。
まあ、そろそろ決断を下す時か…。

「決めた…」
「東軍につくのですね、殿!」

…まったく、気の早い部下だ。
私はまだ何も言っていないのに。

「ん? 誰が東軍につくなどと言った?」


72 :マイマイ268:2006/06/07(水) 00:13:31.89 0

「へえ?」

家臣は呆気に取られたような顔をしている。

「このまま西軍に味方する!
 私の叔母は太閤・秀吉殿の正室、ねね殿であるぞ!
 その私が徳川についてしまっては後世に示しがつかない!」
「な…何を仰いますか! このまま西軍についたとて
 三成からの褒章はほとんど望めませぬぞ、秀秋殿!!」

その家臣が焦っている様子が妙に可笑しくなってしまった。
何をそんなに慌てているのか!

「フフフ、秀秋? そんな名前で私を呼ばないで欲しい。
 石川…いや、“チャーミー小早川”とお呼びッ!!!」


バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!


「ちゃ、ちゃーみー…!?」

この者や、他の部下達も何のことだかわかっていないのだろう。
でもね、今やこの男の体はこの私、石川梨華の操り人形!
誰も私がこの男を操っていることなど気づきはしない!

「全部隊に伝えよ! 全速力で山を下り、一気呵成に攻めろと!」
「は、はいぃぃ!!」


153 :マイマイ268:2006/06/08(木) 16:54:00.69 0
<夏焼雅>

ガキッ ガキイイイィィィンッ!!!

「なかなかやるな、小娘」

私の槍と、その大柄な男の槍とが何度もぶつかり合う。
これまで兵士と違い、男はまったく退かない。

「強い…!」

私と立花統虎さんは、鉄壁の田中吉政の隊を避け
筒井定次、松平忠吉の隊を突っ切り
中山道を進んで直接大将の徳川家康に挑もうとしていたのだが
その前にこの男が立ちふさがったのだった。
これまでの武将のように楽々と倒せると思って
統虎さんの前に出て攻めかかったのだけど
この男は、今までの武将とは一味違うようだった。

「雅どの、その男は…!」
「大丈夫です統虎さん、私に任せてください!」

ガキィッ!!

再び槍どうしが交錯する。

ギリギリギリギリ…

押し返せない…!
スタンド自体のパワーを使ってようやく互角の力。
なんて馬鹿力なの!!


154 :マイマイ268:2006/06/08(木) 16:54:16.36 0

「俺は本田平八郎忠勝! 娘、おぬしの名は?」

やはりこの男が戦国最強の本田忠勝!
ゲームの中のステータスもかなり強めに設定されているってことね!

ギリギリギリギリ…

「私は夏焼雅! 槍の名は『セクシー・アダルティー』!!」
「ふふ、妙な名の槍だ。 俺の槍は『蜻蛉切り』!!」
「妙なのはそっちも同じでしょ!! そんな槍、へし折ってあげる!!」
「そんな悠長なことを言っている場合か? 周りを見てみろ」
「…え?」

槍に込める力はそのままに、私は辺りを見回した。
右、左、後ろ…全てを敵に囲まれている!!

「雅殿、囲まれてしまった。 突出しすぎたようだな…」

私の後ろにいた統虎さんもその様子に驚いていた。
しかし、焦っているようには見えない。

「本当は忠勝殿とは私が闘いたいところだが、雅殿に譲ろう。
 周りは我々に任せて、存分に闘ってくれ!」
「統虎さん…」

統虎さんは部下達を円のようにぐるりと自分の周りを囲ませ
部下達とともに鉄砲を手に取った。



155 :マイマイ268:2006/06/08(木) 16:54:31.81 0

「ものども、雅殿の援護だ! 我が立花の鉄砲隊の力を見せてやれ!」
「「おおおーーー!!!」」

パンッ!
パン、パパパパパパパパパパパンッ!
パパァン! ドパパァァ!!

尋常ではない速さで弾が放たれている。
今までイベントで見てきた鉄砲隊よりも3倍近く早い。
周りの敵兵も次々と倒れていく。
統虎さん、すごい! これなら勝てる!!

「余所見をしている場合か、夏焼雅!」

グオンッ!!

本田忠勝が、交差していた槍を突き放して大きく振りかぶった。
このまま私をなぎ倒すつもりでいるのだろうか。
しかし、これは勝機…!

「スキありッ!
 夏焼家秘奥義・撫流那駆(ブリューナク)!」

スウッ…

夏焼家に伝わる奥義に、スタンドの力を織り交ぜる!
セクシー・アダルティーは槍を振りかぶる本田の腹部に
音も無く、吸い込まれていくように突き刺さった。



156 :マイマイ268:2006/06/08(木) 16:54:47.27 0

「お腹がガラあき! 私を甘く見たわね!」
「お…おおお…」

ドサァッ!

