331 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/10(火) 03:37:49.04
0
銀色の永遠 〜 久住小春はバラライカを奏でる
〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私はまっすぐその道を歩いていた。
遠回りや道草を食ったり・・・足踏みをしたことも多いが・・・・
それでも少しずつ・・・・・一歩一歩まっすぐ歩いていた。
私はかけがえのない友人達と一緒に歩いていたのだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
332 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/10(火) 03:39:40.47
0
「うわぁ、混んでる」
お昼休み・・・・私、久住小春は一人で『サンジェルマン』へやって来ていた。
ちょっと出遅れてしまったなぁ・・・・人気の焼きたてカレーサンドは全滅、
ハムチーズデラックスサンドXももう品切れのようだ。
テリヤキチキンサンドに関しては言うまでもない。
だが、そんなこと私にとってはどうでもいいんだ!!!
私がその手におさめたいパンはただ一つッ!!!
「め、明太子スパロール・・・・・・ッ!!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…
…いけないいけない、よだれを垂らしてるヒマじゃあないな。
道重さんは今日も『明太子スパロール』がいいって言っていたけど・・・・
「どうしよう。一個しかないや」
ここの明太子スパロールは美味しいからな。
食べたいなぁ〜・・・でも、こういうときは買っていっても道重さんはいつも
わけてくれないし、それ以前に私自身も子供みたいに半分個とかはしたくない。
一個丸々頬張るからこそ、明太子スパロールの真の魅力が感じられるのだ!!
食べたい・・・・小春が食べてあげたい・・・・
333 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/10(火) 03:44:47.69
0
考えてみれば、私にはこの明太子スパロールを食べる権利があるんじゃあないのか?
だって買いに来てるのはこの私なんだから。
しかも今日だけじゃあない。昨日も一昨日も、私は道重さんにパシられてるんだ。
パン代は確かにもらってるけど、この人ごみの中で争奪戦を繰り広げるのは
すっごく骨が折れることで、その疲労は尋常じゃあない。
・・・・やっぱり私には食べる権利があるな。
道重さんには「売り切れてました」とでも言って、安い納豆巻きでも買っていこう。
「お会計365円でございま〜す・・・ありがとうございました〜」
さて…会計を済ませたはいいが、この明太子スパロールをどこで食べようか悩むなァ。
とりあえず道重さんの前に持っていくのはまずい。
あの人はワガママだから取られてしまう・・・・手のかかる姉だ。
やはりここはどこかで隠れて平らげてしまうのが一番ッ!!
中等部の体育準備室なんてどうかな?あそこには飲み物がイッパイある。
全部体育教師のだけど。
…と、店の入り口でモタモタしているのがいけなかった。
「うわわわ〜!!どいてどい・・・」
「え・・・うわッ!!!」
ドンッ・・・ゴシャアアアアッ!!!!
334 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/10(火) 03:48:49.92
0
「「いってーッ!!!」」
突然、背中を襲った衝撃に私は吹っ飛ばされた!!
誰かがすごい勢いでぶつかってきたんだ!!!
迷惑極まりない…で、でもよかった・・・・紙袋はしっかり抱きかかえていたから
私が買ったパン達はちょっと潰れただけで済んだみたいだ。
「ど、どうしよ〜!!全部落としちゃったッ!!!ふえ〜ん!!」
ところがぶつかってきた相手側は残念ながら無事では済まなかったらしく、
いくつものクレープを見事に全て地面にぶちまけていた。
ご愁傷様です・・・・
「大丈夫かなぁ?コレ食べれるかなぁっ??ねぇ、なーさん??」
『なー』
その子が側にいたちょっと愛想の悪そうな顔をした猫に声をかけた。
・・・・この猫、この子の猫なのか?一緒に連れて歩いてるの??
ぶつかって来られたのは私だが、ボーっと見てるわけにもいかなかったので
私は彼女のクレープを拾うのを手伝うことにした。
「あ!ごめんなさいっ…一緒に拾ってもらっちゃって」
「いえいえいいんです・・・クレープ、ほとんどビニールで包んでありますから
たぶん食べれますよ」
「ハイ!なーさんも食べれるって言ってたしっ、大丈夫そうですねッ!!」
335 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/10(火) 03:51:41.99
0
・・・食べれるって"言ってた"??
彼女の言っていることがよくわからなかった。
それにしてもすごい数のクレープだけど、全部一人で食べるンだろうか?
それとも私と同じように誰かのぶんも買ったのかな?
まぁどちらにせよ私にとってはどうでもいいことだし、猫を連れて歩いている時点で
かなり変わった子だということは十分わかったから気にしないことにしよう。
赤いチェックのスカートに妙にデザイン性のある白いカッターシャツ…
なんだかオシャレな制服…どこの学校だろう?
そんな不思議な子の様子を見て、私は「可愛い子だな」と思った。
いや変な意味ではない。
同性から見て、彼女は可愛らしいオーラを十二分に出していると思ったのだ。
髪の毛を両脇で束ねている・・・・ツインテールというやつか。
小春もマネしてみたいなぁ、ポニーテールにも飽きてきたことだし。
「あっ!拾うの手伝ってくれてっ、ありがとうございました!!」
クレープを全部拾い終えた彼女は、私に対し元気よく頭をさげて礼を言うと
連れていた猫と共に杜王駅の方へと大急ぎで走っていってしまったのだった。
私はまだ知らない。
今の奇妙な子が、これから先・・・・小春の運命を大きく変えてしまうことを・・・
私はまだ知らない・・・
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!
336 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/10(火) 03:55:46.69
0
『演劇部』…
私はいつものようにその部室に足を踏み入れた。
この部活に入部してからもう一年になる。
杜王町に引っ越してきたばかりの時は部活動なんてやるつもりはなかったけど…
私たち、ぶどうヶ丘高校演劇部による『リボンの騎士』は
今年の夏のコンクールで非常に高い評価を受けた。
県大会まで駒を進めてしまったほどだ。
個人的に思ったことだが、高橋さんと石川さん…それに吉澤さんの功績が大きい気がする。
今でも忘れない・・・あの3人の迫真の演技を。
まるで自分達が本当にその役になってしまったかのような先輩たちの
“スゴ味”を小春は今でも忘れてはいない!!
ちなみに、高橋さんが気合を入れすぎて演技中に『スタンド』を
出してしまった事はここだけの秘密である。
「道重さん、お昼ご飯買って来ました!」
部室の隅の席で答案用紙と睨めっこしている道重さんに、
私は『サンジェルマン』の紙袋を差し出す。
「ありがとうなの。でも随分遅かったね」
そう言う道重さんの表情は暗い。
それもそのハズ、彼女はこのあいだ行われた二学期の英語の
中間テストで見事に0点を取ってしまったのだ。
数学は30点だったらしいから、ダブルパンチというわけである。
しかし・・・道重さんってそんなに英語が苦手だったンだろうか?
337 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/10(火) 04:00:16.24
0
「う〜ん…自分でもこれ以上どこが間違ってるのかわからないの。」
一端解き直しを中断してサンジェルマンの紙袋をゴソゴソと開ける
道重さんの答案用紙をなんとなく覗き込んでみる。
うーむ・・・・中学生が習う英語と大して変わらないんだな。
でも待てよ?ここの和訳はあってるし、ここの文法も間違っていないし…
どうして紙面いっぱいにバツをつけられたんだろう・・・おや?
「「あ」」
私と道重さんの声がハモった。
『 Class: 1−A Name: Sayumi Michoshige 』
コレ、名前間違ってないか?
…みちょしげ?
「ぶッ!!!」
思わず笑いが込み上げ、吹き出してしまった。
それと同時のタイミングで、道重さんが言った。
「こ、小春ちゃん!?コレッ!!頼んでたモノと違うの!!」
「み、道重さん・・・・ちょ、超ウケますねw」
「さゆみは明太子スパロール頼んだハズなのに、なにこれェ〜ッ!!
しかも潰れてるの。もしかしてわざとなの?だからヘラヘラしてるの??」
「え?あ、いやそっちのことじゃなくて・・・・」
338 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/10(火) 04:03:50.88
0
「ちょっと待ったぁッ!!!」
グワシィッ!!!
道重さんはいきなり立ち上がると、私の両頬を掴んだ。
な、なんだなんだ?どうしたっていうんだ・・・??
