27 :マイマイ268:2006/05/08(月) 02:33:31.36
0
銀色の永遠 〜マイ・ファニー・ヴァレンタイン〜
バンッ!
机を勢いよく叩く音が、部屋中に響き渡った。
「だから俺は反対したじゃあないですか、社長!」
坊主頭の若い男は、髪型に似つかわしくない黒いスーツを着ていた。
しかし彼にはそれが妙にマッチしている。
男は辛辣な眼差しで目の前の人物を見据えていた。
「まあまあ落ち着こうぜ。 俺もまさかこんなになるとはさぁ…」
その視線の先の人物は、皮の椅子に腰掛けてへらへらと笑みを浮かべている。
中年だが、社長と呼ぶにはまだ少し若いくらいの年齢である。
派手な服装で若作りをしているようだ。
「あんな女の依頼なんか断ればよかったんですよ!
そのせいで健も、幸也も、忍も…!」
「それについては俺も判断を誤ったと、思う部分は確かにあるね。
ただ幸也と忍については健の仇討ちに行ったみたいなもんでしょーよ。
勝手に突っ走った分については俺は関係な…」
「社長ッ!」
28 :マイマイ268:2006/05/08(月) 02:33:49.05
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「うっ…そ、そんなにリキむなよぉ、一茶ァ〜」
一茶と呼ばれた男の手は、わなわなと震えていた。
「アイツ等も俺も…社長のこと信頼してるんですよ!
だから社長の頼みだったらなんでも聞く!
それに俺ら4人は強い絆で繋がってる!
仲間がやられれば仇を討ちたくなる気持ちもわかるでしょう!」
「…すまん」
笑みを浮かべていた“社長”は、途端にしゅんとなった。
「もういいです。 この件については、俺がケリつけてきますから…」
「ああ、本当にすまん。 頼むよ一茶…」
「ええ…」
一茶は振り向くと、ドアに向かって歩き出す。
29 :マイマイ268:2006/05/08(月) 02:34:04.78
0
「…あ、ちょっと待て!」
社長が彼を呼び止める。
「はい?」
「さっきから気になってたんだが…
その手に持ってるやつ、そりゃあ何だ?」
社長は、一茶が手に持っている紙袋を指差している。
一茶はそれを持ち上げて見せた。
「ああ、これですか。 さっき受付の多香子ちゃんにもらったんですよ。
バレンタインチョコってヤツです。
俺、こういうイベント事はあんまり好きじゃあないんですけどね…」
「…あ、そ」
社長が一応の納得を見せたのを確認すると、一茶は再び歩き出した。
30 :マイマイ268:2006/05/08(月) 02:34:44.35
0
-------------------------------------------------------------------------
―ぶどうヶ丘高校・演劇部部室―
「ん?」
吉澤が部室に入ると、部長の指定席に綺麗にラッピングされた箱が置いてあった。
席の傍らには、藤本美貴が何故かむすっとした表情で座っている。
「何これ? ミキティの?」
「ちげーよ、アンタにだ」
「俺に?」
「チョコレートだよ。 バレンタインだろ、今日」
「へぇ…ミキティがねぇ…」
吉澤はそう言いながら箱を取り上げた。
「じゃ、ありがたくもらっとくわ」
吉澤はおもむろにセカンドバッグを開き、バッグの中に箱を詰め込もうとする。
そして美貴は見た。
吉澤のバッグの中にチョコらしき箱が大量に詰まっているのを…。
31 :マイマイ268:2006/05/08(月) 02:34:59.88
0
「よっすぃ…それ、もしかして全部…?」
「ああ、うん。 クラスの子とかサッカー部のマネージャー達とか
あと中等部の子とかからももらったかな?」
「……」
美貴からもらったチョコの箱を吉澤はそのバッグに詰め込む。
「ミキティ、サンキュ!」
「い、言っとくけどそれ義理だかんな! 義・理・チョ・コ!」
「え、ああ、うん」
32 :マイマイ268:2006/05/08(月) 02:35:21.00
0
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―ぶどうヶ丘高校・1年生フロア・教室―
虹村億泰は死んだ魚のような目つきで東方仗助を睨み付けている。
「おい仗助…」
「ん?」
「仲間だと思ってたのによォ…なんでおめーだけ、もらってんだよ」
仗助は机の鞄掛けにチョコレートが入っているのであろう箱をぶら下げていた。
「チョコのことか?」
「そうだよおおおおおおお!!! チョコだよチョコ!!
