315 :銀色の永遠 〜矢口真里の調査ファイル〜:2006/03/18(土)
22:56:58.08 0
―1月下旬。
薄暗い部屋。
一人の女が小汚い机に向かい、ノートになにやら書き込んでいる。
「うーん、道重は『魔術師』かなあ…ん、三好もか」
女はノートに書いた『分類表』に、スタンド使いの名前を書き込みながら呟いた。
「とすると間田は『女教皇』、『女帝』は石川、『皇帝』は徳永、
『法皇』は紺野、『恋人』は久住、『戦車』は押尾、『力』は遠見塚とか言うオッサンで、
『運命の車輪』は名前から大谷…といきたいところだけど、松浦かな」
あくまで彼女の単なる暇つぶしではあるが、自分が知っているスタンド使いを
タロットカードに準えて分類し、タロットの番号順に書き込んでいるのだった。
例えば魔術師なら力学的エネルギーを創り出す能力、
女教皇なら変身するタイプの能力、といったように。
316 :銀色の永遠 〜矢口真里の調査ファイル〜:2006/03/18(土)
22:57:14.30 0
「『正義』は石村か、死んじゃったけど…。 『吊られた男』は…今んとこいねーか。
『死神』は栄高の松田、『節制』は噴上、『悪魔』は…、ああ、これが大谷かもね…。
そして『塔』は山下、『星』は藤本にしとくか…、んで『月』は渡引だね。
『太陽』は初等部の萩原、『審判』は鈴木で、『愚者』は借金取りの伊達か」
それから彼女は『世界』の項で一瞬筆を迷わせた後、
「…まあ、後藤しかいねーだろうな」
と、後藤真希の名前を『世界』の項目に書き込み、
その後も知りうるスタンド使いの名前を全て分類していった。
しかし『隠者』の項目だけが空白のままになっている。
「で、ここがオイラ…っと」
空白の欄に彼女は『矢口真里』と、自分の名前を書き足した。
317 :銀色の永遠 〜矢口真里の調査ファイル〜:2006/03/18(土)
22:57:34.08 0
プルルルルルルルルルルルル…
携帯電話のベルが鳴る。
「ほいほーい、矢口です。 …あ、先生か」
電話に出た矢口に、相手は短く用件を伝える。
「…え、調査って、あの子をですかァ? 去年調べたじゃないスかー」
「…あぁ、まあそりゃあはっきりとはわかってませんけどォ、
あんま役に立ちそうにもないし万が一敵になっても怖くなさそうだし…
ほっといてもいいんじゃないッスかねー」
「…へいへい、わかりましたよ。 そこまで気になるんだったら調べますよっと」
と、面倒くさそうに言いながら彼女は電話を切った。
「ったく、寺田先生も人使いあらいよなぁ。 給料欲しいくらいだよ」
ぶつぶつと文句を言って携帯をパタンと閉じ、
彼女は腰に2つの『鉄球』が入った黒いウエストポーチを掛け、部屋を出た。
318 :銀色の永遠 〜矢口真里の調査ファイル〜:2006/03/18(土)
22:57:49.80 0
-------------------------------------------------------------------------
「それじゃあまた明日ね、千聖ちゃん!」
「うん、バイバイ!」
自分に手を振り自宅に入っていく萩原舞に手を振り返すと
岡井千聖は向き直り、今来た道を戻り始めた。
千聖の家は舞の家よりも学校に近いが、
彼女は必ず舞を家に送り届けてから自分の家に戻るようにしている。
登校時も同じくわざわざ舞を迎えに行ってから学校へ向かうようにしている。
それは舞を守るためであった。
昔から人を信じやすい舞は、以前知らない男に誘拐されそうになったことがある。
その時はたまたま近くに居た千聖がそれを見つけて大声を出したので助かったが
今後そういうことがないようにと自主的にボディガードをしているのだった。
クラスの男子からはそういった行動をからかわれて、
「お前なんでいつも萩原の後ばっか着いて回ってんだよ」とか
「もしかして萩原のこと好きなんじゃねー? そういうのレズっていうんだぜえ」とか
くだらないことを言われるが、千聖はまったく相手にしなかった。
実際千聖は舞のことが大好きであるが、恋愛感情とかそういったものではなく、
守ることで充実感を得られていたし、これからも舞の『騎士』として
舞を守っていくことが自分の役割なのだと言い聞かせていた。
(舞ちゃんは私が守るんだッ!!)