「歯に海苔がついているの・・・でもコレは青海苔じゃあない・・・・
細切りされた焼き海苔なの・・・そしてこの海苔を使用する主な料理といえば・・・」
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
「明太子スパゲティ・・・・つまり明太子スパロールッ!!!」
し、しまった・・・・
ちゃんと鏡で歯についた海苔を確認して取っておくべきだったッ!!!
・・・・ここまできたらしょうがない、潔くなろう。
「なんでさゆみのぶん買ってきてくれなかったの?!つーかなんで
パン屋にのり巻きが売ってるの?」
「だ、だって…あと一個しかなかったんです、明太子スパ」
「だから隠れて食べちゃったの?さゆみに隠れてコソコソとぉ〜ッ!!
マジ、意地きたねーの!!あなた、メス豚よ!!!」
い、意地きたない・・・・・・・メス豚?
道重さん、それはちょっとひどすぎやしないですか??
339 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/10(火) 04:06:55.96
0
「明太子スパロールは・・・・小春の好物でもあるんですッ!!小春だって
食べたかったんです!!だから食べたまでです!!ビスケッツのみんなも
大喜びでしたッ!!!」
「それと隠れて食べたことは関係ないッ!!どーしてさゆみに隠れて
食べたの?その小春ちゃんの心が許せないのッ!!!半分個しようとか
思い浮かばなかったの!?そんなに独り占めしたかったの!!?」
うぅ・・・・あの優しい道重さんが怒っている・・・・orz
でも・・・でもこれだけは・・・・
「嘘つかないで下さい〜ッ!!こないだだって一個しかなかったときに
半分個してくれなかったじゃあないですか!!正直に買ってきたところで
どうせまた『年功序列なの』とか言い出すに決まってるッ!!!」
譲れないッ!!!!
「こ・・・小春ちゃんンン〜〜〜ッ!!!誰に向かってそんな口を…」
「"みちょしげ"さんにですよ!!みちょしげさゆみさんに言ってるんです!!!」
そう言いながら、私は道重さんの瞳から目をそらすことなく
机の上の答案用紙をバンバンと叩いてやった。
340 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/10(火) 04:09:11.35
0
「・・・・あ」
どうやら道重さんはようやく気付いたようだ。
名前を間違えて書いたことを・・・・自分が0点を取った理由を・・・・
「バカにしやがって・・・・・ムカつくのッ!!」
「小春は親切に教えてやったつもりですけどね〜ッ!!
それじゃあ小春はこのへんで。午後の授業は体育なんです」
「もう絶対口きいてやんないッ!!!」
部室から出ようとする私の背中に向かって道重さんが怒鳴った。
・・・・・小春だってそのつもりですからね!!
だから私は、その台詞にピクリとも反応せずに部室を出たのだった。
ガラガラ・・・・ピシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!
501 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/15(日) 10:12:55.10
0
面倒になことになったのはそれからのことなんだ…
放課後、いつものように部室に訪れた私は適当な席に座ると
カバンから女の子の必需品であるスタンドミラーを取り出し机の上に立てた。
小春もたまにはツインテールにしてみよっと。
後頭部で髪を束ねていたゴムを乱暴に取ると、髪はゴムの束縛を逃れて
自由になり、柔らかく肩にかかった。
あとは適当に髪を梳かしてから改めて両サイドをゴムで束ねればいいだけなのだが…
小春のスタンドミラー、ちょっと小さいんだよなぁ〜…なんか見づらいや。
道重さんが持ってる鏡は大きくて見やすいんだよなァ〜…
ハッ!!
いけないいけない。
私は道重さんと"絶交"したんだ。
あんなワガママな人とは、二度と口をきかないと心に決めたんだった!!
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンン!!!
502 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/15(日) 10:17:57.56
0
「小春ちゃん何しとーと?」
グッと両の拳を握り締め決意を固める私に話をかけてきたのは
ダボダボヤンキーファッションがよく似合う高等部一年生のれいな先輩だ。
「髪型変えるン??」
「あ、ハイ。なんとなく、そんな気分なんです」
「マジで?なんばしよったと??」
なんばしよったとか言われてもなぁ…
一々『町で見かけた子がツインテールにしていたから小春も真似したくなった』とか
説明するのもかったるい話である。
「わかったッ!!男に振られたんじゃあなかとね?!」
いきなり何を言い出すんだ。勝手に話を進めないでほしい。
そもそも男の子に振られたら髪型を変えるなんて話、私は聞いた事がない。
髪をバッサリ切るっていうンなら聞いたことあるのだが・・・
それに何よりも、私はまだ振られてなんかいないんだ。
「・・・・?なんね、違うんか」
私が答えないでいると、れいな先輩は一人で納得してしまったのだった。
503 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/15(日) 10:21:09.69
0
「そーだ小春ちゃん、髪縛るンならいいモンあげるばい」
れいな先輩がカバンをゴソゴソと漁り、中から何かを取り出す。
それを私にスッと差し出してきた。
「れいな先輩、これは??」
「髪飾りっちゃ。れいなのお古やけど、良かったらいる?」
れいな先輩の手のひらにちょこんと腰掛けている二つの髪飾りは
私が持っている質素な赤のゴムとは違い、デザイン性が高かった。
黄緑と白のタータンチェックの柄が綺麗で、それでいて小振りなリボンなので
可愛いことこの上ない!!
「い、いいんですか?可愛いのに…これ気にいってないんですか??」
「だってれいな似合わんもん。だからあんま使わんし」
「そうなんですかァ〜!?れいな先輩ッ!!ありがとうございます!!!」
ひえ〜!いいものをもらってしまったなぁ〜!!
早速つけてみる・・・・うん、なかなかいい感じだ。
私にはちょっと派手すぎるかも知れないが、たまにはこういうのも悪くないな。
小さなリボンを指でチョンチョンといじくり鏡を眺めて自己満足に
ウットリしていたその時、部室の扉が静かに開いた。
…扉を開けた人物に、小春は表情を明るくした!!
504 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/15(日) 10:25:23.46
0
「あッ!吉澤さん!?」
「小春、ちょっとちょっと」
よ、吉澤さんが小春に手招きしているゥ!?
嬉しいッ!!なんだなんだ??
小春は勢いよく立ち上がると、椅子を倒したことにも気付かず走り寄っていった。
髪型が変わってることに気付いてくれないかなーッ?!
「なんでしょうッ??」
意気揚々と訊いている自分がなんだかこっ恥ずかしい。
それでも少しテンションの上がっている小春に、吉澤さんが言った。
「重さんはいる?」
「さぁ、まだ来てないです!」
言いながら、ワザとらしく頭を左右に振ってみる。
気付け!!気付けッ!!!
「そうかぁ。俺さ、サッカー部は引退した身だけど今日は後輩の練習を
見にいかないといけないンだよな〜!!だから小春から重さんにも伝えといて」
き、気付いてないィ!?バカなッ!こんなに頑張ってるのにーッ!!!
そして、次の一言は小春のテンションをブチ壊すのにじゅうぶんな
破壊力を持っていたのだ。
「お前たちに指令だよ」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド…
505 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/15(日) 10:30:12.88
0
部活を早上がりした私は、杜王駅の側にある亀のいる池で
ジッと水面下にいる亀を眺めていた。
早上がりした理由は特にない、気分が乗らなかったってだけだ。
「寺田先生の指令か…小春に回ってきたのは何ヶ月ぶりカナ…」
そりゃあ気分が乗らないはずだ、自分でもそう思う。
吉澤さんは髪型が変わってることにも気付いてくれなかったし、
彼にとって小春という存在はそんな程度のものなのだろうか?
…あ、吉澤さんで思い出した。
私は吉澤さんから渡された"写真"を取り出し、それに目を落とした。
写真に写っている少女の名前は『月島きらり』という女の子だ。
S市にある小石川学園の中等部2年生らしく、私と同い年らしい。
写真の彼女がぶどうヶ丘中学の制服を着用しているのは、去年の夏休みまで
私の学校の生徒だったからだそうである。
ちょうど小春と入れ違いだったというワケだ。
でも…小春は知っている。
写真に写っている笑顔が素敵な彼女を小春は知っているッ!!
なぜなら私は、この『月島きらり』と一度出会っているからだ。
今日のお昼にサンジェルマンの店先で彼女が地面にぶちまけた
たくさんのクレープを拾う手伝いをしているからだ!!!