今日はバレンタインデーだろ!? 康一は由花子からもらってたし、
俺らはどうせもらえないだろうからドゥマゴで慰めあおうと思ってたのに…!」
「億泰よォ…俺がお前と同列に思われてたのはちょっと心外だがな…。
ま、これはれいなからもらったモンだ」
「れ、れいなって…裏山で戦った時に知り合ったあのれいなちゃんか!?」
「ああ。 そういや何かメッセージ書いてあったな…確か…」
33 :マイマイ268:2006/05/08(月) 02:35:55.82
0
田中れいなが仗助に渡したチョコの箱には、手書きのメッセージが添えてあった。
『これからもライバルとして、ぶどうヶ丘高校での兄として
よろしくお願いします。』
「…とかまぁ、なんかよくわかんねーことバカ丁寧に書いてあったがよ。
ライバルなんてなった覚えはねーんだけどなァ…」
手紙の内容を聞いた億泰は、驚いた様子で仗助を見る。
「あ、兄だと! どういうことだ仗助ぇ!!
お前れいなちゃんに『お兄ちゃん』とか呼ばれてんのかぁオイ!」
「よ、呼ばれてねぇ!! ただよォ…」
仗助は、裏山の四洲の堤で戦った後の、れいなとの会話を思い出していた。
(やっぱアイツは…アイツの兄貴ってのは…)
117 :マイマイ268:2006/05/11(木) 15:31:04.80
0
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―演劇部部室前・廊下―
亀井絵里は、部長からの召集により部室に集まるように言われていた。
(何なんだろう? この前の堤で闘ったスタンド使いのことかな…?)
「絵里〜」
絵里が扉に手を掛けたとき、後ろから誰かに肩を叩かれた。
「あ、さゆ!」
親友、道重さゆみである。
「絵里も呼ばれたの?」
「うん。 文面からすると全員呼ばれたっぽいね。
まあとにかく中に入ろう」
「あ、ちょっと待つの」
さゆみは再び扉に手をかける絵里を制止する。
そして自分の鞄の中をごそごそと探りだした。
「うん?」
「はい、これ絵里にあげるの」
118 :マイマイ268:2006/05/11(木) 15:31:22.49
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さゆみが取り出したのは、可愛くラッピングされた箱であった。
今日が何の日であるかを考えれば、それが何かは容易に想像できた。
「さゆ…こ、これって…」
「チョコなの」
「チョコ…! さゆが僕に!? いいの!?」
「うん」
「うわああああああああああああああああああああああい!!」
絵里はチョコレートの入った箱を持ち上げ、飛び跳ねた。
「絵里のはストロベリーチョコなの」
「ストロベリイイイイイィィィィィィィィッッ!!」
今度は歓喜のあまりチョコを持ち上げたままくるくる回り始める。
…しかし、絵里はあることに気づき、すぐに跳ね回るのをやめた。
(『絵里のは』…? ってことは…)
「ぼ、僕以外にもあげるの?」
「当たり前なの。 演劇部のみんなに持ってきたの」