319 :銀色の永遠 〜矢口真里の調査ファイル〜:2006/03/18(土)
22:58:17.61 0
…ただ、最近は高等部のフジモトとかいう女がよく舞に会いに来るので
自分の仕事を奪われるのではないかとひやひやすることがある。
それに舞も舞でそのフジモトに懐いており、多少疎外感を感じることもあった。
舞はその事について『お姉ちゃんと舞は似てるところがあるんだ』という風なことを言ったが
千聖には2人が似ているところなどおデコが広いところくらいしか思いつかなかった。
「はぁ、なんで舞ちゃんあのフジモトってやつと仲良くなってるんだろ…」
千聖は呟きながらとぼとぼと帰り道を歩いた。
ふと、道端に落ちている小石を見つけ、足でコツンと蹴っ飛ばした。
小石はころころとまっすぐに転がり、止まる。
止まった小石までたどり着くと、また蹴って転がした。
舞と一緒にいるときは感じないイライラが、別れた途端にあふれ出し
かと言って誰かに当たるわけにもいかないので小石を蹴る行為でなんとか発散しているのである。
千聖の蹴った石はいつもまっすぐに転がった。
これは千聖のスタンド『モンキー・マジック』の能力である。
精密動作を得意とするこの能力のおかげで、蹴った石は思った通りの方向に転がる。
だんだんと石蹴りが楽しくなってきた千聖は、電柱に石をぶつけてみたり
道端に散らかっているゴミとゴミの間をくぐらせたりして遊んだ。
(ようし、今度はあの空き缶に当てよう)
10mほど先にあるコーラの空き缶を見つけると、狙いを定めて軽く小石を蹴った。
小石は正確に空き缶に向かってまっすぐに転がり始めた。
そして後数センチで空き缶にぶつかるというところで
千聖はガッツポーズをして、「よっしゃ!」と声に出した。
320 :銀色の永遠 〜矢口真里の調査ファイル〜:2006/03/18(土)
22:58:36.10 0
そこで異変が起きた。
コーラの空き缶に当たる寸前で、小石はほぼ直角に右にそれて
ブロック塀にぶつかって動きを止めた。
そして何故か、石が当たっていないはずの空き缶もカランッと倒れてしまった。
「あれ?」
千聖は自分の能力の正確性には自信があった。
遠くのものなら狙いを定めるのに何度か試し打ちして距離を測ることはあっても
たった10mほど先の空き缶の狙いをはずすことなどないと思っていた。
しかし現に目の前で、千聖が蹴った小石は横にそれてしまったのである。
それもかなり不自然なそれ方であった。
そして更に異変は続いた。
グラッ
「お、おお?」
急に足元がぐらぐらと揺れて、千聖はバランスを崩してすっ転んでしまった。
「痛った…」
立ち上がりながら周りを見渡すと、さきほど倒れた空き缶がカタカタと揺れている。
いや、揺れているのは空き缶だけではなかった。
321 :銀色の永遠 〜矢口真里の調査ファイル〜:2006/03/18(土)
22:58:51.72 0
ガタガタガタガタガタガタガタガタ…!!
自分が蹴った小石やその周りにある散らかったゴミ、
そしてアスファルトの地面自体が揺れ始めたのである。
「ちょ…これってもしかして、地震ッッ!?」
地面に片手をついてバランスを取りながら、千聖は周りを見渡す。
学校では地震があったときは机の下に隠れろなどと教わったが
こんな道のど真ん中で地震に遭遇した場合にどう対処すればいいのか千聖にはわからなかった。
揺れはずっと続いている。
しかし、奇妙に感じることがあった。
こんなにも長く揺れているのに何故か周りの家は驚くほど静かなままだった。
少しくらい騒がしくなってもいいはずなのに、
のん気にテレビのバラエティ番組の声が聞こえてくるほど、近辺の家は穏やかなのである。
「おかしい! 何かヘンだ! これは…これって…」
さきほどの空き缶が転がり始めた。
地面に揺られて時々跳ねながら、空き缶は道の中央辺りまで転がった。
そこで一旦空き缶の動きが止まったところで、嫌な音が鳴り響いた。
322 :銀色の永遠 〜矢口真里の調査ファイル〜:2006/03/18(土)
22:59:09.65 0
ガギィッ! ガゴオオオォォォォォン!!
いきなり道路の真ん中がばっくりとひび割れ、小さな地割れが出来たのである。
空き缶はその地割れの中に吸い込まれるように落ちていった。
「なにこれえええ!!! なんなんだよおおおおおッッ!!」
417 :銀色の永遠 〜矢口真里の調査ファイル〜:2006/03/20(月)
04:05:23.08 0
地割れは次第に、千聖に向かって広がっていく。
「うわああああああッッ!!」
さすがにこんな大音がしたせいか周辺の民家が少しざわつきだした。
何故こうなるまで住民は気づかなかったのか。
とても奇妙ではあったが、千聖は自分の周りを見てなんとなく納得していた。
地震が起こり、地面が崩壊しているのは自分の周りだけだったのだ。
ちょうど直径5mくらいの範囲内だろうか、そこだけがぐらぐらと揺れており
地割れが起こっているのだった。
こんな『超局地的な地震』なんてあるはずが無い。
地下の空洞のせいで小学校のグラウンドが急に陥没した、なんて話をニュースで見たことがあったが
もしこれがそういったもので無かったとしたら、これは…
(スタンド攻撃…これって、そうなんじゃあないのかーッ!?)
千聖は考えた。
これがスタンドによる攻撃だとして、何故自分が攻撃されているのか。
そしてこの危機をどう切り抜ければ良いのか。
(スタンドを使っている人間が近くにいるはず!
舞美ちゃんが言ってた! スタンドってのにはいろいろ種類があって
近い距離にいてものすごいパワーを持つ奴だとか
遠くから特殊な攻撃をしてくる奴だとか
自分の意思とは無関係に自動で動くやつだとか!!)