『本田忠勝撃破! 石高…』

本田が倒れると同時に、テロップが浮かび上がってきた。
戦国最強の男なのだから、かなりプラスされるんだろう、
と、喜んでいた矢先…

ズドンッ!

一発の銃声が響く。
背後の統虎さんの鉄砲隊のほうではなく
私から見れば左手側の方向から…

「本田忠勝を倒したか…槍の腕前があってこそだな。
 さすがだ、雅ちゃん」

この声、富樫明生!
左手側から富樫社長と数十名もの敵兵がこちらに向かって歩いてくる。
社長さんは鉄砲を持っていない…では、さきほどの銃声は…?

「う…うう…」

背後からうめき声がする。
この声は…まさか! まさかああ!!



157 :マイマイ268:2006/06/08(木) 16:55:02.73 0

「雅殿…油断してしまった…」
「統虎さん! しっかりしてください!!」

地面に倒れこみ、血を流している統虎さんに駆け寄った。
立花さんの周りの鉄砲隊もほぼ壊滅状態である…。

「私はここまでかもしれない…
 勝たねば…この戦…義のためにも…雅殿…」
「統虎さん! そんなこと言わないでください!」

統虎さんは私の腕の中で荒く息をしている。

「立花鉄砲隊の『早込』の凄さは知っている。
 歴史上でも有名だし、まあなんせ、設定したのは俺だからなあ」

徐々に近づいてくる富樫社長が、私達を見据えながら言う。

「しかし、その立花以上に素晴らしい銃の名手を俺は知っている。
 そしてその男を、俺は味方につけた!!
 雑賀衆頭領、鈴木孫一!!!!」

鈴木孫一!?
そんな、彼ら雑賀衆は歴史上は西軍に味方したはずでは…
いや、この富樫社長がゲーム中で彼らを味方につけ
その上で東軍についたということか!!

「チェックメイトかな、雅ちゃん。
 そろそろ小早川秀秋が寝返る頃だ。
 回りも敵だらけだし、降伏したほうがいいんじゃあないか?」



158 :マイマイ268:2006/06/08(木) 16:55:24.41 0
負け…こんなところで負けるのか…

「社長さん…私がもしここで降伏を宣言したらどうなるんですか?」
「降伏の場合は石高が半分に減るだけで済むが、徹底抗戦して負けた場合は
 石高が3分の1になる! 降伏したほうが得だと思うけど?」

石高半分か3分の1。
でも別にゲームが勝つことが私の目的じゃあない。
一刻でも早くクリアして、富樫社長に話を聞くこと!
でも…でも…悔しい!!

「まあ決めるのは君の自由だ。 好きにすると……ん? アレは…」

富樫社長が視線を移す…その先には…


ドドドドドドドドドドド!!!


味方の軍勢! それもかなり多い!

「そんなバカな! あれは小早川秀秋! 東軍に寝返るはずでは…
 それに大谷吉継や小川祐忠も合流している!!
 まさかあああああああ!!!!
 福島隊や京極隊、藤堂隊まで破ってきたのかあああ!!」


“HO〜 ほら行こうぜ!!”


救援の小早川隊から、妙な掛け声が聞こえてきた…。


206 :マイマイ268:2006/06/09(金) 22:52:01.00 0

  ―関ヶ原・中央付近南側―


「HO〜 ほら行こうぜ!」
「「ピース! ピース!」」
「HO〜 ほら行こうぜ!」
「「ピース! ピース!」」

ザ☆ピースが操る小早川秀秋の掛け声に合わせて、周りの兵士が応答する。
『ピース』という言葉はこの時代には無いが
小早川=石川が無理やりにそう言わせているのである。

「本多隊は壊滅している! 残りの寺沢・平野・桑山隊を破り
 一気に徳川本陣に攻め込め!!」
「「おおおおおーーーーー!!!!」」

小早川の合図で兵士達が勢いを増す。
石川本人は兵士の中に紛れ込み、それを扇動していた。

(本多忠勝が既に敗れている…。
 あそこにいるのは雅ちゃん? 彼女がやったのかしら…?
 まあいいわ、このままいけば西軍勝利は間違いなし!)