そう言ってさゆみは鞄の中をガバッと明けてみせる。
中には絵里がもらったのと同じ箱がいくつも入っていた。
そしてよく見れば、鞄に入りきらなかったのであろうチョコの箱が
手提げ袋に十数個入っているのも確認できた。
「そ…そっか…」
「じゃあとっとと部室に入るの」
さゆみはうなだれる絵里をよそに、スタスタと部室に入っていった。
119 :マイマイ268:2006/05/11(木) 15:31:44.07
0
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―レストラン・トラサルディー前―
レストランにとっては夕方前のもっとも暇になる時間である。
店長のトニオは、その時間は『準備中』にしてディナーの仕込を行っていた。
もちろん、基本的にはランチからディナーまでずっと開店しているのだが
どうしても仕込みは必要なのでほんの30分程度だけ、
準備の時間として利用しているのだった。
「お〜い、トニオさんいるかーい?」
厨房にいたトニオはその声に、ナプキンで手を拭きながら玄関まで出てくる。
「今ハ準備中なのデスが…」
トニオは一度その客に引き取ってもらおうと出てきたのだが
その人物を見て表情を変えた。
「おお、麻琴サンじゃあないデスか!」
そこにいたのはぶどうヶ丘高校演劇部、小川麻琴であった。
「おいーッス! トニオさんヒサブリ〜」
「おひさしぶりデスネ。
どうしたんでス? 開店はもう少し先デスが」
「へへ…、実はトニオさんに渡したいモンがあってよー」
120 :マイマイ268:2006/05/11(木) 15:32:05.46
0
麻琴はショルダーバッグのジッパーを明け、箱を取り出した。
「…?」
「ほい、バレンタインデーのチョコレート!」
それでトニオはようやく「ああ!」と納得した。
「あ、イタリアではこういうのは変だったかな…」
麻琴は、バレンタインチョコが日本独自の風習であることを思い出した。
しかしトニオは笑顔のままで答える。
「イイエ、実は最近はワタシの国でも日本とおなじように
チョコを異性に渡すのガ流行りはじめてるんデスよ」
「へぇ〜、そうなのか…」
「ちなみに元となった聖ヴァレンティーノはローマの殉教者デス。
言わば『本家本元』というやつなのデスが、最近はローマの聖日でも
コマーシャリズムの波が来ているといいマスか…。
まあそれでも、チョコよりプレゼントの品を渡すのが主流ですが
麻琴サンのような若い子どうしは『バチ・チョコ』が多いデス」
「ほォ〜! 勉強になったぜ! じゃあ、このチョコ受け取ってくれい!」
トニオはニコリと笑ってチョコの箱を受け取った。
「フフ…流行ってるといってもやはりこういったプレゼントは
イタリアでは『好きな異性』に送るものデスけどね」
と、悪戯っぽく微笑むトニオに、麻琴は突然顔を赤らめる。
121 :マイマイ268:2006/05/11(木) 15:32:24.33
0
「oioioi! こ、これは決してそういう意味じゃあねえよ!
