56 :六部198:2006/12/20(水) 07:48:38.56 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜1

打ち捨てられ、忘れられた廃病院。
かつて呼ばれていた名前を覚えている者は、殆どいないだろう。
そして、ここを訪れる者も・・・いや・・・いる。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・

陽が落ち、月明かりが差し込む薄暗い廊下で、二人の男女が対峙している。
二人とも身体中に傷を負っており、男は膝を着き、肩の辺りを手で押さえながら女を睨んでいる。
そして女・・・というよりも、まだあどけなさを残す少女といったほうが正しいだろう。
彼女は荒い息を吐きながら壁に背を預け、男を睨んでいる。
廃病院にありがちな怪談を聞きつけて、肝試しに来たカップルというわけではないようだ。

「くッ・・・バカな・・・この私、『財前五郎』が・・・貴様のような、しょんべん臭いガキに・

・・」
財前と名乗る男が口惜しそうに呻く。
「・・・そろそろ、お前の顔も見飽きたと・・・」
少女はフンッと鼻で笑い、奇妙な呼吸を開始した。
「うるさいッ!!!!!それはこちらのセリフだああああ!!!!!」
人を馬鹿にしたような少女の態度に激怒したのか、財前は立ち上がって少女に突進しだした。
その身体からは、『腕』らしき影がいくつも重なって見える。

「コオオォォォォォ・・・」
鬼の形相で迫り来る財前を見据え、少女は『猫足立ち』という独特な構えで呼吸を続ける。
そして、あと数歩というところで身体をしならせ、一気に解放した。


57 :六部198:2006/12/20(水) 07:49:33.14 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜2

「呪われた吸血鬼よ、永遠に眠れッたい!!
流し込む波紋ッ! 橙色の波紋疾走ッ(サンライトオレンジ・オーバードライブ)!!!」

ドッコオォォォォォォォォォォォォン!!

少女が拳を財前に叩き込む。
すると不思議な現象が起こった。
財前の身体が、まるで蒸発するようにジュウジュウと音を立てて溶けていくのだ。

「GYYYYAAAAaaaaa!!!!!!」
財前は声にならない叫びを上げ、その場に崩れ落ちた。
そんな財前に、少女は容赦なくさらに拳を叩きつける。

「うおおおおおおお!!!!ぶっ壊すほどおおおお!!!!!!
シュートおおぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「GUUUGYAAAAAAAAaaaahhhhhhhhhhh!!!!!!」

ドシュウウウウウウウ!!!!!バリバリバリ・・・ドッパアアアァァァッァァ!!!!!

・・・・財前の身体は消滅し、そこには彼が着ていた血に汚れた白衣だけが残った。

少女は一息吐くと、高らかに、そして誇りを持って宣言した。
「任務完了ったい!!!」

バアアアアァァァァァァァァンンンンン!!!!!


58 :六部198:2006/12/20(水) 07:50:12.28 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜3

我々はこの少女を知っている!
いや、強さの中に優しさを秘めた、この瞳を知っている!
そして、独特な訛りのある口調と、『波紋』と呼ばれる力を知っている!

そう、彼女の名は・・・田中れいなッ!!!

ドッバアアアアアアンンンンンンンンンン!!!!!


・・・経緯を簡単に説明しよう。
ある日、田中が所属している演劇部の顧問である寺田から、
「町外れの廃病院に潜む、財前五郎という吸血鬼を始末せよ」
と、彼女に直接指令が与えられた。
噂によると彼はここで人を喰らい、夜な夜な何かの人体実験を繰り返している、
との事らしい。
実際、この近辺で行方不明になる人が昔から絶えない。
事態を重く見た市は、町の景観のこともあり、過去に何度もここを取り壊そうとしたが
事故が相次ぎ起こり、更には工事の関係者などが変死したり行方不明になるなどして、
終いには工事を受注してくれる会社がなくなってしまい現在に至っている。
20年以上も前に廃院になった病院が未だに残っているのは、こういった事情があってのことだった



吸血鬼を倒すには、波紋の能力が必要。
寺田は、波紋能力を持っていて過去にも実績がある田中を吸血鬼退治に選んだのだ。

そして、彼女は見事それをやってのけたッ!

ドオオオォォォォォォンンンンンンンンンンン!!!


59 :六部198:2006/12/20(水) 07:50:50.25 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜4

・・・・・・・・・・・・

手傷を負いながらも財前を撃破した田中は、指令を達成したことに
しばらく酔いしれていたが、すぐにその表情が一変した。
何者かの気配を感じたからだ。
「だ、誰かいると?」
田中の声が虚しく響く。
財前は既に消滅し、今この建物には自分しかいないはず。
もしかすると一般人が迷い込んだのかも知れない
とも考えたが、少なくとも『一般人』ではないような気がする。

視線を感じるのだ・・・自分『だけ』に向けられた・・・

身体中にピリピリとした緊張感が走り、背中の産毛が逆立つような感覚がする。

カンッ・・・

不意に後ろで物音がした。
「ッ!!」
咄嗟に振り返ると、サッ、と人影が廊下の角に隠れたのが見えた。
「ッ!!待つっちゃ!」
田中は影を追って走り出した。

ダッダッダッダッダッダッダッダ・・・・!!

影は階段を上がり、田中もそれを追う。
灯りが無いので時折足元に躓きそうになるが、
それを何とか堪えて必死に走った。


60 :六部198:2006/12/20(水) 07:51:34.45 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜5

長い廊下を走りぬけ、やがて影が一室に入っていくのが見えた。
田中は呼吸を整えるために、その入り口の前で一度立ち止まった。
頭上にはプレートが掲げられている。おそらく部屋の名前が
書かれていたのだろうが、ボロボロになっていて読み取ることが出来なかった。
「はあ、はあ、一体何とね?」
田中は膝に手をつき、唾を飲み込んだ。
そして、少しずつ心臓の鼓動が穏やかになっていくのを確かめると、
警戒しながらゆっくりと中に入っていった。

部屋の中はやはりボロボロに朽ちているが、微かに生活の匂いがする。
中央にテーブルと椅子が置いてあり、その横には台所が備え付けられていた。
宿直室として使われていたのだろうか。
そして部屋の奥に建てつけられている扉の向こうの部屋・・・そこから何かの気配を感じる・・・
「もう逃げられんと・・・おとなしく出てこい」
陳腐なセリフだ・・・そんなことを思った時であった・・・

キイイィィィィィィ・・・・ィィィィ・・・・

扉が音を立ててゆっくりと開き、真っ黒な長方形が浮かび上がった。
(・・・誘っていると・・・?)
心臓の鼓動が先程とは違う形で速くなり、
まるで潮が引いていくように口の中が乾いていく。

田中はスタンドを構えながら、一歩一歩その空間に近づいていった。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・


61 :六部198:2006/12/20(水) 07:52:05.13 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜6

奥の部屋に足を踏み入れた瞬間、田中に向かって何者かが飛び掛ってきた。
「GYyyySYAAAaaahhh!!!」
「うわああ!!!『デュエル・エレジーズ』!!!」
田中は咄嗟にスタンドでソレを殴りつけた。

ドグシャアアッ!!