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
506 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/15(日) 10:36:21.23
0
今回のこの指令は私と道重さんに言い渡されたものだそうだが、
私は道重さんにこのことをまったく伝えなかった。
彼女と絶交したから!!というのも理由の一つではあるが…
小春には、どうしても疑問を拭い去ることができない奇妙な指令だったからだ。
正直、実行にうつそうか迷っている。
その奇妙な指令の内容とは…
「なにしとんじゃあテメェッ!!!」
突然耳に入ったドスの効いた声に、私の思考は中断されてしまった。
そういえば、ここのバスターミナルにはたまにぶどうヶ丘高校の不良が
何人かでたまっていることがある。
誰か可哀想な人が絡まれているのかもしれないな…ま、小春には関係ないか。
「おいスッタコ!!オメーだよ!!そこでバカみてーに池ン中眺めてる
オメーに言ってんだッ!!シカトくれてんじゃあねーぞボゲッ!!!」
声が近くから聞こえた、今度はすぐ真後ろだ。
そんな近くから大声が聞こえたら普通は何事かと振り返るもんだ。
誰だってそーする。小春もそーする。
だが、振り返ってから後悔してももう遅いのだ。
507 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/15(日) 10:40:12.39
0
「テメー・・・・こないだ3年生のクソ野郎と一緒にいた女だよなぁ!?」
「なんつー名前だったか?吉澤・・・?確か女みてーな名前のヤサ男だったなーッ!!」
「・・・・はぃ?」
「しらばっくれてんじゃあねーッ!!こちとら記憶力だけはいいのよ!!
立てッ!!ボケッ!!!」
ふ、振り返らなければよかった…
絡まれているのは・・・・小春でした〜!!いつの間にかァ〜ッ!!!
なんだか今日はいろいろとツイてない日なのかもしれない…私は重い腰を上げた。
目線が上がってから気付いたが…この顔にケガをした二人組み、もしや・・・・
「ほほォ〜中坊の、それも女のくせに・・・・タッパあるっちゃ〜ッ」
「ぬう〜・・・もしかしてあなた達は・・・・」
そうだ、思い出した!!
ついこの間、部活が終わって吉澤さんと一緒に下校していたときに、
この人達がぶどうヶ丘高校の一年生らしき人たちをカツあげしていたんだ。
で、吉澤さんが『そーいうのやめましょうよ〜』みたいな感じで割り込んでいって…
その結果は、この二人組みの顔のケガを見てもらえればわかってもらえるであろう。
「ようやく思い出したかァ〜!?」
「ハイッ!!このあいだ、吉澤さんにメタメタにされた人達ですね!!」
そう、正直に答えてしまったのが運の尽きだったようだ。
508 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/15(日) 10:50:18.64
0
グワシィッ!!!!
「うえッ!?」
いきなり首の角度が90度曲がる。
束ねた右側の髪をつかまれて持ち上げられているのだ!!
「い…いててーッ!!!」
「よぉ〜くお答えできましたッ!!」
ギュウウウウウッ!!…引っぱる力はさらに強くなる。
「痛い痛い痛いッ!!・・・・・お、女の子の…髪を引っぱるなんてーッ!!!」
「アァ?中坊にゃ男も女もねーんだよクソガキ!!オメー、吉澤とどーいう関係?」
「か、関係?そんなこときいてどうするン・・・」
「わしらの前に連れてこいや。この間の"お礼"をしてやりてェからよぉ…倍返しにしてなーッ!!」
いてててて!!!なんてサイテーな人達なんだッ!?
お礼をしてやりたいとか何とか言ってるが・・・・・つまるところ、
恨み晴らさでおくべきかっ!!という事なんだろう。
そんなことでワザワザこの私が吉澤さんを呼ぶとでも思っているのか?
あの人は忙しいンだ!!!
よ、よぉし…こうなったら!!
「し、知りませんよ…それに小春、携帯電話とか持ってないですし…」
嘘をついてやるッ!!!
ドッギャ〜ン!!
509 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/15(日) 10:55:59.49
0
「…ンダラこのカバンから出てる"ストラップ"はなんだぎゃああああああッ!!!」
「え?…あ」
し、しまったァ〜!!!
嘘ついて適当にあしらおうと思ったけど、こんな簡単にバレてしまうなんてッ!!
「わしらにド嘘かますなんてよォ〜いい度胸しとるのおぉぉぉぉぉぉぉ!?
テメーも吉澤と一緒に病院で寝かしてやろうかァッ!!?ゴルァッ!!!」
グイィッ!!
「イタタッ!!な・・・・何をするだぁーッ!!ゆるさん!!!」
「テメーに許す許さねーの選択肢なんかねんがぁぁーッ!!ボサっとしとんなダボが!!
待たされンのは嫌いなんじゃ…はよ電話かけんかッ!!!」
「よしよし…そんじゃあまずテメーの携帯電話を握れ。そしたら次はcallだ。
猫を撫でるときみてーな声で電話しろよぉ〜っ!?したらココへ来るよう誘えや!」
「う・・・・うぅ・・・・」
ま、まずいことになってしまった〜ッ!!
今の嘘でどうやら不良たちをかなりヒートさせてしまったらしい…!!!
かなり、かなりやばいのよ…助けてダーリン、くらくらりん。
ブゥーン・・・・・
その時、空気の振動する音が聞こえてきた。
なんの音だろう・・・・・音は不良達にも聞こえてきたらしく、自然と私の髪を握る
手の力が緩み始めている。
510 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/15(日) 10:59:04.11
0
「な、なんじゃあああああ!?」
不良の一人が情けない声をあげた。
まさかこの音は・・・・空気の振動する音の正体はッ!!!
「は・・・・・・・・・ハチの大群だぁ〜ッ!!!!!!!」
ブブブブブブブブ・・・ブゥウウウゥウゥウウゥウウウウゥウウウゥンンンッ!!!!
ハチの大群が一斉にこちらに向かってきているッ!!!
空気が震えるような音の正体は・・・ハチの大群が起こす"羽音"だったんだ!!
こ、こっちに向かってくるぞ・・・・襲い掛かってくるッ!!?
「「「うわぁああぁあぁあああぁッ!!」」」
不良は小春の髪から手を離して後退るが、小春はそのハチの大群に
驚いて思わず屈んでしまったッ!!
刺されるッ!!
何がなんだかわからないがハチに刺されてしまうッ!!!
ブワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンン!!!
・・・・・シーン
511 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/15(日) 11:00:24.91
0
「・・・・・・・・・・え?」
我が身に起きた奇妙な出来事に、小春は呆気に取られた。
なんだ・・・・今のハチの大群は・・・・
こっちに向かって来たと思ったけど・・・・小春を・・・小春だけを…
器用に避けていった・・・・?
「オボゲェ〜ッ!!た…助けてくれェッ!!!!!」
「い、いたいいたいッ!!!は、鼻を刺されたァ〜うぎゃあああッ!!!!」
「!?」
ハチの大群に覆われる不良たちの苦痛に悶える声が響く。
この・・・・このハチたちは・・・・まさか・・・・・不良たちだけを狙っていたのか・・・・!?
で、でもどうして!!?いったい何が・・・・ッ!!!
たまらずその場から逃げ出す不良たちを、ハチの大群はさらにしつこく追いかけていった。
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンン!!!!
512 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/15(日) 11:04:00.45
0
本来なら、そのまますぐこの場を立ち去るべきだった。
ハチに刺されなかったのはただのラッキーだっただけなのかも知れないからだ。
だが、私は動けなかった。
ハチに驚いて腰を抜かしたからではない…
そこに立っている人物から目が離せなかったのだ。
あとあとまで関わりあうことになる・・・・その人物に・・・・
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
「ひどい人たちでしたねっ!!ケガとかしてない・・・・・ですかっ?」
その少女は、ひょこっと私を覗き込むように屈む。
白いカッターシャツに赤いチェックのプリーツスカート…そしてツインテール。
この子は・・・・・
この足が長くてスタイルのいいこの子は・・・・・ッ!!
「よかった〜!!ケガはないみたいですねーっ!!もう大丈夫なんですよ!!
わたしの友達の『なーさん』がっ、ハチさん達にあの人達をこらしめてくれるよう
"頼んでくれた"んだー!!!っていうか・・・・・もしかしてっ・・・・・・
わたしとどこかでお会いました・・・・っけ??」
・・・・・・・・・月島きらり!!!!
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド…
518 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/15(日) 13:51:21.94
0
助けてくれたのか・・・?
彼女が…私を助けてくれたと・・・・・・・
そういう解釈をしていいのだろうか?