あくまで日頃うまいメシ食わせてもらってるお礼というかその…」
「ええ、わかってマスよ」
「お、おう…。 ところでよぉ、トニオさん」
麻琴は紅潮していた顔をキリッと改めて、トニオを見た。
「なんデス?」
「チョコをあげたからどうこうってわけじゃあないんだけど…
その、ひとつお願いがあるんだ…」
妙に真面目な顔をする麻琴を見て、トニオも微笑むのをやめた。
「教えて欲しいんだよなあ…イタリア語を…」
「イタリア語を? ワタシが、麻琴サンに?」
「ああ。 週に何度か、こういう暇な時間に少しだけでいいんだけどサ。
もちろん忙しい時はトニオさんの店も手伝うし、
なんとかお願いできねーかなと…」
「それは構いませんガ…イタリアに行く予定デモ?」
「へへっ、まあね」
麻琴はそう言って少し照れ笑いをした。
122 :マイマイ268:2006/05/11(木) 15:32:54.88
0
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―ぶどうヶ丘総合病院・病室―
外科病棟の3Fの一室に、岡井千聖はいた。
1月下旬に奥本健と戦った傷を治すために、ここに入院していたのだ。
しかしそれもほとんど治り、本日退院を予定していた。
ガラッ
「千聖ちゃん!」
病室の扉が空き、そこから萩原舞が顔をだした。
「あ! 舞ちゃん!」
舞は部屋に入ってくると、ベッドの傍のパイプ椅子にちょこんと腰掛けた。
「千聖ちゃん、今日で退院なんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、退院のお祝いも一緒に…はい、これ!」
舞は、市販のチョコレートがパンパンに詰まったコンビニ袋を取り出した。
「そ、それ全部チョコ…?」
「うん! この前はあんまりお菓子食べてないって言ってたから
たくさんあげようと思って」
123 :マイマイ268:2006/05/11(木) 15:33:31.61
0
「あ…ありがとう! 舞ちゃん!」
「ふふっ。 ねぇ千聖ちゃん、怪我はもう大丈夫?」
「あ、うん。 大丈夫だよ…」
千聖は、舞に怪我をした本当の理由は伝えていない。
そして親にも医者にも地震に巻き込まれたと伝えており
実際その現場は奥本のスタンドによってガタガタになっていたので
局地的すぎる地震を妙に思うものはいても、怪我の理由を疑うものはいなかった。
もちろん、本当のことを話しても信じてもらえないだろうが。
「そっか! じゃあ、また明日に学校でね」
そういうと舞は立ち上がる。
「え! もう行っちゃうの?」
「うん、ごめんね。 ちょっと行くところがあるから…」
舞はランドセルやバッグを持ち上げた。
「舞ちゃん…そのバッグ…」
千聖は舞が持っているバッグが
いつも持っている物と違うことに気がついた。
「あ…こ、これはね…」
急に舞の頬が真っ赤になる。
それを見て千聖は何か嫌な予感がした。
(なんで顔を赤くするんだ舞ちゃん!
もしかして藤本か? いや、それで照れる必要は無いし…
とするとやっぱり、男子…)
124 :マイマイ268:2006/05/11(木) 15:33:49.82
0
「も、もらったの! このバッグ…
舞の誕生日、2月の7日だったでしょ?
それでね、それでね、今日はバ、バレンタインだし…
その人にお返しをしようと思って…これから…」
「そ、そうなんだ…」
千聖はなんとか平静を装うとしているが、何故か声が詰まってしまう。
(何を考えてるんだ、あたし…。
舞ちゃんにボーイフレンドが出来たんだったら喜ぶべきことじゃあないか!
友達として祝ってあげるべきじゃあないのか!?
なのに、なんでこんな気持ちになるんだ…)
「それじゃあね、千聖ちゃん」
舞はまだ顔を真っ赤にしたまま、千聖に手を振った。
千聖も「バイバイ」と、手を振り返す。
タッタッタッタッタ…
舞が足早に病室を出て行くのを見送ると、千聖はため息をついた。