確かな感覚!!
影は一瞬怯んだが、すぐさま田中を投げ飛ばして
馬乗りになってきた。
「WWRRRRYYYYY!!!!」
デュエル・エレジーズにグシャグシャに潰された顔が、みるみるうちに治っていく。
そして、奇声を上げる口から牙のようなものが見えた。
「ッ!!こいつもッ!吸血鬼!」
田中は膝で影を蹴り上げ、その隙に横へ転がって立ち上がった。
「なんてこったい・・・吸血鬼は2人いたとね・・・だがッ・・・!」

「WWRRYYYYYAAaaaahhhh!!!」
吸血鬼が田中に迫るッ!
だが、その動きは田中にとってはスローだ!
さっきの財前には遠く及ばない。

「おおおお!!!燃え尽きるほどおぉぉぉぉ!!!」
田中は波紋の呼吸を整え、構えを取った。
「ヒートおおぉぉぉぉぉ!!!!!」
田中の波紋を帯びた拳が吸血鬼の顔面を捉え、そこから気泡のようなものが飛び出していく。
波紋を受けた者の特徴だ。


62 :六部198:2006/12/20(水) 07:53:00.99 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜7

「GGYAAAAAA!!!!!」
波紋を喰らった吸血鬼が叫び声を上げる。
だが、何か様子がおかしい。
「・・・なッ・・・?」
田中は思わず後ずさった。
波紋の太陽エネルギーによって吸血鬼の身体が蒸発していくのだが、
もの凄い速さで治っていくのだ。
しかし再生が追いついていないのか、やはり少しずつその身体は蒸発していく。

「くッ!しつこいヤツっちゃ!!波紋疾走(オーバードライブ)!!」
田中は波紋の追撃を与えて蒸発の加速を促す。
「GUUUUAAAAAhhhhh!!!」
一気に身体が溶け、吸血鬼は堪らず膝をついた。
このまま、この吸血鬼は消滅するだろう。

「ふう・・・これで、完全終了っちゃね・・・ん?」
田中は額の冷汗を腕で拭おうとしたが、すぐにその手を止めた。
吸血鬼が意外な行動に出たのだ。
「aaAAAAああああ・・・・」
田中に向かって手を伸ばしている。
それは命乞いをするのでもなく、かといって危害を加えようとするものでもなかった。
蒸発して溶けていく手には何かが握られており、それを差し出そうとしているようであった。
田中はソレを受け取ろうとしたが、吸血鬼はそのまま消滅してしまった。

『・・・お・・・・・・す・・・て・・・げて・・・・・・こは・・・・・・に・・・』

誰かの声が聞こえた気がしたが、もう何の気配もしない。
真っ暗な部屋に、田中だけがポツンといるだけであった・・・


63 :六部198:2006/12/20(水) 07:54:05.72 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜8

田中は床に落ちたものを拾い、携帯電話のバックライトでそれを照らした。
・・・それは古びた8ミリのビデオテープであった。
田中はそれを手に取り、訝しげに眺めた。
「・・・どういうことっちゃ?これを見ろってこと?」
あの名もない吸血鬼の行動がイマイチ理解できずにいたが、
今更それを確かめる術はもうないし、ここに留まる必要もない。
田中はテープをポケットに入れ、そのまま病院を後にした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

部室に戻った田中は指令の結果を報告しようと、
寺田の姿を探した。
だが、彼の姿は無い。というか、誰もいないのだ。
まあそれも当然であろう。既に午後の8時を回っており、
重要なことが無ければ部活は終わっている時間なのだから。
鍵も掛けずに相変わらず無用心だな、と思ったが、部室の明かりが点いている
ということは、誰かがまだ使っているということだ。
この時間まで残っているといえば、部長の吉澤か顧問の寺田か、もしくは2人ともか。

「ま、いいったい」
いずれどちらかが来くるだろうから、その時に報告しよう。
そう思った田中は、とりあえずこのテープを見てしまおうと、
機材置き場へ8ミリビデオカメラを探しに向かった。

・・・・・・・・・・


64 :六部198:2006/12/20(水) 07:54:40.94 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜9

「ええっと、たしか・・・このケーブルを・・・よっと・・・」
田中は機材置き場から持ってきたカメラにテープをセットし、テレビにつないだ。
「よしっ!これで準備完了!ポチッと」
再生ボタンを押し、椅子に座ってモニターを眺める。

ザーーーー・・・・・

モニターからは俗にいう『砂嵐』と、ホワイトノイズの雑音が流れる。

しばらくボーッとそれを見つめていると、部室の扉が開く音とともに
軽薄そうな声がした。

「おっ?田中・・・どうしたん?」
顧問の寺田光男である。
「あっ、先生」
田中が寺田に顔を向ける。
寺田は一瞬モニターのほうに目をやったが、すぐに田中に視線を戻した。
「その傷・・・もしかして・・・」
寺田がそう言うと田中は椅子から立ち上がり、ビシッと敬礼ポーズを取ってこう言った。
「あ、はい。えー、ワタクシ田中れいなは本日、吸血鬼を見事打ち破り指令を完了しましたッ!」
心なしか得意げである。
それに対し、寺田も同じように敬礼のポーズを取った。
「おう、そうか。ご苦労であった!さすが、対吸血鬼のエキスパートや!」
「いやーッはッはー、当たり前ッスよー。余裕です、余裕!」
田中はそう言って、シャドウボクシングの動きをし始めた。
調子に乗りやすい性格のようだ。


65 :六部198:2006/12/20(水) 07:55:32.43 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜10

寺田は田中のシャドウボクシングが終わるのを見計らって、
再びモニターに目をやった。
「んで、なんやねん?これは」
そこからは相変わらず、「ザーッ」というノイズが流れている。
「あ、これですか?それが、少し奇妙なんです」
「・・・奇妙?」
田中は一旦、ビデオの一時停止ボタンを押し、指令の詳細報告を兼ねて経緯を説明した。

「・・・差し出された・・・か・・・」
説明を受けた寺田は、珍しく神妙な表情を見せた。
そしてビデオの再生ボタンを押して腕を組みながらモニターを眺めた。
「つまり、これを見ろて事ちゃうんか?」
「でも、この通り何も映らない・・・まあ、かなり古いテープみたいですけん、
しょうがないかも・・・」

と、その時、モニターの映像に変化が生じた。

砂嵐が、少しずつ何かの形を創って行く。
それは人のようであった。
正面から撮ったのであろう、その人物はこちらを向いて机に座っており、
肘を立てて顔の前で手を組んでいる。

「これは・・・」
田中は身を乗り出すように、モニターに釘付けになった。
「おいおい、なんか始まったで」
寺田もその辺においてあった椅子を持ってきて、田中の隣に座った。


66 :六部198:2006/12/20(水) 07:57:26.17 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜11

ビデオの人物は顔の前で手を組んだ姿勢のまま動きもせず、
静かに声を発した。

『もう・・・ぐ、今日という・・・が終わ・・・としています。
・・・て、今日も相変わら・・・・・・の・・・で包帯を交換・・・に時・・・・・・た。』
やはりテープが古いせか所々でノイズが走り、映像と音声が途切れ途切れになってしまう。
声から判断すると、女性のようであった。
田中と寺田は神経を澄まし、その女性の声に耳を傾けた。

『・・・も・・・度・・・しても、すぐに血と・・・で・・・れてしまう。
・・・は・・回・・・換・・・した・・・・う、それを数・・のも面倒・・・ってきた。
地下の・・・室に寝か・・・た・・・の子・・・ちゃんの面会に・・・人はいない。
そして、子は・・・ない・・・も摂らず、・・だ息をし・・・・だけ。
・・・・中に・・・負っ・・重度の火傷・・・・・・・
・・通・・ら手遅・・・・・・なのに・・でも・・・・は生・・て・・る。
一体・・・・・・なの?!・・・・て生き・・・・・・・の?!』
ビデオの女性が顔を覆って泣き出し、
それに合わせるかのように映像が乱れる。

・・・しばらくの間、声にならない嗚咽だけが流れたが、やがて彼女は再び口を開いた。

『・・・・・・・・・・・・財前・・授は・・・ちゃん・・の・・・・験を・・いる。・・・・・・い・・・』
「財前ッ?!」
田中は思わず声をあげた。
寺田も眉を微かに動かし、それに反応した。


67 :六部198:2006/12/20(水) 08:00:33.19 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜12

ビデオの女性は言葉を続ける。

『・・様・・・・・・怖・・です。・・・の人が・・・・・・教授が人・・・はないような気が・・・す。
・・て、・・・・・・・・・・・ちゃんも、もう・・に・・・では・・・・かもしれない・・・』
ビデオの女性は胸元から何かをを取り出すような仕草をし、
震える声で頭を下げた。
『神・・・・・うか、・・・許・・・・さい・・・どうか・・・様・・・して・・・私を・・・』

ザーーーーーーーーーー!!!!