この『地震』を引き起こしているのは、少なくとも自動で発生しているようではないようだった。
おそらく本体はこの近辺にいるのは間違いないだろうと踏んだ。
418 :銀色の永遠 〜矢口真里の調査ファイル〜:2006/03/20(月)
04:05:38.89 0
「モンキー・マジック!!」
千聖の傍に、彼女と同じくらいの体格の、猿のような格好をしたヴィジョンが現れた。
腕や足にブレスレットのような装飾をつけている。
『ウギイィィィィィ…』
そう呻いて背中を向けた自身のスタンドに、千聖はおんぶするようにしてしがみついた。
「モンキー! あの木まで飛んで!!」
『キィッ!』
千聖をおぶったモンキー・マジックは、彼女が指差した太い木の枝に向かって跳躍する。
枝へ降り立った千聖は足でその枝の強度を確かめると、辺りを見渡した。
怪しい人影は見えない。
物音で騒ぎ出した住民はいるが、どれも見たことのある顔ばかりだ。
しかしここはブロック塀に囲まれた一軒家が多い地域で、隠れる場所はたくさんある。
千聖は友人の矢島舞美達から話を聞いていた。
この杜王町にはスタンド使いがたくさんいること。
そして今は、栄米大付属高校の連中に、ぶどうヶ丘のスタンド使いが狙われていること。
千聖や舞も演劇部に多少なりとも関わっているのだから気をつけたほうがいいと言われていた。
419 :銀色の永遠 〜矢口真里の調査ファイル〜:2006/03/20(月)
04:06:05.81 0
「一体どこに…、ん?」
下ばかり見ていた千聖は、頭上に何か気配を感じて空を見上げた。
日が傾きかけた空、うす雲が空に広がっている。
その雲の中のひとつが、少し歪んでいるように見える。
チカッ チカッ
歪んだ雲がある部分。
そこが日の光を受けて小さくキラキラと光ったのだ。
何も無いはずの空間が、何故か日の光を反射している。
「なんだろう、あれは…」
その時、千聖は太陽の眩しさを感じた。
今までうす雲に隠れていた太陽が、切れ間から顔を出したのだ。
そしてその瞬間、光を反射していた空間に何かが現れた。
楕円形をしていて、なにやら機械のようにも見える。
それを千聖はテレビや雑誌で見たことがあった。
「ゆ…UFO?」
549 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/22(水)
04:25:34.68 0
-------------------------------------------------------------------------
「うえええぇぇぇぇぇぇ…! 見つかっちゃったよおい」
岡井が地震に襲われている場所から50mほど離れた路地裏で
矢口真里は『衛星』から送られてきた映像を見て驚愕していた。
「ほんの一瞬だよ一瞬。 チラッと見えちゃっただけなのにさァ〜。
なんて動体視力してんだ、あの子は…」
矢口のスタンドであるこの『衛星』は、スタンド能力者からでさえも見えないように
光学迷彩を使って身を隠しながら移動することができるのだが
光の加減によっては一瞬だけ姿を現してしまうことがある。
そういう場合は自動的に周りの景色にすぐ溶け込んでしまうが
岡井はその一瞬の隙に気づき、『衛星』を捉えてしまったのだった。
「想定外ってヤツだなぁ〜。 岡井の動体視力は二重マル、っと」
ウエストポーチから取り出した手帳に矢口は◎印を書きこみ、
それから手の甲を顎にやって「むう」と考えこんだ。
550 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/22(水)
04:25:58.03 0
(何日もあの子を張ってりゃ、いつかスタンドを使う機会があるだろうとは思ってたけど
まさかこんな展開になるとは思っても見なかったなぁ。
あの地震の能力…ありゃあ確か、『奥本健』のスタンドか。
なんでアイツが岡井なんかを襲ってるんだろ?
つうか、よりによってあんなヤツに出会っちまうとはねェ…。
あの子もツイてないや。 あの子の貧相な能力じゃあ、勝てそうにも無いな…)
フゥ、とため息をついてから、傍らにもう一機『衛星』を出現させる。
(ま、岡井が勝とうが負けようがオイラには関係ない。
言われたとおりにあの子がどこまでやれるか見極めればいいだけだ。
それに、奥本が手を出して来た理由を調べるほうが収穫かもしんないし…)
矢口は、現れた衛星を岡井の元へ向かって飛ばせた。
「行って来な、『ブン・ブン・サテライツ』」
551 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/22(水)
04:26:23.88 0
-------------------------------------------------------------------------
「消えた…」
突如として現れたUFO…矢口の衛星は、千聖の目の前で一瞬にして消えてしまった。
これは衛星が自動的に身を隠したからであるが、もちろん岡井はそんな仕掛けだとは気づかない。
「すっげェー! あたしUFO見ちゃったよ〜〜!!」
千聖は驚きのあまり自分が攻撃されていることを一時忘れそうになったが
すぐに我に返り、再び辺りを見回した。
「それにしても何なんだろう、この攻撃は…?
なんであたしが狙われなくちゃあいけないんだ?」
千聖は首をひねる。
舞美たちから気をつけるように言われてはいたものの
やはり自分が狙われることに千聖は納得がいっていなかった。
演劇部に関わりがあると言っても、舞美たちと幼馴染というだけだし
藤本美貴たちにしても、関わりを持ってきたのは向こうからである。
千聖は進学しても演劇部に入るつもりなど無かったし
それに狙ってくる敵とやらの恨みを買うようなことは覚えもない。
千聖にとってはまったく迷惑な話であった。
「あたし達まで巻き込まれても困るんだけど…」
そう千聖が呟いたその時である。
552 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/22(水)
04:26:41.59 0
ドオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォンッッ!!!!!
「うわあッ!!」
千聖が登っていた木が轟音とともに大きく揺れた。
「な、なんだァ!?」
驚いて見下ろすと、さきほどの地震でひび割れた地面が
まるで山のように隆起しており、そこから『岩の腕』のようなものが伸びて
千聖が登っている木の幹に『張り手』をしているのだ。
ドオオォォンッ!! ドドオォォンッ!!
息つく暇も無く、その『岩の腕』は幹に向かって張り手を繰り返している。
その度に木が大きく揺さぶられて千聖は何度も滑り落ちそうになった。
「モンキー! 向かいの塀に飛んで!」
『ウギッ!』
千聖の指示を聞いたモンキー・マジックは、揺さぶられる木の枝を蹴り
素早く向かい側の道路のブロック塀に飛び移った。
553 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/22(水)
04:27:11.24 0
「なんだアイツ…あれがスタンドってやつかあ?」
向かい側に渡った千聖は、その隆起した岩山の全体像を見て顔をしかめる。
その後姿は、まるでゲームに出てくる『ゴーレム』のような
ゴツゴツした岩が固まった人型をしたヴィジョンだった。
グゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…
そのゴーレムのような姿の怪物がゆっくりを千聖のほうに振り返る。
人型のそれの顔の部分には、目や鼻のような岩の突起があったが
その無表情な顔つきからは強力な圧迫感が感じられた。
554 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/22(水)
04:27:26.82 0
「すばしっこい奴だなぁ、オメーは」
人型の岩から声がする。 若い男の声だ。
「なんだよお前! 誰なんだッ!?」
千聖が叫ぶと同時に、目の前の人型の岩が突然ガラガラと崩れて地面に散った。
土埃の向こうに人の影が見える。
「まあ名乗るほどのもんじゃねーけどよ、ケンっつーんだ。 よろしくなァ」
土埃がおさまった後に現れたのは、スカジャンにジーパン姿で
顎にヒゲを生やしたヤンキーのような風貌の男だった。
581 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/23(木)
02:50:14.45 0
「名前はどうでもいいよ! あたしが聞きたいのは何者なのかってことだ!」
塀の上で、自分のスタンドに半ば隠れるようにして千聖が問う。
ケンと名乗る男は少し不満そうな顔をして千聖を見据えた。
「どうでもいいってこたァ無いだろうがよお…。 名前は大事だぜ?