男子が言うような“レズ”だとかそういった感情は舞には抱いていない。
そう信じているのだが、どうしても寂しい気持ちが湧き上がってきた。
親友を取られてしまうという、寂しさが…。
「どんな男なんだろう…」
そう呟いて、千聖はまたひとつため息をついた。
255 :マイマイ268:2006/05/14(日) 02:04:42.94
0
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―放課後・演劇部部室―
「はい、みんな集合してるかー?」
吉澤が部屋の中央に立ち、辺りを見回す。
引退した部員以外は中等部から高等部まで全員に召集がかけられた為
藤本美貴すらもサボらずに来ているが、幾人かは姿が見えない。
「あれ…小川は? こういう時はいっつもいるのに」
小川麻琴もその場にいなかった。
吉澤は、小川と仲の良い紺野あさ美に視線を向ける。
「用事があるって言ってました。 麻琴には私が伝えておきます」
「ふぅーん…ま、いいか」
吉澤としては、小川にも同席して欲しいところであるが
紺野であれば正確に伝えてくれるだろうと、任せることにした。
「後は…三好もいねーな。 梨華ちゃんか岡田、知ってる?」
呼ばれた石川梨華と岡田唯が顔を上げる。
梨華は首を横に振ったが、岡田が手を挙げた。
256 :マイマイ268:2006/05/14(日) 02:05:03.22
0
「メールは送っといたんですけどぉ…
忙しかったみたいやし、気づいてへんかも」
忙しかった、というのは吉澤と同じ理由である。
同性に多大なる人気を誇る三好絵梨香は、今日この日を
多数の女子生徒に囲まれて過ごしていたのであった。
「なるほどな。 それじゃ岡田、後で伝えといてくれるか?」
「はぁい」
岡田の返事を聞いた後、吉澤は部室の一番前に行き、黒板の前に立った。
「さて、バレンタインで浮かれてるところ悪いんだけども」
と吉澤が言ったところで、全員の視線が一斉に彼の背後に向けられる。
そこには吉澤のスポーツバッグがあり、
多数の女子からもらったのであろうチョコレートがはみ出していた。
「ン、ゲホンッ!」
わざとらしく咳払いをしてから、吉澤は黒板の方に向き直る。
「え、えーと…みんなコレ、知ってっと思うんだけどさ」
そう言って黒板にささっと文字を書きなぐる。
上手とは言えないが、まあ読める文字だ。
257 :マイマイ268:2006/05/14(日) 02:05:44.97
0
『MCAT』
杜王町の住民ならばほとんどが知っている単語である。
町民の約8割が加入しているケーブルテレビ会社、
『杜王ケーブルテレビジョン』の通称である。
余談であるが、CATVのCAとは“Community Antenna”の略であり、
決して“CAble”の頭文字2つを取っているわけではない。
「知ってるよなぁ、これ。 俺も知ってるし、加入もしてる」
やはりそこにいるほぼ全員がコクコクと頷く。
「問題なのは、俺が今日寺田先生から聞いた事なんだけど。
ちょっと前にミキティ達が裏山の四洲の堤で戦ったのは聞いてると思う。
で、その闘った相手の2人のスタンド使いってのが…どうもこの会社の人間ということらしい」
部員にどよめきが起こる。
「まあ…ここまでなら、闘った相手が働いてる会社が
たまたまMCATだったっていう偶然で片付けられるかもしれない…
でも、これも俺は今日知らされたんだが、
実は1月の20日頃に、初等部の岡井千聖がスタンド使いに襲われた」
そこで美貴が急に表情を強張らせた。
(1月の20日頃……
そういやあの頃、岡井と舞ちゃんが一緒にいるのを見かけなくなって
それで舞ちゃんに聞いてみたら『地震に巻き込まれて入院した』とか言ってたけど
まさかスタンド使いに襲われてたなんて…
でも、美貴や親友の舞ちゃんですら知らなかったことを
どうやって寺田先生は知ったんだ…?)