映像が唐突に切れ、再び砂嵐とノイズ音に切り替わった。
そして、それ以降変化は無かった。どうやら、これが全てのようだ。

「・・・」
なんともいえない雰囲気に圧倒されたのか、
二人はそのまましばらく動けずにいた。

「・・・財前・・・確かそう言ってましたね」
田中がポツリと呟く。
寺田は「ああ」とだけ答え、腕組みをしながら何か考えているようだ。
そんな寺田を見て田中は深呼吸をして立ち上がり、
もう何も映らないビデオとモニターの電源を切った。
「なあ・・・」
寺田が背中越しに呼びかけた。
振り返ると、神妙な顔つきでこちらを見ている。


68 :六部198:2006/12/20(水) 08:02:38.69 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜13

「はい」
田中は簡単に返事をしてビデオカメラからテープを取り出し、再び椅子に腰をかけた。
「件の吸血鬼は、どうしてこれをお前に見せたんやろな?」
「・・・」
寺田の問いかけに田中は答えない。分からないからだ。
「あの病院に潜んでいた財前。そして、その後でお前が出合った吸血鬼から
渡されたビデオに人物が漏らした財前という人物。ほぼ間違いなく同一人物やろ。
その吸血鬼は真意はともかく、おそらく初めから
お前にこのテープを見せるためにお前を誘い込んだんちゃうやろか?」
「・・・」
自分に危害を加える気は無かったのか・・・そう思うと、胸がチクチクと痛む。
あの吸血鬼を倒してしまったのは間違いだったのだろうか。
だが、今となってはどうしようもない。
「どうにせよ、ヤツはお前にこれを見せて何かを伝えようとしていたのは確実や。そこで――」
寺田は一旦言葉を止め、自身が着ている派手なスーツの内ポケットから
メモとペンを取り出して何やら書きだした。
「田中れいなに命ずる・・・と・・・じゃん!」
寺田は立ち上がり、メモを田中に見せつけた。
「・・・これはッ?!」


     田中れいなに命ずる。
     廃病院を再調査し、例の吸血鬼の真意を確かめよ。
                               
                                 寺田
     
バアアアアアアァァァァァンンンンンンンン!!!!


109 :六部198:2006/12/21(木) 08:51:25.34 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜13

ンンンンンンン・・・・・・・・・

「えっと・・・随分とアバウトすぎでは・・・」
田中は固まってしまった。
真意を、と言われても資料が少なすぎる。
「まあ、確かにそうやな・・・せやさかい、期限は問わん。
気が向いた時に、ふと思い出したときにやってくれればええ。
あのテープの女と財前・・・何か繋がりを感じる。それに、お前も気になるやろ?」
寺田はそう言って再びメモにペンを走らせ、『尚、期限は問わず』と付け加えた。
「・・・まあ、確かに気になりますけど・・・」
その言葉を聞くと、寺田は軽薄な笑みを浮かべながら
田中の手をとり、メモを握らせた。そして肩をポンと叩き、
「さて、もうこんな時間やさかい、そろそろ閉めるで」
と言って部室の扉を開け、自分のポケットから部室の鍵を取り出して見せた。

・・・・・・・・・・・・・

「じゃあ、気をつけて帰りや」
二人で階段の踊り場まで来たとき、寺田はそう言って別方向へと歩き出した。
「あれ?先生は?」
「俺はまだ職員室で仕事が残っとんねん。教師も大変やがな」
「はは・・・じゃあ、これで」
田中は寺田に一礼して、二人はその場で別れた。


110 :六部198:2006/12/21(木) 08:52:20.07 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜14

数日後・・・田中は廃病院の入り口前に立っていた。
やはり、気になるのだ。
何故、あの吸血鬼が自分にテープを渡したのか。
ビデオの女性は、財前の名を口にしていた。
そして、それを見せることで何を伝えようとしていたのか。

ここには、まだ何か秘密がある。
「でも、一体何が?・・・うーん・・・さっぱりわからんたい・・・」
秘密を知る期待と、無駄足かもしれないという不安を胸に、田中は朽ちた病院の扉をくぐった。

「うッ・・・!」
建物に入った瞬間、田中は急に眩暈を覚え顔を覆った。
それは一瞬のことですぐに収まったのだが、顔を上げるとそこは・・・

別空間だった。

「・・・」
田中は言葉を失う。
それもそのはず。ボロボロだった内装がキレイになっており、
ロビーにある椅子には大勢の人が座り、ナース姿の女性が歩いている。
だが、よく見ると人々の服装が古臭い。
まるで20年以上も時代を遡ったようなファッションだ。
「これは・・・」
辺りを見回してみると、壁に設置されているカレンダーが目に入った。
そして、その日付に目を奪われた。

『1976年 5月9日』・・・・・・・



111 :六部198:2006/12/21(木) 08:53:20.27 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜15

「何これ・・・24年も前やん・・・」
タイムスリップでもしてしまったというのか。
だが、周りの人々を見ると、そんな気がしてくる。

「・・・なんかマズイ・・・」
嫌な予感のした田中は踵を返し、病院から出ようと扉の取っ手を掴んだ。
だがッ・・・扉は協力な接着剤で固められたように動かない。
「どうして開かんと?!」
田中は乱暴に扉を叩く。
だが、それでもビクともしない。
「・・・これでどうだ!!デュエル・エレジーズ!!」
業を煮やした田中は自身のスタンドを呼び出し、扉を破壊してしまおうと思いっきり殴りつけた。

ドガドガドガドガドガ!!!!!バシイィィッ!!!!

「うわああ!!!」
扉を殴った瞬間、田中の身体は何かに弾かれるように後方へ吹っ飛ばされた。

ドサアア!!!ガン!

「いったああああ!!!!」
田中は吹っ飛ばされた勢いで、備え付けの椅子の足に頭をぶつけてしまい、
その場でのた打ち回った。
「・・・うう・・・何なん?」
痛みと口惜しさで涙が出そうになったが、さらにおかしなことに気づいた。


112 :六部198:2006/12/21(木) 08:54:47.63 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜16

いきなり扉を叩き、そして勝手に吹っ飛んだ田中に誰も見向きしないのだ。
こんなことをして、誰も気づかないわけが無い。
頭をぶつけた椅子には顔色の悪い人が座っていたが、こちらを見ようともしない。
話し掛けてみても返事は無い。
「何でれいな無視すると!!!!!!!!!!!!!!!!」
大声を張り上げてみた。
だが、やはり誰も何も反応しない。
そう、まるで田中など存在していないかのように、人々は田中を無視し続けてている。
試しに人に触れてみる。
だが、それは叶わなかった。
周りにバリアでも張られているかのように、あと数ミリというところで触れられないのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・

「はあ・・・どうしたらいいと・・・?」
完全に閉じ込められてしまったようだ。
途方に暮れた田中は、ロビーの隅で膝を抱えた。
何とかここから脱出しようと色々と試したものの、どれも失敗に終わってしまった。
どこの扉も窓も破壊できない。それどころか、備え付けの小さな花瓶すらも動かすことも出来ないのだ。
これは新手のスタンド使いの仕業なのだろうか・・・しかし、だからといって危害を加えてくるわけでもない。
このような目に遭わせて自分をどうするつもりなのか・・・

しばらく大衆の中の孤独に打ちひしがれていたが、不意にある人物に目がいった。
20代半ばくらいの看護婦だ。
彼女は同僚と思しき看護婦と立ち話をしている。

「・・・何話しとるとやろ・・・?」
田中は何となく興味を覚え、聞き耳を立てた。


113 :六部198:2006/12/21(木) 08:55:52.06 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜17

「そういえば、アンタまだ続けてんのね」
「ん?まだって?」
「なんか夜にブツブツ言ってるけど」
「ああ、あれ?まだやってるよ」
「ふーん3日坊主のクセに、意外に続いてるのね」
「3日坊主はないでしょ、前のビーズアクセ作りも1週間もったし」
「ふふ、はいはい。じゃあ、あたしこれから休憩だけど、あんたは?」
「私はまだ用事があるんだ」
「そっか〜、じゃあ、お先に休憩いただきます」
「ん、いってらっしゃい」
そんな会話をした後、二人の看護婦は別れた。

