587 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/13(金) 05:31:56.31 0

久住小春の冒険  〜スタンド使いと少年〜


「得意なことよりも…好きなことが良い…その場の勝利よりも…
本当にすごくなろう…」

私の名前は久住小春。
ぶどうヶ丘中学の一年生だ。
今年の九月、杜王町に引っ越してきた私は、日夜『ミラクルな大スター』に
なるための努力に励んでいる。
今日は部活を欠席して、一度家に帰り、着替えてから駅前で練習がてら
ギターを奏でていた。
お姉ちゃんからもらったアコースティックギター、これで私は夢をつかんでみせる。

「それ、いい曲でしょう?小春ちゃんが入部するより前に、寺田先生が
演劇部のために作曲してくれたものなの」

先輩の道重さんが、ギターケースの上に広げた楽譜を指差して言った。
部活を休むといった私に付き合ってくれているのだ。
もちろん、彼女も私服である。

「さゆみはこの曲好きなの。メロディーが優しくて」

「そうですね。なんだか満たされるような歌詞とメロディーです。コード進行は
とてもハードですが」


588 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/13(金) 05:33:40.55 0

ちなみに、私の演奏はあくまで練習であって、ストリートライブではない。
駅の隅っこで胡坐をかいて、もくもくと弦を弾いているのだ。
人通りに立つのもいいが、それはこの曲が完成してからでもいいだろう。
中途半端な実力で人前にしゃしゃり出ることなど決してしない。
度が過ぎれば、それは成長の歯止めとなり、夢への妨げになる。
まぁ他人からすれば、私の練習なんてただの雑音にしか聞こえないかもしれないが。

「恋は時に苦しい…『愛する』って尊い…全てを重んじて…太陽を浴びよう…」
ポロロンポロロン…


パチパチパチパチ…


どこからともなく、ガッシリとした大きい拍手が聞こえてくる。
その主は、ダボダボの黒い大きなコートを着たおじいさんだった。
髪は長くボサボサで、髭もまた無造作に伸びっぱなし。
肌もガサガサで茶色い。
私はこの人を知っていた。
しかし、知り合いではない。
杜王駅の前でいつも座りこんでいる…そう浮浪者だ。
浮浪者のおじいちゃんが近付いてくると、道重さんはなんだか嫌そうな顔をした。


589 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/13(金) 05:35:09.24 0

「歌うまいね、お嬢ちゃん」

「ありがとうございます」

「いつもここで歌を唄っているよね」

「ハイ、歌が大好きなんです」

「もっと人の多いとこで唄ったりしないの?もっと暗くなると、若い兄ちゃんたちが
あそこらへんにギターのケース広げてさぁ、自作の『しーでー(CD)』っていうの?
あれ売って宣伝とかしてるんだよ」

「そうなんですか。私は…まだまだですから」

「そうかい?おじちゃんはお嬢ちゃんの歌声大好きだなぁ。いつかお嬢ちゃんも
あそこらへんで唄っておくれよ。おじちゃん、応援してるからね」

そう言うと、浮浪者のおじいちゃんは足元に落ちていたタバコの吸殻を拾って
いつも座っている場所に戻っていった。

「小春ちゃん、あんまりあーいう人と関わらない方がいいと思うの」

道重さんは、私だけに聞こえるようにボソッと言った。
やっぱり、これが普通の人の感性なんだろうか。
浮浪者のおじいちゃん…か。
あのおじいちゃんと話して、私は昔のことを思い出した。
一年前の、あの頃のことを。




590 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/13(金) 05:36:53.91 0

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『家に帰るまでが遠足です』

先生が、帰り際にみんなに伝えた言葉だ。
しおりの最後のページにも書いてあるんだよ。
二泊三日の林間学校が終わり、小春は大きなリュックを背負って帰路についていた。
田植え、楽しかったなぁ。
でも、隣の家のおばあちゃんちでやったことあるんだよね。
田んぼの中で転んでドロんこまみれになっちゃったけど、友達と一緒だったから
それでもとても楽しかった。


「リュック重たいよ〜」

『ガンバレガンバレ!!コハルッ!!!』

「みんなぁ〜、小春のかわりにリュック持って〜」

『ダメダヨこはるチャン!!アタシタチニ頼ッテバカリジャダメ!!!ナニモデキナイ<オトナ>ニナッテシマウワッ!!!』


ちぇッ、行きのバスの中で小春のお菓子食べちゃったくせに、ずるいよ。
そのせいで初日ははバナナしか食べれなかったんだから。
もぎもぎフルーツ、食べたかったなぁ。



591 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/13(金) 05:39:51.52 0

『オォ?おいオレのコハルタン』
『イツカラテメーのコハルにナッタンダ?No.6』

「どうしたの?」
『見てミロヨ』

No.6が指したのは、すぐ先の河原だった。
冬になると、そこの土手でソリをするのが小春の週間なんだよ。
その河原で何やら普段目にしない光景が広がっていた。

ザクッ…ザクッ…

一人のちょっと小汚い格好をした男の子が、河原を掘り返していたんだ。

「何をしてるんだろう?」

ここいらでは見ない顔だなぁ。
ここはよく通る道だけど、あんな子を見るのは初めてだよ。
小春が家を空けてる間に引っ越してきたのかな?

『コハルチャン、アノ男の子に興味ヲ持ッタノ?』
「うん、ちょっと話しかけてくるーッ!!」
『ダ、ダメダヨコハルチャン!先生モ、寄り道はダメダッテ言ッテタジャナイ!!帰ルマデガ遠足ダッテ!!!』
「へーきへーき!!バレなきゃ怒られないよ!!!」

『言ッテルコトハ間違ッテナイナ』
『No.3!!ナニ納得シテンノヨ!!!』

もし引っ越してきたとしたら、明日から一緒の学校に通うことになるかもしれない。
歳はいくつだろう?小春と同じくらいかな?
河原の方へ降りようと、小春は進行方向を変えた。


592 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/13(金) 05:41:53.69 0

キキィィィィイッ!!!!がしゃん!!!!