ポツ…ポツ…

石川の頬に冷たい水滴が当たった。



207 :マイマイ268:2006/06/09(金) 22:52:19.73 0

(これは、雨?
 関ヶ原の戦いが霧に包まれていた事は知っているけど
 雨が降ったなんて記録はあったかしら?
 それともあの富樫って社長の演出なのか…)

雨粒を拭いながら、石川は最前に出てさらに扇動を続けた。



208 :マイマイ268:2006/06/09(金) 22:52:36.21 0

…その頃、中央の夏焼雅は…

「あの援軍…先頭にいるのは石川さん…!?
 良かった、石川さんも西軍についていてくれたんだ」

雅は援軍の小早川隊の中に石川梨華の姿を見つけ安堵した。
かなり以前のことだが、雅は歴史に詳しい石村舞波から
この関ヶ原のことについて聞かされたことがあった。



209 :マイマイ268:2006/06/09(金) 22:52:55.54 0

--------------------------------------------------------------

「ねぇ、雅ちゃん。 今日歴史で習った関ヶ原の戦いなんだけど
 面白い話があるんだ。」
「うん?」
「明治時代に来日したドイツのメッケルっていう軍人さんがね、
 この関ヶ原の布陣を見て、すぐに西軍の勝利を確信したんだって」
「へぇ…なんで?」
「西軍の陣形は“鶴翼”っていう、中央が後退して左右がせり出している陣だったの。
 東軍ほほとんどの部隊は関ヶ原の平地に集中していた上に
 付近の山々はほぼ西軍が制圧していた。 それに東軍の背中にあたる南宮山にも
 西軍の部隊がいて、東軍はほぼ四方を囲まれたような状況だったわけ」
「でも、東軍が勝ったんだよね?」
「うん。 その理由は裏切り。
 徳川家康は後方の南宮山を守る毛利の部下を戦後の所領安堵を約束して内応させ
 さらに松尾山の小早川秀秋も同じように内応させ、寝返らせるようにしていた。
 加えて天満山の島津勢も動かず、西軍は十分に力を発揮できなかったわけ」
「それで一気に東軍が優勢になったってこと?」
「そういうこと…。 やっぱり闘いっていうのは単純に力対力じゃあなくて
 戦略こそがものを言うのよ」
「ふぅん…」

--------------------------------------------------------------



210 :マイマイ268:2006/06/09(金) 22:53:11.58 0

歴史のことを話す時の舞波はいつもと違って饒舌であった。
雅はこの舞波の語りを話半分で聞いていたが
今自分がその場にいることで、その話を思い出したのだ。
裏切るはずの小早川秀秋をそうさせなかったのは石川の力である。

(舞波は…そして石川さんも、すごいなぁ…)

雅は戦略だとかそういったことを今まであまり考えたことがなかった。
夏焼家の槍術の教えでも、一対一や一対多の戦法を習っているため
多対多の戦いのことなどを考えることはなかったのだ。
特に調略や裏切りなど、雅の信念には無いことだった。

(でも…私も片倉さんを裏切ったんだよね。
 それも利益とかそんなんじゃあなくて、私は…)

雅は自分の膝を枕にしている立花統虎を見た。

(かっこわるいな、私。
 統虎さんはただのゲームのキャラクターなのに
 この人と一緒に戦いたいって理由だけで裏切るなんて…。
 東軍についた伊達さんを解せなく思っていた私のほうが
 よっぽどダメな人間だよね…)

「ねぇ統虎さん、もう大丈夫ですよ。
 石川さんが…いえ、小早川さん達が駆けつけてくれました。
 これで西軍は勝てますよ」
「………」
「統虎さん?」



211 :マイマイ268:2006/06/09(金) 22:53:28.27 0

立花統虎は返事をしなかった。
統虎の頬を、さきほどから振っている雨が濡らしている。

「統虎さん…」

彼は雅の膝枕で、まるで眠るように、死んでいた。

「おいおい、雅ちゃん。 そいつはゲームのキャラクターだぜ。
 そんなんでいちいち悲しんでたらやってけねーよ?」

東軍についた富樫明生が、雅に声を掛けた。
石川梨華と小早川隊が攻め込んできているというのに
逃げもせず、余裕の表情である。

「ゲームのキャラクターとか…今はそんなこと関係ないじゃあないですか!
 社長さん…統虎さんの仇は取らせてもらいます!!」
「おっとと、そんなに怒るなよ。 考えてみな。
 俺の味方の鈴木孫一だって君にやられた本多忠勝の仇を打っただけだ。
 正当性はあると思うんだけどねえ」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい!!!
 あなたでも鈴木孫一でもいい! 私と勝負してもらいますよ!!!」
「…はぁ、わかってないな、雅ちゃん。
 まあ、勝負するのはいいけど、ホントに君は降伏しなくていいんだ?」

富樫はなおも雅に降伏を迫った。
状況は圧倒的に東軍不利になっているにも関わらず。



212 :マイマイ268:2006/06/09(金) 22:53:43.81 0

「何を言うんですか! 小早川の裏切りは石川さんが阻止してくれました!
 劣勢なのはそっちの東軍! 降伏するのはあなたじゃあないんですか!?」
「いやいや…俺も最初はそう思ったんだがねえ。
 この『雨』、これが俺ら東軍の勝利を決定的にしたね。
 もう小早川なんてどちらに着こうが関係ない」
「な、何を…」
「雅ちゃん、『雨将軍』って知ってるかい…」



ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!!