「なんやろ、この気持ち・・・でも・・・なんか気になると・・・」
気のせいか、片方の看護婦だけにスポットライトが当たっているかのようにボウッと明るく見える。
胸に取り付けてあるネームプレートには、『伊達五郎八<だて いろは>』とあった。
田中は光に集まる羽虫のように、その五郎八という看護婦の後をふらふらと尾けた。

五郎八はナースステーションから包帯や点滴などを取り出し、
台車を押しながら関係者専用のエレベーターに乗り込んだ。
田中もそれに続く。

エレベーターの電光表示が『B2』を指したところで扉が開き、その景色が一変する。
目が痛くなるほど白く塗られた内装。無機質な電灯。壁に溶け込むかのように
建てつけられたいくつもの白い扉。SF小説に出てくる秘密の研究施設のようであった。
五郎八は通路の一番奥にある扉を開けて中へ入っていった。
田中も遅れまいと、扉が閉まる前にその中へと入った。


114 :六部198:2006/12/21(木) 08:57:01.01 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜18

部屋に足を踏み入れた瞬間、中の異様な雰囲気に田中は息を飲んだ。
中央に置かれたベッドに横たわる、顔も見えないほど全身に包帯を巻いた人物。
包帯は赤黒く汚れており、腕の部分からはチューブが伸びていて、
横に置かれている空になった点滴袋に繋がれている。
そして、部屋の四隅には傘状の怪しげな機械がベッドに向かっている。

「なに・・・これ・・・」
呆気にとられている田中をよそに、五郎八は手馴れた手つきで汚れた包帯を解く。
「・・・ッ」
田中はその身体を見て思わず目を背けた。
全身の皮がめくれ上がり、筋肉がむき出しになっている。
微かに上下する胸には火傷のような痕もあり、見るも無残だ。
五郎八は「昨日はよく眠れた?」などと話しかけながら、
相変わらずテキパキと包帯や点滴を交換しているが、その間もベッドに寝かされた
人物に反応は無い。息をしていることから生きているのだろうが、
その姿は生きているというより、『生かされている』といった感じであった。

一連の作業が終わる頃、部屋の中に光が差し込んできた。
すると、五郎八が入り口付近にいた田中の方へ向き直り、丁寧に頭を下げた。
いや、正確にはその背後に・・・だ。彼女は田中が見えていない。
振り向いてみると扉が開いており、そこには白衣を着た30代くらいの男性と、同じく白衣を着た
初老の男性が立っている。
そして田中には若い方の男性に見覚えがあった。

「・・・財前・・・」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・


115 :六部198:2006/12/21(木) 08:58:43.70 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜19

五郎八はもう一度頭を下げると部屋を出て行き、
入れ替わるように財前と初老の男が部屋に入った。
田中は出て行った五郎八が気にかかったが、今は突然姿を現した
財前への気持ちが勝り、その場に留まった。

「さあ、どうぞ院長」
財前は初老の男・・・院長を部屋の中央へと誘った。

「・・・で、どうなのかね?成果のほうは?」
院長はベッドの周りを歩きながら、財前に問うた。
「はい、まだまだ途中段階ではありますが順調です。と、その前に・・・」
そう言って財前は部屋の四隅にあった機械に近づき、
傘の前に立たないようにして背部に手を伸ばした。

ゥゥゥウウウゥゥゥンンン・・・・・・

機械は不思議な音を鳴らし、その活動を一時的に停止した。
「・・・何をしている?!紫外線照射装置を止めたりしたら、この怪物は動き出すのだろう?!」
財前の行動を見て驚いた院長は、慌ててベッドから離れて壁を背にする。
だが、財前は平然とした様子でこう言った。
「平気ですよ。先程、看護婦の伊達君が投与した点滴で、活動は弱まっています」
財前はベッドの横の点滴袋を指で軽くノックし、フッと笑った。

「紫外線照射装置・・・?怪物・・・?まさか・・・」
田中はベッドの上の『怪物』を見た。
そして、先程の財前の行動を思い返し、また別の考えが浮かんだ。
「財前はさっき、傘を避けて機械を止めた・・・それに、顔が全く変わっていない・・・アイツはこの時点で既に・・・」
話しを続ける財前の口元をよく見てみると、牙のようなものがチラっと見えた。


116 :六部198:2006/12/21(木) 09:01:57.81 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜20

院長は自分に危害が及ばないことを知ると、
財前に向き直り咳払いをした。
「・・・報告を続けたまえ」
「はい、再生速度は、前よりも大幅に向上しました。
ですが、それに伴って前頭葉が更に収縮し、特に知性、
そして言葉の発音が失われてしまう結果になってしまいました」
「それは・・・まずいな」
「はい、しかし、新たな発見があります」
「なにかね?」
「前頭葉には疲労を司る部分が僅かに存在するようで、
知性の低下とともに疲労も感じにくくなるということが分かりました」
「ほう・・・それはまた、別の研究成果として学会で発表する価値があるな」
「はい」
「だが、このような実験の結果とは口が裂けても言えんな」
「ふふ・・・確かに・・・」
財前と院長は互いに顔を見合わせて笑った。

「しかし・・・この・・・なんだっけ?あー『遠藤沙耶<えんどう さや>』君か・・・
彼女も災難だねぇ・・・まさか君の実験体にされるとは・・・ふふふ・・・」
「院長・・・彼女はもう、遠藤沙耶という名ではありませんよ。
『LVP01』という新しい名を与えてあげたのですから。」
財前は所持していた彼女のファイルらしきものを指差した。
「おっと・・・そうだったね。これは失礼した『LVP01』君」
院長はそう言って、遠藤沙耶に向かって深々と頭を下げた。
だが、その態度からは謝罪の念など微塵も感じられない、形だけのものだ。


117 :六部198:2006/12/21(木) 09:03:37.45 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜21

「・・・なんてヤツたい・・・」
田中は怒りで吐き気がこみ上げてきた。
やはり、この男は地獄に落ちて当然だ。
この悪魔を今すぐに殺してやりたい気持ちになったが、この状況でそれは出来ない。
それに、どうせ20数年後に自分に消滅させられる運命だ。
そう思うと気持ちが少しだけ和らいだ気がした。

「では、私はこれから食事会があるんで、失礼するよ」
一通り報告を聞いた院長はそう言って財前の肩を叩き、部屋の扉を開けた。
そして一度立ち止まり、背中越しにこう付け加えた。
「君には期待しているよ。君が開発した薬が製品化されれば、私と我が病院の威光は更に高まる」
「はい」
院長の言葉を受け、財前は深々と頭を下げた。

院長が出て行くと、財前は態度を一変させた。
「・・・ふん・・・己の欲に囚われた愚昧な老人め・・・いつか必ずお前に取って代わってやる。
その時のお前の顔が楽しみだ・・・この薬が完成すれば、私は無敵になるのだ。」
吐き捨てるように呟くと、彼もまた部屋を出て行った。

部屋には、田中とLVP01だけが残された。
「・・・再生速度とか言ってたとね・・・それに、薬・・・あッ!!!しまった!!!」
そこまで考えたとき、田中は重大なことに気づいた。
部屋の扉は閉まっている。
そして、自分は何故かこの病院の全てのものを動かすことも破壊することも出来ない。
となると病院どころか、この薄気味悪い部屋からも出られなくなってしまうのだ。
「ど・・・どうするッ?!」


118 :六部198:2006/12/21(木) 09:05:12.26 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜22

「く、くそー!!」
田中は慌てて扉に飛びついた。
・・・と思ったら、急に目の前の扉が消失した。
「え?ちょッ・・・!うわッ!!」

ブウゥゥンン・・・・ドサアアァァァ!!!・・ガンッ!!