親からもらった名前なんだよ。 奥本健っつう大事な名前…。
オメーもあんだろうがよ、ボーズ。 岡井千聖っつう可愛らしい名前が」
「…ッ!?」
何故この奥本という男は自分の名前を知っているのか!?
そんなことは千聖にはどうでもよかった。
「ボ、ボーズだとォーッ!! あたしはオンナだァーーーッッ!!!」
『ギギィッ!!』
モンキー・マジックは付近の木の枝を一本へし折ると
奥本に向かって投げつけた。
582 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/23(木)
02:50:40.05 0
バシィッ!
飛んできた木の枝を、いつのまにか再び現れていたあのゴーレムのような岩男の腕が弾いた。
そしてまたさきほどのようにガラガラと崩れて辺りに散ってしまった。
「短気な奴だねェ…。 サルカニ合戦ごっこでもするつもりか?
まぁ間違った俺が悪かったんだけどよ、名前と顔しか知らされてなかったもんでな。
よーく見りゃあ女の子っぽいところもあるわなァ。
だからっていきなり攻撃してくるこたぁ無いだろうが」
「いきなり攻撃してきたのはお前のほうだろ!! 目的はなんなんだよ!!」
千聖に言われて、「やれやれ」というような顔をしてから、奥本は話し始めた。
「俺もよォ、シャチョーに言われて仕方なくやってんだから悪く思うなよな…。
お前らの先輩がやってる演劇部ってのがあるだろう。 そいつらが邪魔なんだってよ。
だからまぁ、『ぶどうヶ丘のスタンド使いは全員潰せ』って事になってなァ。
事情はよく知らねーが、上から言われたんじゃあ逆らえねーからな」
千聖は状況がよく飲み込めないでいた。
演劇部を狙っているのは栄高ではなかったのか?
何故こんな男が自分を襲ってきたのか?
ぶどうヶ丘に通っているという理由だけで!?
「…ああ、もうッ!! やっぱり迷惑だ!!」
千聖は塀から飛び、地震でデコボコになった道路の上に降り立った。
583 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/23(木)
02:51:01.43 0
「なんであたしがそんなことに巻き込まれなきゃいけないんだ!
それにアンタ、さっき『全員』って言ったよね!!
それって、舞ちゃんも含まれてるってことだよねえ!!」
奥本は一瞬首を傾げる。
それから思い出したように「あっ」と声に出した。
「あー、はいはい。 舞ちゃんって萩原舞って子か、オメーの友達の」
「やっぱりそうなんだなッ! それならもう容赦はしないから!!」
「どう容赦しねーっつんだァ? ボーズ」
「ボーズじゃないって言ってんだろおおーーーー!!」
千聖はモンキー・マジック地面に転がった拳ほどの岩を拾わせると
思いっきりそれを奥本に向かって投げつけた。
バシィッ!!
しかしさきほどのように岩男が現れて、千聖が投げた岩は弾かれてしまった。
ただし、今度は岩男がどうやって出てきたのかがよく見えた。
地震によって道路がデコボコになり、辺りに岩などが散らばっていたので気づかなかったが
岩男はその岩やアスファルト片の中に埋もれて隠れていたのだった。
「おいおい…こんなんで俺を攻撃するつもりなのか?」
この岩男がおそらく奥本のスタンドなのだろう。
そのスタンドの背後から奥本が顔を出した。
584 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/23(木)
02:51:17.45 0
「あんたが地面をボコボコにしてくれたおかげで投げるものはたくさんある。
これをくらえーーーーーッッ!!」
いつのまにかモンキー・マジックは腕いっぱいに小岩を抱えている。
それを一つずつ、物凄いスピードで奥本に向かって投げつけ始めた。
ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ!