「あっ!なーさんが帰ってきたッ!!なーさんっ、おいで〜!!!」
『なー』
月島きらり…いや、月島さんの元に例のあまり愛想のよくなさそうな
猫が帰ってきたようだ。
愛想はよくなさそうに見えるが、それでも可愛く見えるのは動物が持つ
天性の愛嬌があるからかもしれない。
「自己紹介がまだだったねっ!!わたし、月島きらりっ!!14歳ッ!!
でぇっ、この子がわたしの一番の友達のっ、なーさん!!!」
『なぁー』
月島さんは満面の笑みでその腕に抱いた猫を紹介してくれた。
『なーさん』と呼ばれた猫も、その無愛想だった瞳をパチッとあけ、
つぶらなまぁるい瞳で私を見つめている。
「月島・・・・・さん。それになーさんと言ったね・・・・・なんだかよくわからないけど、
『ありがとう』って言うべきですよね」
「!!?」
『なぁ?!』
私がそう言うと、月島さんとなーさんが目を丸くした。
な、なんかおかしいこと言っちゃったかな?
いろいろと疑念を抱いていたせいか、けっこう失礼な言い方をしてしまったのかも…
519 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/15(日) 13:56:59.65
0
「ご、ごめんね!!小春も突然のことで動揺してて…」
うぅむ…バツが悪いなぁ。
申し訳なさそうに頭をかき、月島さんの表情を窺う。
・・・・信じられない表情をしていた。
「・・・・・・・ッ」
『・・・・・・・!』
ニッ・・・ニコォーッ!!!
そこには眩し過ぎるほどの微笑みの花が咲いていたのだ!!!
「あ、あなた・・・・・『なーさん』が"見える"の??」
『なあぁあぁぁあぁ!!!』
「え・・・・・・・?」
私は再度、月島さんの腕に抱かれた猫のなーさんを見る。
小春としっかり目が合った。
「ねぇっ!?見えてるんだよねっ!!」
『なーぁ!!』
ま、まさか・・・・・この『なーさん』というのは・・・・ッ!!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…
520 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/15(日) 14:00:11.97
0
「は、初めてだよーぅ!!初めてなーさんが見える人に出会えたっ!!!
よかったねぇっ、なーさん!!!お友達がっ、増えたねッ!!!!」
『なぁあ〜っ!!!』
歓喜のあまりか、月島さんは腕の中のなーさんを力いっぱい抱きしめていた。
彼女の腕の中にいるなーさんは、苦しそうでもあり、喜んでいるようにも見える。
月島さんは顔をあげると、なーさんを左手に抱えて私に握手を求めてきたのだが…
「ぜひっ!!わたしとなーさんにあなたの名前を教えて下さいっ!!!」
その時、小春の脳裏に…忘れかけていた"あの日"の感動が甦ってきたのだ。
521 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/15(日) 14:01:04.63
0
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『は、初めてです…"彼ら"が見える人がいるなんて…嬉しいですッ!!』
『そうか、あんたは今までスタンド使いに出会ったことがないんだね?』
『スタンド使い…?そう呼ばれてるのですか?そうですね、ありません。
物心ついた時から私は"彼ら"と一緒に時同じくしてきたのです。
そして、私の友達には"彼ら"が見える人がいませんでした・・・・あなたが…
あなたが初めてなんです!お願いです!!名前を…是非名前を聞かせて下さいッ!!』
『大げさだなぁ〜高等部2年の藤本美貴だよ。演劇部にはあんたのスタンドが
見えるヤツがワンサカいるんだかんね』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
522 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/15(日) 14:04:46.06
0
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
ガシィッ!!!
小春は思わず彼女の差し出した右手を力強く握ってしまった。
この子は…月島さんはあの頃の小春と同じ気持ちなんだ。
「私の名前は小春・・・・・久住小春ですッ!!」
月島さん、あなたには・・・・小春はとても共感できるッ!!!
共感できるのはきっと小春だけだ!!
今日、初めて会ったハズ・・・・なのに・・・・小春は・・・・・・
目の前にいる可愛い月島さんを"親友"だと思えてならなかった・・・・・
あなたは小春のこれまでの短い人生の中で…
最も短い期間で分かり合うことが出来た人なのかも知れない…ですッ!!
そう思うと、小春はしばらく月島さんの手を離す事が出来なかった。
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンン!!!!
549 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/16(月) 07:07:40.49
0
その日からというもの、小春の日常を不思議な光が優しく包み始めたッ!!
先日の奇妙な出会いの後、連絡先を交換した私達は、毎日のように
連絡を取り合っては放課後に顔を合わせている。
月島さんはとても食いしん坊で、いつも何か口にしている子だった。
『サンジェルマン』のカスタードバナナチョコクレープに始まり、
『レインボー』のストロベリー&チョコチップアイス…さらには杜王町の
特産品である牛タンの味噌漬けなんかも好物なんだって。
理解不能と同時に感動を覚えたのは、昼休みという限られた短い時間の中で
サンジェルマンのクレープを食べたいがためにわざわざS市からやってくるという
彼女の根性と食に対する姿勢だ。
恐らく、先輩の紺野さんにも引けを取らないほどであろう。
月島さん曰く「サンジェルマンのクレープじゃなきゃダメ」なんだそうだ。
そんな月島さんは意外なことに杜王町に住んでおり、S市の中学校まで電車通学している。
なぜ、学区外である『小石川学園』に通っているのか…驚くのはここからなんだ。
そもそも小石川学園というのは私立中学で、舞台俳優を多く生み出している有名な学校で、
ある劇団の団長が校長を勤めており、舞台俳優や女優を育成している専門学校のようなものらしい。
つまり月島さんは、輝かしい未来を担う女優のタマゴということッ!!
「でも音痴だし、料理や裁縫もできないけどねっ」は、月島さんの口癖だ。
そしてある日、彼女は言った。
ぶどうヶ丘中学に在学していた頃・・・・・
私の所属している演劇部の面接を受けたのだ・・・・・と。
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
550 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/16(月) 07:14:06.97
0
でも、だからなんだってことはないんだ。
そんなの小春達には関係ないんだから。
目の前には、今日もカフェドゥ・マゴでチョコレートパフェを美味しそうに
口に運んでいる月島さんがいる。
「おいしいッ!!小春ちゃんっ!!もう一個頼んでもいいっ!!?」
「ダメって言っても頼むンでしょ〜?そのかわり小春にも一口ちょうだい☆」
「いいよっ!!やったぁ〜!!じゃあコレと同じやつ一つとっ、
デラックスイチゴサンデー一つ下さァ〜いっ!!!」
「えッ!?二つ頼むのッ!!?」
今、こうしている時が楽しくてしょうがなかった。
だから何も気にすることはない…気にするのはヘンだ。
たとえ…
たとえ、彼女が"寺田先生に射られた"スタンド使いなのだとしても。
552 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/16(月) 07:16:37.26
0
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
ある日のこと。
きらりちゃんが補習を受けるハメになってしまったらしく、その日はいつものように
会えなくなってしまったので、私は久々に部活に顔を出すことにした。
『演劇部』
そういえば、もうすぐクリスマス公演の劇の準備が始まる頃だな…
扉を開けると、そこは二週間前に道重さんとケンカした時から
あまり風景は変わっていなかった。
その様子に、なぜか安心感を覚えてしまう自分がいた。
「おいぃぃぃぃッス小春!ヒサブリだなァoioi。ま、ワタシも人のことは言えんがネ」
「小川さん、なんですか?その袋は…ずいぶんと重たそうですけど」
「これカイ?これはなァ・・・・・ワタシらの故郷の味だゼ・・・・・・・
おーい!!新ぃ〜潟産の美味しいお米!!!」
小川さんが窓際の植木鉢に水をやっている新垣さんを呼ぶ。
なんだか新垣さんをからかっているように見えた。
553 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/16(月) 07:19:47.02
0
「おい聞こえてンなら返事しろヨ!新潟産の美味しいお米ッ!!」
「なんでだよ!ちげーよ!!」
「新垣里沙ッ!!ホレ、新垣さんの美味しいお米、なんちってw」
「わかったわかったわかったから!!で、これはなんなのだ?」
「だから言ってンだろoioi。新潟産の美味しいお米だよ。今朝、田舎から
送られて来たンだ…ま、お裾分けってやつカァ〜!?太っ腹だぜ、ワタシィ!!」
「このお米は・・・魚沼コシヒカリ?どっちかってーとアキタコマチの方が
わたしは好みなのだ。もちろん無洗米で」
「無洗米だァ〜?oioi、そんなもんに真の米の味は出せやしないゼ!!