耳を劈くようなブレーキの音があたりに鳴り響き、気付いた時には小春は
尻餅をついちゃっていた。

「う〜痛いなぁ」

「クソガキ!!フラフラ歩いてんじゃあねー!!!」

げッ!地元の中学生三人組だ!!
この人たち、この辺じゃ有名な不良なんだよなぁ、怖いよ〜。

「おい信二、ガキなんかに絡んでんじゃねーよ」
「だってよぉ〜」
「それより見ろよ、あれをよぉーッ」

通学用の帽子を被ったリーダー格らしい人が、河原を指差した。
あの男の子の…知り合いなのかなぁ?
男の子は何も気付かず、スコップでがむしゃらに地面を掘り返していた。

「うはッ、たまげた!!ホントに穴があいて行くのな!!!」
「や、やべぇよ…俺、怖くなってきたよ…」
「なにブルッてんだよ淳司!!とにかくこれでわかったな、やっぱりあのクソじじぃは
化け物なんだよ」
「淳司、加賀美!!じじぃはいつもあの廃屋で寝泊りしてるらしいぜーッ!!!
やっつけに行こうぜ!!!」
「ま、マジでやるのかよぉ〜ッ!!」
「ったりめーだろ!!あのじじぃは化け物なんだぞ!?お前、頭からガリガリ
食われてもいいのかよ!!!」
「今やらなきゃ、今に俺たちがやられてしまうかもしれないんだぞ!!!」
「そ、そうだよな!!よし!!俺たちが村を守るんだ!!!」


593 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/13(金) 05:43:16.51 0

このお兄ちゃん達、一体何の話をしているんだろう。
三人は自転車から降りると、下駄の音をガツガツ鳴らしながら、河原の隅にある
廃屋へと走っていった。

「化け物!!隠れてねーで出てきやがれ!!!」
「じじぃ!!正体を見せろーッ!!!」

叫びながら、三人の不良はドアを乱暴に蹴り始めた。
あの家のドアを蹴破ろうとしているみたいだけど…

『コ、コハルチャン!怖イヨォ〜ッ!!』

No.2が小春のほっぺにくっついてきた。
小春も怖い!!!

『ハヤクカエリマショウ!!』
「う、うん!!」

『オ、オイ…お前らマテ!!アノ少年が…』

小春たちを引き止めたNo.3が指した先には…


「お前らやめろぉぉぉぉぉー!!じっちゃんをいじめるなーッ!!!」



594 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/13(金) 05:44:30.96 0

穴を掘っていた男の子が不良三人組に向かっていったんだ!!
ああ、でも絶対やられちゃうよ。
背だって、力だって向こうの方がずっと大きいのに…
そんなことを思っていたけど、小春の予想はいい意味で裏切られた。

「うりゃーッ!!!」

男の子が、一人の不良の学ランにつかみかかると、子供とは思えないような力で
地面になぎ倒したんだ!!

「う、うわあああああああ!!真空投げだああああああああああッ!!!!!」
「やっぱりだ!やっぱりあのじじぃは超能力を使う化け物なんだ!!わぁーッ!!!」
「いてて…あ、淳司!信二!!待ってくれよーッ!!!!」

不良三人組は大慌てで河原の土手を登ってくると、急いで自分達の自転車に跨り、
物凄い速さで逃げて行っちゃった。


「あ、あの男の子…すごいなぁ。一人であのお兄さんたちを追っ払っちゃったよ…」



595 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/13(金) 05:47:55.81 0

不良たちの情けない後ろを姿を見送ると、男の子はまたスコップを持って
穴を掘り始めた。
あの穴、いったい何に使うんだろう?
不良をなぎ倒した場面を見てしまったせいか、とてもあの子に興味が湧いてきた。

「ねぇねぇ〜!その穴、なんのために掘ってるの〜ッ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

遠くから叫んでみたんだけど、男の子はこっちを向いてくれなかった。
しょうがないなぁ〜。
小春は土手を器用に下ると、男の子の方に駆け出す。

ズボッ!!!
「わぁッ!!!!!!!!」

視界が急に低くなった。
なんだか時間が飛んでしまったかのような、そんな感覚。
いつも思うんだけど、石に躓いて転ぶと転ぶ直前と転んだ直後の記憶が飛ぶんだよね。
今回は転んだんじゃなくて、足元にあった穴にハマッただけなんだけど…

「わーん助けて〜!!」

小春は男の子に聞こえるよう、大声で助けを求める。
そこで、初めて男の子が小春の方を向いた。
なんだかびっくりしているみたい。

「穴に落ちちゃったんだよーッ!!」
「きみ、僕と話せるのか…?あ、い、いま助けてやるよ」

男の子は持っていたスコップの取っ手の部分を小春につかませると、そのまま
穴からグイッと引き上げてくれた。


596 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/13(金) 05:49:53.64 0

「ありがとー!!ねぇねぇ、どうしてこんなにたくさん穴なんて掘ってるの?落とし穴?」

「そんなことを聞くために話しかけてきたのか?ほっといてよ」

「え〜いいじゃん、教えてよ!!」

「子供に言ったってわかりゃしないさ。仕事の邪魔なんだ、帰ってくれ」


自分だって子供のくせに!!
なんだか腹立ってきたなぁ〜。でも小春は女の子だし、話した感じだとたぶん
この子よりはお姉さんだから、おしとやかにしなきゃ!!
小春は大人なんだから!!
テレビの中のシャイ娘。のみんなだって、みんな大人っぽくてかっこいいしね!!
なんだか、あのグループは来年あたり大ヒットするような気がするんだぁ〜。
将来は、小春もシャイ娘。のみんなみたいな『大スター』になりたい!!