田中は急には止まれない。
そのまま前方にすっ転び、しかも勢いのあまり、向かい側の壁に頭をぶつけてしまった。
「いッたああああい!!!もう!なにー?!・・・あれ?」
田中は頭をさすりながら起き上がり怒りを露にしたが、
周りの景色が再び変化していることに気づき、辺りを見回した。
あれだけキレイに白く塗りつぶされた壁は
むき出しのコンクリートになっており、今までいた部屋もボロボロに朽ちている。
ベッドに寝かされたLVP01もいない。
そう、病院が元の廃墟の姿になっているのだ。

「元に・・・戻った?」
ホッと一安心した田中は、今のうちに外へ脱出しようと駆け出した。
だが・・・
「うッ・・・!」
再び激しい眩暈に襲われ、視界が暗くなる。

そして眩暈が治まると、再び24年前の病院の中にいた。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・


216 :六部198:2006/12/24(日) 00:14:14.89 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜23

「もー!!!一体れいなをどうしたいと!!!?
言いたいことがあるなら出て来い!!!!!」
田中は大声で叫び、この映像を見せているであろう誰かに怒りをぶつけた。
しかし返事は返ってくるはずもなく、その叫びは虚しくこだまするだけであった。

そんな中、誰かが横を通り過ぎるのが目に入った。
「あ・・・」
看護婦の伊達五郎八だった。
ちょうどさっき見たようにように、包帯や点滴の交換などを終えたところなのだろう。
「・・・」
彼女を見た途端、怒りはどこかへ消え失せてしまった。
「・・・どこ行くとやろ?」
田中はまるで何かに取り憑かれたように五郎八の後を追った。

五郎八と一緒にエレベーターで地上に出ると、辺りは暗く人の姿も無い。
壁に掛けられている時計に目をやると11時を過ぎていた。
どうやら、今は夜らしい。

五郎八はそのまま別のエレベーターに乗って上へあがり、
長い廊下を抜けて、ある一室へと入っていった。
田中も中に入ってみると、その部屋に見覚えがあった。
「ここ・・・この前れいなが追っかけた吸血鬼が逃げこんだ部屋たい」
五郎八が奥の部屋の扉を開けて中に入る。
そして田中もギリギリで扉の隙間に身体を滑り込ませて中に入った。


217 :六部198:2006/12/24(日) 00:15:44.34 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜24

部屋の中には二段ベッドが二つ壁際に設置されており、
その横に机が二つ並んでいる。
ベッドには誰もおらず、この部屋にいるのは五郎八と空気同然の田中だけだ。

田中が物珍しそうに部屋の中を歩き回っていると、突然おかしなことが起こった。
五郎八が物凄いスピードで動きだしたのだ。
それはまるで、ビデオの映像を早回ししたかのようであった。
呆気にとられながらそれを見ていると、五郎八の動きが少しずつ通常の早さに戻っていった。

五郎八は疲れきった顔で机に座り、引き出しからビデオカメラを取り出して自分の前に設置した。
彼女はしばらく机に肘を立てて顔の前で手を組んで黙っていたが、やがて静かに口を開いた。

「もうすぐ、今日という日が終わろうとしています。
そして、今日も相変わらず、財前教授の命令で包帯を交換することに時間を費やした」
「ッ!!!」
五郎八の言葉に、田中はハッとした。
「これって、れいなが見たビデオじゃなかと?!
あのに写ってた人は五郎八さんやったとか!」

・・・このような偶然があるのだろうか。
いや、あるわけがない。何か意図的なものを感じる。
この映像を見せている何者かは、自分があの古いテープを
手に入れたことを知りつつ、この映像を見せている・・・そんな気がする。
しかし、どうやって知った?それが疑問だ。
そのことを知っているのは、自分とテープを渡した吸血鬼、そして寺田だけだ。
吸血鬼は既に消滅しているし、寺田の仕業とも思えない。
他に目撃者などもいない。・・・だとしたら誰が?なんの為に?


218 :六部198:2006/12/24(日) 00:17:15.32 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜25

解ける糸口も見つからない謎を抱えながらも、田中は黙って
五郎八の言葉に再び耳を傾ける。今はそれしか出来なかった。

「・・・でも、何度も交換してもすぐに血と膿で汚れてしまう。
今日は何回交換したんだろう・・・。もう、それを数えるのも面倒くさくなってきた。
地下の一室に寝かされたあの子・・・沙耶ちゃんに面会に訪れる人はいない。
あの子は何も喋らない・・・食事も摂らず、ただ息をしているだけ。
身体中に傷を負っていて、重度の火傷もいくつもある。
普通なら手遅れの状態なのに、それでもあの子は生きている。
一体あの子は何なの?!どうして生きていられるの?!」
五郎八は顔を覆って泣き出した。

「・・・今思えば、初めから何もかもが変だった・・・あの子の簡単な世話をするだけで大金がもらえた。
それに、どうしてあの子だけ、あんなところに寝かされているの?あんな場所、今まで知らなかった。
・・・それでも、私はお金に目が眩んで黙ってそれを続けた。でも、もうそれも限界です。
・・・この前、財前教授と院長の会話を聞いてしまったから・・・財前教授は、沙耶ちゃんの身体で
何かの実験をしている・・・財前教授だけじゃない・・・他の先生方も・・・そんなこと・・・あってはいけない・・・

・・・神様・・・私、怖いんです。・・・あの人が・・・財前教授が人間ではないような気がしてくるんです。
そして、沙耶ちゃんも、もう既に人間ではないのかもしれない・・・」
五郎八は胸元から十字架を取り出し、それを握り締めた。
「神様・・・どうか、お許しください・・・どうか・・・私を、お救いください・・・」

・・・独白を終えた五郎八が、またしても高速で動き出す。
それと同時に、部屋の中が明るくなったり暗くなったりしながら様々な人が高速で部屋の出入りを繰り返した。
おそらくこれは、幾日も経過しているのを表現しているのであろう。


219 :六部198:2006/12/24(日) 00:18:49.32 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜26

やがて動きが収まり、部屋の中にはちょうどベッドから起き上がった五郎八がいた。
彼女はあれからもずっと、罪悪感と恐怖を抱えながら例の作業をしていたのだろう。
顔色が悪く、まるで重病人のようにやつれて疲れきっていることから想像がつく。

田中はしばらく五郎八を見ていたが、急に外が騒がしくなったことに気付いた。
五郎八も同様に気付いたようで、ふらふらと外の様子を見にいった。
田中も外が気になるので、五郎八に続く。

廊下に出た田中は、その光景に目を奪われた。
背広を着た男達が、院長と数人の医師を連れて歩いている。
そして、その腕には手錠が掛けられていた。
「これは・・・」
田中はこれが何なのかを瞬時に悟った。
「そうか!ここは確か、内部告発で人体実験がばれて閉鎖になったはず。
それでみんな警察に連れてかれる途中なんたい!」
「・・・どうして?」
連行される院長を見守る田中の横で五郎八がボソっと呟き、元の部屋へ戻っていった。
「・・・五郎八さん?」

部屋に戻った五郎八は、机に座ってなにやらボソボソと呟いている。
「・・・どうして、財前教授がいないの?あの人も連行されるはずなのに・・・
私は財前の名も、ちゃんと告げたはずなのに・・・」
「!!!」
五郎八の言葉に、田中は息を飲んだ。
「内部告発は、五郎八さんやったとね。でも、確かにあの中に財前はいなかった・・・
そういえば、アイツだけは警察の手を逃れたとか資料にあったっちゃ・・・」
では、財前はどこに?
そんなことを考えていると、部屋の隅で人影が動いた気がした。


220 :六部198:2006/12/24(日) 00:20:45.55 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜27

「!!」
気のせいではない。しかも、その人影は財前のものであった。
姿を現した財前が両手を突き出しながらゆっくりと五郎八の背後に迫る。
「ハッ!!五郎八さん、危ない!!」
田中は大声で五郎八に警告を発するが、当の本人は全く気付く様子がない。