なぁ小春ッ!!小春もいるかい?新潟産の美味しいお米」
554 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/16(月) 07:21:43.86
0
小川さんが私にお米を勧めてくる。
そうだなぁ・・・・小春はあまりお米にはうるさくない方だけど・・・・
あ、そうだッ!!
このお米、きらりちゃんに持っていってあげようッ!!
確かお父さんと二人暮しと言っていたし、2kgぐらい持っていけば
ちょうどいいかも知れないな!
でも、きらりちゃんってば食いしん坊だからなぁ〜ッ!!
「ン…小春ちゃん、どうしたのだ?いつになくニコニコしているみたい」
「ちょっと見ないうちに変わったナァ!oioi、なんかイイことでもあったのカイ??」
「えへへ・・・なんでもないです☆小川さんッ!!お米、ちょっとだけもらいますね!!」
「「!?」」
新垣さんと小川さんはビックリしていたようだった。
小春が『えへへ』なんて声に出して笑ったもんだから。
でも自然に出ちゃったんだから、しょうがないンですよ。
小春、何か変わりましたか??
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンン!!!
555 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/16(月) 07:25:01.97
0
夕方の五時を過ぎ、そろそろ帰ろうかと支度をしていたところで、
私はその声を久々に耳にした。
「小春ちゃんッ!!」
・・・・・道重さんの呼ぶ声だ。
彼女は私の肩を掴むと、ちょっと強引に私を振り返らせた。
「なんです?」
「なんですって・・・・・あんま大きい声では言えないけど…」
「・・・・」
道重さんは私と視線を合わせず目を泳がせていた。
その様子が、なんだか私をイライラさせる。
「…用がないなら小春は帰りますね」
「・・・・・ッ」
「・・・・・それじゃあ…」
「指令!!・・・・・どうなったって・・・・吉澤さんが言ってたの」
ッ!!!!!!!!!!!!!
556 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/16(月) 07:27:09.71
0
「小春ちゃん…どうしてさゆみに"指令"のこと伝えてくれなかったの?
さゆみ達に言い渡されたものなんじゃあないの?ねぇ答えて」
指令・・・・・
指令か・・・・・
指令ってなんだ・・・・?
中学・高校の部活動に、指令だなんて言葉・・・・・
まるッきし!!似合ってない・・・・・マンガに出てくる悪の組織みたい。
「それなら・・・・・大丈夫です。小春一人でなんとかできます」
「え、でも・・・・」
「しつこいな・・・・・小春一人でなんとかしますって言ってるじゃあないですか!!
正直、道重さんの助けなんか"いりません"よッ!!」
ズバアアアアアアアッ!!!
小春は、いまは何も悪くないハズの道重さんに感情をあらわにした。
557 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/16(月) 07:29:34.05
0
「ッ!!!そ、そう・・・・ごめんなの・・・・」
…この時、道重さんは何を考えていたのだろう。
ショックを受けていたのだろうか?
それとも、こんな私に腹を立てたのだろうか?
なんにせよ、部室から出ようとする小春を追いかけようともせず、
寂しそうにその場で爪を噛んでたたずんでいた道重さんには・・・
罪悪感を感じずにはいられなかった・・・・・ッ。
くだらないケンカのせいで口には出して言えないけど。
でも・・・・・・道重さん、わかって下さい。
あの事を根に持ってこんなこと言ってるんじゃあないってことを。
あなたと動くことになれば、この『指令』は実行に移さなきゃならなくなる。
まだ・・・・・まだ迷いがあるんです。
この指令・・・・実行に移すべきかどうか・・・・
だって、いまだその内容に小春は納得できてないンですから!!!
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
623 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/18(水) 07:25:00.34
0
きらりちゃんと出会ってからというもの、まるで時が加速しているのかと
錯覚してしまうほど月日が経つのが早く感じられたのだった。
…もう一ヶ月にもなるんだなぁ。
人生を長い目で見れば、一ヶ月なんてアクビ一つにも満たない時間なのかもしれない。
でも、小春にとって・・・・そしてきらりちゃんにとっても、この共に過ごした
一ヶ月という時間は今までに経験したどんな一ヶ月よりも濃いもののハズだ。
先月から茶色く変わり始めていた木の葉はハラハラリンと枝から離れ、
からっからの落ち葉となり、今年の冬の到来を予感させる。
その頃には、小春はもうほとんど演劇部に顔を出さなくなっていた。
624 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/18(水) 07:27:53.55
0
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
「発声練習ゥ?」
「うんっ!こないだカラオケ行った時に気付いたと思うんだけど、
わたしってだいぶ音痴なんだぁ〜っ!だからっ勉強しようと思って!!!」
小春ときらりちゃんは杜王町の駅前にある東日本最大のチェーンデパートの一つ、
『カメユー』にやって来ていた。
訪れたのは二階の隅に位置する楽器屋さんだ。
ここは楽器だけでなく、有名なギタリストのコード表や楽譜も売っていたりする。
他には『今日から始めるトランペット』だとか、『フルート・初歩の初歩』なんていう
教材も見受けられた。
きらりちゃんは本棚から適当に一冊手に取ると、それをパラパラめくり始める。
「小春ちゃんっ。これ、全然書いてあるコトがわからないよ〜っ」
『なーっ』
「どれどれ?・・・・・『入門!色鮮やかな・カナリヤみたく・たくましく』・・・・・
うえぇ、なにコレ・・・・・・」
なんだかセンスの悪そうな本を手に取るなぁ・・・・天然というかなんというか・・・
まあ題名はアレだけど、中身はわりと普通のものみたいだな。
発声の基本は胸式呼吸ではなく腹式呼吸だとか、それがビブラートを会得するのに
重要な役目をなんちゃらかんちゃら、と書いてある。
そうだ!!腹式呼吸といえばれいな先輩だ。
あの人ならきらりちゃんにシッカリとした腹式呼吸を・・・・
625 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/18(水) 07:31:08.18
0
いやダメだな。
れいな先輩が行っていたとかいう一秒間に十回の呼吸をする特訓だとか
十分間息を吸い続けて十分間吐き続けるという鍛錬はきらりちゃんには向かないだろう。
そういえば、れいな先輩とも久しく会ってないな。
この可愛らしい髪飾りをくれたれいな先輩と…
小春は長い髪の毛を左側へ一つにまとめて縛ってくれているれいな先輩の
髪飾りをちょんちょんと指でなでた。
え?なぜツインテールをやめたのかって??
それはきらりちゃんと髪型がかぶるのが申し訳ないからに決まっている。
だから小春は、一つ余ってしまったれいな先輩の髪飾りをいつも左腕に通していた。
「困ったなぁ〜…ねぇっ、なーさん・・・・なんかいい本ないかなぁ〜・・・っ」
『なーぁ…』
パタンと閉じた本を元の場所にしまうと、きらりちゃんは再び本の背表紙を
一つずつ入念に調べ始めた。
天然で、おっちょこちょいな子だけど、そんなきらりちゃんのこういう前向きで
行動派な姿勢には憧れをおぼえずにはいられない。
よぅし、小春も負けてられないぞッ!!
アコースティックギターの新しいモデルでも見てみようっと。
まぁお姉ちゃんのギターでじゅうぶん間にあってるから買うつもりはないけどね。
626 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/18(水) 07:34:04.91
0
壁にかけられたいくつものアコギは、定番色からド派手な赤色、クールな青、
さらには渋めな真っ黒いギターも・・・色々あるんだなぁ〜。
その中に、小春は見慣れない楽器を発見した。
「なんだこれ?」
三角のボディに短いネック、サウンドホールも小さければ弦も三本しかない。
奇妙な形のギターだった。
っていうかギターなのコレ?
「お気に召されましたか?お客様〜。そちらはロシアの民族楽器で
『バラライカ』というものになりますね〜、ハイ」
「バラライカ?ウクレレみたいなものですか??」
「似ているようですケド全然違いますね〜。形や大きさもそうですが、
最大の特徴はなんと言ってもこの三本の弦ですね、ハイ〜。上二本のナイロン弦と、
下一本の金属弦の組み合わせで音の可能性を格段に広げているンですね〜、ハイ」
627 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/18(水) 07:35:44.31
0
へぇ〜、こんな楽器あるんだなぁ。
初めて目にする奇妙な楽器に私は感動を覚えずにはいられない。
「もしよろしければ、コチラ手にとって御覧になりますか〜?」
ハイ・・・と言いかけるも、今日は小春の用事でここに来たわけじゃないので
私は店員さんに丁重に断ると、再びきらりちゃんの元に戻った。
バラライカ・・・・・かぁ。
弦が三本しかないのに、どんなメロディを奏でるんだろう?