しかしそれは奥本のスタンドによってことごとく弾かれてしまう。
「…確かによォ、地面をボコボコにしちまったのは俺だ。
それでお前が投げやすいような小さな岩がたくさん出来ちまってるわけだがよ。
この俺のスタンド『ロック・ダ・ハウス』の姿を見て考えないのかねェ。
小さい岩を大きな岩に投げてダメージがあるとでも思ってんのか?」
「うるさいッ!! くらえくらえくらえ!!」
今度は小岩を両手を使って投げまくった。
しかしやはり、奥本の『ロック・ダ・ハウス』によって弾かれてしまう。
それでも千聖は投げることをやめない。
「さっきからほとんど当たってねェぜ、おい。
俺のスタンドはオメーのスタンドと相性が良いんだ。
いや、そっちからすりゃ悪いんだが…」
ロック・ダ・ハウスは飛んでくる小岩を簡単に腕で払っている。
確かに奥本の言うとおり、モンキー・マジックが投げる小岩は
急所をほとんど外すような攻撃ばかりだった。
中にはかすりもせずに後方に飛んでいくものもある。
585 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/23(木)
02:51:33.39 0
「オメーのスタンドは精密な動作が出来るって聞いてたがよォ…
勝ち目が無さ過ぎて冷静さを失っちまったか?」
当の千聖は至って冷静な表情をしていた。
もちろん内心は、舞も狙われていると知ったせいで怒りで煮えたぎっているが
決してロック・ダ・ハウスを見て焦っているわけでは無かった。
「よく知ってるじゃん、あたしのスタンドのこと…
だったら周りにもっと気をつけたほうがいいよッ!」
「なんだと? …ウグッ!!!」
突然、奥本が呻いて肩を抑えた。
その肩の後ろから小岩がゴロッと落ちる。
「オメー、何を…!? ガッ、ウグァッ!!」
586 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/23(木)
02:51:54.79 0
続けて背中や脚に小岩が当たり、奥本は膝をついた。
それはモンキー・マジックが投げた岩が後ろの塀で跳ね返ったものだった。
「むずかしー事はよくわかんないけど、こういうの『跳弾』っていうんだよね?」
千聖は小岩を投げながら、奥本と、その後ろにある塀の距離を目測していた。
そしてわざと狙いをはずしている振りをして後ろの塀を狙っていたのだった。
「跳弾だと…テメー、小賢しいマネをッッ!!」
よろけて立ち上がった奥本が右手を振り上げる。
それと同時にロック・ダ・ハウスも右腕を振り上げた。
「オメーは小学生だから、ちょっと怪我させるくらいにしてやろうと思ってたのによォ…
そんな卑怯なことしてくる奴にはお仕置きが必要だなァーーー!!!」
686 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/25(土)
17:13:55.08 0
ロック・ダ・ハウスは右腕を振り下ろし、千聖に向けた。
千聖は咄嗟に身構える。
「ロックバスター!」
ドシュウッ!!
岩で出来た右腕がまるでロケットパンチのように放たれた。
千聖は打ち出される瞬間にモンキー・マジックに乗って飛びのく。
ドゴォッ!!
岩塊は千聖のいた場所の地面をえぐるように破壊した。
そして千聖が飛びのいた先を目掛けて2発目が放たれる。
「逃がさねェぜ!」
ドシュッ!!
「うあッ!!」
千聖の目の前に『岩の左腕』が迫る。
千聖はモンキー・マジックに地面を思い切り蹴らせて上空へ飛んだ。
「これで、なんとか…」
空へ飛び上がった千聖が奥本を見下ろすと
奥本は不適な笑みを浮かべていた。
687 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/25(土)
17:14:24.36 0
「『なんとか切り抜けた』…とでも思ったのか? ボーズ…
腕は2本しかねーから2発で打ち止めだと、そう考えたんだろう…?」
「え…」
ガギイイイィィィンッッ!!
千聖は青ざめた。
奥本のスタンド、岩の塊のロック・ダ・ハウスが
轟音とともにいくつもの岩に分裂したのだ!!
「上に逃げたなァ、その時点でお前は終わりだ。
そこからはもう逃げる場所はねーからよ…
ボーズ、お前を『ロック』したぜェ…!!」
モンキー・マジックの跳躍は既に最頂点を超え、次第に降下を始めている。
奥本はそれを狙っていた。
「すり潰してやるぜ!!」
ドシュッ! ドシュッ! ドシュッ!
十数個ほどに分裂したロック・ダ・ハウスの体が次々と千聖に向かって飛んできた。
(避けられないッ!!)
688 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/25(土)
17:14:40.70 0
確かに奥本の言う通り、逃げ場などなかった。
足場さえあればモンキー・マジックを跳躍させることができるが、それも無い。
もともと近距離タイプのスタンドではあるが、
この岩の塊を防ぐにはモンキー・マジックはあまりにも非力であった。
今の自分は重力に引っ張られているだけで、どうしようも出来ない状態なのだ。
「うわああああああああああッッッ!!!」
千聖は自分に一番近い岩に向かって、突進した。
というよりも、モンキー・マジックに『自分の体を投げさせた』のだ。
バギィッ!!
「ギャッ!!」
千聖は勢いよく飛んでくる岩に弾き飛ばされ、そして地面に叩きつけられた。
「おいボーズ、血迷ったか? 自分から岩に飛び込んでくるとはよォ〜」
血迷ったわけではなかった。
あのまま何もしないでいれば、奥本の言う通り岩にすり潰されると思った千聖は
体を一番近い岩にぶつけることによって自分を弾き飛ばし
後から襲ってくる岩の攻撃を避けたのだった。
それでも、幼い千聖の体にはかなりのダメージだった。
「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」
689 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/25(土)
17:15:07.31 0
地に伏し、荒い息を吐きながら、千聖はなんとかここから逃げる方法を考えていた。
やはり自分の未熟な力では到底太刀打ちできないのだと思い知らされたからだ。
最初は、この力があればなんとかなるだろうと甘く考えていた。
しかし藤本美貴や友人である矢島舞美が関わっている世界には
この力はまだまだ追いつけるレベルではないと痛感したのだ。
(体が…動かない)
腕一本でも動かそうとすると激痛が襲う。
もう逃げられないのか、と諦めかけた千聖の頭の中に、ある人物のヴィジョンが浮かんできた。
それは子供の頃大好きだった絵本『西遊記』の主人公、孫悟空であった。
猿の王様だった暴れ者の孫悟空は、お釈迦様に世界を我が物に出来るという賭けを持ちかけられ
世界の果ての柱までたどり着いたが、その柱は実はお釈迦様の指で
結局賭けに負けた孫悟空は五行山の岩に閉じ込められてしまうというプロローグから始まるお話。
モンキー・マジックというスタンド名も、それからつけた名前だった。
孫悟空のヴィジョンを見てそれを思い出した千聖は
自分の甘い考えはまるで慢心した孫悟空ではないかと、自嘲した。
「さてボーズ、今度こそトドメだ…」
十数個の岩に分裂したスタンドを浮遊させた奥本は
倒れたまま動かない千聖を見て勝利を笑みを浮かべた。
690 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/25(土)
17:16:16.25 0
(岩に潰されるなんて、あたし、ほんとに孫悟空みたいだなぁ…)
「潰れろよ!! ボーズッ!!!」
奥本が腕を振り下ろすと、岩が一斉に千聖目掛けて降り注いだ。
ドグシャアアッッ…!!