「ねぇねぇ、さっき中学生追っ払ってたよね。強いんだね〜」

「別に普通だよ」

「見ない顔だけど、最近引っ越してきたの?」

「そんなとこかな」

「どうして穴掘ってるの?」

「うるさいなぁ!!向こう行けよ!!!」



597 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/13(金) 05:51:46.97 0

男の子がいきなりスコップを振り上げ、小春を威嚇した。
びっくりして、小春は変な声をあげながら男の子から離れる。
あぶないなぁ…刃物は人に向けちゃいけないんだよ!?
…ん、スコップって刃物だっけ?まぁいいや。

「ねぇねぇ〜!!きみ、名前なんていうのーッ!!?」

「女なんかに誇りある我が名を教える必要などなし!!!」

「小春の名前はねーッ!!久住小春っていうの!!!小春も教えたんだから、
きみも教えてよーッ!!!」

「・・・・・・・良太!!!!」

「良太くん!!また明日来るからね!!!」


いいよ来んなよ!!…そんな声が聞こえたけど、小春は気にしないことにした。
良太くんか、面白そうな子だなぁ〜。
そんなことを考えながら、小春はお家まで走って帰ったんだ。
その途中、小春は興味深い人を見かけた。


「うわぁ…あのお姉さんの白いお洋服、お姫様みたい。抱えてるお花さんも
可愛いけど、あのお姉さんもすごく綺麗だなぁ…」


658 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:00:17.45 0

次の日。
学校が終わったあと、小春は友達とランドセルを背負ったまま町に出たんだ。
町って言っても、小春の済んでる村から歩いて大した距離ではないので、
大きなデパートとかはないけれど、それでも十分小春にとっては都会だった。
ホントは寄り道ってダメなんだけど、バレなきゃ大丈夫なんだよ。


「小春ちゃん、元気かい?」
「小春ちゃん、今日も可愛いねぇ」
「小春ちゃん、たまにはうちにもおつかいに来てくれよ」
「小春ちゃん」
「小春ちゃん」


町のみんなが声をかけてくれる。
肉屋のおじちゃん、八百屋のおじちゃん、駄菓子屋のおじちゃん、
パン屋のおばちゃん…みんな暖かい人たちで大好き。
お母さんがいうには、みんな古き良き時代の人間だから、小春の顔立ちが好きなんだって。
今日は駄菓子屋で駄菓子をいっぱい買ったんだ。
帰るとき、駄菓子屋のおじちゃんが『どんぐりガム』を一つサービスしてくれた。



659 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:01:34.32 0

友達みんなと、歩いて村に帰っている時だ。
小春は、昨日の河原のあたりまできて、昨日出会った男の子のことを思い出した。
今日も、穴を掘っているのかな?

「ねぇみんな知ってる?」
「なぁに?」
「この河原ってさぁ、誰もいないのにザクザク穴があいていくんだって」
「あ、その話わたしも知ってる!!あそこのオンボロ小屋に住んでるおじさんが
超能力でやってるんでしょ?」
「そうそう!しかも邪魔すると超能力で攻撃してくるんだって!!昨日も中学生の人が
痛い目に合わされたって話だよ」

友達が話しているのを聞いて、なんだか不思議に思った。
昨日出会った…そう、良太くんの話をしているんだろうけど、なぜかあの子のことを
友達は知らない様子だ。
小春からしてみれば、おじさんの方が誰?って感じ。
そして、問題の河原まで来たときなんだけど…


ザクッ…ザクッ…


「あッ!!」

友達の一人が声をあげた。河原を見て驚いたみたい。
そこには、向こうの方で良太くんが一生懸命地面をスコップで掘っていたんだ。
昨日同じ格好…今日、学校行ってないのかな?


660 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:03:29.94 0

「やっぱりあそこに住んでるおじさんが超能力者ってのは本当だったんだ!!」
「地面が独りでに掘り返されているよ!!」

この子たち、何を言ってるんだろう?
小春には友達が驚いている意味がわからない。

「ねぇねぇ、二人ともどうしてそんなにびっくりしてるの?」
「小春ちゃん怖くないの!?誰もいないのに穴が掘られていくんだよ!!?」
「誰もいない…って?」

何を言ってるのだろう…あそこに良太くんがいるよ?
スコップを持った良太くんが、目的は知らないけど穴を掘っているんだよ?

「もしかして、二人の位置からだと何かが死角になってて見えないのかな?」
「「えッ?」」
「ちょっと待ってね、今呼んであげるから!!」
「小春ちゃん…何を言ってるの?」


「昨日友達になったんだ〜!!おーい!!!良太く〜ん!!!!小春だよーッ!!!!
昨日友達になった小春だよーッッ!!!!!」


シーン…


良太くんは何も返事してくれない。
昨日も思ったけど、あの子ってどこか大人ぶってるよね。
小春よりも年下(たぶん)っぽく見えるのに、やっぱ面白い子だなぁ。


661 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:05:05.96 0

「あー、小春のことシカトしてる〜。なんかあの子、昨日もあんな感じでね、それで…」
「小春ちゃん、どうしてそういうことするの?」
「え?」
「わたしのお母さんは言ってたよ。あそこに住み着いてる浮浪者のおじさんには
関わるなって。なのにどうしてあの小屋に聞こえるような大きな声だすの?」
「あの小屋…?違うよ!小春はあそこにいる良太くんを呼んだだけだよ!!」

小春は穴を掘っている良太くんを指差して言った。
けど、友達の小春を見る目がなんだか変だ。
なんだかソワソワしてきた。

「りょうたくん?誰それ。小春ちゃん何言ってんの?」
「だからあそこで穴掘ってる男の子がいるじゃん!!」
「は…?小春ちゃん、いったい何なの?」
「…小春ちゃんは昔も七人の小人がどうとかウソついたからな。それもしつこく。
どうしてそんなワケのわかんないウソつきたくなるのか知らないけど」
「そ、それはウソじゃないよ!!でも…」

ビスケッツのみんなは小春にしか見えないみたいなんだ。
そんなんで、どうやって二人を説得すればいいんだろう…
でも、お母さんやお姉ちゃんにも見えていないんだ。
小春の『ミラクル・ビスケッツ』は、小春以外の人には見ることができないんだ!!