雅達から遠く後方、西軍本陣のある笹尾山から轟音が鳴り響いた。

「え…?! 一体何が…」
「あーあ、タイムリミットだ。 早く降伏してればよかったのに」
「うそ…」

笹尾山は炎に包まれていた。



213 :マイマイ268:2006/06/09(金) 22:54:03.79 0

<辺土名一茶>

「ファイナルリバティー!!」

ズウウウウウウウウウウウンッ

ファイナルリバティーの『酸素を操る力』によって
指定した地帯の酸素が濃縮される。 高濃度の酸素は
人体にとって有害になるため、その地帯にいた兵士は次々と倒れていった。
さらにその酸素が濃縮された地帯に味方兵士が火矢をかけ
その一体は文字通り火の海になった。

「一茶よ、よくやった。 それにしても奇怪な妖術よのう…」

俺の背後で、雨将軍・織田信長がにやりと微笑む。

「信長様、西軍に属していたご子息・織田信高様も
 我らに寝返りましてございます。 後は石田三成の首を取るのみ」
「その役目、おぬしに任そう。 三成の首を取って参れ」
「はッ」

俺はその場を離れ、石田三成が拠る本陣へ馬を走らせた。



214 :マイマイ268:2006/06/09(金) 22:54:53.79 0

この戦場にいた誰もが、織田信長の参戦を予期していなかっただろう。
本能寺で信長を救って以降、その存在をひた隠し
わざわざ敵の足軽を明智の代わりとして立てて、信長を死んだことにしていたからだ。
その信長を西軍の背後から襲わせ、一気に叩き潰す。
…この戦略を知っているのは一度プレイしたことのある社長くらいだ。

「な、何故信長が生きているうううゥゥゥゥーーー!!!」

石田三成が、兵を率いて俺に特攻をかけてくる。
俺はファイナルリバティーを出現させ、拳を固めた。

「ここでしまいだ!
 DORRRRRRRRYYYYYAAAAAAAA!!!!!!」




215 :マイマイ268:2006/06/09(金) 22:55:20.19 0

  ―関ヶ原・中央―


富樫明生と向かい合っていた夏焼雅、
そして徳川家康の守る本陣に攻め込もうとしていた石川梨華の目の前に
同じテロップが表示される。


ブウウウウウンッ

『西軍本陣陥落! 石高1/3!』

そして続けざまに、全員分の現在のポイントが表示された。


『辺土名一茶 ―  8万500石
 富樫明生  ―  6万石
 石川梨華  ―  1万1000石
 夏焼雅   ―  8千石

 最上位と最下位の石高差が1/10以上開いた為
 コールドゲームとなります』


「ちっ、コールドか…。 もっと楽しめると思ったのになあ。
 勝ったのはいいが、一茶のやつめ、頑張りすぎだ」

富樫はそう呟いて、『ボンバ・ヘッド』を解除した。


68 :マイマイ268:2006/06/12(月) 00:54:40.64 0

  ―杜王ケーブルテレビジョン・社長室―


窓際の机の上に、富樫明生が足を組んで腰掛けている。
その傍らには辺土名一茶がスーツのポケットに手を突っ込んで立っている。
石川梨華はその2人の前に、腕組みして立ち
夏焼雅は、部屋の床に膝を折って座り込んでいた。

「一茶よォ。 コールドゲーム、お前わざと狙ったろ?」

富樫は石川と雅をそれぞれ一度ずつ視線を走らせた後、一茶に問いかけた。

「いえ…俺はいつもどおりやっただけです。
 それよりも社長、なんでこんなことしたんです?」
「なに、退屈しのぎさ。 でもお前がちゃんと彼らに伝えていれば
 こんなことにはならなかったんだぜ?」
「それは…」