いくつもの岩塊が、千聖の倒れていた場所に積み重なった。
奥本はそれを見てパンッパンッと手の埃を払うと、後ろを向いて歩き出した。
「ここまでやるつもりは無かったがよォ…おめーが粋がるからだぜ、ボーズ。
…あーあ、背中がいてーなァ、くそッ。
さて、次はえーと、萩原舞って奴だっけか…」
52 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/27(月)
01:55:44.33 0
奥本は萩原舞の家に向かって歩きながらスタンドを解除した。
積み重なっていた岩塊は再びあのゴーレムのような姿に戻り
それから更に地面に沈むように消えていった。
その後には、倒れた千聖だけが残されていた。
「楽っちゃあ楽な仕事だなァ、こりゃ…」
歩きながら奥本は、後方に倒れているであろう千聖に向かって呟いた。
もちろん聞こえているわけはないのであるが…。
「俺のスタンドをの姿を見て、そのちっこい体で立ち向かってきたことについては
たいした根性だ、と…褒めてやんなきゃいけねェな。
だが、勇気と無謀は違うぜェ、ボーズ。
友達のマイチャンも、オメーみたいに無謀なことしなけりゃあいいけどなァ…」
53 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/27(月)
01:56:00.06 0
ピクッ
「………」
奥本は背後に気配を感じた。
何かが、動いた感覚。
バッ!!
奥本は振り向いてみたが、やはりそこには倒れている千聖がいるだけである。
あの攻撃はこんな子供には耐えられるはずは無い。
死んではいないだろうが、まず意識を保てるはずがない。
…奥本はそう思っていた。
「んにゃわきゃあ、ねェよな…」
奥本は再び向き直り、歩きだす。
54 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/27(月)
01:56:23.43 0
ズッ…
(……!)
今度は確かに、しっかりとした気配を感じた。
確実に自分の後ろに誰かがいる。
しかし、それが岡井千聖のはずが無い…そう思いきかせる奥本であったが
何故かその額からは、一筋の汗が流れた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…
「そ、そんなはずは…ッ!!」
もう一度振り向いた奥本の目の前に立っていたのは
紛れも無く、さきほどまで倒れていたはずの岡井千聖であった。
体の至るところから血が流れており、その腕はだらんと垂れている。
半分虚ろな瞳は地面を見つめていた。
「何故立てる!! オメーごときが耐えられる攻撃じゃあねーはずだッ!!」
「……だ」
ぼそぼそと千聖は口を動かしたが、奥本にはよく聞き取れなかった。
55 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/27(月)
01:56:41.54 0
「あァ!?」
「…『モンキー』が…守ってくれたんだ…あたしにこんな力があるなんて…
やっぱり…これは役割なんだ…護らなきゃいけない…使命なんだ…」
千聖はゆっくりと面を上げ、奥本の目をまっすぐに見据える。
虚ろに見えたその瞳には、しっかりと闘志の炎が刻まれていた。
「…お前を行かせるワケにはいかない…」
(こ、このボーズッ! これが小学生のガキの目かッ!?)
「…舞ちゃんのもとには、行かせないッ!」
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!!!!!!
56 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/27(月)
01:56:57.69 0
奥本は明らかに恐怖の表情を見せていた。
この小さな体にこんな執念が眠っていたのか、と。
「…俺は今、ほんのちょっとだけだが、寒気を感じたぜ、ボーズ…。
『ゾッとする』と『ゾッとしない』って言葉があるがよォ、
反対の意味のように見えて、どちらも背筋に寒気を感じるって意味なんだよなァ。
しかし…『ゾッとしない』には『感心しない』って意味があるんだってよ…
どちらかと言えば今のお前に対しては、『ゾッとしねえ』なァ…」
奥本はその言葉で暗に、千聖に対して退くように促しているのだが
千聖はじっと奥本を見たままで退く様子は少しもない。
それどころか千聖は自分のスタンドを出現させて見せた。
『ウギギィィ…』
それは、闘う意志を示していた。
「…テメェーに何が出来るってんだァァーーーーーー!!!!」
再びロック・ダ・ハウスを地面から出現させた奥本は
千聖に向かって突進した。
ビュイイイイイイイィィィィィィィィィィィィッッッ!!
同時に、モンキー・マジックの腕や足首が眩い光を放ち始めた。
57 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/27(月)
01:57:15.53 0
(くっ…なんだありゃあ…両腕に両足…そして額…
何が光ってやがるんだ!? 『輪』か…? 『輪っか』のように見えるぞッ!!)
「くそっ、目くらましでもしようってのかァァ!!」
モンキー・マジックの腕や脚、そして額についたブレスレットのような5つの装飾は
光を放ちながら次第に輪の面積を広げていき、ついにフラフープほどの大きさにまでなった。
「…お前を、絶対、行かせないッ!!」
バシュッ! バシュゥッ!!
突然その『5つの輪』が消えた。
(消えた…? どういうことだッ!?)
奥本がそう考えながら辺りを見回していたその時、
『輪』はいつのまにか、目の前に現れていた。
「な…」
正確には、奥本が見ているのは『輪』の縁の部分であり
奥本はその5つの輪の『中』にいたのだった。
「こりゃあ、一体…」
58 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/27(月)
01:57:31.38 0
ガシィィィンッ!!
5つの輪がそのまま急激に縮まる。
そして奥本の両足、太腿、両腕と腰、両肩、頭を一気に締め付けた。
「うぎゃあああああああああああーーーー!!!!」
ギリ…ギリギリ…
輪の締め付けはだんだんときつくなっていく。
奥本の手足や額は次第にうっ血し、紫色に染まっていった。
「うが、あ、ああッ!! やめろおおォォォーー!!」
苦しむ奥本の表情を千聖は怒りの眼差しで見つめたままである。
「やめる…? やめるわけないよ。 やめたらお前は舞ちゃんのところへ行くんだよね?