258 :マイマイ268:2006/05/14(日) 02:06:07.83
0
美貴が頭を悩ませる中、吉澤は続ける。
「どうやら岡井を襲った奴も、MCATの社員だったらしい。
そしてそいつや、四洲の堤の2人が共通して言っている事がある」
吉澤は一旦息を溜めて、再び口を開いた。
「『ぶどうヶ丘のスタンド使いは全員潰せ』ってな」
-------------------------------------------------------------------------
259 :マイマイ268:2006/05/14(日) 02:06:27.72
0
-------------------------------------------------------------------------
―ぶどうヶ丘高校・校門付近通学路―
「あ…!」
三好絵梨香はそこでようやく岡田唯からのメールに気づき、立ち止まった。
メールには、今日の放課後に演劇部のミーティングがある旨が書かれている。
「今日はメール見る暇無かったからなぁ」
絵梨香は今日一日中、休み時間が来るたびに
校内の女子に追い掛け回されていた。
どこへ行ってもチョコ、チョコ、チョコである。
現に今も両手にデパート袋を2つぶら下げている。
女子に人気があることが嫌なわけではなく、むしろ好きであったが
こうも付きまとわれてしまうと多少うざったく感じることもあった。
「まだ間に合うかも…」
携帯をパタンと閉じ、校門の方へ向き直る。
そして歩きだそうとしたその時、男の声が彼女を呼び止めた。
260 :マイマイ268:2006/05/14(日) 02:06:53.48
0
「ちょっと、いいかな」
(男……あいにく男には興味がないんだけどなぁ…。
もしナンパとかだったら即ぶん殴るッ)
絵梨香はかなり不機嫌そうな顔をしながら声のしたほうに向き直る。
「おっと、そんな怖い顔しないでくれないか。
…君、ぶどうヶ丘高校の生徒だろう?」
スキンヘッドに、黒いスーツをビシッと決めた20代半ばくらいの男は
絵梨香の制服を指差して言った。
「そうだけど、何?」
男は一瞬だけホッとしたような表情を見せる。
「ああ。 演劇部顧問の寺田先生は
まだ学校にいらっしゃるかな、と思ってね」
男はチンピラのような格好をしている割には、丁寧なしゃべり方であった。
(寺田…だと?)
絵梨香は頬をピクッと引き攣らせる。
261 :マイマイ268:2006/05/14(日) 02:07:11.70
0
(この男、寺田に一体何の用だ?
口ぶりから察するにアポイントなんかは取ってねーようだが
友達でもなんでも、事前に連絡くらいはするもんだよなあ。
約束も無しに学校の教師に会いに来る奴ってのは怪しい。
しかも『演劇部顧問の』と付けてるんなら
演劇部のステージを見て興味を持った奴か、それじゃなけりゃ…)
「今から帰るところだから知らねーけど、寺田先生に何の用?」
言いながら絵梨香は『シーズン・オブ・ディープレッド』を出現させる。
彼女の予想通り、男の視線はスタンドのほうに移った。
「やっぱりなぁ、きさま…
新手のスタンド使いかァーーーーッ!!」
シーズン・オブ・ディープレッドのボディが瞬時に炎を纏う。
しかし男は表情を変えず、冷静な眼差しで絵梨香を見据えた。
「フゥ…新手も何も随分前から“そう”なんだがな。
まったく血気盛んなお嬢さんだ、三好絵梨香…」
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ…
310 :マイマイ268:2006/05/14(日) 16:59:13.47
0
絵梨香はスタンドを前面に出し、身構える。
「名前まで知ってるってことは、この私に近づいたのも
偶然じゃあねーようだなッ!」
「ああ、まあねえ」
「寺田のオッサンは好きじゃあねーけどなァ
演劇部に何かしようってんならこの三好絵梨香、容赦せん!」
グイイイイイイイイイイッ
シーズン・オブ・ディープレッドのつま先が伸びる。
<怪焔王の流法>である。
「ほほう。 その姿、まるで日本神話のカグツチのようだな」
「はあ?」
「知っているか? カグツチは生まれ出る時に母であるイザナミを焼き殺した。
それほど強い力を持っていたというわけだ」
怪焔王の流法を見ても、まだ男は平然としていた。
「そりゃあ褒め言葉か?」
「まあそうと言えばそうなんだが…。 神話ではカグツチは
妻を殺されて怒った父イザナギによって斬り殺されてしまうんだ」
「何が言いたい…!」
「あまりに暴力的な力は、制圧されてしまうということだ」
男はスッと右手を前に出した。
311 :マイマイ268:2006/05/14(日) 16:59:35.71
0
「させるかッ! 怪焔王の流法!!」
ゴボォッ
スタンドの指先から延びた『管』が湯気を上げ、滾っている。
絵梨香が持っていたデパート袋の中のチョコは
発せられる熱によって既にドロドロに溶けてしまっていた。
シュバアアアアアアアアアアアア!!!