トントンッ

石川が、こちらを向けと言わんばかりに床を踏み鳴らす。

「んん? どうしたんだい、石川梨華ちゃん」
「あのねぇ、私も聞きたいわ。 演劇部を襲ったこともだけど
 ホントにただの退屈しのぎでこんなことやったわけ?」
「ふふぅ、まあそうだろうなあ。 気になるよなあ。
 ま、闘い慣れてる君にはあまり何も感じなかったかもしれないが
 …そこでヘコんでる雅ちゃんは、結構こたえてるようだ」
「へ?」



69 :マイマイ268:2006/06/12(月) 00:54:56.32 0

石川が雅をみやると、彼女は座り込んだ姿勢のまま富樫をにらみつけていた。
その視線は憎しみに満ちている。
しかし、心ここに在らずという雰囲気もある。

「…死んじゃったじゃあないですか、統虎さん…
 なんであんないい人が死ななくちゃあいけないんですか!
 なんで平気で殺せるんですかあ!!」

その様子をみて富樫がふふんとあざ笑うように鼻で息をする。
そうして、先ほどまでのおちゃらけた笑顔から打って変わって
急に真面目な表情をする。

「よくいるんだ、俺のスタンドを体験した後にこんなになる奴が。
 『ボンバ・ヘッド』の世界が現実的すぎて
 ヴァーチャルとリアルの区別がつかなくなる奴がな。
 俺はスタンド使いにしかこの能力を使わないようにしているが
 闘い慣れしてない奴は特にそうなる」
「何を言ってるんですか! 統虎さんを返してください!!」
「み、雅ちゃん…」

石川はその雅の姿を見て、哀れむような視線を送った。

「おお、返して欲しいなら返してやるぜ。
 ゲームの中に入ればいつでも奴は復活してる。
 それにお前がゲームの中でぶっ殺してきてやつらもな」
「…!!」



70 :マイマイ268:2006/06/12(月) 00:55:11.80 0

「どうだい? またプレイしてみるかい?
 愛しのムネトラさんはいつでも戻ってくるぜ?
 なんだったら俺が設定を弄って無敵にしてやってもいい」
「…ッ! …はぁ、はぁ…」

雅は富樫の言葉で急に現実に引き戻され、ギャップと虚無感で
まるで何者かに胸を掴まれているような圧迫感に陥る。

「俺も…」

その様子を見た一茶が口を開く。

「最初にボンバ・ヘッドをやった時は、そういえばこんな感じでしたね」

「そうそう、お前もだ。 そして忍も幸也も健も…。
 あの頃はみんな経験が足りなかったからな、無理もない」

富樫が一茶をほうを向いて笑う。 そして再び雅を見た。

「そして君もだ、雅ちゃん。 君も経験が足りない。
 武術に関しては腕は一流のようだがね…。
 戦闘そのものは何度か体験しているのかもしれないが
 大事な何かを賭した、そう例えば命懸けの闘いなんてのを
 君は経験したことがあるのかな?
 そういった経験がないと、こういうシンドロームに陥りやすい」
「……」

雅はそれに無言のままである。 富樫は続けた。



71 :マイマイ268:2006/06/12(月) 00:55:34.53 0

「本当はそんな争いなんて、長い人生の中で巻き込まれないほうが幸せだ。
 しかしな、君はスタンドって力を持ってしまっている。
 いずれそういうことに巻き込まれるのかもしれない。
 …ああ、別に俺は教訓として言ってるわけじゃあないぜ。
 本当にただ君らに俺の退屈しのぎにつきあってもらっただけだ。
 それを押し付けた上で、ついでにこんなことを言っているまでだ。
 君がそんなになっちまったから、その責任も感じるしな」

「…私は…」

富樫の言葉は、傍から見ればただの押し付けがましい言葉であったが
雅の心にはその言葉が重く響いていた。

『ねだるな、勝ち取れ。 さすれば与えられん』
父や祖父から何度も聞かされたその言葉を
これまで雅は忠実に実行してきたつもりだった。
演劇部や仲間を守るという大儀のもとに闘うときもそうである。
それなのに父達はいつまでもその言葉を雅に言い聞かせるのだった。
その言葉が間違っているとでもいうのだろうか?
いや、きっとそうではないのだろう、と雅は思った。
言葉が間違っているのではなく、解釈の仕方が間違っていたのだ。
だから父達は何度も言い聞かせたのだ、と。

それは闘う意志を高揚させるための言葉ではなく
単に幼い子供に自立性、自主性を持たせるための言葉であったのではないか…
言葉の意味を勝手に解釈した自分は、その言葉を盾に
これまで闘ってきたのではないか…