だったらあたしは行かせない。 絶対に、行かせない…」
「ボォォォーーーーーズッッ!! てめェーーーーーーッッ!!!!!」
124 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/28(火)
01:52:34.03 0
ギギギ…ギリギリギリ…
奥本の叫び空しく、容赦なく輪が締め付ける。
皮膚の薄いところは既に血が滲み出ている部分もあった。
「こいつを外せコラァッ!!」
「外す…もんか…」
千聖はまっすぐに奥本を見つめたままである。
しかしその表情には疲れが見え始めていた。
ギギ…
(ん…?)
輪が縮まるのが少しだけ弱まったように、奥本は感じた。
これが輪が縮まる限界なのだろうかとも思ったが
千聖の姿を見て、奥本は理解した。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
気丈に振舞っているように見えた千聖は
冷静に見てみれば荒い息を吐き、肩を揺らしていた。
125 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/28(火)
01:52:53.73 0
(『リミット』だ…。
復活したわけじゃあねェ…気力だけで立ってやがったようだが、
ここまでが、このボーズの『リミット』だッ!
オメーはこれ以上、闘う力は残ってねーなッ!!)
「くくくくくく…ボーズ、よく頑張ったぜェ…」
そして千聖自身も、自分の限界を感じていた。
「ハァ…ハァ…お前を…行かせ」
ドサァッ!
千聖が顔面から地面に倒れ伏した。
同時にスタンドのモンキー・マジックも、奥本を締め付けていた輪も消えてしまった。
「あ…ぁ…」
今度こそ、完全に千聖は意識を失ってしまったのだった。
「ボーズ…いや、敬意を表して名前で呼んでやろう、岡井…」
126 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/28(火)
01:53:09.64 0
緊縛から逃れた奥本は倒れている千聖に向かって歩き出した。
額や腕に滲む血を吹きながら、ゆっくりと近づく。
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
「完全にナメてたぜ、岡井よォ。
いくらなんでも殺すのは可哀そうだと思ってたが…」
奥本は立ち止まり、意識の無い千聖を見下ろした。
「…オメーは『危険』だッ!
徹底的にッ、息の根をッ、止めてやるッ!!」
ロック・ダ・ハウスが奥本の隣に姿を表した。
そのボディは既に、さきほど千聖を攻撃した時のように分離して宙に浮いていた。
「このロック・ダ・ハウスのボディ、ひとつひとつをよォ…
オメーの上に乗せていって、体が潰れていくのを見届けてやる。
完全に息絶えたのを確認してやるよ…」
奥本が右腕を振り上げると、浮いていた岩塊がひとつ動き出した。
「まずはひとつ目だッ!!」
127 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/28(火)
01:53:27.00 0
シイィィィィィィィーーーン…
…何も起こらなかった。
ロック・ダ・ハウスの岩塊も落ちてこなければ、
振り上げた奥本の腕もそのままである。
「な、なんだ…? どうして俺の腕が…動かねえんだッ!!!」
シルシルシルシルシル…
「なにィ…?」
奥本の右腕の肘の辺り、スカジャンの袖を巻き込むように
黒い『鉄球』がくっついて回転していた。
128 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/28(火)
01:53:48.40 0
(なんだこの球は!? いつのまにッ!!
このせいで俺の腕が動かないってのか!?)
ガサッ
奥本の背後で木の枝が揺れる音がした。
「よいしょっ…と」
振り向くと、小柄で茶髪の女がブロック塀によじ登っている。
木の枝の揺れる音は、その女の体が枝に当たって起きたものだった。
「誰だ、テメーは! 演劇部の奴かッ!?」
動揺する奥本を尻目に、その女…矢口真里は、
ブロック塀に腰を下ろし、フゥとため息をついた。
「『回転』を、筋肉に悟られちゃあいけないんだ…
筋肉に悟られずに皮膚を動かす、これが秘訣なんだな」
129 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/28(火)
01:54:56.16 0
「誰だと聞いてるんだぜッ、このクソチビ!!」
矢口は答えない。
あきらかに焦っている奥本を見据え、自分の両手の指を折りながら数を数え始めた。
「9…8…7…」
「無視してんじゃねェぞ!!」
「…んー、5秒後、お前は『回転』によって、自らを殴る」
「あァッ!?」
矢口が全ての指を折り、両手ともグーの状態になった瞬間!
シルシルシル…ギャルルッ
ボグォォッ!!