合計10本の管が男に向かって襲い掛かった。
しかし、男は右手を伸ばしたまま動こうとはしない。
それで絵梨香も攻撃を一旦止める。
「なんだあ? 何もしてこねーのかよ!
そのまま何も言わず、そっちから仕掛けてこねーんなら
私から行かせてもらうぜえええええ!!!」
「……」
管が一斉に男の胸元まで迫る!
「…本当に短気だな。
別に俺は君を倒そうと思って来たわけじゃあ無いんだが…
いいか、言っておく。 先に仕掛けたのは君だ」
「あん? 今更何を…」
そこまで言って絵梨香は、目の前の現象に驚愕した。
「そ…そんな…」
312 :マイマイ268:2006/05/14(日) 16:59:57.28
0
シーズン・オブ・ディープレッドの指から伸びた10本の管が
突然、火気を失ってしまったのだ!
湯気を立て、ゴボゴボと煮えたぎっていたはずの管が
ほんの一瞬でただの細く伸びた爪に成り代わってしまった!
カツッ カツッ…
男は一歩、一歩と絵梨香に近づく。
「てめぇ…何をしたっ!?」
「三好絵梨香…
人間が生まれて最初に負わされる『枷』とは何か知っているか?」
カツッ カツッ…
「なぜだ…どうして…」
絵梨香は男が歩いてくる分だけ、間合いを取りながら後ずさる。
「…『枷』。
しかし生きる上でもっとも重要な事でもある。
それは何かを食しなければいけない事か? 違う。
では重力に逆らって地に立つ事か? いいや、違う。
それとも物を考えなければいけない事か? これでもない」
カツッ カツッ…
「ち、近づくんじゃねえ!!
シーズン・オブ・ディープレッドッ!!」
313 :マイマイ268:2006/05/14(日) 17:00:15.67
0
スタンドから高熱のヘドロが沸きあがり、男に襲いかかろうとする。
シュウウウウウウウウウウウウウウウッ…
「な…ぁ…」
高熱のヘドロも、スタンドを覆っていたマグマのような炎も
男が近づくと同時に一瞬にして消えてしまった。
「…人間が生まれて最初に負わされる『枷』。
生まれたばかりの赤ん坊は、最初に何をする?
それは『産声をあげる』ことだ。 もう解かっただろう…。
枷とは、『呼吸をしなければいけない事』だ…!」
「うう…」
三好絵梨香は焦りを感じた。
この男の能力を理解したのだ。
そして自分の力では、この男に勝てないと自覚した。
「いいか、『最初の枷』は『最後の自由』でもある。
人間は死ぬ時にようやく呼吸を止めるだろう?
君にも、その自由を味わわせてやろうか…」
男の背後にスタンドのヴィジョンが現れる。
半透明な水色をしたそれは、背中に鳥の羽のような物が生えていた。
キリスト教などの神話の天使のような姿である。
314 :マイマイ268:2006/05/14(日) 17:00:36.71
0
「『ファイナル・リバティー!』」
「ぐッ……!!」
絵梨香は喉元を押さえて身悶え始めた。
「…まぁ、殺しはしない。
もともとそういう事をしに来たわけじゃあないんだ。
ただ、君に尋ねたのは間違っていたな」
「……!!!!!」
ドサッ
通学路のアスファルトに、絵梨香は仰向けに倒れた。
傍らのデパート袋からは溶けたチョコレートが流れていた。
「他の生徒に聞いてみるとしよう」
その男…辺土名一茶は、倒れている三好絵梨香を道路脇に避け
ぶどうヶ丘高校の校門に向かって歩き出した。
―TO BE CONTINUED
315 :マイマイ268:2006/05/14(日) 17:00:59.27
0
三好絵梨香 意識不明
辺土名一茶 無傷
スタンド名:ファイナル・リバティー