662 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:05:45.57 0

「でも、なんなの!?小春ちゃん答えてよ!!!」
「もういいよ。嘘つきの小春ちゃんなんかほっといて行こ!!」

友達は、小春を置いて走って行ってしまった。
どうして…どうして、小春以外の人には見えないんだろぅ…

「うぅ〜…」

でも、ちょっと気になったことがあったんだ。
いま河原に下りようとして数歩進んだんだけどね、友達のいた位置からでもしっかりと
良太くんは見えたんだ。
どうしてあの二人、良太くんに気付かなかったんだろう。
独りで地面が掘り返されたりするわけないのになぁ…
なんだか淋しくなってきた小春は、良太くんとお話がしたくなった。


663 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:06:48.67 0

「おぅい、良太くん。小春だよーッ!!」
「うるさいなー、こんな近くで大声出すなよ。なんでまた来たんだよ」
「遊ぼうよ〜」
「ヘラヘラしちゃって…仕事中なんだ、帰ってよ」
「やら!!!」
「な、なんだオメーッ!?」


小春の駄々に、良太くんは呆れているみたいだ。
でも、小春だってそこまで子供じゃない。少なくとも、良太くんよりは
年上のハズなんだ。
小春はランドセルを地面に置くと、中からさっき買った駄菓子のつまった袋を
取り出す。合計で二百円分くらいかなぁ?

「なんだよコレ」
「駄菓子!!!」
「見ればわかるけど」
「これ一個あげるから、どうして穴掘ってるのか教えて?」

こういうのを、取引きっていうんだって。
この前テレビで見て勉強したんだよ。
小春が差し出した小さなスナック菓子の袋を見て、良太くんは目を丸くした。


664 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:07:40.99 0

「ほ、本当にこれ…僕にくれるの?」
「うん、でもそのかわりになんで穴を…」


「やったああああああああああ!!!じっちゃあああああああああああん!!!!!」


良太くんは歓喜の声をあげると、持っていたスコップを投げ出して小春の手から
スナック菓子の袋を引っ手繰り、向こうにある廃屋の方へと走っていった。
ちょっ!!話が違うじゃん!!!

「待ってよ!!なんで穴掘ってるのか教えてからにしてよーッ!!!!」

小春はランドセルを背負うと、大急ぎで良太くんを追う。
良太くんが放り投げたスコップがどこにも落ちてないような気がするけど、
大して気にしなかった。


665 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:09:46.38 0

廃屋の中に入っていった良太くんを追って、小春も廃屋の中に足を踏み入れる。
うわぁ、すごく埃くさいなぁ。
中には電気なんてもちろんなくて、昼間だっていうのに真っ暗だ。
そういえば、良太くんはどこで暮らしているんだろう。
足元に、焼けて墨になった木の破片がいくつも落ちているけど…
まさか…ここじゃあないよね?

「じっちゃん!!食べ物が手に入ったよ!!!これ食べて元気だしてよ!!!」

良太くんの嬉々とした声が建物に響いて聞こえてきた。
あ、あそこにいるぞ…

「良太くん?」

顔を覗かせて見たその先には、スナック菓子の袋を開けようとしている良太くんと、
横になって小汚い布を身体にかけている一人のおじいさんがいた。

「あッ!!小春、なんで勝手に入ってきたんだ!!!出て行けよバカ!!!!」

良太くんが側に落ちていた棒をつかんで小春を威嚇した。
お、恩知らずだなぁ〜ッ!その駄菓子あげたの小春なのに!!
ちょっと腹が立った小春は、黙って良太くんを睨む。

「出てけよ小春!!!」



666 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:11:00.97 0

「やめなさい!!!」

一喝したのは、横になっていたおじいちゃんだった。
声がガラガラで、すごく元気がなさそう。
でも、その声には威厳というか、長年生きた人生の先輩みたいなオーラを感じた。
良太くんはビクッとして、棒を手から離す。
こ、小春もちょっとびっくりしちゃったよ〜ッ!!

「じっちゃん、どうして止めるんだよ!!」

良太くんの質問には答えず、おじいちゃんは小春をジッと見つめて言った。

「お、お嬢ちゃん…お嬢ちゃんには…その…この子が見えるのかね?」
「え…?」

この子…?
この子って、良太くんのことを言ってるのかな?
小春はおじいちゃんと良太くんを交互に見て、コクリと頷いた。
質問の意味はわからなかったけど、何かを頭ではなく…そう、心で感じ取ったんだ。

「そうか…良太、ちょっと奥へ行ってなさい」
「え?どうしてだよ」
「おじちゃんは、お嬢ちゃんと話をしなければならないんだ」


667 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:11:54.44 0

は、話?小春と!?
な…なんか怒られるのかな…
勝手にこの中に入ってきちゃったこととか…ど、どうしよう!!
良太くんはおじいさんの横になっているところから、さらに奥へと、
無言で進んでいった。