「キャアッ!!!」
五郎八の悲鳴。
財前の手が五郎八の首にかかり、そこで初めて彼に気付いたようだ。
「やってくれたね・・・松平君・・・まさか、君の仕業だったとは」
財前は両手に力を込め、感情を押し殺したような声で言った。
しかし、五郎八は毅然とした瞳で財前を睨んだ。
「教授・・・あなたも、もう終わり・・・です・・・」
「ふふ・・・そんなことはないさ。まだこれからだよ」
「あなたは、一体何をしようとしていたのですか?
沙耶ちゃんは、どうなってしまったのですか?」
「・・・知りたいのかね?」
財前は五郎八を持ち上げ、乱暴に机の上に乗せた。
「人体の再生機能を飛躍的にアップさせる薬を作っていた・・・と言えば、君にも理解できるかな?」
「再・・・生・・・機能・・・?」
「そう、その薬は人を『擬似的』に吸血鬼させることが出来る。
知っているかな?吸血鬼には、優れた再生機能があるのだよ」
「吸血鬼?そんな・・・そんなことがあるわけが・・・」
「おや?信じられない?ふふふ・・・目の前にその吸血鬼がいるのに?」
財前は笑顔で口を開け、五郎八に迫った。
その口からは、鋭い牙が顔を覗かせている。

221 :六部198:2006/12/24(日) 00:22:31.41 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜28

「これで、信じてもらえたかな」
言葉を失う五郎八を見て、財前は満足そうに頷く。
「そしてLVP01・・・まあ、遠藤沙耶といったほうが君には馴染みあるのか。
彼女は事故に遭ってウチに搬送されてきたんだが、もう手遅れだった。
だが運よく孤児であったこともあって、研究の被検体とするために彼女にその薬を投与したわけだ。
・・・薬を製品化するにはまだ問題があってね。我々は太陽に弱い・・・というかまあ、紫外線なんだがね。
重要なのは再生能力よりも、紫外線に弱いという部分を取り除くことなのだ。
私は薬で金儲けなど考えていないが、それが成功すれば私に弱点は無くなるんだよ。
だから今は、それを取り除くことに腐心しているところだ・・・それなのに、君は・・・」
財前が手に力が入れると、五郎八は苦しそうに口をパクパクさせた。
しかし、もう少しで気を失うというところで、その手を緩めた。

「ゲホッ・・・ゴホッ・・・」
五郎八が咳き込む。
「まあいい、警察が天才である私を捕まえることなど出来るはずもないからな。
研究は続行する。だが、いくら私が天才だからといっても一人では厳しい。そこで君に助手を頼もうと思う」
「だ、誰があなたのような悪魔に・・・」
当然、五郎八は拒絶する。そんなことに協力するはずが無い。
「君は人の話を聞かないタイプかね?私は『悪魔』ではなく、あくまで『吸血鬼』だ。
・・・おっと、駄洒落になってしまったね。ふふふ・・・」
財前は顔を伏せ、独り笑った。
そして、すぐに顔を上げ五郎八を見つめた。
「それに安心したまえ、君もその吸血鬼の仲間入りだ」
そう言って財前は五郎八の首筋に牙を立てた!

「!!!!」

ズキュウウゥゥン!!ズキュウウゥゥン!!ズキュウウゥゥン!!


222 :六部198:2006/12/24(日) 00:23:50.99 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜29

「おめでとう、これで君も吸血鬼だ。君は紫外線をまともに浴びなければ不死身だ。
まあ、『波紋』でも流されればひとたまりもないが、波紋使いなど
もう殆ど絶滅している。安心したまえ。」
財前はぐったりした五郎八に向かって、努めて優しく話しかけた。
吸血鬼は血を吸い取った者を吸血鬼化させ、使役することが出来る。
もう、自分には逆らえないことを知っているのだ。
「さて、警察がここに来るのも時間の問題だろう。そして、検察の手が伸びる前に、
LVP01と機器を新しい場所に隠しておかないとな。松平君、来たまえ!」
財前がそう言うと、五郎八はゆっくりと起き上がった。
その瞳の光は、もう既に人のモノではなくなっていた・・・
「そうそう、言っておくが、実験室の四隅にある装置は紫外線照射するものだ。
あれの取り扱いには気をつけろ。まあ、かなり微弱なものだから活動は弱まるものの、死ぬことはないがね」

・・・・と、ここで全てを見続けた田中を眩暈が襲い、意識が遠くなる。
「ああ・・・また場面が飛ぶとか・・・?まだ何かを見せたいとかね・・・」
田中は誰に言うとでもなく呟き、その流れに身を任せた。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・


気が付くと辺りは暗くなっており、部屋の中もボロボロになっていた。
そう、元の廃墟に戻っていたのだ。遠藤沙耶がいた地下の部屋から出たときのように、
また昔の姿に変わるかと思ったが、いつまで経っても変化が起こる様子はなかった。
「・・・え?これで終わり?」
田中は拍子抜けして、そのまま立ち尽くしてしまった。
財前と吸血鬼になった伊達五郎八・・・そして、LVP01こと遠藤沙耶はどこへ・・・?


223 :六部198:2006/12/24(日) 00:24:37.33 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜30

結局何一つ解からないまま終わってしまうのか・・・?
いや、そうではない、部屋の隅で何かが動いたのを田中は見逃さなかった。
それは、財前を倒したあとに遭遇した吸血鬼であった。
「・・・う・・・うぅ・・・」
吸血鬼が言葉にならない声を出す。
それと同時に、頭の中に直接声が響いてきた。

『・・・あれから、どれくらいの月日が流れたんだろう・・・
実験は、なかなか成果を得られないまま、今夜も続けられるだろう・・・
もう、死にたい・・・でも、それすら叶わない・・・
太陽の光を浴びようとしたけど、結局見つかってしまった。
そして、私も実験体としてあの薬を投与され、余計に死ねない身体に・・・
改良を重ねた結果、知性は損なわれずに済んだようだけど、言葉を発する力は失ってしまった・・・』
吸血鬼は胸元から見覚えのある十字架を取り出し、それを握り締めて天を仰いだ。

「・・・これは、たしか五郎八さんの・・・まさか・・・」
そして、よく見ると吸血鬼はボロボロになったナースの制服を着ており、
胸のところのプレートには微かに『伊達五郎八』と書いてあるのが辛うじて読める。
そう、この吸血鬼は、伊達五郎八の成れの果てだったのだ。

ドオオオオオォォォォォォォオォォォォォォォ・・・・・!!!!!

『神様・・・これは罰なのですか?財前という悪魔に協力した・・・
だとしたら、それは受けましょう・・・でも・・・沙耶ちゃんは何も・・・
・・・お願いです・・・あの子だけでも・・・解放してあげてください・・・』

「そんな・・・そうやったとか・・・」
田中は頭に響く声を聴きながら、変わり果てた姿の五郎八をじっと見つめた。


301 :六部198:2006/12/25(月) 17:32:30.03 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜31

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・

ここはまだ過去の世界。
吸血鬼になったしまった五郎八が存在しているということは、財前もどこかにいるはずだ。
そう思って周りをキョロキョロと見回す田中の頭に、再び五郎八の声が響いた。
『そういえば、財前教授・・・随分と遅いな・・・食事をしてくるって出て行ったっきり・・・』

「うるさいッ!!!!!それはこちらのセリフだああああ!!!!!」

「ッッ!!!」

突然鳴り響いた怒号に、五郎八はビクッと身体を震わせたあと、
何かを察したように慌てて部屋を飛び出していった。
「あッ・・・ちょっと!」
田中もそれに続く。

ダッダッダッダッダッダッダッダッダ!!!!