72 :マイマイ268:2006/06/12(月) 00:55:50.69 0

「うう…うううう…」

そう思えてきた雅は、顔を覆って泣き出してしまった。

「おっと、泣かすつもりはなかったんだが」

富樫はバツが悪そうに表情を曲げると、顔をぽりぽりと掻いた。

「…富樫社長。 ゲームの趣旨はわかってあげるわ。
 だから今度は私の聞きたいことに答えてもらえるかしら?」

石川も富樫の言わんとすることは理解していた。
彼女は今までのゲームを、本当にただのゲームとしてプレイしてきたのだが
言われる通りボンバ・ヘッドの世界はリアルすぎた。
雅がこうなってしまうのも仕方がないと感じていた。
しかし雅を哀れみ慰めるよりも先に、目的を果たさなければならない。


ガチャッ


石川が口を開こうとしたのとほぼ同時に、社長室のドアが開く。

「あなたは…、何故あなたがここに…」
「いや、その…」

ドアから入ってきたのは、放課後に演劇部に尋ねてきた男子生徒。
橘慶太であった。



73 :マイマイ268:2006/06/12(月) 00:56:22.01 0

「ああ…」

入ってきた慶太の姿を見て、雅が驚愕の表情を見せ、思わず立ち上がった。

「統虎…さん」
「え、え? や、俺の名前は慶太だけど、統虎ってそれ…」

慶太が慌てふためく。
雅が一番最初にゲームの中で立花統虎を見た時の既視感は
放課後に演劇部室で彼の顔を見ていたから起こったものであった。
そう、立花統虎と橘慶太の顔はとてもよく似ていた。
そんな彼女と慶太の様子を見て、富樫がくくくと笑った。

「ハハハ! そうだそうだ、忘れてたよ。
 慶太はなぁ、立花家の分家筋の家系なんだ。
 それを知ってたから俺はゲームの中の統虎を慶太の顔に設定した」
「確かにそうですけど、ゲ、ゲーム…?」

慶太は何のことかわからず、ぽかんとした顔をしている。
対して雅は、瀕死の病人が息を吹き返したのを見るかのように
ホッと安堵の表情をしていた。

「な、なんのことかよくわからないんですが…
 社長、お客さんが来てますよ…」

慶太は申し訳無さそうに社長に言う。
そして挨拶代わりにぺこりとお辞儀をしてから、
背後の客人を招きいれた。



74 :マイマイ268:2006/06/12(月) 00:57:35.96 0

「お客? …ほほう、こりゃまた大勢来たもんだ」
「よっすぃ!?」

開かれた社長室のドアから入ってきたのは演劇部の面々。
部長の吉澤ひとみを始め、藤本美貴、高橋愛、紺野あさ美、新垣里沙、
亀井絵里、道重さゆみ、田中れいな、久住小春…他、
演劇部の主要メンバーのほとんどがこの場所に終結していた。

「雅ちゃん…!」

中等部の清水佐紀が、涙を流して立ちすくむ雅に駆け寄った。
「佐紀ちゃん…」
「大丈夫!? 怪我はない?」
続いて他の中等部演劇部員も雅の元に集まり、取り囲んだ。

吉澤は雅と石川の様子を交互に見てから無事を確認すると
富樫とその隣の男、一茶を見て、歩み寄った。

「一応2人とも無事なようだけど、いろいろ説明して欲しいとこだな」


124 :マイマイ268:2006/06/13(火) 02:24:13.56 0

富樫は吉澤達に、石川達が来てから起こった出来事と
ボンバ・ヘッドの能力を話して聞かせた。
慶太はそれについて『ちんぷんかんぷんな振り』をして聞いていた。

「面白そうな能力なんやねェ」

高橋愛が嬉しそうな声をあげる。
田中れいなも隣で興味津々のようだった。

「あ、そう? やってみる?」
「社長!」
「じょ、冗談だよ…」

富樫がまたサイコロを取り出そうとしたが、一茶の一喝で黙り込む。

「…で、私達が聞きたいのは演劇を襲ったことについてなんだけど」

石川の一言で、富樫が顔を上げる。

「そうだったな。 手紙でも謝罪はしたが、せっかく来てもらったんだ、
 まずは謝らなきゃあならん。 申し訳ない」
腰掛けていた机から立ち上がり、富樫は丁寧に頭を下げた。