「こっちへ来てください…」
「は、はい」

横になったままのおじいちゃんに手招きされて、小春はゆっくりと側に歩み寄った。

「あ、あの…」
「小春ちゃん…と言ったね。きみは表の穴がなんのために掘られているのか…
気になっているんだろう?」
「えッ?どうしてそれを…?」
「私と良太はそうなんだよ…良太はね、死んだ母親の骨を捜しているんだ」



668 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:14:06.99 0

おじさんの話によると、あの一帯に空襲で犠牲になってしまった母親の遺骨が
埋まっているらしいんだ。
母親って言っても、良太くんのではなくておじさんの母親なんだって。
小春にはすごく難しい話だったんだけど、なんでもおじさんは空襲のあった
その日に、お母さんにひどいことを言って家を飛び出したんだそうなんだ。
その直後に鳴り響いた空襲警報…おじさんは家を飛び出していたけど、運良く
近くの家の防空壕にいれてもらうことができたんだって。
けど、おじさんのお母さんは…いなくなったおじさんを捜して逃げ遅れ、炎の雨に
包まれてしまったそうだ。おじさんは母親が死んだことを、友達のお母さんから
聞かされたらしいよ。
現在、おじさんは何とかっていう喉の病気を患っていて、もう先が長くないと
自分でわかっているそうなんだ。
病院に行けばいいじゃないか…そう思うかもしれないけれど、世の中、そこまで
優しくないんだよって、おじさんは言ってた。
それで、せめて死ぬなら故郷の、母親が眠っている場所で死にたいと思ったおじさんは、
遠くの国から歩いてはるばるここに辿り着いたみたいなんだけど…



669 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:15:01.98 0

「うん十年という月日で、こんなにも町が変わってしまうなんて…私は思って
いなかった…」

そう、おじさんの住んでいた土地は、なにもない河原になっていてしまったんだ。
残っているのは、窓もないこのボロボロの廃屋のみ。
でも、ここら一帯がおじさんの家があった場所で間違いはないらしい。
きっとここに、おじさんのお母さんが眠っている…そう思って、おじさんは河原を
掘り返そうとしたんだけど、喉の病気が災いして、次第に身体は動かなくなって
しまったんだ。
そんなある日。おじさんの前に突然姿を現したのが…良太くんなんだって。

「良太に理由を話すと、彼はなにも言わずにスコップで河原を掘り始めたんだ。
そんなことはしなくていいから、家に帰りなさいと何度も言った。だが、良太は
私と住むと言い出して…そして私は気がついたんだ」

小春は黙って話を聞いていた。

「あの子は…きっと私自身に違いない」


670 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:16:52.85 0

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」


外から聞こえる突然の絶叫。
男の子の声だ…いったいなんだろう。
なんだか怖くなってきたよ。


「淳司!!しっかりしろ!!淳司ーッ!!!」
「は、早く病院に連れていかねーとッ!!!」
「あ、あ…くそ!!ふざけんなよあの化け物じじぃ!!!!」


外から昨日の中学生の罵声が聞こえる。
一体なにがあったんだろうな…

「良太は…若い頃の私にそっくりなんだ。何か腹立たしいと思うことがあると
すぐに手を出してね。友達を大怪我させてしまったこともあった」

それが、良太くんを自分自身だと思える所以なのかな…?

「じっちゃん!!昨日の奴ら追っ払ってきたよ!!!いい加減しつこいからガツンと
やってやったんだ!!あれ、なんだ小春。まだいたのかよ」
「良太!」
「…ちぇッ」
「まったく…本当に私そっくりだよ。気になった女の子に嫌味ばっかり言いたくなる
その性格は」



671 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:18:16.57 0

ザクッ…ザクッ…


「おい、小春」
「良太くん、なに?」
「なに?じゃあねぇーよ。なんできみがスコップ持って穴掘ってんだよ」

小春は廃屋の中にあった錆びついたスコップを借りて、河原を掘り返していた。
おじさんの話を聞いたら、なんだか放っておけなくなっちゃったんだ。

「ここら一帯に、おじさんのお母さんの骨が埋まっているんでしょ?」
「そうだけど」
「だったら、二人でやった方が早いよ」

そう言うと良太くんが小春を見つめてきた。
すごく何か言いたそうに見える。

「どうしたの?」
「あ、あり、ありありありあありあり…アリーヴェデルチじゃなくって」
「ありーべでるち?」
「うっ、うっせーな!!ほっといてくれ!!!」

な、なんで怒鳴られなきゃいけないんだよ〜!!
良太くんは、小春に背を向けて地面を掘り始めた。



672 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:19:40.65 0

ザクッ…ザクッ…


それにしても、ずいぶん掘ったなぁ。
あまりこういうことは考えたくないけれど、もしおじさんに『その時』が来たら、
良太くんはどうするつもりなんだろう。

「ねぇねぇ」
「なんだよ」
「おじさんが…」

そう言いかけて、小春はやっぱり訊くのをやめた。
さっきの廃屋で見た二人のやりとりを思い出したら、そんな現実的なことは
訊けなくなったんだ。
本当の親子みたいだったな…二人の間に、奇妙な愛情が見えたよ。

「おじさんがなんだよ、小春」
「へ?あ、いや、やっぱなんでもない!!」
「変なヤツだなぁ…じっちゃんってさ、すごいんだよ。じっちゃんが僕ぐらいの時、
近所の、しかも年上のガキ大将に絡まれたけど、返り討ちにしてやったんだって!!
じっちゃんのお父さんが柔道の先生でさー!!」

おじさんの話をすると、良太くんは楽しそうに話をしてくれた。
よっぽどおじさんのことが好きなんだろうなぁ。


673 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:21:52.97 0

「小春は将来、何になりたいの?」
「え、いきなりだね」
「いいから教えろよ」
「う〜んバレーの選手も捨てがたいけど…やっぱり小春は『大スター』になりたいな!!」

そう言いながら、小春ははにかんだ。
人に夢を話すことって、けっこう勇気いるもんなんだなぁ〜。

「大…スター?」
「そうだよッ!!シャイ娘。みたいな!!!」
「しゃいむす?」
「あれ、もしかして知らない?最近人気出てきてるんだよ、歌手のグループでさぁ」
「まぁ、つまり歌手ってことか」
「そんな感じ…かな?」

やっぱり、男の子はまだあまり歌手とか芸能人に興味ないのかな?
女の子があまりファミコンやらないのと同じようなものなのかなぁ…?