「今のは財前の声・・・しかも・・・あのセリフ・・・まさか・・・」

遠くで誰かが争っている物音がする。
走っているうちに、それはどんどんと近くなっていった。

長い廊下を駆け抜け、階段を降りてその先にある角からチラチラと見え隠れする二つの人影・・・
「あれは・・・財前!そして、もう一人は・・・れいな・・・」
そう、これは数日前の出来事。
それを見ているのだ。


302 :六部198:2006/12/25(月) 17:33:04.29 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜32

「呪われた吸血鬼よ、永遠に眠れッたい!!
流し込む波紋ッ! 橙色の波紋疾走ッ(サンライトオレンジ・オーバードライブ)!!!」

過去の田中が財前にとどめの波紋を叩き込む。

『波紋・・・?これが、財前教授の言っていた・・・』
崩れ落ちる財前を目にした五郎八は、『過去の田中』をじっと見つめた。
そして、その視線を感じ取った過去の田中は辺りを見回し始める。
「あの時の視線は、五郎八さんやっとか・・・」
田中は過去の自分と五郎八を交互に見遣った。
五郎八はジリジリと物陰に隠れようと後ずさっていたが、
そのときに足元に落ちていたコンクリートの破片を蹴ってしまった。

カンッ・・・

破片が壁にぶつかった音に気付いた過去の田中がこちらに振り返り、
それと同時に五郎八が走り出す。
そして現在の田中もその背を追って走り出した。

「ッ!!待つっちゃ!」
自分の声が後ろから追いかけてくる。
妙な感覚だったが、そんなことはどうでもいい。
あの宿直室へ入っていた五郎八が、何を思っていたのかが気になってしょうがなかった。

ドドドドドドドドドドドドドドドドド・・・・・!!!!!!


303 :六部198:2006/12/25(月) 17:33:42.22 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜33

宿直室に入った五郎八は、使用していた机から古びた8ミリテープを取りだした。
すると、追いついてきた過去の田中の声が聞こえた。
「もう逃げられんと・・・おとなしく出てこい」

『・・・もう追いつかれたのね・・・言葉を発せない私は、彼女を沙耶ちゃんのところまで
案内することは出来ない。これだけで、解かってくれるだろうか・・・
いや、彼女ならきっと・・・気付いてくれる・・・私を・・・沙耶ちゃんを救ってくれる・・・
神は、そのためにあの波紋使いの少女を遣わしたんだ』
五郎八は自身が潜んでいる部屋の扉をゆっくりと開けた。
そして胸元で十字を切り、部屋に侵入して来た過去の田中に唸りを上げて襲い掛かかった。
「GYyyySYAAAaaahhh!!!」
自らを滅するために・・・

・・・・・・
・・・


シュウウウゥゥゥゥウウウウウゥウゥゥウウゥゥ・・・・

波紋を受けた五郎八が、その場に崩れ落ちる・・・
事の経緯を知ってしまった今、それを直視することが辛かったが、
見届けなければいけない・・・そんな責任感を感じた田中は、黙ってそれを見続けた。

『お願い・・・助けてあげて・・・沙耶ちゃんを・・あの子も解放してあげて・・・
あの子は旧実験室の床に掘られた穴の中・・・
その奥にある新実験室に設置されている石棺に封印されているわ・・・』
五郎八の最後の言葉・・・それと同時に舞台は暗転し、長かった過去の映像は終焉を迎えた。


304 :六部198:2006/12/25(月) 17:35:08.01 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜34

・・・・・・・・・・

現在に戻った田中はゆっくりと目を開け、五郎八が息絶えた床を見つめた。
不思議な気分だった・・・何ともいえない感情がこみ上げてくる。
「五郎八さん・・・」
田中は歩き出す。向かうべき場所へ・・・
その瞳には決意めいたものが窺える。

『神よ・・・感謝いたします。罪深き私に贖罪の機会を与えてくれたもうたことに。
そして、貴女に感謝いたします。呪われた私に安らぎを与えてくれたもうたことに・・・』

背後で五郎八の声が聞こえたような気がした。

田中は一度立ち止まり、それを背中で受け止めた。
そして、振り返ることはせずに再び歩き出す。


・・・五郎八がビデオを渡した理由・・・
遠藤沙耶という少女を救って欲しいというのもあるのだろうが、聞いて欲しかったのだ。

自分の犯した罪を・・・

懺悔の言葉を・・・

彼女は最後まで『人』であろうとした・・・

何故だか解からないが、そんな気がした・・・


305 :六部198:2006/12/25(月) 17:36:22.79 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜35

地下への実験室へ到達するには関係者専用のエレベーターか、
その隣にある鍵が掛かった門が設置された、やはり専用の階段で行かなければいけない。
当然、現在電気の通っていないエレベーターは作動しないので、
門の鍵をスタンドで破壊してそこを降りることにした。

田中は階段を降りる前に、そっと壁に手を触れてみた。
足元が覚束ないからではない、語りかけるためだ。
自分を過去へと誘った者に。

「れいな、途中から何となく気付いとった。過去の映像を見せてたのは、あんたやったとね・・・
全てを伝え切れなかった五郎八さんに代わって、れいなに真実を教えようとしてた。
あんたの名前・・・何ていったとかね?財前と戦ったときにアイツが言ってた・・・確か、『S大学付属総合病院』・・・」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・

そう、一連の過去の映像は、ここで起こった全ての出来事、
全ての悲劇を見聞きしていた、この建物自身の記憶ッ!叫びであったのだッ!

ドオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!

「でももう、なんも心配いらなか・・・今、全てを言葉ではなく、心で理解したけん。
あんたのその想い、五郎八さんの願い、そして財前に玩具にされた
沙耶ちゃんの苦しみ、全部れいなが背負っちゃる!」

バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァンンンン!!!!!

田中は拳を握り、表情を引き締めて階段を降りた。


306 :六部198:2006/12/25(月) 17:37:18.34 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜36

一度来ているので、実験室へはすぐに辿り着くことができた。
そして田中は早速、五郎八の言っていた穴を探したのだが、
いくら目を凝らしても見つからない。
「あー、どこー?・・・うーん、まずいっちゃ・・・せっかくカッコつけたのに、
穴が見つからんかったら話にならんたい・・・」
田中は頭を掻き毟った。
ついさっきの自分の言動を思い返すと、急に気恥ずかしくなってくる。

どうしようもなくなって立ち上がったその時、田中は部屋全体に違和感を覚えた。
何かが違う・・・まあ、開業中であった頃と違うのは当然なのだが、
あるモノが『増えている』。
部屋の中央に置かれたベッドの下に敷物があるのだ。
過去の映像ではこんなものは無かった。
古くはなっているものの、他のものに比べると微妙に新しい。
田中は「まさか」と思い、ベッドをどかして敷物をめくった。
「ッ!!」
一見すると何も無いようだが、よく見ると四方に切れ目が入っており
隅には指を引っ掛けるような箇所がある。まるで蓋のようだ。
田中は祈るような思いでその箇所に指を掛け、思いっきり引っ張った。

ズズ・・・ズズズズズズズズ・・・・・

「・・・あった・・・」
暗い部屋の中央にポッカリと開いた穴。
その中から、冷たい空気が流れ出てくる。
側面には鉄筋製の簡素な足場が打ち付けられている。
「ゴクリ・・・」
田中は唾を飲み込み、意を決してその穴へと入っていった。


307 :六部198:2006/12/25(月) 17:41:09.34 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜37

穴は深く、永遠に続いているかのようだったが、
しばらくすると地に足をつけることが出来た。
壁には数箇所に蝋燭の火が灯っており、意外にも明るい。
竪穴式住居のような場所だが、そこら中に医療器具や、
怪しげな機械などが置かれているので、一目で実験室の類だとわかった。
そして、その部屋の奥に立てかけられた、長方形の石造りの箱・・・
これが五郎八の言っていた石棺なのだろう。

「この中に・・・」
田中は一度深呼吸をして、石棺の蓋に手を掛けた。

ズズズズ・・・ドオォォォォンンンン・・・・

石棺の蓋が手前に倒れ、その衝撃で蝋燭の火が激しく揺れる。
そして、その中には無残な姿の遠藤沙耶がいた。
「・・・ッ!!!!」
田中は思わず顔を覆った。
血と膿でボロボロに汚れた包帯を全身顔まで纏っており、
何かが腐ったような臭いを発している。前に見たときよりも更に酷い状態であった。
「・・・」
彼女は眠っているのか動きだす様子はない。
だが、悪い夢でも見ているかのように、時折苦しそうな低い唸り声をあげている。
いや、起きていても悪夢なのだ・・・少なくともこの数十年間、彼女に安らぎのときは無かった。