二本のナイロン弦と、一本の孤独な金属弦で…
きらりちゃんと出会ってからというもの、ケンカしたこともあってか
道重さんと一緒にいる時間はまったくなくなってしまったな。
小春ときらりちゃんがこうしている今、道重さんはどうしているんだろう?
ふと、そんなことを思った。
628 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/18(水) 07:37:53.76
0
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
「おい、小春」
数日後、下校しようとした小春を誰かが引きとめた。
彼の顔を見るのもヒサブリだ…吉澤さんである。
あの吉澤さんに声をかけられたのだ、今までの小春だったら嬉しいとか
そういう気持ちが沸き起こるハズなのに、なぜかその時はあまり快く思わなかった。
「おまえ、どうしたんだ?部活には全ッ然顔出さなくなっちまってよォ・・・・・
それに、あの件はどうなったんだ?」
「あの件・・・・・・?」
「・・・・・・指令のことだよ。『月島きらりを寺田のおっさんの前に連れてくる』っつーな。
こーいうこと、あんま口に出させンなよな」
・・・・・ッ!!
629 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/18(水) 07:39:47.20
0
「別に時間はかかったっていい。誰かを勧誘するとか、何かを捕まえるだとか
そーいう類の事じゃあないからな・・・・でもな、だからってチンタラされても
困るんだよ。困るってのは俺のことじゃあねぇ、寺田のおっさんのことだ」
「・・・・・・・吉澤さん」
「ん?」
もうそういう話は終わりにしよう。
小春はここ最近ずっと考えていた事を、ついに部長である彼に打ち明けることにした。
「小春は・・・・・・演劇部をやめますッ!!!!」
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンンン!!!!
630 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/18(水) 07:42:24.15
0
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
小春の意を決した台詞によって重苦しい沈黙が生まれたる。
何だか気まずいが・・・・今の私には自分は演劇部にいる意味なんてないと思ったのだ。
だからやめようと考えたんだ・・・・・ただそれだけのことだ。
道重さんとケンカしたままというのが非常に心残りだけど・・・・
でも小春はまだ中学二年生だし、あの人は高校一年生だ。
もしかしたら、いずれまた会うことがある・・・・・かも知れないじゃあないか。
「演劇部に入って…遠回りや道草をくっていたんです。だからって、それを
後悔なんて一切してません…おかげで新しい道を見つけることができましたから。
もちろん、ミラクルな大スターになる夢を諦めたってわけじゃあないです」
沈黙を打ち破るように、自分の気持ちを述べる。
彼はどんな反応をするだろう…怒るだろうか?
それとも悲しんでくれるのだろうか?
「・・・・・・・困るんだよなぁ、そういうのさ」
どうやら前者らしいな・・・・そう思ったが、彼の次の言葉に
小春は目を丸くしてしまった。
「今、小春にいなくなられると・・・・・俺、困るんだよ」
「えッ!!?」
なんだなんだ!?
この人ッ!何を言おうとしてるんだ??
胸が高鳴ってくる・・・・・もしかして・・・・吉澤さんも小春のことを・・・・っ?!
631 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/18(水) 07:44:00.08
0
「俺だけじゃあない。重さんも、れいなもミキティも、みんな困るぜ?」
ズコーッ!!
なんだよ、そういうオチですか。
「どうして困るんですか?指令なんてものは、小春じゃなくてもできるハズです!」
ちょっと腹がたった私は口を尖らせて言った。
「指令がどーとかの前に、忘れたのか?俺たちは演劇部なんだ・・・・・
本職は舞台の上にあるんだよ。俺が何を言いたいかわかる?俺が言いたいのは…
小春が抜けると痛いってことだ、お前にはかなりの演技力があるからさ」
演技力・・・・・?
それにこの人、本職は舞台の上とか言ったけど・・・・
「クリスマス公演も近いんだ。確実に小春にも役は回ってくる。
なのにいきなりいなくなられたら、みんな困るんだろう?」
「指令がどうとかじゃあないんですか?小春はてっきり・・・・」
「指令なんて二の次でいいんだよ、俺らは『演劇部』なんだからな。
ただ、与えられた仕事はしっかりやんないといけないよなァ?」
632 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/18(水) 07:47:26.59
0
演劇部…そうだ、小春は演劇部員だったんだ。
指令云々の前に演劇部としての活動があるんだ。
でも・・・・・
「小春は・・・・その与えられた仕事が出来そうにありません。なんのために
きらりちゃんを寺田先生の前に連れて行くのか、理解できないからです」
その時、空気の流れが変わったような気がした。
吉澤さんのオーラに変化が起きたような気がしてならない…どうしたんだ?
「小春ゥ・・・・・おまえ、いま“きらりちゃん”と言ったか・・・・?どういうことだ?
おまえの性格からして知らない人間を"ちゃんづけ"するなんてあり得ないよなァ…
と、いうことは・・・・・もう"知り合っている"んじゃあないのか・・・・月島きらりとよぉ…」
「・・・・・ハッ!!!」
「どうなんだよ、小春・・・・・ッ!!!」
し、しまったッ!!
今の状況できらりちゃんと知り合いどころか"親友"だということがバレたら…
それはヤバイことだ!!直感だが・・・・・何かヤバイッ!!!
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
640 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/18(水) 13:11:37.92
0
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・!!!」
う、うあぁあぁぁあぁぁあああぁぁぁ!!
いいわけのネタ思いつかないよーッ!!
それにしても…なんてするどい人なんだ、吉澤さんは・・・・・
なんて感心してる場合でもないッ!!
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・ッ」
そして、次に吉澤さんの吉澤さんの口から出た台詞に小春は仰天してしまった。
「なあぁぁんだ。そーいうことかァ〜!!ったくしょうがねーなぁ小春は〜ッ!!!」
「・・・・・・・・・・え?」
吉澤さんはやけに明朗な声色で言った。
そしてポンポンと小春の背中を優しく叩く。
い、いったいどういう心境の変化だ?
641 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/18(水) 13:13:26.79
0
「おまえ、寺田のおっさんのこと"信用してない"方だろ?」
「そ、それは・・・・・」
「・・・・・その表情、図星と見たぜ。まぁ無理もないよな。俺だって何も
知らなかったらあの人のこと色々と疑うだろうよ。ましてや最近仲良くなった
友達を信用できないヤツの前になんて連れて行きたくはねェよなぁ〜」
ちょっと・・・ちょっと待ってくださいよ!!
どういうことですか?何も知らなかったらっていうのは・・・・?
あなたの口ぶりは『自分は知っているから疑ってない』と言っているようなものッ!!
私は恐る恐る吉澤さんに訊くと、彼はこう答えた。
「あぁ、俺は知ってるよ。『町を守り続ける』っつーあの人の考えを
私は知っている・・・・・これでも一応は部長だからよォ」
ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド
642 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/18(水) 13:18:31.11
0
町を守り続ける…だって?
なんだそれは・・・・どういうことだ??
「とまぁ大物ぶって言ってみたけど、俺も突っ込んだことは知らないんだなァ。
でもな、俺が見る限りあの人は何も間違ったことはしてない・・・・少なくとも
今まではね。このこと、他の部員には内緒にしててよ?」
「内緒って・・・・・他にどれだけの部員がそのことを知ってるんですか?」
「ほとんどいないね・・・・考えてもみろよ。町を守る、なんてこと意識してたら
普通の学生じゃいられなくなっちまうだろう?プレッシャーに潰れるヤツも
出てくるだろうし、町を守っているっつー"誇り"が高くなりすぎて天狗に
なっちまうヤツも出てくる・・・・そーいうヤツは取り返しがつかないからな。
だから寺田のおっさんは皆に言わないんだ」
は・・・・・初めて聞いたな、そんな話。
吉澤さんはさらに続けた。
「指令に疑問を抱く…そりゃあ普通のことだね。何も知らなければ特にさ。
でも、これでわかったろう?スーツは派手だしなんか怪しい人だけど、
寺田のおっさんは悪い人間じゃあないんだ」
「それじゃあ・・・・・小春に・・・・いや、小春と道重さんに与えられた指令は
いったい何のためのものなんですか?なんのためにきらりちゃんを・・・・?」
「それは知らないよ。ま、指令っつーぐらいだからあっち(スタンド)の事なんだろ」
「・・・・・・・うーん」
643 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/18(水) 13:21:22.44
0
「あの人が『月島きらり』と会いたいなら会わせてやりゃいいんじゃね?