「良太くんは何になりたいの?」
「僕?僕はね、えへへ…」
「なぁに?」
「…宇宙飛行士!!」

良太くんは笑顔でそう言った。
なんだか、初めてこの子の素の表情を見たような気がする。


674 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:22:59.16 0

「宇宙飛行士!?へぇ、かっこいいねー!!!」
「だろ?でも、僕はただの宇宙飛行士にはならないんだ。誰よりもすごい宇宙飛行士に
なるのさ!!そんじょそこらの宇宙飛行士とはワケが違うんだよ!!僕はすごい宇宙
飛行士になって、星になったお母さんに会いに行くんだ!!」

星になったお母さん…?
それって…

「良太くん、お母さんいないの?」
「…いるよ!!今はいないけど、お母さんは星になっただけなんだ!!宇宙飛行士には
なりたいけど、お母さんの骨を捜すことができれば…それだけでも星になったお母さんに
会えるような気がするのさ」

そうか…良太くんはお母さんに会うために宇宙飛行士になるつもりなんだな。
叶うといいなぁ…小春はすごい素敵な夢だと思う!!

「小春は歌手…じゃなくて、えぇっと…大スターだっけ?」
「うん」
「そうそれ、小春も大スターになるのなら、誰よりもすごい大スターになれよ!!
そんじょそこらの大スターとは違う、誰も敵わないような大スターにさ!!!」



675 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:24:16.51 0

誰も敵わないような大スター…
ミラクルな大スター…
そうだ…小春は…大スターになるんだ!!
誰も敵わないような…そんじょそこらの大スターとはワケが違う…
『ミラクルな大スター』になるぞッ!!!!

「うん!!小春頑張る!!!良太くんも、すごい宇宙飛行士に絶対なるんだよ!!!」
「ああ、もちろんさ!!!」
「約束だよ!!!!」

小春は地面を掘り返す腕を止めて、小指を突きたてた右手を良太くんに差し出す。
指切りをするんだ!!
お互いが絶対夢を叶えるために、誓いの指切りをするんだ!!!
その意図が通じたのか、良太くんが小春の小指に指を絡めてきた。
良太くんの夢が絶対敵いますように!!!


「「ゆーびきーりげーんまんウソつーいたら針千本のーます〜指きっ…」」



676 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:26:02.43 0

ワー…ワー…


指を切る直前で、なんだか向こうが騒がしいことに気付き、小春と良太くんは
お互い指を切る直前で止まった。
なんだか大勢の人が騒いでるような…
振り返って見てみると、その大群に小春はとっても驚いた。

「ま、町のみんな…どうしたんだろう?」

昨日の不良の中学生二人や、肉屋のおじちゃん、八百屋のおじちゃん、駄菓子屋の
おじちゃん、パン屋のおばちゃん、そしてお巡りさん…大勢の大人が、こちらに向かってくる。
その活気は異様で、みんな手に何かを持っていた。
あれは…竹やり?

「くそ〜…みんなじっちゃんを悪者扱いしやがって…ッ!!!!」
「あッ!!良太くん!!!」
「じっちゃんを逃がすんだ…じっちゃんを助けなきゃ!!」

まだ…指切りは終わってないよ!!
悔しそうな顔を浮かべながら、良太くんは廃屋の方へと駆けていく。
もしかして…町のみんなは廃屋に向かってるの!?
あんな危ないものを持って!!?


677 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:27:01.45 0

「だ、駄菓子屋のおじちゃん…みんな!!!」
「小春ちゃん!!こんなところにいちゃいけない!!!すぐ帰りなさい!!!」
「みんな…みんなどこへ…何をするつもりなの!?」

「先ほど、あそこに潜伏している老人が中学生の少年を傷つけたのだ!
少年は意識不明の重体だ!!」

駄菓子屋のおじちゃんの代わりに、交番のお巡りさんが答える。
で、でも何かおかしいぞ…
だって…あのおじさんは動けないんだよ!?
…ッ!!そういえば…


『じっちゃん!!昨日の奴ら追っ払ってきたよ!!!いい加減しつこいからガツンと
やってやったんだ!!』


良太くんが…まさか!!!



678 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:28:44.23 0

「金山良太!!そこにいるのはわかっているんだ!!!大人しく出てきなさい!!!」

お巡りさんが、メガホンを使って叫ぶ。
だけど言い終わるより早く、おじさんは廃屋の中から出てきたんだ。
木の棒を杖代わりにして、立つのもやっとなのかな…かわいそう。
そういえば、中に入っていった良太くんの姿が見えない。
…ん?良太?
さっきあのお巡りさん、おじさんのことなんて呼んでたっけ?