「それで?」
石川の隣に立つ吉澤は、意外にあっさりした行動の富樫に驚いたが
それに構ってもいられないので続きを促す。

「君らぶどうヶ丘の演劇部は栄米大付属高校の連中と揉めてたようだが…
 今年の1月の半ばだったかな、栄高の浜崎あゆみから依頼を受けたんだよ」



125 :マイマイ268:2006/06/13(火) 02:24:30.18 0
「浜崎…」

その名前に演劇部の面々がざわつく。

「ああ。 ま、本来はこういう請け負いなんてやってないんだが、
 浜崎には恩があってね。 あの女の実家は資産家だ。
 この会社の運営に困っている時に助けてもらったことがある。
 その事を持ち出されるとこっちも断りきれなかったもんで、
 演劇部を潰す手助けをしたってわけさ」

「なるほどね…。 それで初等部の岡井を襲わせたのか」

「そういうことだ。
 俺も他人の都合で部下にそんな仕事やらせるのは気が引けたもんで、
 なるべく演劇部と関わりの薄そうな生徒を選んで
 ちょっと怪我でもさせておく程度のつもりだったんだが、
 ウチの健が短気なもんで暴走しちまってね…本当に申し訳ない。
 手紙にも書いているが、岡井という子…
 彼女の入院費・治療費は全て俺の個人資産で立て替える」

再び富樫は深々と頭を下げた。

「では、つい先日に四洲の堤で演劇部員を襲ったのは?」

「それも申し訳ない。 謝ってばかりだが、本当にすまないことをした。
 君らと浜崎との決着が着いた時点で、依頼も取り消しになったんだが
 あれは健がやられたことに腹を立てた部下2人が
 仇討ちとばかりに勝手に飛び出していったもんだ。
 おまけに演劇部と関係のない生徒まで巻き込んでしまったようで…
 それについては迷惑料を用意している。
 もちろん、金だけで解決する問題とも思っていない」


126 :マイマイ268:2006/06/13(火) 02:24:50.01 0

「そりゃありがたい…」

石川と吉澤、そして他の演劇部員も平静を装って話を聞いているが
正直、少し拍子抜けしていた。
派手でフザけた格好をしたこの富樫という男が
こんなにもあっさり非を認め、謝罪をする姿に…。

「じゃあ最後に…今日、うちの三好絵梨香を襲ったことについては?」

石川が少しだけ声を震わせる。

「それは…」
「いえ、そこは俺が話します」

富樫の言葉を一茶が遮った。

「彼女を怪我させてしまったのは俺ですから」

石川含め、演劇部員が一斉に一茶のほうを向く。
一茶は、事のあらましを彼女達に伝えて聞かせた。
慶太のことについては上手く誤魔化しながら伝えていた。

「…申し訳ない」

一茶も丁寧に頭を下げる。
この弁明について、絵梨香の性格を考えれば疑う余地は無く、
演劇部員全員が納得し、そして黙り込んでしまった。



127 :マイマイ268:2006/06/13(火) 02:25:05.62 0

「…ま、まあそれも解かったわ。
 し、正直に話してくれて感謝いたします」

高飛車な態度を取っていた石川だったが
しどろもどろになり、最後は敬語になっていた。
もちろんそれには絵梨香の起こした事態だけではなく
雅とともにこのビルへ強行突入したことについても起因していた。

「と、とりあえず…」

吉澤が場をとりなすように口を開く。

「詳細もわかって、社長さんから直接謝罪ももらえた。
 誠意を見せてもらったことだし、一件落着ってとこかな…」

多少の気まずさもあってか、部員達はうんうんと頷いている。

「では、岡井の入院費なんかについては後ほど詳しく伺うとして
 今日のところはこれで失礼しますよ」
「そうしてくれると助かる。 俺も忙しいもんでね」

吉澤は富樫に軽くお辞儀すると、踵を返してドアへ向かった。
そして社長室から出る間際に振り向き、慶太へ声を掛けた。

「あ、慶太。 ここまで案内してもらったのは助かったけど
 お前はこれからどうすんだ? 一緒に帰るか?」
「い、いえ…俺は富樫社長に挨拶に来たんで、もう少し居ることにします…」
「そっか、それじゃあな」



128 :マイマイ268:2006/06/13(火) 02:25:30.32 0

吉澤が社長室を出て行き、石川や他の演劇部員もそれに続く。
そして慶太を見ながら何故か惚けている雅を、佐紀達が引っ張って行った。


部屋に残された慶太に、一茶が声を掛ける。

「また迷惑かけちまったな、慶太。
 それにしても俺達との関係がよくバレ無かったもんだ」
「ええ、まあ。 一応吉澤先輩達には、父親と社長との関係を話して、
 それには受付の多香子さんもフォローしてくれたんで
 なんとか納得してもらえました。
 ただ、どこまで信じてくれてるのかはわかりませんけどね…」
「そうか…まぁ、良しとしよう。
 お前がスタンドの存在まで知っているとわかったら
 演劇部員達に責められてただろうし」
「まあ、俺もそんなに詳しく知ってるわけじゃあないですから」

はにかむように笑って頭を掻く慶太に、今度は富樫が話しかける。



129 :マイマイ268:2006/06/13(火) 02:25:45.83 0

「それで、これからどうすんだ?
 一茶はこれから帰らせるから、一緒に飯でも食ってけば?」
「はは、そうですね、ひさしぶりに……って、あぁッ!!」

慶太が慌しく腕時計を見る。

「やっば、遅…
 す、すみません! 俺これからデートの約束あるんです!
 これで失礼します!!」

ドタドタドタ…!!