「・・・ひどか・・・」
田中は目に涙を浮かながら歯軋りをして、沙耶への同情と、
彼女をこのような目に遭わせた財前に対する怒りを露にした。


308 :六部198:2006/12/25(月) 17:42:17.24 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜38

「う・・・ううぅぅ・・・」
突然、沙耶が先ほどとは違う唸り声を上げた。
石棺を開けられたことに気づき、目覚めたのだろう。

「ううぅ・・ぅうううぅ・・・ぐぐぐ・・・」
沙耶が田中に向かって手を伸ばす。
一瞬身構えたが、敵意が感じられない。
その姿はまるで、助けを求めるようであった。

「起こして悪かね・・・でも、悪い夢はもう終わりたい・・・」
田中はその手を掴んで自分の頬に当てた。
そして沙耶の頭にそっと触れ、波紋の呼吸を開始した。

「・・・鎮魂のための波紋。夕焼け色の波紋疾走(ヴァーミリオン・オーバードライブ)・・・」

ドシュウウウウウウゥゥゥウゥウゥゥゥウゥゥ・・・・・・

「・・・これでもう、嫌な夢は見んで済むっちゃ・・・」
太陽のエネルギーが田中の手を伝わり、次々と沙耶へと流れ込んでいく。
それに伴い、沙耶の身体は蒸発するように気化していった。


309 :六部198:2006/12/25(月) 17:43:32.98 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜39

財前の薬のせいなのか、沙耶の身体は物凄い勢いで再生を続けるが、
田中はそれを上回る量の波紋を送り続けた。
不思議なことに、彼女の口から断末魔の苦しみの叫びは発せられない。
まるで、母親の胸に抱かれた赤子のように静かだった。

そう、これは鎮魂のための・・・穏やかな眠りを与えるための波紋。

シュウウウウゥゥゥウゥウゥゥゥウゥゥゥゥゥ・・・・

立ち昇る蒸気の中に一瞬、ほんの一瞬だけ、『生前』の沙耶であろう少女が
こちらに礼をする姿が見えたような気がした。
そして、その横には伊達五郎八の姿もあった気がした。

多分、これでよかったんだ・・・

田中はそう思いながら、忌まわしい記憶が眠るこの実験室を後にした。

バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ・・・・・・


319 :六部198:2006/12/25(月) 22:54:30.78 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜40

次の日・・・

田中は指令結果を寺田に報告するべく、放課後一番に彼の私室を訪ねた。

「な〜るほどな〜・・・」
報告を聞き終えた寺田は満足そうに大きく頷き、ソファーにもたれた。
「う〜ん・・・でも、疑問があるとです」
寺田とは対照的に、田中は難しそうな顔をしていた。
「なんやねん?」
「いや、れいなが見た過去の映像は、スタンド能力やったとですかね?
それとも、もっと別の超常現象とか・・・いや、それ以前に、『病院自体』が見せたって・・・
あの時は何かそんな気がしたけど、今考えると現実離れしすぎてるような、
そうでもないような・・・う〜ん・・・」
田中は更に難しそうな顔をして、首を左右に傾けた。
「そやな・・・」
寺田もなにやら考え込んだが、しばらくすると立ち上がって
本棚から一冊の本を取り出し、それを田中に手渡した。

「・・・『魂の発生と、その行方』・・・?」
田中は本のタイトルを読み上げた。
「昔から、全てのものには魂が宿るっていうやろ?紅茶飲むか?」
「あ、いただきます」
田中がそう言うと、寺田は高級そうな紅茶器具をいそいそとセットしだした。
「ええやろ、これ。この前、買ってきてん。ウェッジウッドやで」
「は、はあ・・・それで、続きは・・・」
話題がそれそうな予感がした田中は生返事をして、
さっさと先へ進むように促した。


320 :六部198:2006/12/25(月) 22:55:14.23 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜41

「おお、そやな」
寺田は淹れた紅茶を一口飲み、話を続けた。
「まあ、その本によると、年月を経た物には魂が宿り、自我が生まれるってこっちゃ。
ふふ・・・その本面白いで。更にこんなことが書いてある。物の幽霊って知っとるか?」
「物の・・・幽霊・・・?」
「ああ、何でも、魂が宿って自我が発生した物は、器となる実体が消滅しても魂だけになって
存在し続けるらしいんや。荒唐無稽やと思うか?
せやけど、物に自我が発生するってのは、あり得るかもしれん。
よく、古い建物を壊そうとすると、事故が起きたり関係者に不幸が訪れるってのがあるやろ。
それってやっぱり、『そういうこと』ちゃうんかな?あの廃病院にも同様のことがあったやろ。
・・・そして自我が生まれた病院は、伊達五郎八の想いに同調していた。
やがて彼女は消滅し、その想いを託されたお前が現われたことで、例の現象が起こった。
いや、現象を起こした、と言った方が正しいのか・・・」

・・・言われて見ると、そんなような気がする。
寺田の妙な説得力に田中は黙って頷き、手付かずだったティーカップに口をつけた。

「それに、やはりあれはスタンド能力やった・・・と、俺は思うねん。
財前が何故あそこに留まったか・・・吸血鬼は概してプライドが高く、
一つの場所に留まることが多いってのもあるが、スタンド使い同士が放つ『引力』によって
無意識に引き止められていたんちゃうかな。そして、お前があそこを訪れたのも・・・
まあ、それは俺の指令が原因やねんけど、それすらも引力やった・・・」
寺田は最後に「俺の推測に過ぎんがな・・・」と付け加えて話を締めくくった。

「ま・・・なにはともあれ、ご苦労やったな。お疲れさん」
寺田はティーカップに残っていた紅茶を一気に飲み干し、田中の肩を叩いた。
「あ、はい・・・じゃあ、私はこれで・・・」
田中はそう言って立ち上がり、寺田にお辞儀をして部屋を後にした。


321 :六部198:2006/12/25(月) 22:55:48.69 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜42

「ん〜〜〜・・・・ッ」
寺田の私室を出た田中は大きく伸びをした。
部室には他の部員達が既に到着しており、それぞれ自主練に励んでいた。
そしてその中の一人、藤本美貴が田中に気付き声を掛けてきた。
「おう!れいな、もう来てたのか」
「ああ、美貴姐・・・」
「何?寺田のおっさんの部屋にいたって事は何か指令か?」
「それの事後報告ってやつたい」
「どんなんだよ、聞かせろよ」
藤本が目を輝かせながら内容を聞いてくる。
「まあ、誰かのために何かをしてやれた・・・それだけっちゃ。それ以上は言えんたい」
「???なにそれ?寺田のためってこと?」
「じゃあ、れいな今日は疲れたんで帰るけん」
眉間にしわを寄せている藤本を尻目に、田中は部室を後にした。

少し『センチ』な気分になっていたのかもしれない。
なんとなく、あまり人に言う気にはなれなかった。

悪夢はもう終わったのだ。
今はただ、伊達五郎八と遠藤沙耶が安らかな眠りに就いていることを願うばかりであった。


バアアアアアアアアアアアァァァァァァ・・・・・・・


322 :六部198:2006/12/25(月) 22:56:34.75 0
銀色の永遠 〜ヴォイスレス・スクリーミング〜43

田中れいな この後、ビデオテープを誰にも見られないように焼却。
スタンド名 デュエル・エレジーズ

財前五郎 消滅
スタンド名 アンダー・ザ・ブリッジ

伊達五郎八 消滅

遠藤沙耶 消滅

S大学付属総合病院 この先も、在り続けるだろう。
スタンド名 寺田はこれを『メモリー・リメインズ』と名づけた。





・・・ある日、二つの花束を持った少女が、町外れにひっそりと佇む廃病院へ入っていくのを、
近くを訪れた人が目撃した。


TO BE CONTINUED…