「お前はなんの罪もない村の中学生の少年を傷つけた!!身柄を拘束させてもらう!!」

「ちょっと待って!!!!」

小春が叫ぶと、町のみんなが振り向いた。
どうしてこの子が…というような、そんな何ともいえない視線を一斉に受けて、
小春はおじさんの前に立つ。

「小春ちゃん…?」
「おじさんを虐めるのはやめてよ!!おじさんは何もしてないよ!!!さっきだって、
小春とお話してたんだから!!おじさんはお母さんを捜してるだけなんだ!!!」

大声で叫びながら、小春は思う。
とても…とても町のみんなが…大人が怖いよ!!
あんなに優しかった駄菓子屋のおじちゃんまで、すごい目つきで竹やりを握っている。
なんで?さっき小春に十円ガムおまけしてくれたような優しいおじちゃんは
一体どこにいっちゃったの!!?


679 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:30:22.71 0

「何を言ってるんだ!?そのじーさんは超能力を使うんだぞ!!」
「小春ちゃん、そこをどきなさい!!!」
「そのじーさんを何とかしなければ、町も村もどうなってしまうかわからないんだぞ!?」
「そこをどくんだ!!小春ちゃん!!!」
「町の、村のため…!!正義のためだ!!!」


町のみんなが一斉に詰め寄ってくる!!
何もしてない、何もできないおじさんを、力でねじ伏せるつもりなの!?

「お嬢ちゃん…おじさんのことは放っておいて、早く帰りなさい…」
「い、いやだ!!おじさんは…お母さんに会わなきゃダメ!!!」


「小春ちゃん!!どけッ!!!」
バッシィィィィン!!!


…え?
いま小春引っ叩かれたの?
町の…町のおじちゃんに…八百屋のおじちゃんに!?

ドシャアッ

湿った砂利の上に小春は倒れこむ。
そんな小春を起こしてくれる人はいなくて、まるで気付いていないようだ。
その証拠に、何人もの大人が小春の身体を踏んづけて、蹴飛ばしていった。
蟻んこのように…


680 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:32:02.23 0

「い、痛い…」

人の流れる波が収まると、そこからさらに惨劇が始まる。
町のみんなが、おじさんに群がって殴ったり蹴ったりしているんだ。
おじさんは病気なんだ…あんなことされたら…死んじゃう!!
みんな、みんなおかしいよ!!
どうしてそんなひどいことができるの!?
狂ってる…正義もなにもない…ただの暴徒じゃないのか!!

「み、みんなやめて…おじさん…」


「うわあああああああああ!!!淳司の痛みを思い知れ!!!!」

大人の叫びが聞こえた。
その瞬間、あれだけ騒いでいた大人たちが熱でも冷めたかのように静かになり、
後ずさりを始める。
次第におじさんの周りの密度に隙間が出来始めた。
その大人と大人の隙間から見えた光景は…

胸に竹やりを一本立てて、仰向けになっているおじさんだった。

「私は…僕は…お母さん…」



681 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:35:34.36 0

小春は…私は考える。
世の中に、こんなひどい事があるなんて知らなかった。
どうして…どうしてこんなことになったんだろうか?
町の大人たちは、どこで何を踏み誤ったのだろうか?

…人間は、美しい花を育てる『手』を持ちながら、その『手』に刃を握ったとき、
どんな残虐極まりない行動をとることができるのか。

広く物事を見れない大人は、精神的に追い詰められると、何もかも忘れて
排除を行うんだ。
よく…よくわかった。
大人というものがどういうものなのか、私は頭でなく心で理解した!!


「うわあああああ!!!」


突如、町の大人の一人が絶叫する。
彼は…やはり逃げてはいなかったのだ。


『じっちゃん…じっちゃん!!おまえらぁ…どうしてじっちゃんを殺したぁーッ!!』



682 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:37:37.58 0

良太くんは、手に持ったスコップで町の大人たちを容赦なく殴りつけていく。

ドグシャ!!バキ!!ゴシャアアアアア!!!!

「ひ、ひぃ…ッ!!」
「助けてくれぇー!!!!」
「やっぱり…やっぱりあのじーさんは超能力を使う化け物なんだ…!!」
「俺たちに殺されて…怒っているんだ!!!」


グシャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!

「うげええええええええええええええええええええッ!!!!!!!!!!!」


駄菓子屋のおじいさんの苦しそうな声があたりに響いた。
超能力、超能力と騒いでいるが…大人たちには良太くんが見えていないのか?
…まぁ、いいか。
あれは当然の報いではないだろうか?
良太くんのあの暴れっぷり…まるでおじさんの怒りが乗り移ったみたいだ…

地面に手をついたまま、私は遠目からその光景を見つめる。
たくさんの大人が、地面に倒れている。
意識のあるものは、唸り声をあげて痛みに苦しんでいた。
…地獄絵図だな。

『みんな…みんなぶっ殺してやる!!!』

良太くんの敵討ちは尚も続く…



683 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/14(土) 18:40:20.55 0

ザッ…ザッ…


誰かが私にゆっくり近付いてくる。
誰だ?町の大人ではないようだが…
その女性は、お姫様のような白い衣に身を包み、大きな花束を抱えていた。
美しい人…でもどこか儚げで、すぐに壊れてしまいそうな…そんな印象を受けた。
その女性が、私の前で口を開く。

「小春ちゃん、このままではあなたの大好きな町のみんなが皆殺しにされてしまうの」

私は彼女を見上げた。
抱えた花束が邪魔で、顔はよく見えない。

「小春ちゃん、わからないの?みんながいなくなってしまうの」

私は…

「あなたがやらないと…やる人がいないの」

…私は無言で立ち上がると、スコップを振り回して大暴れしている良太くんに
向かって行った。
いま、私に残されてる道は…私がしなければならないことは…


2 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/15(日) 16:48:59.11 0

『コハルチャン…絶望シテイルノ?人間ニ…オトナに絶望シテイルノネ!!!!』
『今マデガ無邪気スギタンダ…オレハ心配シテイタ!!!!!!ココロに泥水ガハネタ時、コハルはソレヲ拭ウ
ハンカチヲ持ッテイナインジャナイカッテコトヲ!!!!!!』
『コハルの…コハルのココロの色ガ変ワッテイク!!!!!』
『成長スルキッカケが…コンナコトニナルナンテ…ッ!!!!!!!』