何のためかは知らないけどさァ、心配するようなことはないと俺は思うねー。
あの人は悪い人間ではないハズだからな・・・・ってしつこく言ってる俺も
気持ちワリィな」
吉澤さんの口ぶりからすると、彼は寺田先生の事を悪い人間だとは
思っていないが特に信頼しているというわけでもないように感じた。
「こんな指令のために演劇部やめるなんてもったいねーよ。会わせば終わり
なんだから、さっさと『月島きらり』と会わせて・・・・後は自由にすればいいじゃん?
ちゃんづけしてるとこ見ると、かなり仲良いんだろ?あ、でももうすぐ
クリスマス公演だからな〜サボりもほどほどにね、あのミキティですら最近は
役がもらいてーからってんで顔は出してるんだからなw」
会わせれば終わり…確かにその通りだ。
それを終わらせてしまえば、きらりちゃんとは『指令』というくだらない
心の引っ掛かりを気にすることなく一緒に遊び続けることができるだろう。
それに、ホントの事を言うと・・・・・まだ舞台を降りたくはない。
スポットライトを浴びて、舞台風を身体に感じたい。
・・・・・・・吉澤さん、あなたの言った事を信じていいんですね?
小春は、吉澤さんのことを信じますよ・・・・?
心の中で祈るように何度もそう反復すると、小春はきらりちゃんと一緒に
パフェを食べている想像をして、無意識のうちに微笑んでいたのだった。
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
777 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/22(日) 10:20:51.82
0
次の土曜日…私はついにきらりちゃんを寺田先生の元へ連れて行く決意をした。
その事を彼女に伝えたところ、ぶどうヶ丘中学の生徒だった頃に一度会ったことが
ある(おそらく演劇部に入部する時だ)というので特に嫌そうな表情は見せなかった。
ただ一言、あんま好きなタイプの先生じゃないカナァ…とだけ言っていた。
それでも「小春ちゃんの頼みだからいいよっ」と首を縦に振ってくれた
きらりちゃんには正直感動せずにはいられなかった。
あなたならどうする?小春なら行かない。
小春が思うに、きらりちゃんはいつも行動を共にしている猫(の形をしたスタンド)の
"なーさん"の正体を知りたかったのではないだろうか?
以前、きらりちゃんに小春のミラクル・ビスケッツを見せて"スタンド"という
概念を教えてあげたことがあったが、彼女はなーさんをスタンドだとは
決して認めなかったんだ。
なーさんは自分の大切な友達なのだと言い張っていた。
その気持ちは小春だって負けていない。
ミラクル・ビスケッツのみんなは小春の大事な友達だからだ。
しかし、きらりちゃんが何と言おうとなーさんはスタンドなんだ。
感覚の目でよく見てみればわかる…なーさんは、やはりきらりちゃん自身だ。
そして、そのきらりちゃんをスタンド使いにしたのは寺田先生。
生まれついてのスタンド使いだった小春はちゃんと見たことがないが
『弓と矢』によって射抜かれたきらりちゃんからなーさんが生まれたのだろう。
きらりちゃんは矢で射ぬかれた記憶をスッポリなくしてしまっているようだが、
なーさんがスタンドだという事は、やはりどこかで肯定しているのかも知れない。
だから小春が言った時、きらりちゃんは寺田先生と会う決意をしたのかも知れない…
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
ゴ ゴ ゴ
778 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/22(日) 10:24:08.73
0
午前中、カフェドゥ・マゴの限定メニューのパルフェを食べに行ったその足で、
私ときらりちゃんはぶどうヶ丘高校・中学へ向かった。
しかし…お腹すいたなぁ〜。
思いのほかパルフェの値段が高くて、しょうがないから二人で一つ頼んだんだ。
じゅうぶん美味しかったしお腹に入ったけど、やっぱりお昼時になってくると
お腹の虫が我慢できずにグーグーと泣き始めてしまった。
「小春、もうお腹すいちゃったよw」
「わたしもだよ〜っ!これが終わったらお昼ご飯食べに行こうっ!!
S市にっ、おいしいパスタ屋さんがあるんだよ〜!!!」
「そいつはいいねーッ!!梅が入ってるパスタとかある?」
「あるあるっ!楽しみだね〜っ!!」
『なーぁッ』
よぅし、お昼はガッツリ食べるぞぉ〜!!
談笑しながら歩いていた小春たちだったが、校門のあたりまでくると
きらりちゃんと小春の口数は不自然なほど減っていた。
緊張しているのだ・・・・あのきらりちゃんが・・・・・
まぁ無理もない、大して関わりのなかった他校の先生に会うなんて、
普通に生活していれば滅多にないことだから。
「そっ、そういえば小春ちゃんの学校は第二土曜日でも休みじゃないのっ?」
「休みだよ、第二・第四土曜日は…あ、でも道重さ・・・じゃなくて、英語の中間テストの
成績が悪かった生徒は学年に関係なく『特別基礎講習会』ってのに参加させられてるって
クラスの友達が言ってたなぁ」
「そうなんだぁ〜…」
「じゃなきゃ今頃きらりちゃんと遊べてないよ〜」
う〜ん、なんだろうなこの空気は。
小春も多少緊張していたが、その倍以上は緊張しているであろうきらりちゃんを
見ていると、その空気に呑まれて小春までどうしたらいいのかわからなくなってくる。
779 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/22(日) 10:26:54.45
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来客者用の玄関から校舎へ入り、演劇部の部室へ向かっている頃には、
小春達はもう無言になっていた。
ガチャリ・・・・・・
静かなせいか、部室の扉を開く音がやけに大きなものに感じた。
中には・・・・・誰もいない。
さすがに練習日でもない休日に部室へやって来てる人はいないかぁ…
もし、きらりちゃんが転校することなくこの学校にいたら…
小春ときらりちゃんはどんな関係にあったんだろうか。
…いや、考えるまでもないか。きっと今みたいな関係になっているに決まっている。
一次試験をクリアし、二次試験を受ける間もなく転校してしまったきらりちゃんには
この演劇部の部室はどんな風に見えているのだろう?
『ッ!!!』
部室に足を踏み入れ、奥の寺田先生の部屋へと近付こうとしたその時だ!
きらりちゃんのなーさんが異常なほど奇妙な反応をしめしたッ!!
『なぁッ!!なーななぁなッ!!なぁーッ!!!』
「な、なーさんっ?どっ、どうしたの??」
『ななッ!!なぁーな!!なッ!!!』
「・・・・・・え?」
なーさんの言葉に、きらりちゃんは表情を曇らせた。
“人間以外のあらゆるものと会話を交わすことのできる能力”を持った
なーさんの言葉は、残念ながら小春には理解することは出来ない。
780 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/22(日) 10:29:34.46
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「き、きらりちゃん・・・・・なーさんは何て言ってるの?」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・きらりちゃん?」
「・・・・・・『ここに来ちゃいけない、行くなら覚悟しなければならない・・・・
と、あそこの観葉植物が言っている』って、なーさんが・・・・っ」
きらりちゃんは、震える手でゆっくりと窓際に並んだいくつもの植木鉢を指差した。
あれは・・・・・新垣さんがいつも嬉しそうに眺めている観葉植物だ・・・・・ッ!!
行くなら覚悟?いったいどういうことだ…?
「きらりちゃん・・・・・どうする?」
「・・・・だ、大丈夫だよっ!わたし行くよッ!!」
『なァッ!?』
「なーさん!わたしならっ大丈夫!!だって会うだけなんだもん!!!
それに・・・・・・知らなきゃいけないことだってっ、いっぱいあるんだよっ!!」
そう言うと、きらりちゃんはスタンドの…いや、掛け替えのない友達である
なーさんをギュウッとその胸の中に抱いた。
・・・・・・あの観葉植物はいつもこの部室にいるんだ。
あそこに置かれたその日から、演劇部での出来事をすべて見てきているんだ。
でも・・・・・本当に大丈夫なのか?
寺田先生に会わせてしまっていいのか??