急いで鞄を拾い上げ、慶太は社長室から出て行った。



130 :マイマイ268:2006/06/13(火) 02:26:01.51 0

「なはは、若いっていいねえ、一茶」
「俺はまだ若いつもりですけど…」

富樫は一茶の答えを無視して、自分のデスクへ向かった。
そして一番したの引き出しを開ける。

「……」

開けた引き出しから、富樫は一本の筒のようなものを取り出した。
よく見ればそれは仁侠映画などで見られるドスに似ていた。
富樫が木製の鞘からそれを引き抜くと、鈍く光る刀身が現れる。

「いつ見てもいい輝きだ」

その刀は、富樫の実家に100年程前から家宝として奉られてあったものだった。
彼の実家には、この刀は勝負運を強くすると言い伝えられおり
富樫が杜王町に出てきて会社を興す際に、
それにあやかろうと実家から持ち出してきたのだった。

「この『流星刀』のおかげで俺やお前達はスタンドを手に入れたわけだが、
 しかしまあ、いろいろな面倒ごとを運んでくるよなぁ、こりゃ」
「慶太達には使わないでくださいよ、それ」
「心配すんなよ。 俺だって面倒事を増やすのは御免だからな」
「ええ、俺もです」

窓から挿す夕日に照らされた刀身。
彼らはしばらくそれを見つめていた。



131 :マイマイ268:2006/06/13(火) 02:26:25.55 0


バンッ!!


突然、勢いよく社長室の扉が開く。

「ん? なんだ?」
「君は、石川梨華…。 どうした?」

石川は毅然たる眼差しで、富樫に向かって歩み寄ってきた。

「社長さん…ひとつ大切なことを忘れてたの。
 こればっかりはお金でも何でも解決できないものだったから」

富樫と一茶は、今の話を聞かれたのかと内心焦っていたが
どうやらそうではなさそうだった。

「そ、そうか…。 それは…」

ドグォッ!!

「ボンバヘッ!」

突然、石川の拳が富樫の腹へめりこんだ!
一撃を食らった富樫が床に膝をつく。

「石川…君は何を…」

一茶は石川の突然の行動に驚き、スタンドを出現させる。
だが彼女はそれに構わず続けた。



132 :マイマイ268:2006/06/13(火) 02:26:51.46 0

「いい? これは『フランスパン』と嘲られた私の怒りよ…そして」

メキャアッ!!

石川は続けざまに富樫の顔面へ蹴りを食らわせる。

「アヒイイイッ!!」

「この蹴りは私以上に傷ついた雅ちゃんのぶん…。
 顔面のどこかの骨がへし折れたかもだけど、
 それは雅ちゃんがあなたの顔をへし折ったと思ってね…」

ボゴォ! ドキャアッ!

それからさらに富樫を蹴り、殴り続けた。


「そしてこれも雅ちゃんのぶんッ!
 そして次のも雅ちゃんのぶんよ!
 その次の次のも、その次の次の次のも…
 その次の次の次の次のも…次の! 次も!
 雅ちゃんのぶんよおおおーッ!
 これも! これも! これも! これも! 
 これも! これも! これも! これも! これも!!」




133 :マイマイ268:2006/06/13(火) 02:27:10.81 0

「あぐ…」

ドッ…

富樫が力なく床に倒れ伏した。

「……」

一茶は手を出すことなく、それを見つめていた。

「…では、用が済んだので帰ります」
「ああ…気をつけて」

石川は一茶にぺこっとお辞儀をしてから、部屋を出て行った。

「一茶あぁぁぁ…助けろよ…」
「あれは社長が悪いですよ。 自業自得です。
 面倒ごとを引き込むのは刀じゃあなくて、社長自身なんじゃあないですか?」
「うう…」

富樫は一言呻いて、気絶してしまった…。


―TO BE CONTINUED



134 :マイマイ268:2006/06/13(火) 02:28:06.58 0

富樫明生 重症
スタンド名:ボンバ・ヘッド