右手に持ったスコップで、少年は町の大人たちを次々と痛めつけた。
倒れたまま、動かなくなってしまった人もいる。


「わあああああッ!!何が起こっているんだあぁぁぁッ!!!」
バギィッ!!!
「ぎゃあああああああああああ!!!!!!!」
『ハァ…ハァ…じっちゃんの苦しみ!!とくと味わえ!!!!!!』

地面に倒れこんでしまったお巡りさんの胸を目掛けて、少年はスコップを振り上げた。
私の方の距離は…もう十分すぎるな。

『死ねよーッ!!!』
「ミラクル・ビスケッツ!!!」

No.1、2、3が猛スピードで少年の握ったスコップに突き進んでいく。
そして失速することなく、まるで弾丸のようにスコップを貫くと、銀色の光と共に
パシュンという何かが弾ける音が鳴り、スコップは少年の手から消えた。
すると、奇妙なことが起きたのだ。
おじさんの亡骸の右腕が、シュボンッという音と共に弾け飛んだのである。

「ひゃああああああああああああああああ!!!!」

お巡りさんは、情けない声をあげて失神した。


3 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/15(日) 16:51:26.59 0

いったいどういうことだ…?
スコップを分解したら、どうして死んだおじさんの腕が弾け飛ぶんだ?
私は、おじさんの腕を分解した覚えはない。
少年のスコップとおじさんの右腕が見えない何かで『繋がっていた』とでもいうのだろうか?

『うわああああああ!!!僕の腕があああああああああああッ!!!!』

苦悶の声をあげたのは他でもない、少年であった。
少年の右腕は、肩から下が千切れてなくなっていたのだ。
あれは…おじさんと同じ場所だ…
スコップを分解するとおじさんの腕がなくなり、おじさんの腕がなくなると
少年の腕がなくなる。
これは、いったい何を意味しているんだ?
スコップが、体の一部だったとでも言うのか?
…そうか、そういうことか。
なんとなくだが…わかった。



4 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/15(日) 16:52:56.60 0

「きみは…可愛そうな子だ」

『ハァ…ハァ…小春…ッ!!』

「きみはおじさんで、おじさんはきみだったんだ…」

『ああああ…お母さん!!』

「私は…幽霊とか…今までそういうものを信じないようにしていたんだ。怖いから。
だが、きみのような幽霊もいることを始めて知った。良太くん、きみは…
死んだお母さんを捜すため、そしておじさんを…きみ自身を向こうの世界へ導くために
現れたんだね」

『母さぁーん!!!もうご飯まずいなんて言ったりしないよ!!!配給も
ガマンして全部食べる!!!だから…だから…』

「どうしてきみが私にだけしか見えないのか…興味はつきないところだけど…
もし…もしこの世界に神様がいるとしたのなら…」

『お母さん…ごめんなさい』


バシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウンンン!!!!!!!!!!


「私は、きみを向こうの世界へ送るための使いに選ばれたんだ」



5 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/15(日) 16:56:03.94 0

こうして、惨劇は幕を閉じた。
分解した少年の身体は、再形成することが出来ずに終わった。
彼らが言うには、つかみ所がなくなって『消滅』したんだそうだ。
消滅…命の消滅…
あの少年は、お母さんの魂と一緒に向こうの世界に行けたんだろうか。

私は、死んだおじさんの身体を分解すると、少年が掘った穴の中に
その亡骸を再形成して、埋葬した。
おじさんが、良太くんが大好きなお母さんとずっと一緒に眠っていられるように。

もう、誰もあなた達の邪魔をするものはいないよ。
だから安心して…


6 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/15(日) 16:58:55.71 0

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「小春ちゃん!小春ちゃん!!」
「…ハッ!道重さん、どうしたんですか?」
「いきなりボーッとしちゃって変なの。あれ?もしかして泣いてるの?」
「えッ?」

頬を流れる一粒の滴。
私ともあろうものが…昔を思い出して涙するなんて。
…今にして思えば、おじさんはスタンド使いだったのではないだろうか?
良太くんという幽波紋…いや、やめよう。
少年には意思があったじゃないか、おじさんを想う意思が。
私は考えるのをやめた。綺麗事は好きじゃない、けど夢を壊す道理もないだろう。

「小春ちゃん?」
「へへ…大したことはないですよ。私も年頃の女ですからね」
「??まぁいいの、早く続きを唄って欲しいの。部員でギター弾けるのは
小春ちゃんぐらいなもんなんだから」
「はい」


「あなたがやらないと、やる人がいないの」


…ん?
なんだか…聞き覚えのあるセリフだった。
私は思わず道重さんの顔を見つめる。
白い衣も着て花束を抱えた、綺麗な女性の姿がダブった…


7 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/01/15(日) 17:01:20.64 0

「そうさ時代はそれぞれいっぱい頑張って来たよね…おじいちゃんやそのまたじいちゃん、
そのまたもっともっと『じっちゃん』に感謝がみなぎる…」

「あれれ?待って小春ちゃん、歌詞間違ってるの。そこ、三回目は『ばっちゃん』なの」

「間違ってますか?ふふ、いいんですよ…これでね…」



『小春も大スターになるのなら、誰よりもすごい大スターになれよ!!
そんじょそこらの大スターとは違う、誰も敵わないような大スターにさ!!!』
「うん!!小春頑張る!!!良太くんも、すごい宇宙飛行士に
絶対なるんだよ!!!」
『ああ、もちろんさ!!!』
「約束だよ!!!!」



                                久住小春の冒険  完