781 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/22(日) 10:32:27.60
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『"町を守り続ける"っつーあの人の考えを私は知っている・・・・・
これでも一応は部長だからよォ』
吉澤さんの言葉が脳裏に浮かぶ。
・・・・・・大丈夫だ!!吉澤さんだってそう言ってたんだ!!!
きらりちゃんだって、いま目の前の運命に真正面から向かおうとしているッ!!
なのに小春がこんな気持ちでいたら・・・・・申し訳なさ過ぎるじゃないか。
「会って、これから何を聞かされても・・・・わたしとなーさんは一生友達だよっ!!
ねっ!?小春ちゃん!!!」
「もちろん!!!小春も一緒に立ち会ってあげるから・・・・大丈夫だよッ!!!」
『ソウダゼーッ!!何モ心配ナンカシナクテイインダッ』
『ミンナ一緒ダモノネ!!!』
『きらりタン!!キャワユス!!!』
小春の身体から飛び出したビスケッツのみんなも、一斉にきらりちゃんと
なーさんを囲み、励ましたのだった。
きっと、これが終わったら・・・・・小春達は今まで以上に仲良くなっている気がする!!
一生、一緒にいるような気がするッ!!!
グゥゥ…と、お腹の虫がなった。
きらりちゃんの言ってたパスタ屋さん、楽しみだなぁ…早く行きたいな!!!
「よぉし・・・・・小春ちゃんっ!!」
「うん!!行こうッ!!!」
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンン!!!
782 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/22(日) 10:35:39.38
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どうしてその"可能性"を予想することが出来なかったのか?
こうなってしまった今は、考えているようで何も考えていなかったさっきの
自分自身に腹を立たせることしかできない。
今日もド派手なスーツを着ていた寺田先生は、小春が立ち会う事を許してはくれなかった。
すぐに帰るよう言われてしまった。
彼はきらりちゃんただ一人と話したいようで、その立ち会いには彼女自身である
なーさんですら許してもらえなかったんだ。
もしかしたら、あの先生にはなーさんがただの猫に見えた・・・・のかも知れない。
部屋を出ざるを得なくなった時、きらりちゃんが小春の服のスソをつかんだ。
そんなきらりちゃんの困ったような瞳を見て・・・・小春は・・・・
「大丈夫だよ」と言って、ミラクル・ビスケッツNo.4をきらりちゃんの服の
ポケットの中に忍ばせておいた。
小春はいま、部室の隅に座っている。帰ることなんて出来るもんか。
…そういえばこの席、道重さんとケンカした時のあの席だな。
『なぁ』
机の上にいるなーさんが小春に何か言ったようだ。
「ごめんね、なーさん・・・・小春にはなーさんの言葉がわかってあげられないんだ」
きらりちゃん、早く戻ってこないかな・・・・
一人ぼっちのなーさんがなんだか愛しく思えてきて、その頭を撫でてあげようと
手を伸ばした・・・・・・・その瞬間ッ!!!!
783 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/22(日) 10:38:38.34
0
『なああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!』
なーさんが突然全身の毛という毛を逆立てたんだ!!!
ど、どうしたんだ!今まで何度も触れたことはあるけど、こんなの初めてだ!!
なんかヘンなことしちゃったのか!!?
「な、なーさんッ!!よくわからないけどごめん!ごめんね!!」
『なあッ!!!!ななななああああああッ!!!!!!!!!!』
なーさんは依然叫び続ける。
・・・・おかしいぞ・・・・・なんか奇妙だ!!!
『なあぁぁぁぁぁぁがぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!』
発狂しながら、なーさんは机から飛び降り駆け出していく。
なーさんが向かっているのは・・・・奥の部屋ッ!!
寺田先生の部屋だ!!!
な、何があったんだ・・・・まさかッ!!!
784 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/22(日) 10:40:03.40
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「きらりちゃんに何かあったの?・・・・みんな!!No.4は何か言ってるッ!?」
『小春ゥーッ!!コイツハヤベェッ!!』
『きらりちゃんがヤベーゾッ!!!』
『No.4ハ・・・・No.4ハッ!!!』
ビスケッツのみんながそれぞれ何かを口にしようとしたその時だ!!!
ドンッ!ドンッ!!ブシャアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!
「え・・・・・・?」
なーさんが走っているままの姿勢で飛び上がった。
不自然な飛び上がり方だ。
まるで、打ち上げられているような飛び上がり方で・・・・・・
腹と背中からバリバリ血を撒き散らしていた!!!!
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
785 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/22(日) 10:43:33.01
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「な・・・・・・・・・・なーさんンンンッ!!!」
『・・・・・・・・・・・・ッ』
無残な姿で飛び上がったなーさんは、床に倒れ伏すことなく風に溶けて消えた。
撒き散らした血も、部室のどこにも付着していない。
ふ、普通のことじゃあないぞ!!
なーさんは・・・・きらりちゃんのスタンドなんだ!!!
そのなーさんがバリバリ血を吹いて消えるなんて・・・・・ッ!!!
「きらりちゃんッ!!!!」
縁起でもない光景が瞼の裏に繰り広がる・・・いやだ!!
そんなことがあってたまるかッ!!!
寺田先生の部屋のドアを開けようとするが、カギが中から閉められて
しまっているようだった。
だから何だっていうんだ・・・・こんなものーッ!!!
「ミラクル・ビスケッツ!!!」
『『『シバアアアアアアアアアッ!!!!』』』
バシュン!!!
ドアノブが取り付けられていたカギごと分解したッ!!
そういえば、以前この部屋に忍び込んだときも同じ事をしたっけ・・・・!!!
「きらりちゃん!!!」
ただの板になったドアを蹴破ると、そこには・・・・・
786 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/22(日) 10:47:06.86
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「・・・・・・・・・・なんや久住?俺は帰れと言ったハズやけどな」
寺田先生が佇んでいた。
寺田先生だけが佇んでいたのだ。
だがきらりちゃんの姿はない。
どうしていないんだ?それに・・・・・
「なんだこの血は・・・・・・?」
寺田先生の足元には、小さな血の池地獄が生まれている。
なんだそれ?誰の血??
きらりちゃんはどこにいるんだ?!
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
「き…きらりちゃんンンーッ!!どこ?どこへ行ったんだァーッ!!!」
「はよ家に帰れや久住。俺はな、これから汚れた部屋の後片付けをせんとアカンねん・・・」
後片付け?
なんのだよッ!?今はきらりちゃんが先だね!!!
きらりちゃんはこれから小春とS市に遊びに行くんだ。
おいしいパスタ屋さんがあるって・・・・梅が入ってるのもあるって言ってた。
きらりちゃんが案内してくれるんだよ。
さっき、ドゥ・マゴで一緒に同じ一つのデザートを食べたきらりちゃんが…
787 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/22(日) 10:49:24.74
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『小春ちゃんンンンンッ!!!』
ドヒュンッ!!
部屋の物陰から飛び出してきたのはきらりちゃんのポケットに
忍び込んでいたハズのミラクル・ビスケッツNo.4だった。
どうしてきみがそこから出てくるんだ…?
『きらりちゃんガッ!!小春ちゃんッ!!きらりちゃんガーッ!!!』
「な、No.4・・・・・待って・・・・・それ以上は・・・」
言わないで…
『きらりちゃんがッ!!ソイツニ“殺サレタ”ノォーッ!!!』
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンン!!!
788 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/22(日) 10:52:44.97
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「・・・・・・・・」
うそだよ。
さっきまで一緒にいたんだから。
きらりちゃんが・・・・・殺されたなどと・・・・・・
「嘘をつくなあああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
いったい寺田先生はなんのために小春にきらりちゃんを連れて来させたのだろう?
吉澤さんが信用している寺田先生は何のために?
そして・・・・・きらりちゃんに何をした!?
何が起きているんだ・・・・・きらりちゃんはどこだッ!?
事実を認めたくない私の頭はパニックを起こしている。
そんな小春に、寺田先生は冷たくこう言った。
「ミラクル・ビスケッツやと・・・・?久住おまえ・・・・・覗いていたっちゅうわけか?
ここで起きた事を・・・・・すべて・・・・・・・」
「・・・・・・・・・ッ!!」
「・・・・・残念なことや。実に残念なことや!!久住ィ・・・・こうなると・・・
後片付けはまだ終わってないってことに・・・・・・・・・なってしまうもんなァ!!!」
ドッバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンン!!!!
789 :1 ◆I7CTouCqyo :2006/10/22(日) 10:54:49.43
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月島きらり 死亡
スタンド名 なーさん
TO BE CONTINUED…