「うごああッッ!!!」
なんと奥本の振り上げたままだった右腕が勝手に動き
自らの顔面を勢い良く殴りつけたのだった。
奥本は自分の腕によるパンチによって後方に吹っ飛んだ。
「かなり回転がついてたからさー、痛いと思うよー?」
34 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/29(水)
18:57:37.84 0
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矢口真里の仕事は『調査』である。
小室学園との抗争以降、矢口はぶどうヶ丘高校を辞めてフリーターとして暮らしていた。
しかし、そのスタンド能力と矢口自身の技術を買われ
寺田から個人的に『調査』の仕事を請け負っている。
その仕事内容とは、杜王町周辺のスタンド使いとその候補者を調べ、寺田にリークすること。
矢口はこれ以上抗争に巻き込まれるのは御免だと考えていたため
最初は寺田の誘いを断っていた。
しかし孤児だった矢口を支援してぶどうヶ丘高校・中等部に入学させてくれた恩があったので
熱心な寺田の誘いを断りきれず、『絶対に演劇部員と接触しない』ことを条件に、
寺田の仕事を請け負うようになったのだった。
矢口のスタンド『ブン・ブン・サテライツ』は、2機の衛星の姿をしており
半径2kmほどの範囲なら自由に飛び回って、その映像を脳に直接送信することが出来る。
また「精神力」に反応し、スタンド使いであるかそうでないかや
『弓と矢』に適応できるものである者かどうかの判別をすることも可能である。
そのため、杜王町周辺のスタンド使いはほとんど把握していた。
矢口が石村や松浦、大谷などがスタンド使いであることを知っているのはそのためである。
探査・策敵能力のみに特化しているために攻撃能力はまったく無いが、
徳永千奈美のシークレットディーヴァのように距離が遠くなるほど反応が鈍ることは無い。
矢口は今回の岡井千聖の再調査を命じられた後
1機の衛星を千聖に張り付かせて観察していたのだった。
35 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/29(水)
18:57:58.09 0
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「が…は…」
鉄球の回転によってパワーが増加した自分のパンチを食らって
奥本は地面に転げてのたうちまわっていた。
パシィッ
奥本の腕から離れ、戻ってきた鉄球をキャッチすると
のたうちまわる奥本を横目に、矢口はブロック塀からとび降りて
倒れている千聖の元へ駆け寄った。
「おーお、こりゃ完全に気ぃ失ってるね〜」
そう言って矢口は千聖を仰向けにさせて抱き上げ、背中におぶった。
「しかしまぁ、たいした肝っ玉だよ、アンタは。
ヤツの言葉を借りるなら、『ゾッとした』ね、オイラは」
戦いの様子をずっと観察していた矢口は、千聖の根性に感心していた。
そして千聖をおぶったまま歩き出した。
「待てよ、テメー…」
口から血反吐をブッと吐き出しながら、奥本が立ち上がった。
36 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/29(水)
18:58:17.77 0
「誰だって訊いたんだぜェ…答えろよ」
その声に振り向いた矢口は、わざとらしくとぼけたような顔をした。
「おお、忘れるところだったよ、奥本健」
「…なんで俺の名前を知ってやがんだァ!?」
矢口は千聖を抱えたままニヤニヤと笑った。
「だってそれがオイラのスタンド能力だからさぁ」
「んだとォ? さっきの鉄の球がそのスタンドだってのか?!」
「違うね…オイラのはワザだ。 人間には未知の部分がある」
この鉄球の技術は、矢口が亡き父親から受け継いだものであった。
父親がどのようにしてこの技術を身に付けたのかまではわからないが
孤児になってからも鍛錬を続け、それを修得した。
「はァ…?」
「奥本…アンタが何故この子を襲ってたのか、最初は解からなかったけど
思い出したよ、確かアンタんとこの社長の『富樫明生』は、栄高の浜崎と繋がってたよね」
37 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/29(水)
18:58:36.50 0
「さぁね、浜崎がどうとか俺には関係ねェよ…。
ただシャチョーに言われたことを忠実に実行するだけだ」
「そうかい…。 でも、アンタら『MCATV』まで動き出すとなると厄介なんだよね〜。
先生にも迷惑かけることになるしさ」
「おいクソチビ、なんでオメーが俺らのこと知ってんのかわからねーし
先生ってのも誰なのか知らねーがよォ…
俺らの邪魔するんだったらオメーも容赦なく潰すぜ?」
口や鼻から血を流しながら、奥本は再びスタンドを出現させた。
「無理だね。 アンタじゃあオイラに勝てない」
「…俺は今、最高にイラついてんだぜェ!
そんなこと言うんなら、食らってみろよクソチビがあァァーーッッ!!!」
奥本は右腕を振り上げ、ロックバスターを放とうと構える。
「ほざいてろ」
ぼそっと呟くと、矢口は指をパチンと鳴らした。
ヒュッ
「あ?」
38 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/29(水)
18:59:05.00 0
ガコオオォォォォーーーーーーーーーーンッ!!
次の瞬間、奥本の脳天に真上から『鉄球』が落ちてきた。
「あ…お…」
「20メートル上空から鉄球が落ちてきたら、人間の頭蓋骨は耐えられるのかね〜。
まあアンタは見た目、石頭みたいだし、死にはしないと思うけどさ」
矢口はあらかじめ2つある鉄球のうちの1つを衛星の1機に持たせており
ずっと奥本の頭上20メートルの位置に待機させていたのだった。
ドシャアッ!!
奥本は頭から血を噴出しながら、地面に倒れ伏した。
白目をむき、完全に気絶している。
39 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/29(水)
18:59:24.61 0
「今の攻撃、この子なら気づいてただろうね。
もしこの子がもう少し成長していたなら、アンタは確実に負けてたよ」
それから矢口は向き直り、千聖をおぶって再び歩き出す。
「岡井千聖…思ってたより強いじゃん。 ここで潰されるのはもったいない」
「あんたは『星』だ…これからもお友達を護ってやんな」
40 :矢口真里の調査ファイル :2006/03/29(水)
18:59:49.19 0
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―寺田の私室―
「ほっほ〜、すごいやんか岡井は」
寺田は矢口から渡された資料を見ながら、電話で矢口と話していた。
『やー、オイラもまさかこの子がここまでやるとは思わなかったッス。
オイラのスタンドも、先生の眼には適わないスねー』
「ほんで、そのあと岡井は?」
『オイラが病院連れて行きましたよ。 もちろん偽名使いましたけどー』
「なるほどな、なるほどなるほどなるほどな!」
『なんスかそれ』
「ギャグや」
『そうスか…』
「…ま、それにしても富樫が動くとはなぁ。 ヤツんとこのスタンド使い、面倒やで」
『ですよねえ。 まあオイラは引き続き調査しときますよ』
「おお、頼むで」
―TO BE CONTINUED
岡井千聖 重傷
スタンド名:モンキー・マジック
奥本健 再起不能
スタンド名:ロック・ダ・ハウス
矢口真里 無傷
スタンド名:ブン・ブン・サテライツ